/*/ 『火炎林のほとりで』 /*/
コブラが動き出すのに、間に合えば良いんだが――
どう考えても距離的に無理だ。
奴はいつだって、俺の想定より半歩早い。
それが気に食わねぇが、助かる理由でもある。
夢のお告げってやつは、いつもロクなもんじゃない。
だが今回は違う。
現実に“呼ばれた”感じがする。
アーリマンの闇が本当に目を覚まそうとしてるなら、
あの夢はただの幻じゃ済まされねぇ。
俺は端末を開き、ドミニクとルシアに通信を入れた。
ふたりとも銀河パトロール絡みだ。
事情を全部話すわけにはいかない。
「旧友の尻拭い」って言葉だけで察してくれる。
ありがたい女たちだ。
それだけ言って、俺は回線を切った。
宇宙船《ロシナンテ》。
こいつは骨董品みたいな名前の船だが、中身は最新鋭だ。
戦闘艇としても十分に通用する。
俺のポリシーは――機体より腕、だが、弾幕は多い方がいい。
目的地は辺鄙な星。
銀河地図にも載っていない、誰も来ない惑星。
大地のあちこちから炎が柱のように噴き上がっていた。
“火炎林”――そう呼ばれている地帯だ。
その端に、小さな村があった。
夢で見たとおりの、死んだような村。
火炎林の奥には神殿があるらしいが、今は構っていられない。
問題は、空だ。
視界の端に、黒い巨艦――《ブラックシープ》の姿があった。
そしてその腹から、数十機の戦闘機が飛び立つ。
《ヘルキャット》。
クリスタル・ボーイが使う艦載機だ。
「チッ……やっぱりな」
俺は操縦桿を握り直した。
マルチロック・オン。
ターゲット、ヘルキャット二十四。
ロシナンテのシステムが静かに唸る。
予算のことは気にしない。
ホーミング・ミサイル、全弾発射。
夜空が昼になった。
誘導信号が点滅し、赤い矢が一斉に飛ぶ。
閃光と爆煙。
ヘルキャットの群れが紙くずみたいに燃え落ちていく。
「派手にいくぜ、クリスタルボーイ……」
すぐにブラックシープの艦腹が反転した。
あの艦のAIが、こちらの識別信号を読み取ったのだろう。
“銀河パトロール機、接近中”――レーダーが警告を鳴らす。
奴らも来やがったか。
早ぇな、ルシア。
数分後、艦隊の光が夜空を覆った。
重戦艦の群れが黒い巨体を包囲する。
ブラックシープは沈黙ののち、ゆっくりと離脱を始めた。
村は……どうやら全滅を免れたらしい。
だが、焼けた空気の匂いが胸に残る。
辺り一帯が熱気で歪んでいた。
まるで大地そのものが呻いているようだ。
「……コブラはどこだ」
通信にも反応がない。
姿も見えねぇ。
燃え続ける塔が一つ、夜空に突き刺さっている。
赤黒く光って、煙を噴いている。
たぶん、あの中だ。
「丸焼きになってなきゃいいがな……」
軽口のつもりで呟いたが、声が乾いていた。
嫌な胸騒ぎがする。
あの男はしぶとい。だが、今回は――。
俺はロシナンテの推進を切り替え、塔の上空へ。
火炎林の熱波が装甲を叩く。
燃えた空気の中、誰かの影が見えた。
――頼むぞ、コブラ。
まだ、冗談のひとつくらい言えるだろうな。
/*/ 『炎の中の残響』 /*/
塔の中は、地獄みたいだった。
溶けかけた鉄骨、焦げた空気。
その真ん中で、あの赤いボティスーツがくすぶっていた。
「……コブラ」
俺は崩れた瓦礫を払いのけ、彼の身体を引きずり出す。
全身に火傷。いや、違うな。
皮膚が再生してやがる。
信じられねぇ速度だ。
さすがは“やられ慣れた男”ってやつか。
応急手当なんざ必要ないのはわかってる。
だが、何もしねぇわけにもいかない。
火の粉がまだ降りかかる中、俺はコートで奴を覆い、
冷却剤を吹きかけておいた。
目を閉じたまま、うっすら笑っている。
夢を見てる顔だ。
「……光明神《アフラ・マズダ》でも見てんのか、コブラ。
夢の中で説教でもされてるんだろうよ」
そう呟いて、俺は立ち上がった。
塔の外では、まだ炎があがっている。
焦げた風が頬を叩いた。
夜が赤い。星が煙で滲んでる。
「おっさん!!」
振り向くと、煤まみれの少年が走ってきた。
サルみたいな顔。
――ゴクウ。
原作で見た顔だ。あの時は……リンリンを失ってたはずだな。
「おい! あいつら、なんなんだよ!」
怒りで声が裏返ってる。
「“あいつら”?」
俺は肩をすくめた。
「海賊ギルドの親衛隊だ。進行方向に村があった。……襲ったんだろうな」
ゴクウの拳が震えていた。
「リンリンは……」
「無事か?」
「あ、ああ。隠してたから……」
「そりゃ良かった」
心底そう思った。
原作みたいな悲劇は、もう充分だ。
少なくとも、この世界では救われた命があっていい。
遠くで、銀河パトロールの艦影が光る。
ブラックシープは撤退済みだ。
奴らが再び動くのも時間の問題だが――今日は勝ちだ。
「銀河パトロールも来てる。
この星もすぐ連邦に加盟するだろう。……真面目に稼ぐんだな」
ゴクウは顔をしかめた。
「説教くせぇおっさんだな」
俺は笑った。
「ハッ、説教でもしてねぇと、若いのはすぐ死ぬ。
……それに、もう“説教できる奴”も少ねぇんだよ」
風が吹いた。
焦げた匂いが遠ざかっていく。
ふと振り向くと、コブラが目を開けていた。
片手を額にあて、苦笑している。
「なあ、レオ。俺、また死んでたか?」
「半分な。もう少しで焼き豚だ」
「ハハッ……。アフラ・マズダとかいう奴に会った気がするぜ。
眩しくて、説教くさくて、やたら光ってた」
「だろうな。神でもうんざりするだろ、お前相手じゃ」
そう言って、思わず笑ってた。
焦げ臭い空気の中で、ほんの一瞬だけ穏やかだった。
コブラが立ち上がる。
片腕を上げて、手のひらをこちらに向けてきた。
まるで昔の戦友みたいに。
「……助かった。ありがとな、レオ」
「礼なんざいらねぇよ。お前が勝手に転がり込んできただけだ」
そう言いながらも、自然にその手を取っていた。
力強く、長い年月の重みを感じる握手だった。
その瞬間――
まばゆい光が走った。
俺たちの手が、白く燃えるように輝きだしたんだ。
まるで太陽の欠片でも握り潰したみたいに。
熱くはない。
むしろ、胸の奥が静かに震える。
「……なんだ、これ」
コブラの目が見開かれる。
その金色の瞳の奥で、何かを“思い出した”ような光が灯った。
「レオ……! まさか――
6人の勇士、お前だったのか!」
「はぁ!? ……うっそだろ。俺がぁ!?」
我ながら、情けねぇ声が出た。
この俺が勇士? 笑わせる。
銀河じゃ通り名より悪評の方が先に立つ男だぞ。
でも、コブラは笑ってた。
あのいつもの、憎たらしいほど眩しい笑顔で。
「そうだよ。お前しかいねぇさ、レオ・ゴルドン。
闇を照らす、最初の火――だとさ。
光明神がそう言ってた」
「冗談きついな……そんな肩書き、性に合わねぇ」
「ハハッ、それでもお前が一番似合うぜ。
地獄の炎の中で、誰よりも静かに立ってる。
――そういう男だろ?」
俺は肩をすくめ、ため息を吐いた。
「買いかぶり過ぎだ、光明神」
夜空を見上げると、煙の向こうに星が戻っていた。
光が消えると、俺たちの手だけがわずかに白く輝いていた。
まるで、神が“印”を刻んだみたいにな。
「……まあいい。お前が神に口利きできるなら、酒でも奢っとけよ」
「考えとくさ、勇士さん」
コブラの笑い声が、赤い炎の向こうへ溶けていった。
俺はその背を見送りながら、思った。
――まったく。
この銀河は、いつまでも俺を“普通の人間”にさせちゃくれねぇらしい。