/*/ 放牧地の酒場「ブルーホーン亭」 /*/
草の匂いと、カウベルの音が風に乗って流れてくる。
丘の上に建つ一軒の安酒場――外観はごく普通だが、
実際には海賊ギルド幹部シオンの地下研究所への入り口でもあった。
店の中は昼間から客で賑わっていた。
といっても、そのほとんどがシオン配下の手下たちだ。
笑い声の裏で、酒樽の搬入や暖炉の燃料の運搬が頻繁に行われ、
そのたびに暖炉の奥――まるで岩のように見える扉が小さく鳴る。
そこには電子暗号キーが仕込まれており、
海賊ギルドの者しか開けられないようになっている。
目的は、〈ロド麻薬鉱石〉の採掘と精製。
シオンはそれを“人工精神鉱”として転用し、
クリスタルボーイの指示で“世界を焼き尽くす結晶兵器”を研究しているという噂だった。
コブラたちの任務は、その真相を掴むこと。
コブラがグラスを傾けながら低く言う。
「クリスタルボーイの言う“世界の終わり”ってやつ、
どうやらこの辺りから始まるらしいぜ」
ホークは壁にもたれ、退屈そうに剣の柄を指で叩く。
レオが苦笑して言った。
「だからって、俺が騒ぎを起こす役なのか?」
コブラは葉巻を咥え、片目を細めた。
「おいおい、ホークに出来ると思うか?」
ホークは無言で剣に手を置いた。
「騒ぎを起こす。陽動だな。任せておけ」
レオはすぐさま両手を上げ、降参のポーズ。
「おーけい、OK。俺に任せとけ。程よく騒ぎを起こしてやるよ」
そう言うと、彼は人混みの中へと消えた。
数分後、カウンター席で派手な笑い声が上がる。
「よう、美人さん。そんな無骨な男と飲むなんてもったいないぜ」
レオが隣の女客に声を掛ける。
女の連れが眉をひそめるより早く、
レオはウインクしながらワインを奪って飲み干した。
次の瞬間、男の拳が飛ぶ。
レオも負けじと反撃。
「賭けるか? どっちが先に倒れるか!」
たちまち、酒場中が喧騒に包まれた。
椅子が飛び、酒がこぼれ、観客が口笛を鳴らす。
その隙に、コブラとホークは暖炉の裏へ回り込む。
「いい騒ぎっぷりだな」
「レオの本職、役者かもしれんな」
電子キーを差し込むコブラの指先に、青い光が走る。
扉が音もなく開き、地下へ続く階段が姿を現した。
熱気と硫黄の匂いが、かすかに鼻を刺す。
「さあ、地獄の入り口ってやつだ」
コブラがニヤリと笑い、闇の中へ降りていった。
――そして、レオの方はというと、
「おい誰か、あいつ止めろ!」
「金を賭けろ! レオに5枚!」
拳と笑い声が飛び交う中、
彼はしっかりと役を果たしていたのだった。
/*/ 放牧地の酒場「ブルーホーン亭」 喧嘩祭りの夜 /*/
レオの拳が風を切る。
ドゴッと鈍い音が響き、テーブルの上のランプが揺れた。
相手の大男が鼻血を飛ばして倒れると、酒場中から歓声が上がる。
「3人抜きだ! まだ立つ奴はいねぇのか!」
「レオに5枚! 次の挑戦者、行けぇっ!」
荒くれ者たちが次々に立ち上がる。
誰もが笑っていた。怒号も拳も飛ぶが、これは“楽しい喧嘩”――
傷を負っても笑い、血が出ても杯が交わる。
酔いどれたちの流儀だ。
「次っ!」
レオが頬を拭いながら笑う。
「交互だ、交互。俺の番な!」
どごっ。
新手の顎を狙って右ストレート。
相手は踏みとどまり、笑ってレオの腹に一撃を返す。
「効いたな!」
「お前のも悪くねぇ!」
互いに殴って、笑って、また殴る。
「どっちが先に倒れるか、賭けは続行だぁ!」
観客の歓声が天井を震わせる。
床はビールで滑り、誰かの椅子が砕けた。
――その頃。
裏手の暖炉の向こうでは、コブラとホークが無音で階段を上ってきた。
コブラの腕には、金髪の少女が抱えられている。
服は汚れ、手首には小さな注射痕。
おそらく〈ロド麻薬〉の実験体にされていたのだ。
「……間に合ったか」
ホークが小声で呟く。
コブラは無言で少女を毛布に包み、肩に担ぐ。
「ここの連中には、少しばかりの夢を見させてやれ。長くは続かねぇ宴だ」
その瞬間――酒場の中で最後の一撃が響いた。
「ごぉんっ!」
木の床に叩きつけられた挑戦者が白目をむく。
レオは汗だくのまま、拳を掲げた。
「5人抜きぃ! 勝負あったぁ!!」
どっと歓声が上がる。
「やったぁ! 5人抜き!」「さすがレオ!」
「掛け金だ! 払え払え!」
レオは椅子に腰を下ろし、荒い息をつきながら、
グラスを掲げた。
「よし! 今夜は俺の奢りだ! この店の酒、全部だ!
5人抜きの賞金で――飲め! 飲めぇっ!!」
「うおおおおっ!!!」
歓声とともに酒が次々と注がれる。
誰もが笑い、歌い、騒ぎ、
コブラたちが裏口から出ていくのに気づく者はいなかった。
レオはふと立ち上がり、こっそりグラスをカウンターに置く。
「……いい夜だ。じゃ、またやろうぜ」
その背中を見送る者も、
今はもう誰もいなかった。
酒場の喧噪を背に、レオは外の冷たい夜気へと出る。
丘の上では、コブラが少女を抱いて立っていた。
星空を見上げ、葉巻をくわえる。
「おせぇじゃねぇか、レオ」
「悪いな。人気者はつらいんだよ」
ホークが苦笑する。
「次は俺が暴れる番だな」
三人は無言で視線を交わし、
風に揺れる牧草の中を歩き出した。
背後でまだ続く笑い声が、
どこか遠い祭りのように夜空に溶けていった。
/*/ 夜の牧草地 満天の星と、燃え上がる酒場 /*/
レオが丘を登りきる頃には、夜気の中に硝煙の匂いが混じり始めていた。
遠くでフクロウが鳴き、風が牧草を撫でて通る。
その中に、コブラとホークの影が浮かんでいる。
コブラは少女を腕に抱き、ホークは腰の剣を軽く揺らした。
「……終わったか?」
レオが息を整えながら言う。
コブラは振り向かずに、葉巻を咥え直した。
その瞬間、彼の背後――酒場の方角で光が爆ぜた。
ドンッ。
地を割るような衝撃音。
空気が歪み、赤橙の閃光が夜を裂いた。
「ブルーホーン亭」は一瞬にして炎と煙に包まれ、
その下に隠されていた地下研究所ごと吹き飛んだのだ。
轟音の余韻が丘を駆け抜け、
吹き荒れる熱風が三人の外套を大きくはためかせる。
レオは髪をかき上げながら呟く。
「派手だな……相変わらず。」
コブラは無言で炎を見つめていたが、
やがて煙の向こうに浮かぶ月を見上げ、低く言った。
「クリスタルボーイの企みが見えた。
あいつ、全宇宙に全面戦争を仕掛けるつもりだ」
ホークの瞳が鋼のように光る。
「戦争だと? 誰に?」
「誰にでもさ。銀河の政府も、連合艦隊も、
惑星同盟も、海賊ギルドすらも。
あいつは“秩序”そのものを敵に回す気だ。」
レオが苦笑した。
「つまり、全部ぶっ壊すってわけか。わかりやすいな」
コブラは葉巻の火を弾き飛ばし、
炎の中へと背を向けた。
抱えていた少女の頬に手を当て、
そのままレオへ渡す。
「こいつは任せる。
あとは――6人の勇士の、残り3人を探すだけだ」
風が吹き抜け、牧草の海がざわめいた。
爆炎の向こうで、酒場の残骸がゆっくり崩れ落ちる。
レオが肩を回しながら、にやりと笑う。
「3人ね。どんな連中なんだ?」
「さぁな。だが――」
コブラが月を見上げ、赤く燃える瞳で続けた。
「運命の歯車は、もう回り始めてる」
ホークが剣の柄を軽く叩き、
レオが肩をすくめ、三人は夜の草原を歩き出す。
背後では、かつての酒場がなおも燃え続け、
その炎はまるで銀河の戦火の序章を映すかのように、
闇を紅に染めていた。