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探査機が黙々と金塊を運び出すあいだ、山頂の空気はやけに澄んでいた。
さっきまでの吹雪が嘘のように消え、蒼天が広がっている。
「――おい、レオ!」
雪煙を蹴ってコブラが現れた。
その腕には、冷たく硬質な躯体を抱え上げている。
「……レディ!」
思わず声が出る。
それは生身ではなく、アーマロイドの彼女のボディだった。
金属の継ぎ目からは雪が入り込み、電源は落ちている。だが、その瞳の奥にはかすかな光が残っていた。
「囁きに惑わされなかった理由がこれさ。レディを助けるためだけに、俺は登ってきた」
コブラは短く言い切り、硬い顔にわずかに安堵を浮かべる。
その後ろから、ジェロニモがゆっくりと現れる。
彼の背には、毛布に包まれた遺体がくくりつけられていた。
「オヤジ……」
ジェロニモの声は低く、震えていた。
「部族ノ掟デ ヤマ 登ッテ 戻ラナカッタ。オヤジ “臆病者” 言ワレタ」
彼はゆっくりと雪に跪く。
「ダケド……信ジタ。逃ゲタ ノデハナイ。……チカラ尽キタ ダケ」
その横顔は、吹雪を切り裂いた山頂の空気のように澄み切っていた。
デイジーが小さく息を呑む。
俺は金塊の山を見渡し、肩をすくめる。
「それぞれに“報酬”があったってことか。
コブラにはレディ。ジェロニモには父親。デイジーには金塊。……そして俺にも」
黄金の輝きが雪面を照らす。
囁きはもう消えていた。
山は、試練を与えるだけ与え――それを乗り越えた者には、それぞれの“答え”を返す。
「――よし、帰るか」
コブラが低く言った。
「試練だろうが幻覚だろうが、金塊も、仲間も、手に入れた。十分だ」
俺は笑い、デイジーの肩を叩いた。
「だな。山はもう、俺たちに用はない」
青空の下、俺たちはそれぞれの“得るもの”を抱えたまま、下山の準備を始めた。
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金塊を回収して一息ついたところで、俺はコブラに声をかけた。
「なあコブラ。タートル号は呼ばないのか?」
コブラは雪に沈み込んだレディを見やり、肩をすくめた。
「呼んださ。だが近くまで来ると、俺の信号をロストするんだ。……理由は単純だ。あいつには“この山が存在しない”って判定されてる」
「なるほどな」
俺は鼻を鳴らす。
「吹雪の時にしか姿を現さない山。確かに今は晴れてる。タートル号のセンサーじゃ、ただの空白にしか映らねぇってわけか」
「そういうこった」
コブラは雪煙を吐き出し、にやりと笑った。
「まあ、タートル号が来られないなら来られないでいい。俺はレディを連れ帰れりゃそれで十分だ」
俺はタブレットを取り出し、探査機のライブ映像を確認した。
「……ふむ。じゃあこうしよう。タートル号にこの一帯のセンサー・スキャンを頼んでみろ。俺の探査機でも逆方向から同じ範囲をスキャンする。比較データが揃えば――」
デイジーが不安そうに首を傾げる。
「揃えば……どうなるの?」
「大学の研究室に持っていけば、高く売れる」
俺は口元を吊り上げた。
「嵐のときだけ現れる山――その“証拠”だ。学者連中は喉から手が出るほど欲しがるはずさ」
「レオ……アンタ、本当に抜け目ない男だな」
コブラが呆れ顔で笑う。
「金塊だけじゃ足りなくて、学者からも巻き上げるってか」
「俺はリアリストだって言ったろ。転んでもただじゃ起きないのが俺のやり方だ」
タブレットの画面には、探査機が描き出す“山の輪郭”がはっきりと浮かび上がっていた。
タートル号のセンサー結果と突き合わせれば、現実と幻覚の境界線が見えるはずだ。
――このデータが、カゲロウ山の正体を暴く鍵になる。
俺は雪に沈み込んだ金塊の山を一瞥し、にやりと笑った。
「さて、山が何であろうと……俺にとっちゃ“もう一山”稼ぐチャンスだ」
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俺たちは探査機の荷台に金塊を積み込み、レディの身体もそこへ固定した。
アーマロイドの彼女は息をしていないが、コブラに抱き上げられたとき、その瞳は確かに微かに光っていた。
「よし……全員そろったな」
俺は雪の上に視線を走らせる。
ジェロニモ、デイジー、コブラとレディ――そして、別ルートで取り残していたリンダ、フランク、バッキーの姿も確認できた。
不思議なことに、山を下り始めた途端、吹雪がまた激しくなってきた。
だが、頂上で見た蒼天を胸に刻んだ俺たちには、もはや囁き声も幻覚も届かない。
「降りろ……か。もううるせぇよ」
俺はぼやきながら、自分のフックを岩肌に打ち込み直した。
「俺たちは降りるんだ。望み通りにな」
途中、リンダが震える声で呟いた。
「……本当に、夢じゃなかったのね」
「夢じゃねぇさ」
俺は荷を背負ったまま笑った。
「証拠は背中にぶら下がってるだろ。――金塊っていう、ずっしりした現実がな」
バッキーはふらつきながらもロープにしがみつき、歯を食いしばっていた。
「お、重てぇ……でも、俺のだ、俺の金だ……!」
その姿にデイジーが肩をすくめる。
「まったく。あんたの分は15キロで十分でしょ」
リンダにはフランクと共に30キロを持たせた。
金塊の重みで腰を引かれながらも、彼女は悔しさ半分、満足半分の表情を浮かべていた。
雪を踏みしめ、一歩一歩――。
やがて、視界の下方に船の影が見えたとき、全員の胸に安堵が広がった。
甲板に戻った瞬間、皆の表情が一気に緩んだ。
ジェロニモが空を仰ぎ、短く言った。
「ミンナ カエレタ。ソレ ヨカッタ」
「そうだな」
俺は吐く息を白くしながら、雪原の向こうに消えゆく山影を見つめた。
カゲロウ山は再び吹雪の中に隠れていく。
――まるで最初から存在しなかったかのように。
だが、甲板の上に積まれた金塊は確かにそこにある。
幻でも幻惑でもない、現実の輝き。
俺は金塊を一つ持ち上げ、にやりと笑った。
「これで終わりだ。カゲロウ山の“試練”はな」
デイジーが隣で笑う。
「終わり……でも、わたしたちの冒険はこれからでしょ?」
「……はは、そりゃそうだ」
船は雪煙を巻き上げながら進み出す。
俺たちは山を後にし、それぞれの“分け前”を抱え、確かに生還した。
ハッピーエンド。
ジェロニモにガイド料金として金塊を渡そうと思ったけど、堅気の彼は換金できなくて困りそうだったので現金払いしました。