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/*/ 『ベンガル星 ― 砂塵の幻戦士』 帰還の門 /*/
夜明け前の砂漠は、まだ血の匂いを残していた。
竜の死骸は冷え、風は灰を運び去っていく。
ホークたちは丘の上に立ち、東の空を見つめていた。
そこに太陽を遮るように、タートル号が静かに降りてくる。
船腹のランプが砂丘を照らし、長い影が地平線に伸びた。
コブラが腕を組んで振り返る。
「……問題はロックとミーシャだな」
レオが頷いた。
「人間で言えば、まだ十四、十五歳。子供だ。海賊ギルドの戦争に連れて行くわけにはいかない」
(ん? ミスティーも確か十四だった気がする)
レオは苦笑し、手で額を押さえた。
(まあいい。心に棚を作ろう。あの電気娘は例外中の例外だ)
ホークは無言で二人のやりとりを見ていた。
彼の胸の奥にはまだ、竜巻の残滓のような熱が残っている。
“人になった幻”――それがどういう意味か、まだ掴みきれなかったが、少なくとも今、彼は自分の意思で立っていた。
コブラがリストバンドを操作し、タートル号を着陸させる。
船体のハッチが開き、青白いライトが内部を照らす。
「ホーク、行こうか」
「……もう行くのか」
「一度、地球に戻る。ニューヨークで金と資産を管理しているリンダとフランクに、ロックとミーシャを預ける。あの二人なら安心だ」
ホークは黙って頷いた。
ロックとミーシャが並んで立っている。互いの手を握りしめ、何かを確かめ合うように。
「学校に通わせるのか」
「そうだ。現代社会に慣れさせる。……侮辱されても相手を殺すなと、言い含めておく」
「はは、現代社会ってのはそれくらい危険なのか」
「竜よりはマシだが、面倒なことは多いさ」
ロックが一歩前に出た。
「僕たち、本当に行っていいの?」
コブラは片目を細めて微笑む。
「ああ。お前らの戦いは終わった。次は“生きる”番だ」
ミーシャはその言葉に小さく頷いた。
風が彼女の宝石の飾りを揺らし、かすかな音を立てた。
それは、竜の宴で奪われかけた“自由”が、今ここで戻ってきた音のようだった。
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――地球・ニューヨーク。
摩天楼の灯、無数の車の光跡、そして人々の喧噪。
夜空の下、摩天楼の谷間にタートル号が着陸した。
冷たい風の中、二つの人影が待っている。
黒いコートに身を包んだ女性――リンダ。
鋭い視線の奥に、冷静な計算と温かな信頼が同居している。
隣に立つのは、がっしりとした体格の男、フランク。
無言で周囲を警戒し、指先で通信端末を操作していた。
「コブラ!」
リンダが短く呼ぶ。
「時間どおりだな。こっちは準備できてる」
「助かる」コブラは笑う。「こいつらを頼む。ロックとミーシャだ」
リンダが二人を見る。
「あなたたちが……。聞いているわ。ようこそ地球へ」
彼女は優しく微笑み、手を差し出した。
ミーシャがためらいながらも握り返す。
その手の温もりに、戦場の冷たい記憶が少しずつ薄れていった。
フランクがロックの肩を叩く。
「こっちじゃ剣はいらない。代わりに教科書とノートを持て。わかったか?」
「……わかった」ロックは小さく頷く。
「侮辱されても、戦わないこと。まずは言葉で返せ」リンダが補う。
ロックは少し顔をしかめたが、「努力してみる」とだけ答えた。
「学校はブルックリンの南だ。制服も手配してある。
それと――家では必ずフランクの言うことを聞くこと。彼は怒らせない方がいいわ」
リンダが笑うと、ミーシャも少しだけ笑った。
「ありがとう、リンダさん、フランクさん」
ミーシャの声はかすれていたが、確かな意思がこもっていた。
コブラは一歩下がり、手を振った。
「二人とも、ここからはお前たちの世界だ。俺たちはまた別の戦場に行く」
ミーシャが涙を浮かべる。ロックは唇を噛んでそれを堪えた。
ホークが一歩前に出て、二人に向かって短く言った。
「生きろ。それだけで十分だ」
タートル号のハッチが閉まる。
青い光が夜気を照らし、船は静かに上昇していく。
下から見上げるロックとミーシャの目に、その光が映り込む。
リンダが小さく呟く。
「いい子たちね。……きっと大丈夫」
フランクが頷いた。
「人間の世界は、幻よりも複雑だ。だが、あの二人なら乗り越えられる」
空へと消えていくタートル号の軌跡が、白い筋を描いていた。
ホークは操縦席からその光を見つめ、短く息を吐く。
「……祈り通ずる星があるなら、きっとあいつらも見てるだろう」
そしてホークは剣を腰に差し、喧騒の向こう――仲間の待つ戦場へと歩き出した。
――その夜、二つの世界の間に新しい風が生まれた。
それは幻ではなく、確かな“希望”の風だった。