紛れも無く奴に会いたくない   作:ぶーく・ぶくぶく

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 砂漠の風は、まだ熱い。

 靴の中で砂がこすれ、じゃり、と音を立てた。

 ――まあ、捕まったって言っても、たいしたことはない。

 鎖は軽い。魔法もかかってない、ただの鉄。

 “拘束されてる風”を演出してるだけで、いつでも叩き割れる。

 それでも、いまは様子を見てやる。せっかくの異星初交渉だ。

 

 俺――レオ・ゴルドン。

 元殺し屋で探検家。コブラの相棒で、トラブルに関してはだいたい俺のほうが真面目に片付ける係。

 ……のはずなんだが、今回はちょっと勝手が違う。

 

 砂上の輿の中には、俺たち以外にも数人。

 “幻戦士”と呼ばれるこの星の別の部族の生き残りたちだ。

 肌は焼け、目は乾ききっているが、妙に静かだった。戦い慣れた連中の沈黙。

 

 その中に――いた。

 一人だけ、色彩をまとった少女。

 

 宝石を散りばめた冠。

 胸と腰をかろうじて覆う宝石の衣装。

 その上にかかる薄絹が、風に舞うたび砂の光を反射する。

 荒涼とした世界の中で、場違いなほど“生きて”いた。

 

 「見惚れてるの?」

 ふいに声をかけられた。

 

 低く、しかし芯の通った声。

 その目は、試すように俺を見ていた。

 

 「いや、ちょっと感心してただけだ。あんたの国は服飾デザインにうるさいらしい」

 「そうね。戦で滅びる直前まで、みんな見栄の張り合いだったわ」

 そう言って、彼女は肩の鎖を軽く引いた。からん、と乾いた音がする。

 

 「名前は?」

 「ミーシャ。幻王家の……もう、元だけど」

 「レオ・ゴルドンだ。仕事柄、捕まるのには慣れてる」

 

 ミーシャは小さく笑った。

 その表情は、どこか達観してるくせに、まだ火を失ってない。

 

 「あなたたち、“外の空”から来たんでしょう?」

 「まあ、そんなところだ」

 「空の外に、本当に“人”がいるなんて、ずっと信じられなかった」

 「信じてたろ。信じてなきゃ、その目の奥の光は消えてる」

 

 ミーシャは、言葉を飲み込むように視線を伏せた。

 砂の向こうで、蜃気楼みたいに竜の宮殿が揺れて見える。

 どうやら、連行先はそこらしい。

 

 「竜たちは、あなたたちを研究するわ」

 「される側になるのも、たまには悪くねぇ。退屈はしなそうだ」

 

 コブラが隣で吹き出した。

 「おいレオ、余裕ぶってんじゃねぇよ。こいつら、下手すりゃ人を宝石に変えるぞ」

 「それはそれで、いい土産話になる」

 

 ミーシャが少しだけ目を丸くした。

 そして――初めて、ほんの僅かに笑った。

 その笑顔が、砂の光より眩しく見えたのは、きっと気のせいじゃない。

 

 

/*/ 『ベンガル星 ― 砂塵の幻戦士』第二章 捕虜の檻 /*/

 

 

 熱風が止んだ。

 気がつけば俺とコブラは、牛と一緒に逆さ吊りになっていた。

 干し肉用の木枠に、ぶら下げられたまんまの格好だ。

 足元――いや、今の体勢じゃ頭のほうに、ゆっくりと血が上ってくる。

 

 「……なあレオ、俺ら、もうすぐ燻製にされんじゃねぇのか」

 「煙の香りがしねぇうちは大丈夫だ」

 「お前、そういう問題じゃねぇだろ」

 

 皮肉を返しつつ、俺は辺りを見た。

 骨組みの梁の下、白い砂の床に、幻戦士たちが整列している。

 黒い覆面、黒鉄の胸甲。動きに一分の隙もない。

 ――まるで訓練された傭兵部隊だ。

 

 一人、細身の覆面の戦士が歩み出る。

 彼だけが鞘に手を添え、背筋を微動だにさせない。

 冷たい声が、干し場全体に響いた。

 

 「お前たちがどこの部族か、まだ聞いていなかったな」

 

 覆面の下から覗く唇がわずかに動く。

 人間的な抑揚だが、妙に抑制された口調だった。

 

 「支配者(マスター)はどこだ?」

 

 「支配者?」

 俺は笑った。

 「俺たちにそんなもんいない。まだカミさんだって貰っちゃいないんだ」

 

 その場の空気が一瞬だけ、ぴきりと張り詰める。

 黒衣の男――いや、“幻戦士”が低く言った。

 

 「なるほど。惚ける気か。支配者(マスター)無しで旅など出来るものか」

 

 「俺たちの星じゃ、誰もが自分の主だ」

 「ほう……理想論か、それとも狂気か」

 

 覆面が俺の前で止まり、数秒だけ沈黙。

 それから――静かに言い放った。

 

 「まあ良い。お前たちを生かすも殺すも、我々の支配者(マスター)が決めることだ」

 

 「おたくがここの頭じゃないのか?」

 「馬鹿な。私はホーク。ここの幻戦士の頭に過ぎない」

 

 ホークは背を向け、靴音を残して立ち去る。

 足取りはまるで機械のように正確で、人間味がまったくない。

 

 俺たちが吊り下げられたままの干し場の向こう――

 隣の馬小屋に、竜たちが入っていくのが見えた。

 巨大な影。黄金、白金、紅蓮。

 それぞれの竜が、馬小屋の闇の奥に顔を突っ込む。

 

 低い呻き声。

 しばらくして、竜たちだけが出てきた。

 彼らの爪の間には、微かに光る砂粒がこびりついている。

 

 馬小屋に残されたのは――

 繋がれたまま、力なく項垂れる幻戦士たち。

 

 「……おい、レオ。いま、何が……」

 「見りゃわかる。あれが、ここの“現実”だ」

 

 竜たちは幻戦士を“使って”いる。

 戦わせ、悦ばせ、そして――喰っている。

 自分の幻を、自らの糧にする。

 

 「きれいごと抜きで言えば、家畜だな」

 俺の呟きに、コブラが舌打ちした。

 「幻を喰う竜……夢喰いの王族ってか」

 

 干し肉の匂いが、妙に現実味を帯びて鼻を刺す。

 生臭さと焦げた砂の匂いの中で、

 俺たちは無言で、風の唸りを聞いていた。

 

 

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