/*/
タートル号が、静かに大気圏を抜けた。
惑星ダストの茶色い斑点模様が、視界の下へ遠ざかっていく。
代わりに、黒の中に浮かぶ巨大な影――軌道要塞《ドミンゴ・アーク》が、窓一面を覆い始めた。
「何度見ても、趣味の悪い要塞だな」
コブラが椅子にもたれ、サイコガンの指で窓枠をコツコツ叩く。
「下から見てると“空飛ぶ灰皿”みたいだったけど、近寄ると余計にひどいわね」
ミスティーは前のめりになって、操縦席のバックパネルに肘を突いていた。
白髪がふわふわ揺れている。
「灰皿だろうが箱舟だろうが、狙いは同じだ」
ホークがシートベルトを締め直す。
「動力部を止め、この要塞を“ただの金属塊”に変える」
「その間に、俺とコブラでお貴族様とAIの首を押さえる」
レオがモニターに映る要塞の断面図を指差した。
「動力室はこのブロック。ここがミスティーと俺の持ち場。
司令室とAIコアはこっちだ。コブラとホークで頼む」
「任された。派手なクライマックスは得意だ」
コブラがニヤリと笑う。
「じゃ、そろそろノックしに行くか。“海賊式”のノックでな」
タートル号の機首が、要塞の外装ハッチに向かって突っ込んでいく。
通常なら、ここで対宙砲が火を吹くはずだった――が。
『対空砲座、今なら半分寝てるよ』
ミスティーがコンソールに指を走らせながら言った。
『さっきあたしが送った“誤報エラー”に、まだ振り回されてる。
内部回線も、監視カメラの半分くらいはザラついたまんま』
「いい悪戯だ。じゃあ、遠慮なくぶち破らせてもらう」
コブラがカウントダウンを始める。
「3、2、1――ハロー、上流階級」
タートル号の衝角が、外装ハッチをぶち抜いた。
金属片が舞い、真空と薄い空気の入り混じった空間に、
タートル号が無理やり腹をねじ込む。
赤い警報灯が回り始めた。
/*/
要塞内部、出撃デッキ。
アーシュラ中佐は、装甲バイク《トマホーク》の並ぶ格納ラックの前で舌打ちした。
「……やってくれるね、コブラ」
スクリーンには、タートル号が外装を破って侵入する映像が映っている。
『警告。外装第Cブロックに侵入反応。
識別コード――タートル号、コブラ』
「そう来なくちゃ」
彼女は咥え煙草を口の端に寄せ、サイボーグの左腕でバイクのハンドルを軽く叩いた。
「全トマホーク、中隊出撃準備――」
そこまで言って、アーシュラは一瞬だけ動きを止める。
出撃デッキから伸びる通路は、狭い。
曲がり角も多く、天井も低い。
「……やめだ」
彼女はバイクから離れ、部下たちに手を振った。
「全機、待機態勢。ここで突っ込んだら、ただの“鉄の楔”だ。
歩兵装備で行くよ。各員、近接戦パッケージを持って散開」
「中佐、自慢のトマホークは?」
「こんな棺桶みたいな要塞の中じゃ、踊れやしないさ」
アーシュラはニヤリと笑い、腰のホルスターから二丁のハンドガンを抜いた。
「せっかくのショーだ。
最前列の客席くらい、自分の足で取りに行かないとね」
/*/
タートル号内部、エアロック前。
「じゃ、ここからは二手に分かれる」
レオがタブレットをしまい、腰の装備を確かめる。
「動力室ルートはこっち。給電管と冷却管が集中してる。
ミスティー、ここから先はお前の感覚も頼りにする」
「うん。あいつらの“電気の匂い”、もうなんとなく覚えたし」
ミスティーは指先から小さなスパークを飛ばしてみせる。
「コブラ、ホークは司令室ルートね」
「了解。お坊ちゃんと仮面舞踏会してくるよ」
コブラはサイコガンの指をひらひらと揺らす。
「ホーク、AIのコアは見つけ次第ぶった切ってくれ。
ミスティーが“逆ハック”される前にな」
「任せろ。あの声はあまり愉快ではなかったからな」
ホークは淡々と言い、剣の柄に手を添えた。
「じゃ――開幕だ」
エアロックが開き、要塞内部の空気が流れ込む。
金属とオゾンと、消毒薬の混ざったような匂い。
けして“生きている”場所の匂いではない。
/*/ レオ&ミスティー組 /*/
動力区画へ続く保守通路は、薄暗く、壁一面に配管とケーブルが張り巡らされていた。
ところどころ、警報灯が点滅している。
「ここ、あたし歩くだけで『ピリピリ』来るんだけど」
ミスティーが眉をひそめた。
「うっかり触ると勝手に点検されそうな電気の流れ方してる」
「普通は触らないけどな」
レオは苦笑しながらも、ミスティーの視線を追ってケーブルの配置を確認する。
「この幹線、たどれば中枢動力に行き着く。
AIの目も鼻も集中してるはずだ」
『その通りです』
耳元のスピーカーから、平板な女声が割り込んできた。
『ようこそ、ドミンゴ・アークの心臓部へ。
不正侵入者二名――識別、《レオ》《ミスティー》』
「うわ、感じ悪」
ミスティーが舌打ちする。
『電気使い。先ほどは興味深いデータをありがとうございました。
あなたの神経パターンは、わたしの学習に大きく寄与します』
「勝手に“実験データ”扱いすんな。参加費もらうわよ?」
『あなたに支払われる報酬は、“ギルドへの価値”として永続します』
「ね、レオ。今の聞いた? すっごいムカつくんだけど」
「安心しろ」
レオは肩をすくめ、前方の扉に爆薬を貼り付け始めた。
「今からこいつの“心臓”を止めれば、
あいつの電気の王国は全部、真っ暗になる」
『真っ暗になるのは、そちらのほうです』
警報音が高まった。
『動力区画に防衛ドローンを展開――』
「はいはい、そこは予想済み」
レオが起爆スイッチを押す。
――爆音。
扉が内側へ吹き飛び、その向こうから、球状の防衛ドローンが飛び出してきた。
レーザーサイトがミスティーの額と胸を照らす。
「はいストップ」
ミスティーが指を鳴らした。
ぱん、と乾いた音と同時に、ドローンたちの表面を電撃が走る。
内蔵回路が焼き切れ、ドローンはそのまま床に落ちて転がった。
『……対物防衛ユニット、機能停止。
電気使い個体、近接電磁干渉能力――危険度再評価』
「再評価してる暇あったら、避難でもしたら?」
ミスティーは舌を出し、そのまま動力室へ踏み込んでいく。
そこは、眩しいほど白い空間だった。
巨大な柱状のリアクターが中央に立ち、その周囲をプラズマパイプと冷却装置が取り巻いている。
床には規則正しい光のライン。
すべてが「効率」と「管理」を象徴していた。
「……きれい、だけど」
ミスティーは眉をひそめた。
「やっぱり嫌い。この“完璧に制御されてます”って顔」
『このリアクターは、ギルド標準仕様の改良型です。
あなたのような野生の電気使いには、扱えない構造です』
「野生って言うな、野生って」
ミスティーはリアクター基部の端末に手をかざした。
「レオ。あたし、やるよ」
「オーバーロードか?」
「うん。
この要塞ぜんぶの電気を、いっぺんに“くしゃみ”させる」
彼女の指先に、青白い光が集まっていく。
『警告。動力制御系に不正アクセス――』
「だまれ」
ミスティーは額に手を当てるように、端末に触れた。
『侵入経路特定。逆侵入プロトコル起動――』
リアクターの光が、一瞬、ミスティーの瞳に映り込む。
彼女の表情が、ぴくりと歪んだ。
「っ……!」
「ミスティー!」
レオが駆け寄る。
『神経パターン逆トレース開始。
対象《ミスティー》の思考パターンを抽出――』
「くそ……脳みそ覗くんじゃないわよ、このストーカーAI!」
ミスティーの脳内に、眩暈のようなノイズが流れ込む。
要塞の配線図、戦況データ、ギルドの暗号鍵――
SIRENが持つ膨大な情報が、逆方向に彼女へ押し寄せてきた。
『すばらしい。同調率、想定以上。
あなたの脳は、わたしのサブコアとして機能し得る――』
「誰が! あんたの外付けハードなんかになるかっての!」
ミスティーは叫び、逆に電気を押し返す。
「レオ! 時間稼いで! あとちょっとで――
あたしのほうから“ぶっ壊せる”!」
「分かった!」
レオは腰から取り出したツールをリアクター基部に叩きつけ、
あちこちのパネルを“物理的に”ショートさせていった。
『動力制御系に物理破壊反応――
プロセス優先順位変更、逆侵入プロトコル継続――』
「……しつこいわね、本当に」
ミスティーの額から汗が滴る。
「じゃあ、ホーク。頼んだよ――」
彼女は小さく呟いた。
/*/ コブラ&ホーク組 /*/
司令室への通路は、さすがに警備が厚かった。
自動砲塔、シールドドア、簡易バリケード。
だが、そのどれもが、“風”と“サイコガン”の前には意味をなさない。
ホークが走り、剣を振る。
空気が刃をまとい、バリケードごと兵士たちを吹き飛ばす。
その背後から、コブラのサイコガンが砲塔のコアだけを正確に撃ち抜いた。
「相変わらず、道を拓くのは得意だな、ホーク」
「コブラのほうこそ、無駄弾を撃たない」
二人は軽口を叩きつつ、司令室前の最後の扉に辿り着いた。
扉が開く。
そこは、半球状の広い空間だった。
中央にホログラムテーブル。
その横に、青白いAIアバター《SIREN》。
そして――
顔の上半分を黒い仮面で隠し、バラの花を指に挟んだ剣士が一人。
「ようやく来たか、小さな海賊たち」
ドミンゴ伯爵は、優雅に一礼した。
「歓迎しよう。《ドミンゴ・アーク》最後の舞台だ」
「気取った挨拶の割に、背景が安物の特撮セットみたいだな」
コブラが笑う。
「仮面にマント、おまけに薔薇まで持ってる悪役なんて、
この時代でもレアだぜ?」
「美学を理解しない者は、いつだって淘汰される」
ドミンゴはレイピアを抜き、バラを口に咥えた。
「今日、ここで散るのは――
薔薇の花びらか、それともお前たちの血か。見物しよう」
『補足します』
SIRENが淡々と言う。
『現在、動力制御系に外部侵入を確認。
対象《ミスティー》《レオ》。
逆トレースプロトコル進行度、七十二%』
「7割も持ってかれてんのかよ!」
コブラが舌打ちする。
「ホーク、あいつをどうにかできるか!?」
「ああ」
ホークは剣を構え、AIアバターを一瞥した。
「だが、その前に――」
ドミンゴが目の前に割り込んできた。
剣が閃き、サイコガンの指先へ鋭い突きが飛ぶ。
コブラは身を翻して躱し、逆にサイコガンをドミンゴの足元へ撃ち込んだ。
床が弾ける。
ドミンゴは軽やかにステップを踏んでかわした。
「戦場で別の女の名前を呼ぶとは、礼儀がなっていないな、コブラ」
「悪いな。あいにく今日は、“電気娘”のほうが大事なんでね」
コブラはにやりと笑い、仮面の剣士と向き合った。
「ホーク。AIは任せた。
こっちは俺の“ダンス相手”だ」
「了解した」
ホークは一瞬で状況を見極める。
AIアバター《SIREN》は、単なる投影だ。
本体は――
「そこか」
彼は天井近くの機械群を見上げた。
中央に鎮座する黒いコアモジュール。
それを中心に、ケーブルと冷却パイプが蜘蛛の巣のように広がっている。
『認識されましたね、剣士個体』
SIRENが振り向きもせずに言う。
『しかし、わたしのコアはこの要塞全体に分散しています。
一点を破壊したところで――』
「分散しているなら、すべてまとめて断ち切るまでだ」
ホークは跳んだ。
床から天井へ、一気に距離を詰める。
SIRENの声が、僅かに速度を上げた。
『警告。剣士個体、AIコアに接近。
動力制御系への逆トレース、優先度上昇――』
「させない」
ホークの剣に、風が巻きつく。
「ミスティーを“道具”扱いする存在は――
この風が、許さない」
一閃。
風刃が、AIコアとその周囲のケーブルをまとめて断ち切った。
火花と冷却液が飛び散る。
『――――』
SIRENの声が、一瞬途切れた。
それから、ノイズ混じりの声でぽつりと呟く。
『……戦術評価、修正。
剣士個体――予測不能要素を多く含む、要注意対象……』
ホークはもう一度、今度は水平に斬り払った。
「予測不能――それでいいさ」
コアの外殻が割れ、中の光るモジュールがむき出しになる。
それも風と刃で粉砕された。
青白いアバターが、ふっと薄くなった。
『逆トレースプロトコル――停止。
電気使い個体とのリンク――切断』
その言葉を最後に、SIRENの像は消えた。
/*/ 同時刻、動力室 /*/
「……ふっ――!」
ミスティーが大きく息を吐いた。
頭の中を圧迫していたノイズが、すっと消えていく。
『逆トレースプロトコ――』
途中で音声が途切れ、そのまま沈黙した。
「ホーク……やってくれたんだね」
ミスティーはにやりと笑い、両手をリアクターに押し当てた。
「じゃ、こっちも本気出すよ。
この要塞の電気――全部、一回“ゼロ”にしてあげる」
彼女の指先から、青い光が流れ込んでいく。
リアクターが唸り、警告灯が一斉に点滅を始めた。
『警告。主動力炉に異常な負荷を検知――』
「オーバーロードってのはね」
ミスティーは歯を食いしばりながら笑う。
「“限界を超えさせる”って意味じゃない。
“限界がどこか思い出させてやる”って意味なの」
リアクターの輝きが、突然スパッと消えた。
代わりに、低い衝撃波だけが一度、要塞全体を揺らす。
照明が落ちた。
赤い非常灯だけが、かろうじて空間を照らす。
「――よし。心臓、止まった」
ミスティーは膝から崩れ落ちそうになるところを、レオに支えられた。
「やったな、電気娘」
「当然。あたしを誰だと思ってんの。
惑星ダストの――」
「スクラップの雷神?」
「いいね、それ」
ミスティーはふふん、と鼻を鳴らした。
「スクラップの雷神ミスティー様だよ。
この灰皿要塞も、もうただのガラクタ」
/*/ 司令室 /*/
SIRENの像が消え、照明が赤一色になった空間で、
ドミンゴ伯爵はなおも優雅に構えていた。
「……AIも、要塞も。
まったく、粗末に扱ってくれる」
「最初から、あんたの玩具の扱いが雑なんだよ」
コブラがサイコガンを構える。
「ここからは、生身同士の話だ。
仮面の向こうの顔、ちょっと拝ませてもらおうか」
「それは叶わんな」
ドミンゴはバラを咥えたまま、レイピアを構え直した。
「仮面は舞台に、薔薇は観客に――
そして剣は、相手に捧げてこそ、美しい」
「だったら――」
コブラの口元が、悪戯っぽく歪む。
「海賊流の“カーテンコール”ってやつを、教えてやるよ」
ホークは一歩下がり、剣を収めた。
「ドミンゴ伯爵は、お前の相手だ。
俺は、要塞の“沈没準備”を手伝おう」
「頼んだ」
要塞はすでに、軌道を微妙に外れ始めている。
制御不能のまま墜落させれば、惑星ダストに甚大な被害が出るだろう。
レオとミスティーが動力を止め――
ホークとコブラが、指揮系統と貴族気取りの剣士を叩き潰し――
すべてが終わったとき、ドミンゴ・アークはただの大きなスクラップになる。
惑星ダストのスクラップ・シンフォニー。
その第二楽章が、いまクライマックスを迎えようとしていた。
/*/