/*/ 牧草地を抜ける夜風 /*/
レオは少女を抱え直し、ぶつくさ言いながら歩を進めた。
「助けた後始末を全部、俺に回すんじゃねぇよ。こんな匂い付きの荷物、勘弁だぜ」
コブラは肩越しに葉巻の先を指で弾き、薄く笑う。
「お前なら悪いようにはしないだろ。家出娘ならドミニクに引き渡せば良いだろう」
「かっこつけんなよ」
レオは睨みつけ、舌打ちをひとつ。
「自分でドミニクに連絡しろっての。……ったく、ルシアに繋ぐか」
ポケットから通信器を取り出す。
夜風が一瞬だけ止まり、機械音が小さく響いた。
「……ああ、俺だ。レオ・ゴルドンだ。海賊ギルドの幹部シオンのロド麻薬精製工場を爆破した。効き目の実験に使われた家出娘を保護した。捜索願いが出てるはずだ、そっちで保護してくれ」
一拍の沈黙。
それを破ったのは、冷ややかだが確信のある女の声だった。
「状況を確認します。位置を送って。負傷と証拠物件の有無も」
「負傷は軽傷、精神はちょいと参ってる。証拠? 全部吹き飛ばしちまった。工場も、暗号キーも、地下の装置ごと木っ端微塵だ」
小さな咳払い。通信の向こうから僅かに息を呑む気配。
「――了解。被害者の保護が最優先。捜索班を向かわせます。ドミニク中尉にも報告します。到着まで三十分前後」
「助かる。こっちは山の中だ、ライトを頼む」
通信を切ると、夜空の下に静けさが戻った。
コブラが歩みを止め、微かに笑った。
「さすがだな、レオ。祭りの後始末も完璧だ」
「財布は軽くなったけどな」
レオは少女を抱え直し、肩をすくめた。
「勝手に祭り騒ぎさせといて、奢りまで俺。今夜は割に合わねぇ」
ホークが低く笑い、剣の柄を叩く。
「余計な揉め事が起きないうちに行け。俺たちは次の支度をする」
三人の視線が交差する。
背後では、まだ燃える酒場の残骸が夜を赤く染めていた。
風に乗って、焦げた木と油の匂いが漂う。
コブラは煙を吐き、低く呟いた。
「行こう。世界は待ってくれない」
レオは少女の髪をそっと撫で、ぶっきらぼうに笑う。
「お前の話は、後できちんと聞く。まずは飯と風呂――それから警察の御厄介だ。ドミニク中尉が喜ぶ顔が目に浮かぶぜ」
夜風が再び吹き抜ける。
その中で、三人はそれぞれの方向を見据えた。
通信器の奥で、ルシアの部隊が出発準備を告げる声。
そして――
コブラの瞳には、再び銀河の果ての戦火がよぎっていた。
「クリスタルボーイ……全宇宙に戦を仕掛ける気か。
なら、こっちも全員を揃えるしかねぇ」
彼は葉巻を指で潰し、夜空を見上げる。
「6人の勇士――残り3人を、探し出す」
燃える残光が三人の影を伸ばし、
その先に、次の戦場の地平が滲んでいた。
/*/ 夜明け前 銀河パトロール臨時収容所・仮設通信テント /*/
風が帆布を揺らし、冷えた空気が入り込む。
簡易ライトが照らす机の上には、焦げ跡のついたデータパッドが無残に転がっていた。
ルシア中尉は眉をひそめ、報告書のスクリーンを軽く叩く。
「……どうして全部吹き飛ばしたんですか?」
低い声がテントの中に響く。
「取引の帳簿まで焼けちゃってるじゃないですか! 解析班が泣いてますよ」
怖い銀河パトロールの中尉様――そう呼ばれてはいるが、
生憎と小柄で華奢、童顔にそばかすのルシアでは、怖さよりも可愛さのほうが先に立つ。
レオは折りたたみ椅子にふんぞり返り、頭をかきながら溜め息をついた。
「吹き飛ばしたのはコブラだ。文句はドミニク中尉経由でも、直接でも本人に行ってくれ」
ルシアは額を押さえ、呆れたように小さく息を吐く。
「……あの男、本当に自由すぎます」
「そういう星の下に生まれたんだろ」
レオは肩をすくめ、傍らのベッドに目をやる。
そこには、眠る少女――保護した“家出娘”が毛布にくるまれていた。
点滴の針が細い腕に刺さり、呼吸は穏やかだ。
「それで、あの子のほうは?」
ルシアは手元の端末を確認しながら答える。
「身元が分かりました。オルフェウス財団の理事の娘。二週間前から捜索願が出てました」
「……良かった」
レオはほっと息を吐き、背もたれに体を預けた。
「ちゃんとしたところのお嬢さんだったんだな。まあ、良い勉強になっただろう」
ルシアが横目で彼を見る。
「家出娘には、ずいぶん優しい言葉ですね」
「俺だって元は真面目な家庭持ちだったんだぜ?」
レオは片目をつむって笑い、
ポケットから潰れた葉巻を取り出しては、すぐまたしまった。
「……コブラは今どこに?」
「さぁな。煙の向こうに消えたよ。次の戦場にでも向かったんだろ」
ルシアは呆れ顔で報告書を閉じた。
「また報告書が厚くなりますね」
「それでも、救える命があるなら悪くねぇ」
レオは立ち上がり、少女を見下ろした。
「この子が目を覚ましたら伝えてくれ。“生き延びるのも勇気のうち”ってな」
外では、東の空がゆっくりと明るくなり始めていた。
帆布の隙間から吹き込む風が、焦げた油と湿った土の匂いを運んでくる。
ルシアは無言で頷き、テントの布を押し上げて夜明けの光を吸い込んだ。
彼女の瞳に、遠く燃え尽きた丘の黒煙が映る。
――その煙の先に、
“6人の勇士”を探し続けるコブラの姿があることを、
誰もがなんとなく察していた。