紛れも無く奴に会いたくない   作:ぶーく・ぶくぶく

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幕間


 

 

/*/ タートル号・船内 /*/

 

 

 ダストの重力が遠ざかっていく。

 タートル号はゆっくりと角度を変え、星の薄い大気を抜けて真空へ滑り出た。

 

「ふぁあぁぁ……やっと落ち着いたな」

 ホークがコックピット後部のシートにどさっと座り込み、両足を投げ出す。

「砂も風もない静寂。爆発音はあるけどな」

 

「静寂に爆発音を足すな」

 レオは操縦席の後ろ、壁面コンソールに新しいウィンドウを開いた。

 “ミスティー・カリキュラム案(仮)”という無慈悲なタイトルが浮かぶ。

 

「ねえ」

 ブリッジの入り口で、ミスティーがそわそわと立っていた。

 さっきまで勇ましくタラップの前に立っていた少女は、今や完全に“転入初日の学生”の顔になっている。

 

「ここがブリッジ?」

「ああ」

 コブラが振り返り、ニヤリと笑う。

「タートル号の脳みそであり心臓部。船長席は、もちろん俺」

 

「自分で言うんだ……」

 ミスティーは小さく笑いながら足を踏み入れた。

 金属とオイル、それから人の気配のする空間。

 窓の外には、さっきまで自分の世界だった赤茶けた惑星が、もう丸い“背景”として遠ざかっている。

 

「お前の席は、こっちだ」

 レオがひょいと顎で示す。

 サブコンソールの一角。配線だらけで、ところどころパネルが外されている。

 

「……壊れてない?」

「“いじりしろ”があるって言うんだ」

 ホークが言う。

「お前向けの玩具。船内電力系とセンサー系の一部を、適宜ぶっ壊したり直したりしてもいいように分けてある」

 

「ぶっ壊す前提なの?」

「お前、自分で言ったろ。機械を“いじる”のが得意だって」

 レオは肩をすくめる。

「ただし、条件がある」

 

 ミスティーの額に、ジワリとと冷や汗が滲む気配がした。 青筋だとイラついていることになりますよ

 

「――今日の分の問題集を終わらせてから、だ」

 レオは容赦なくホログラムを切り替えた。

 空中に、教科書データと問題集がずらりと並ぶ。

 

「航宙力学入門、基礎数学Ⅰ・Ⅱ、銀河共通語文法。まずはここからだな」

 

「ちょっと待って、それ“入門”って量じゃないんだけど!?」

「安心しろ。まだ優しい方だ」

 ホークが笑う。

「本当に地獄なのは、“レオの実地テスト”が始まってからだからな」

 

「聞きたくなかった情報ありがとうございます!!」

 

 ミスティーは頭を抱えたが、その指の間からこっそりとコンソールを覗き見た。

 新しい配線。見たことのない型番の基板。

 そして、ダストでは絶対に触れなかった種類の、“真新しい宇宙のオモチャたち”。

 

「……ねえ、レオ」

「なんだ」

「その……勉強終わったらさ。

 この船の配線図、ぜんぶ見せて」

 

 レオは一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに口元を上げた。

 

「いいだろう。満点の日だけ、特別講義だ」

「よっしゃ、やる気出てきた!」

 

 元気よく拳を握った瞬間、足元で小さな振動が走った。

 タートル号が、次のジャンプポイントへ向けてエンジン出力を上げたのだ。

 

「目的地は?」

 ミスティーが尋ねる。

 

「さあな」

 コブラが椅子にもたれ、煙草を指でくるりと回す。

「だいたい、あの“光明神《アフラ・マズダ》”の気分次第だ」

 

「ただひとつ言えるのは」

 ホークがにやりと笑った。

「次の星も、たぶんロクでもないってことだ」

 

「ロクでもないところにしか呼ばれないって、どんな仕事なのよ……」

 

 ミスティーのぼやきと、男たちの笑い声。

 それを包むように、タートル号は光の尾を引きながら、静かに宇宙の闇へと消えていった。

 

 ――惑星ダストの赤錆は、もう彼らの足を掴まない。

 代わりに今度は、ミスティーという新しい火花が、タートル号の中で弾けようとしていた。

 

 

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