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ミスティーは配管の上で足をぶらぶらさせながら、レオをじっと見下ろした。
「世界をぶっ壊す、ねぇ」
指先で弾いた小さなスパークが、きいん、と金属音を立てて手すりに走る。
触れていた少年が「うわっ」と手を引っ込めると、ミスティーは軽く片手を上げた。
「ごめーん。電圧、ちょっと上がってた」
「“ちょっと”って言葉は、そういう時には使わないものだぞ、ミスティー」
祖父が眉間に皺を寄せる。
だが、ミスティー自身はどこ吹く風といった様子だった。
「で? あんた、レオとか言ったっけ」
ミスティーは、配管をするすると滑り降りると、最後は飛び降りて着地した。
靴裏から、ぱち、と火花が散る。
近くの街灯代わりのランプが一瞬だけ明るくなった。
「いきなり“ぶっ壊そう”なんて言ってくる奴、だいたいロクでもないんだけど」
「まあ、否定はしない」
レオは笑って、両手を軽く広げた。
「ただ、俺のやりたい“ぶっ壊し”は、ちょっと手の込んだやつでね。
ドミンゴ伯爵と海賊ギルド、その両方がこの星を“使い捨てのステージ”から外したくなるくらいの」
「ステージねぇ」
ミスティーの視線が、村をぐるりと見渡す。
ボール状の家々、スクラップ風車、細い煙突から上がる白い煙。
ここで生きている人たちの“生活”が、全部映っている。
「じいちゃんは、ここ守りたいんだよ。
でもさ、ドミンゴもギルドも、あたしの電気に目をつけてる。
どっちの“弾”にもなりたくないってのが、本音」
「だからこそ、来た」
レオは言う。
「お前さんの力を、誰かの都合じゃなく――
お前自身の選択に使ってもらいたくてな」
祖父がレオを睨む。
「口がうまいな、あんた」
「職業病でね」
レオが軽く肩をすくめると、ホークが一歩前に出た。
「ミスティー。ひとつだけ、具体的な話をしよう」
彼の声は淡々としているが、その瞳は真剣だった。
「この星の軌道上には、ドミンゴ伯爵が管理する中継衛星が数基ある。
ゴミの搬入ルート、補給艦の入港スケジュール、
それから、この星の監視データ――全部、そこで処理されている」
ミスティーが片眉を上げる。
「ふーん。そりゃそうだよね。ここ、ただのゴミ捨て場じゃないし」
「俺たちは、コブラのサイコガンとタートル号を使って、
あの衛星群の“外装”を齧るつもりだ」
ホークが、携帯端末に簡易ホログラムを展開する。
傾いた軌道上に並ぶ衛星群と、その下に位置する惑星ダスト。
青い線が補給ルート、赤い線が監視線を示している。
「だが、外側から撃つだけでは“事故”に見せかけるのが限界だ。
本当に“壊す”には、中から鍵を開ける必要がある」
「中から、ねぇ」
ミスティーはホログラムを覗き込み、指先から小さな電流を流した。
映像の中の衛星が、一瞬ピリッとノイズを走らせる。
「……うん。あたしの電気、確かに届くかも。
ここから直接じゃ無理だけど、ドミンゴの中継塔を経由すれば」
祖父が顔色を変えた。
「ミスティー!」
「ちょっと見ただけだよ。触ってないって」
ミスティーは肩をすくめる。
そして、レオを見上げる。
「あたしを連れてくってことはさ」
その瞳には、さっきまでの気だるさとは別の光が宿っていた。
「ドミンゴ伯爵の“ゴミ流し込みルート”を、
根こそぎショートさせるつもりって理解でいい?」
「そのつもりだ」
レオは真顔で頷いた。
「お前の雷で、あのクソ野郎の足元をびしゃびしゃにして、
コブラがそこにサイコガンぶち込む」
「わお。物騒」
ミスティーは、楽しそうに口笛を鳴らした。
「そういうはっきりした話、嫌いじゃないよ」
祖父が、苦い顔で二人のやりとりを見ていた。
「ミスティー、お前は分かっているのか。
奴らの中継網を潰せば、報復は必ずここに来る」
「うん、来るね」
ミスティーはあっさり認めた。
「でもさ。何もしなくても、いずれ来るよ。
ここ、“ちょっと”便利すぎるもん。
ゴミ捨てと人間の実験場、両方に使える」
祖父の唇が、きつく結ばれる。
「だから、あたしは選ぶ。
ただの“被害者”として潰されるより、
加害者どものシステムをぶっ壊す側に立つほうをね」
ミスティーはレオを指さした。
「あんたらが、本当にドミンゴとギルドの両方からこの村を守る気があるなら――
あたしは手を貸す。条件付きで」
「条件?」
レオが眉を上げると、ミスティーは指を二本立てた。
「ひとつ。作戦の内容、あたし自身にも口を出させること。
“電気使いの便利ボタン”扱いはなし」
「了解。共同演出ってわけだな」
「ふたつめ」
ミスティーは村の方を振り返る。
「作戦の前に、村のみんなを“隠す手”を用意してくれること。
タートル号を使うなり、あんたらのコネを使うなりしてさ。
少なくとも、ドミンゴの連中が一度襲ってきたくらいじゃ、
全滅しないような隠し場所を」
レオは一瞬だけ考え、ホークと目を合わせた。
ホークはわずかに頷く。
「……できるか?」
「タートル号の船倉と、スクラップ帯の中に隠せるシェルターをいくつか。
それから、ロシナンテが合流できれば、思考戦車のシールド領域も使える」
「だそうだ」
レオはミスティーに向き直る。
「約束しよう。
お前の“家”を、俺たちの戦いのせいで消し飛ばしたりはしない」
ミスティーは少しだけ目を細め、それから祖父を見た。
「じいちゃん」
「……なんだ」
「行っていい?」
祖父はしばらく何も言わなかった。
村の子供たちの視線、ゲリラたちの不安げな眼差し、
ミスティーの真っ直ぐな瞳――全部を順番に見渡す。
やがて、深く長い溜息をついた。
「……わしには、お前を止める資格はないのかもしれん」
「そんなことないよ」
ミスティーは、苦笑した。
「あたしが“ここでいい”って言ってた間は、止めてよかったんだよ。
でも、もう違う。
あたし、自分の電気がどこまで届くか、見てみたくなっちゃった」
祖父は、ゆっくりとミスティーの肩に手を置く。
「なら、せめて約束しろ」
「なに?」
「死ぬな。
それと――むやみに自分を嫌いになるような使い方だけはするな」
ミスティーは、目を丸くして、それからふっと笑った。
「うん。それは努力する」
レオが、二人のやりとりを少し離れた場所から見ていた。
胸の奥で、原作の“段取り”と、今目の前で進行している現実が、すこしだけズレていく感覚。
(……いいさ。
こっちのほうが、きっと面白い)
そのとき。
ミスティーがぴくりと肩を震わせた。
「あ」
「どうした」
ホークが即座に反応する。
「……来る」
ミスティーの声が低くなる。
「頭のてっぺんに、変な“ざわざわ”来てる。
ドミンゴのリモート・スキャンだ。上空のドローンが網をかけてる」
祖父が顔色を失う。
「もう、ここを?」
「まだ“ここ”までは絞れてない。
でも、この峡谷ラインをなめてる。
あと五分もしたら、この滝の入り口に興味を持つ奴が出てくる」
レオとホークは、ほとんど同時に動いた。
「ホーク」
「分かっている。滝の手前で迎撃準備だ」
レオはミスティーを振り返る。
「一つ、聞いてもいいか?」
「なに」
「今ここで、お前の“電気”をちょっとだけ貸してくれないか。
ドミンゴのスキャンを“誤魔化す”ために」
ミスティーはニヤリと笑った。
「そう来なくちゃ」
彼女は両手を広げ、村のボールハウスを見渡す。
「みんな、ちょっとだけ金属から離れてー! 感電しちゃうからー!」
ゲリラたちが慌てて手すりから離れる。
子供たちが、わくわくした顔で物陰から覗いている。
ミスティーは深呼吸を一つして、目を閉じた。
次の瞬間。
村の周囲を囲むスクラップ帯――
その金属片の一つひとつに、淡い青い火花が走った。
空気がびりびりと震え、髪が逆立つ。
遠くの空で、小さな閃光が弾けた。
「……上空のドローン、一機“くしゃみ”した。
センサーが過負荷でリセット中。
あと三分は、この峡谷ラインのデータが真っ白になる」
ミスティーは息を吐き、額の汗を拭った。
「さあ、レオ。
本番前の前座ショーはこんなもんでどう?」
レオは口角を上げた。
「最高だ。観客が目をこすってる間に、俺たちは袖からすり抜けられる」
ホークが短く告げる。
「時間がない。タートル号に一度戻るぞ。
ミスティー、来られるか」
「もちろん」
ミスティーは祖父を振り返り、片手を上げた。
「行ってくる。
じいちゃん、村の避難プラン、考えといて。
あたし、こいつらに無茶振りするから」
「……ああ。
帰って来たときに、“家があるように”しておこう」
レオたちは、村人たちの視線を背に受けながら、吊り橋へと向かった。
滝の向こうでは、すでに遠くから、かすかなエンジン音の反響が聞こえ始めている。
(コブラ、ちゃんと寝てりゃいいが……
どうせ立ち上がってるんだろうな)
レオは苦笑しつつ、足を速めた。
惑星ダスト。
宇宙のゴミ捨て場での“小さな選択”が、
やがて銀河規模の“演出”の幕を開けることになる――
その、ほんの最初の一歩だった。
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