紛れも無く奴に会いたくない   作:ぶーく・ぶくぶく

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窓から飛び降りて広間に飛び込んだのは正解だった――だが、状況はまだ地獄だった。

ホークが一撃を放ち、床に血しぶきが散ったように見えたが、奴は倒れてはいない。覆面の下で浅く息をし、筋を震わせているだけだ。崩れ落ちる気配はない。――奴はまだ“生きて”いる。どこまでが人で、どこからが幻なのか。いや、どこまでが竜に仕えた者の選択なのか――その線はますます曖昧だ。

 

「行け!」コブラの声に重なるように、金属的な連発音が轟いた。

あいつは左腕の義手を抜き放ち、サイコ・ガンを展開する。言葉より音が物語る。放たれる光弾は竜の甲冑を震わせ、鱗の隙間に嫌な金属音を刻み込む。若い竜が一匹、胸を押さえてひっくり返り、別の竜が尻餅をつく。宴席は一気に騒然となった。

 

「耐えろ、ミーシャ!」俺は叫び、彼女を引き連れて階段へ飛び込む。

そのとき、背後の片隅から細い声がした。

 

「その奥に、出口に続く回廊があるよ」

 

声の主は、想像よりずっと若い。線の細い少年が、薄絹と宝石を纏って立っている。ミーシャと同じ装いだが、顔はあどけない。――ロック。名を聞いたわけじゃないのに、直感で分かった。瞳は恐怖に震えながらも、決意が滲んでいる。

 

「ロック?」ミーシャが問いかける。震えていた声は、すぐに落ち着きを取り戻した。

「行くよ。僕が道を開く」ロックは小さく頷き、俺たちを先導するように狭い側廊へ走り出す。

 

コブラは無駄をしない。ホークがこちらへ振り向く隙に、サイコ・ガンを低く構え、若い竜の一団へ光弾を叩き込む。甲冑が吹き飛び、石柱が砕け、火花と砂煙のカーテンが生まれる。広間の秩序は崩れ、俺たちの進路が開く。

 

ホークは覆面の下で俺たちを見据えた。何かを測るように。手が空を切り、刃が振るわれるが、周囲の竜の咆哮がそれを押し返す。彼は本来の任務を続けるべきはずなのに、内部に歪みがある。――俺たちに斬りかかる瞬間、わずかな躊躇。

その一瞬が、コブラの援護とロックの導きで、俺たちの命綱になった。

 

「そっちだ、急いで!」ロックが先頭で指す。回廊は狭く、低い梁が頭上を走る。薄暗いが、抜ければ城外に続く古い下水道だという。ミーシャは俺の腕にしがみつく。薄絹は砂と血で汚れているが、目にはまだ芯がある。

 

走りながら振り返る。ホークの姿が遠のいていく――覆面の目は何かを探している。倒れてはいない。血は筋から滴り落ちるのに、背筋は伸びたままだ。逃がすために刃を振るうのか、それとも……守る側に回るのか。答えはまだない。

 

通路は熱と湿気を孕んでいた。壁に刻まれた古い紋様が、かつての栄華の残滓を滲ませる。ロックの足取りは早く、確かだ。時折、後ろを振り返って俺たちを確かめる。ミーシャが小さく息を詰めると、ロックは彼女の手を握り返し、無言で励ました。――あの細い手に、どれだけの覚悟が詰まっているのか。

 

「もう少しだ!」ロックが叫ぶ。回廊の先、小さな格子窓。外の冷たい風が少しだけ吹き込んでいる。俺たちは風を目指して突進。コブラは背後で最後の一発を放ち、追ってきた若い竜を地へ伏せさせる。銃声は荒野の風に呑まれながらも、確実に道を切り開いた。

 

格子を抜ける瞬間、腕を引く力。誰かが俺の方へ手を伸ばす――ホークだ。泥と血で汚れた覆面の手が、俺の腕を掴む。力強く、だが敵意はない。

 

「戻れ」低い囁き。憎悪、義務、歪んだ忠誠――複雑な感情が滲む。

俺は振り向かない。ミーシャの足はもう外だ。

 

「自分の道を選べ、ホーク」俺は返す。砂に吸われそうな声でも、届いたはずだ。

彼は一瞬、拳を固く握りしめ、俺たちを見送った。覆面の下で、何かが揺れた。彼がどの側に立つか――答えは先にある。

 

外へ出ると、砂嵐が迎えた。太陽は低く、赤い光が砂を染める。背後で城の輪郭が崩れていく。コブラは銃を肩にしまい、肺を大きく鳴らす。ロックは小さく微笑んだ。若い顔に似合わない、きっぱりとした表情で。

 

「ありがとう、ロック」ミーシャが言う。ロックは首をかしげ、目を伏せた。

「わからない……君を戦いの中で一目見たときから、何かが僕の中で動いた。まるで恋の虜になってしまったみたいに」

その声には、希望と決意が混じっていた。

 

砂を踏みしめ、振り返る。城の窓からホークの影が長く伸びる。瓦礫の向こうに立つその影は、背を向けているようで、確かにこちらを見ていた。いつか再び刃が交わる――それは確実だ。

 

だが今は逃げる。今は、生き延びる。ミーシャの手をさらに強く握り、砂漠の風に顔を向けた。背後で崩落の音が遠のき、竜の咆哮が鳴り続ける。

その音が、いつか終わる日を約束しているのか、それとも永遠の警告なのか――俺にはまだ分からない。

 

――そして、六人の勇士。ホークの名がそこに刻まれるのか、それとも別の“勇士”たちが立ち上がるのか。答えは、砂の向こうにある。

 

 

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