/*/ 『ベンガル星 ― 砂塵の幻戦士』 第5章 愛を知る二人 /*/
夜の砂漠は静かだった。
昼の灼熱が嘘のように冷え込み、風が音もなく吹き抜けていく。
遠くでは崩れ落ちた城の残骸が、わずかに赤く光っていた。竜の血が砂に滲み、夜気の中で鈍く輝いている。
俺とコブラは見張りを交代しながら、簡易テントの外に陣取っていた。
砂をかき集めて作った即席の遮蔽壁。熱はすでに奪われ、息を吐くと白くなる。
だが、二人の若者――ミーシャとロックの方からは、かすかに囁く声が聞こえていた。
ロックは火の明かりを見つめ、ミーシャの肩をそっと包んでいた。
まだ血の気の引いた顔をしている。だが、あの少年の瞳には、もう恐怖はなかった。
そこにあったのは――温もりを求める、人間としての素朴な衝動だった。
「……怖かった?」
ロックの声は震えていた。
ミーシャはゆっくりと首を振る。
「いいえ。あなたが……いてくれたから」
彼女の手が、砂の上でロックの指を探し当てる。
互いの手が触れ合った瞬間、風がひときわ強く吹いた。
宝石の飾りがカチリと鳴り、二人の影が炎の中で重なる。
「僕は、幻の民だと思ってた。竜が作った“器”の一つで……心なんて、持っていないはずだった」
「……でも、いまは違う?」
ロックは頷いた。
「君を見てから、胸の中で何かが燃え続けているんだ。
痛くて、苦しくて、でも温かい。これが……生きてるってことなのかな」
ミーシャは言葉を失い、ただ彼を見つめた。
その目の奥に、竜たちの宴で奪われそうになった“尊厳”の影があった。
けれど今は違う。
彼女の中に、失われたと思っていた“自分”が少しずつ戻ってくる。
「ロック……あなたは幻なんかじゃない。
あなたの手の温もり、私の頬に触れたときの鼓動……全部、本物だわ」
ロックは、はにかんだように笑った。
炎の光が頬を照らす。少年のような、けれど確かな男の表情。
「ミーシャ。もし、もう一度この星が滅びそうになったら……僕は君を連れて逃げる」
「ええ。その時は私が、あなたを守るわ」
二人の額が触れ合う。
静かな吐息が交じり、砂の音が遠のく。
夜風に乗って、宝石の飾りがかすかに揺れた。
テントの外で、コブラがため息をつく。
「まったく、子供はすぐ燃えるな……レオ、聞こえるか?」
「聞こえてる」
俺は小さく笑った。
「いいじゃねぇか。焼けるよりマシだ」
コブラが義手の銃口を空に向け、火花を一つ弾かせる。
光が夜空に消えていくのを見ながら、俺は思った。
――戦場でも、誰かを想う心は消えねぇ。
幻だろうが人間だろうが、命が燃える瞬間は同じだ。
焚き火の光が二人を包み、夜が少しだけ穏やかになった。