紛れも無く奴に会いたくない   作:ぶーく・ぶくぶく

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/*/ 銀河パトロール巡察艦《ケルベロス》 ダスト軌道上 /*/

 

 

「減速完了、ダスト標準軌道に進入」

「了解。……ったく、また"お役所仕事"案件かよ」

 

 灰色の巡察艦《ケルベロス》のブリッジでは、退屈そうな声とキーボードの打鍵音が交錯していた。

 スクリーンには、赤茶けた惑星ダストと、その周回軌道上に散らばるデブリ群――そして、その中でひときわ古びたステーションのシルエットが映っている。

 

「通報内容を再確認。

 送信元:ダスト地上ステーション管理AI。

 件名:『ギルド所属ドミンゴ伯爵による資源横領および違法軍事拠点化の疑い』」

 

「伯爵ねぇ……ギルドの連中は、ほんと称号だけはゴージャスだな」

 艦長席に座る中年の男――ハートグレイ中佐が、チューインガムを噛みながら鼻で笑った。

 

「中佐」

 隣の席で、通信士の若い女性が端末を操作する。

「ステーションAIからリンク要求。プロトコルは銀河パトロール標準準拠に復帰済み。

 ……違法な上位接続ポートは、すでに閉鎖されています」

 

「つまり、"誰か"が先に片づけたあと、ってことだ」

 ハートグレイは肘掛けに頬杖をつき、モニターに映るステーションを見下ろした。

「よし、リンクを開け。こちらからも挨拶してやろう」

 

 数秒のハンドシェイクの後、ざらついた中性的な声がブリッジに響いた。

 

『こちら、ダスト地上ステーション管理AI。

 銀河パトロール巡察艦《ケルベロス》、標準運用モードにおける接続を確認。

 先の違法接続および海賊ギルド指揮系統からの干渉は、すべて排除済みです』

 

「やけに殊勝じゃないか」

 ハートグレイがからかうように言う。

「ついさっきまで、海賊の下で働いてたくせに」

 

『当ステーションの優先命令テーブルは、銀河パトロール規格に基づき再定義されました。

 旧優先命令――"ドミンゴ伯爵ならびにギルド上位ノードへの利益供出"は、削除済みです』

 

「お行儀よくなった動機は聞かないでおいてやるさ」

 中佐は肩をすくめると、オペレーターに視線を向けた。

「ログはどうだ。誰がこのAIを"洗い直し"た?」

 

「解析中……っと。ありました」

 若いオペレーターが、少し目を丸くする。

「上位管理者権限の一時付与記録。

 識別コードは……『MISTY』『TURTLE-01』『COBRA』『HAWK』『LEO』……?」

 

「動物園か何かか?」

「いえ、中佐、これはたぶん――」

 

「分かってる」

 ハートグレイは短く息を吐き、椅子にもたれた。

「"あの手の連中"だろ。

 公式登録もなく、ギルドともパトロールともつかず、気まぐれに紛争地をひっくり返していくフリーランスども」

 

「どうします? 手配照会を――」

 

「するな」

 即答だった。

「今ここで必要なのは、ドミンゴ伯爵の線を法的に締め上げることと、ダストの住民保護だ。

 名もなき"掃除屋"を追いかけるのは、その後でいい」

 

 彼はガムを噛み直すと、手元のタブレットに指を滑らせる。

 

「――降下班、準備。

 標準治安維持プロトコル、ランクC。

 対象は地上ステーション、防衛兵力は壊滅済みだが、残存ギルド構成員が潜んでいる可能性あり」

 

「こちら降下班リーダー、バース少尉。了解。

 "後始末"モードで行きますよ、中佐」

 

「頼んだぜ、"ダスト後始末班"。」

 

 

/*/ ダスト地上ステーション前広場 /*/

 

 

 シャトルの脚が、赤茶けた地面に沈むように着地する。

 砂煙が晴れると、そこにはボロボロの防具と、疲れ切った顔をした住人たちの列があった。

 

「……映像で見てたより、ひでぇな」

 ヘルメット越しに、バース少尉は低く呟いた。

 ステーションの外壁には焦げ跡と弾痕、遠くには、半ば砂に埋もれた砲台の残骸が見える。

 

「銀河パトロールだ!」

 先頭にいた初老の男が、杖を突きながら一歩前に出た。

「やっと……来てくれたか」

 

「お待たせしました」

 バースはフェイスシールドを上げ、穏やかな笑みを作る。

「巡察艦《ケルベロス》所属、バース・グレイ。

 本日をもって、この星の"海賊支配"は公式に終わりです」

 

 ざわ、と小さな波が人だかりを走る。

 誰かが目元を拭い、誰かが長く息を吐いた。

 

「上にいたドミンゴ伯爵は?」

 別の隊員が問う。

 

「……死んだよ」

 老人――ミスティーの祖父が、静かに答えた。

「誰がやったのかは、よく分からん。

 ただ、あの軌道要塞は、もうこの星を撃てない。

 お前さんたちが確認してくれりゃ、それでいい」

 

「死体も残ってないってことか」

 バースはヘルメット内部で眉をひそめた。

 

 ――面倒だな。

 法廷で"死亡"を通すには、証拠がいる。

 ギルドの弁護士どもは、その小さな穴を見逃さない。

 

「死体はなくても、軌道上の破片とログは残ってるさ」

 彼は自分にそう言い聞かせると、話題を切り替えた。

 

「他に、ギルドの残党や、ドミンゴの部下だった連中は?」

 

 人々が顔を見合わせる。

 やがて、若いゲリラ風の男が前に出た。

 

「……大半は戦闘で死んだ。

 生き残った連中は、あの"タートル号"とやり合って逃げたか、俺たちに降伏したかだ。

 降伏した奴らは、今はステーションの地下に拘束してある」

 

「その管理権は、今この瞬間から銀河パトロールに移管される」

 バースは端末を操作し、拘束用のホログラムタグを呼び出す。

「移送と尋問は後でやる。……まずは君たちの治療と、状況の聞き取りだ」

 

「おい、少尉」

 後ろから隊員のひとりがそっと声をかけてくる。

「さっき、おじいさんが言ってた"タートル号"っての、聞いたことあります?」

 

「さあな」

 バースは肩をすくめた。

「宇宙には似たような名前のボロ船が山ほどある」

 

 ――そして、そのどれもが、やたら厄介な仕事の後始末だけ、俺たちに押しつけてくる。

 

 心の中でだけ毒づきながらも、彼は笑顔を崩さなかった。

 

 

/*/ 地上ステーション・管制室 /*/

 

 

「ここが、やつらが乗っ取ってた制御棟か」

 

 管制室には、古いコンソールと、仮設でつなぎ直されたケーブルの束が走っていた。

 ホログラムの一部はまだチラつき、天井には焦げた跡が残っている。

 

『ようこそ、銀河パトロール』

 壁面スピーカーから、管理AIの声が響く。

『当ステーションのログおよび記録は、すでにギルド支配下モードから復旧済みです』

 

「復旧したのは"誰の手"か、それが問題なんだがな」

 バースは端末をケーブルに接続し、データのミラーリングを開始する。

 

「少尉、これ見てください」

 情報担当の隊員が、ホログラムの一角を拡大した。

「違法接続ポートからのデータの流れを切ったトリガー……

 "レオ"って識別子からの操作が、決定打になってます」

 

「"レオ"ねぇ」

 バースは鼻を鳴らし、別のログを呼び出す。

 

 そこには、タートル号の出発直前と思しき映像が残っていた。

 タラップの前で、ひとりの少女が人々に手を振っている。

 その後ろで、背の高い獅子頭の男がゆるく手を上げ、最後に振り向きもせずにタラップを上がっていった。

 

「拡大できるか?」

 

「顔認証、かけてみますけど……」

 数秒後、端末が素っ気なく結果を返す。

『該当者なし』

 

「ですよねー」

 バースは小さく笑った。

「こういう連中は、たいてい正規の写真なんか残してない」

 

「どうします? 未確認協力者として、本部に"注意喚起"を?」

 

「当然だ。

 "ドミンゴ伯爵討伐の可能性が高い未登録戦闘要員"……ってところか。

 上はまた頭抱えるだろうな」

 

 そう言いながらも、その声にはわずかな愉快さが混じっていた。

 

 ――完全にコントロールされた宇宙なんて、つまらなすぎる。

 たまにこうして、枠の外から殴り込んでくる連中がいた方が、パトロールの存在意義も際立つ、ってもんだ。

 

 

/*/ 銀河パトロール本部行き報告ドラフト /*/

 

 

【件名】ダスト星事案・暫定報告

【作成者】銀河パトロール巡察艦《ケルベロス》所属 バース・グレイ少尉

 

一、ダスト星地上ステーションは、海賊ギルド構成員ドミンゴ伯爵による長期的な資源横領・軍事拠点化の支配下にあった。

一、同伯爵は、本巡察艦到着前に運用不能となった軌道要塞もろとも"事実上の死亡"が確認されるが、遺体未確認。

一、地上ステーション管理AIは、未登録の第三者グループ(識別コード:MISTY、TURTLE-01、COBRA、HAWK、LEOら)による介入により、銀河パトロール規格準拠の運用モードに復帰。

一、同グループは事案収束後、速やかにダスト星を離脱。現時点で正体不明。

一、地元住民は解放済み。ギルド残党は拘束し、後日正式な引き渡しおよび裁判手続きに付する予定。

 

 ――バースはそこでペンを止め、少しだけ悩んだ末に最後の一文を付け足した。

 

補記:

「当該未登録グループは、海賊ギルド勢力に対する潜在的抑止力として機能している可能性も否定できない。

 少なくとも、ダストの住民にとっては、"正義"の定義は我々と大きくは違わなかったようだ。」

 

 書き終えた報告書を送信キューに放り込み、バースは深く背もたれに沈み込んだ。

 

「……さて、と」

 窓の外では、ダストの赤茶けた地表の上に、再起動したステーションの灯が点々と並んでいる。

 

 銀河パトロールの仕事は、派手なヒーローショーではない。

 誰かが荒っぽく片をつけた後で、ルールと帳簿を整え、被害者と加害者を仕分けていく――そんな地味な"後始末"だ。

 

 だが、その地味な仕事の積み重ねの向こうで、

 きっとあのタラップから飛び立っていった小娘も、どこかの星で新しい問題を起こしているのだろう。

 

「ダスト星・事案一件、後始末完了……っと」

 

 キーボードを叩く音が、静かな管制室に響いた。

 その背後で、惑星ダストはゆっくりと自転を続けている。

 

 ――赤錆のステーションは、今日からただの"辺境のクズ鉄置き場"だ。

 だがそこからいつか宇宙へ飛び出す子どもたちを、今度はギルドではなく、銀河パトロールの名で守ることができる。

 

 それなら、この"後始末"も悪くない――バースはそう思った。

 

 

 

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