/*/ タートル号・ブリッジ後方・即席教室 /*/
「……では、この条約の名前は?」
レオの問いに、ミスティーは腕を組んで唸っていた。
「えーっと、“第三次――なんとか――停戦協定”!」
「“なんとか”は条約名に入らない」
「分かってるけど出てこないの!」
そんなやり取りを、ブリッジの出入り口で誰かがじっと見ていた。
ホークだ。
壁にもたれ、珍しく静かに、ミスティーとホログラムの年表を交互に見ている。
「……ホーク?」
ミスティーが気付き、首を傾げた。
「どしたの。暇なの?」
「お前な」
ホークは額をかき、少し視線を逸らした。
「レオ」
「なんだ」
「その……銀河史と共通語の授業、俺も受けていいか」
ミスティーの目が丸くなる。
レオは、逆に「ようやくか」という顔をした。
「いいに決まってる。前から勧めようと思ってた」
「えっ、前から?」
「お前、“幻戦士”だった頃の記憶はあるが、世界の仕組みはほとんど知らないだろう」
レオはホログラムに新しい名前を追加する。
「正直、銀河共通語も、竜の知識からの転送で覚えてるだけだしな」
「……まあな」
ホークは苦笑した。
ベンガル星で“英雄の幻”として存在していた時代。
必要だったのは剣技と勇気だけで、読み書きや年号は、伝承の向こう側の話だった。
「今は“人間の体”で宇宙を飛んでる。
だったら、人間としての“世界の見方”も覚えた方がいい」
レオは淡々と言う。
「どのみち、戦闘報告書はお前にも書いてもらうしな」
「げっ」
ホークが本気で嫌そうな顔をした。
「報告書って、あの“何年何月何日、誰それは何々し……”って長々書くやつだろ」
「そう、それ」
ミスティーがニヤリとする。
「しかも、“ッス”禁止なんだよ。ね、先生」
「お前はまず自分のレポートの“ッス”を減らせ」
コブラが船長席から笑い声を上げた。
「いいじゃねぇか。タートル号、ついに“寺子屋”付きになったな」
「勝手に看板増やさないで」
ミスティーが抗議するが、どこか誇らしげでもある。
「じゃ、ホーク。そこ座れ」
レオはミスティーの隣のシートを顎で示した。
「今日からお前も生徒の一人だ」
「……了解した、“先生”」
ホークはわざとらしく姿勢を正し、軍人式に敬礼してみせる。
だがシートに腰を下ろす仕草は、どこか落ち着かない。
「まずは銀河史の“通し年表”からだ」
「いきなりそれかよ……」
「安心しろ。全部覚えろとは言わない」
レオは年表の一部を拡大した。
「お前が生まれたベンガル星――いや、“縛られていた”と言うべきか――そこに関わる戦争と条約だけ、重点的にやる」
ホログラムの上に、ベンガル星系の名前が浮かぶ。
ホークはその文字を、しばらく黙って見つめていた。
「……この戦争も、条約も、俺は知らなかった」
ぽつりと呟く。
「俺が“英雄”やってた時、上でこんなことが起きてたのか」
「知っていたら、どうしてた?」
レオが尋ねる。
「さあな」
ホークは肩をすくめた。
「でも――“知らないまま剣を振るう”よりは、マシだったかもな」
その横顔を、ミスティーがじっと見ている。
「……じゃあさ」
ミスティーは年表にマーカーを走らせながら言った。
「一緒に覚えよ。
あたしも、銀河史はぜんぜん頭に入らないし」
「お前と同レベルってことか」
「文句ある!?」
「いや――」
ホークは吹き出した。
「悪くない相棒だと思っただけだ」
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「じゃ、二人とも。小テストだ」
しばらくして、レオが問題を投げる。
ホログラム上に、空欄だらけの年表と、穴だらけの文章が並んだ。
「うわああああああ」
ミスティーとホークの悲鳴が見事にハモる。
「第七星間戦争を終結させた条約の正式名称と、その影響で凍結された航路を三つ」
「ちょっ、いきなりそれ!?」
「さっきやったばかりだ」
レオは容赦しない。
「……おいミスティー、凍結航路の一つ、さっきお前が“ここ通ったら怒られるんでしょ”って言ってたとこだろ」
「待ってホーク、それヒントにしないで、ちゃんと覚えてよ!」
文句を言いながらも、二人の指はホログラムの上で忙しく動く。
ミスティーは語呂合わせで年号を覚えようとし、
ホークは戦場の地図と結びつけて条約名を頭に叩き込む。
勉強のやり方も、得意なところも違う。
だが、同じテーブルで同じ問題に頭を抱えるうちに、
“幻の戦士”と“砂漠の電気娘”の距離は、少しずつ縮まっていった。
タートル号のエンジン音が、静かなリズムで鳴り続ける。
その響きの中で、
一人は未来の整備士として、
もう一人は“幻ではない英雄”として、
それぞれの世界を埋める言葉と歴史を、ゆっくりと身に刻み始めていた。