紛れも無く奴に会いたくない   作:ぶーく・ぶくぶく

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 川を遡ると、正面に白い壁が立ちふさがった。

 

 滝だった。

 ガラクタの山の割れ目から、濁った水がどっと流れ落ち、茶色い泡を撒き散らしている。

 その背後に、わずかな暗がり――岩がえぐれたような影が見えた。

 

(原作知識が正しけりゃ……あの裏だな)

 

 レオはエンジンを落とし、ゴムボートを岩陰に寄せる。

 腰からロープを外し、滝の脇の岩にカラビナを打ち込んだ。

 

「ここからは徒歩だ。濡れるぞ」

 

「問題ない」

 

 ホークは短く答え、防水加工されたマントのフードをかぶる。

 二人はボートを簡単に固定すると、滝壺へと足を踏み入れた。

 

 容赦ない水圧が頭と肩を叩き、視界を白く塗りつぶす。

 冷たさよりも、重さと音が全身を包み込んでくる。

 

(この感覚、マンガじゃ絶対伝わらなかったよな)

 

 半ば笑いそうになるのを堪えつつ、レオは記憶通りに壁伝いに進む。

 数歩先で、水の幕がふっと薄くなった。

 

 そこに、空洞が口を開けていた。

 

 滝の裏側――ゲリラ村への秘密の入り口。

 

 ドミンゴ伯爵の私兵たちがここを見つける前に、辿り着けたのは幸運と言うべきだろう。

 

 水滴を払いながら内部へ進むと、簡素な鉄骨で組まれた吊り橋が現れた。

 深い裂け目の上に渡された、心許ない一本の道。下からは湿った風が吹き上げてくる。

 

「高所恐怖症なら、ここで帰るところだな」

 

「幸い、そういう弱点はない」

 

 二人は足元を確かめながら、吊り橋を渡り切る。

 

 その先――視界がぱっと開けた。

 

 そこには、球状の建物がいくつも転がるように立ち並んでいた。

 巨大なボールが、ところどころパイプや階段で繋がれている。

 表面には、古い企業ロゴや識別番号がかすかに残っている。

 

「宇宙船の救命ポッドをリサイクルした住居、ってわけか」

 

 レオは思わず口笛を吹いた。

 

 ボール状の家の間には、ロープとケーブルが張り巡らされ、

 洗濯物と即席アンテナと武器ラックが同じラインにぶら下がっている。

 地面には、スクラップから組み上げた風車や、小さな発電機。

 ゲリラ……というより、“生き延びることに必死な人々の村”という印象だった。

 

 その村の入り口で、数人の男たちがこちらを見張っていた。

 粗末な防弾ベストに、使い込まれたライフル。

 だが、その眼だけは鋭く、簡単には笑わない色をしている。

 

 レオは手を上げ、出来るだけ気さくな声で話しかけた。

 

「よう。撃たないでくれよ。こっちも撃つ気はねぇ」

 

 視線が、じろり、と二人を舐める。

 ホークは黙って両手を見せ、武器を構える意思がないことを示した。

 

「俺たち、海賊ギルドと戦ってるんだが――」

 

 レオは一拍置き、言葉を選ぶ。

 

「――電気《エレキ》使いミスティーの噂を聞いてね。

 仲間になってくれればと探してるんだが」

 

 その言葉に、周囲の空気がピンと張り詰めた。

 

 見張りの一人が振り返って合図を送り、

 奥のボールハウスから、白い髭の老人がゆっくりと姿を現した。

 

 痩せてはいるが、背筋は真っ直ぐ。

 片目には古いゴーグル。背中には工具の詰まったポーチ。

 表情は穏やかだが、その眼光は若いゲリラたちより鋭い。

 

「ミスティーを、か」

 

 老人はレオたちを正面から見据えた。

 

「だが、あんたらが何者かもわからん」

 

「そりゃ、ごもっともだ」

 

 レオは肩をすくめ、少しだけ距離を詰める。

 ホークは黙って一歩後ろに下がり、あくまで“補佐”の位置を取った。

 

「名前はレオ。こっちはホーク。

 タートル号で来た、コブラって海賊の仲間だ」

 

 その名に、周囲のゲリラがざわめく。

 

「コブラ……?」

「銀河パトロールに追われてる、あの?」

「なんでそんな奴がうちに――」

 

 老人は手を上げて、ざわめきを抑えた。

 

「コブラの名は知っておる。

 だが、名を騙る連中も少なくない。ここはそういう星だ」

 

「ですよね~」

 

 レオは苦笑しつつ、腰のホルスターから何かを取り出した。

 薄いメタルカード。海賊ギルドの識別コードが刻まれた、公式のタグだ。

 

「海賊ギルドの“お尋ね者”カード。

 コブラ本人のコードと連動してる。偽物なら、すぐバレる代物だ」

 

 老人はそれを受け取ると、腰の端末につないで確認する。

 しばし、端末からチリチリと古い電子音が鳴った。

 

 やがて、老人の口元にわずかな苦笑が浮かぶ。

 

「……どうやら本物らしいな。

 よりにもよって、お尋ね者本人の仲間が、わしの村に来るとは」

 

「世の中、縁ってのは妙なもんで」

 

 レオは肩をすくめる。

 

「俺らの目的はシンプルだ。

 ドミンゴ伯爵の連中と、海賊ギルドのごたごたに、

 この辺の一般人を巻き込みたくない」

 

 老人の視線がすっと細くなる。

 

「きれいごとを言いに来たのか?」

 

「きれいごとだけで済むなら、こんな星には来てないさ」

 

 レオの声色が、少しだけ低くなる。

 

「“電気使い”のミスティー。

 あの子の力があれば、ドミンゴの補給ラインを焼き切れる。

 伯爵の装甲車も、通信網も、電子錠も、まとめて停められる」

 

「そして、海賊ギルドの連中の、そこを叩くと」

 

 老人の言葉に、ホークが静かに頷いた。

 

「この星で戦う以上、ドミンゴ伯爵を放置することはできない。

 ゲリラだけで戦うには、相手の装備が良すぎる」

 

「だからって――」

 

 老人の声が、わずかに震えた。

 

「だからって、孫娘を“弾”として差し出せと言うのか」

 

 レオは一瞬、口をつぐんだ。

 原作知識では、村を皆殺しにされて根無し草になったミスティーだ。

 だが、実際にその祖父の顔を前にすると、選択肢を押し付ける台詞は、喉の奥で引っかかった。

 

「弾にするつもりはない」

 

 代わりに、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「あの子の力は、ここに閉じ込めておくには惜しすぎる。

 でも、それ以上に――」

 

 レオは村を見回した。

 ボールハウス、ゲリラたち、遠巻きにこちらを見ている子供たち。

 

「このままだと、いずれこの村ごと潰される。

 ドミンゴも、海賊ギルドも、“ここに何があるか”気づき始めてる」

 

 老人の肩が、ぴくりと震えた。

 彼も、それを痛いほど分かっているのだろう。

 

「……ミスティーを連れて行けば、あの子は戦場に立つことになる」

 

「連れて行かなくても、いずれここが戦場になる」

 

 レオと老人の視線がぶつかる。

 

 そのときだった。

 

 ふ、と空気が変わった。

 

 髪がほんのわずか、逆立つ。

 金属の手すりに触れていた少年が、小さく「熱っ」と叫んで手を離した。

 

 ボールハウスの上――

 配管とケーブルの迷路の中に、細い影が腰掛けている。

 

 金の髪。

 片耳に光る小さな端末。

 指先から、青白い火花がぱちぱちと踊っていた。

 

「……あたしの話?」

 

 気怠そうな声とともに、電気《エレキ》の匂いが、村の空気に混じった。

 

 レオは思わず、口の端を上げた。

 

(来たな――電気娘)

 

「よう、ミスティー」

 

 レオは、上を向いたまま右手を軽く振る。

 

「銀河のゴミ捨て場で、一緒に世界をぶっ壊してみないか?」

 

 ミスティーの口元に、にやりとした笑みが浮かんだ。

 

 

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