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/*/ タートル号・ブリッジ /*/
その日、勉強時間はそこそこで強制終了になった。
ブリッジ前面のメインスクリーンが、突然ノイズを撒き散らしながら白く焼ける。
星々の光が消え、代わりにあの女神の顔が浮かんだ。
どこの誰がそう名付けたのか、いまだによく分からない“上の存在”だ。
『聞きなさい、我が選びし勇士たちよ』
いつもの、妙に芝居がかった声。
コブラはシートにふんぞり返ったまま、煙草をくるくる指で回した。
「また出たな、上から目線」
「しっ、静かに」
ミスティーが小声で肘でつつく。
ホークとレオも振り返り、ブリッジの空気が一瞬だけ改まる。
『第五の勇士、その名は――“氷の牙”ドブスン』
短く、その名だけが告げられた。
『五百の牙を束ね、虚空を噛み砕く氷の群れの王。
彼を仲間に加えよ。道は、その先に開かれる』
そこで映像はぷつりと途切れ、ノイズの向こうに星空が戻った。
メインスクリーンに、ただ自分たちの進行方向に広がる宙域だけが映る。
数秒の沈黙。
「……マジで言ってんのか、あの神様は」
一番最初に口を開いたのは、やっぱりコブラだった。
「“氷の牙ドブスン”って……」
ミスティーがきょとんとする。
「有名なの?」
「有名どころの話じゃねえ」
コブラは煙草を唇にくわえ直し、苦笑まじりに肩をすくめた。
「ギルドに属さない“正統派”の大海賊さ。
五百隻からなる海賊船団《氷の牙》の長。
ギルド船団相手に、何度も一方的に歯を折ってきた伝説級だ」
「俺も噂は聞いたことある」
レオがコンソールに指を走らせ、星図を呼び出す。
「“氷海宙域”――恒星風の関係で常に微細な氷結粒子が渦巻いてるエリアがある。
あそこを根城にして、ギルドの補給ルートに噛みつくのが“氷の牙”のやり口だ」
「氷の……海?」
ホークが首を傾げる。
「宇宙なのに?」
「星の間を流れてるのは、空気だけじゃないのよ」
ミスティーが得意げに口を挟む。
「氷とか塵とか、そういうのがベルトみたいに集まってる“帯”があって――」
「説明は教科書通りでよい」
レオが軽く制した。
「問題は、その“帯”を根城にしてる頭目が、よりにもよってドブスンだってことだ」
「でもさ」
ミスティーはアフラ・マズダの言葉を思い返すように眉を寄せた。
「5人目の勇士って言われたんでしょ? 仲間になるってことじゃないの?」
「理屈の上ではな」
コブラは煙を吐き出しながら目を細める。
「だがあいつ、海賊ギルドが“死ぬほど嫌い”って話だ。
ギルドって口にした瞬間、そこらの奴まとめてぶん殴りたくなるタチだぞ」
「……ギルドに追われてる俺らと、“ギルドが大嫌いな大海賊”を会わせる、か」
レオの声に、皮肉が混じる。
「光明神様は、相変わらず難易度の高いパズルを投げてくる」
その時、ブリッジが低い警告音に包まれた。
ピッ、ピッ、ピッ。
「おっと、現実に戻されたな」
コブラが前を向く。
センサー表示パネルには、すでにいくつもの赤い光点が追尾軌道を描いていた。
後方から迫る、小型戦闘機群。
「クリスタルボーイの戦闘機《ヘルキャット》……数、増えてない?」
ミスティーが青ざめた顔で画面をのぞき込む。
「増えてるな。さっきまで二機編隊だったのが、今や小隊規模だ」
レオが答える。
「奴さん、完全に本気モードだ」
「それよりヘルキャットに追われてるけど、良いの?」
ミスティーが半ば叫ぶように言った。
「良くはねえが、悪くもねえな」
コブラはにやりと笑った。
その笑いを見て、ホークが嫌な予感に眉をひそめる。
「おい、その顔はろくなこと考えてねぇ顔だ」
「決まってんだろ」
コブラはレオの星図表示を指で弾いた。
冷たい青のグラデーションが塗られた宙域――“氷海宙域”が拡大される。
「このままドブスンの縄張りに入ったら、ヘルキャットやっつけてくれるんじゃね?」
一瞬、ブリッジの空気が止まった。
「……待て」
先に動いたのはレオだ。
「理屈としては、たしかにそうだ。
ギルド所属の戦闘機隊が“氷の牙”の縄張りに踏み込めば、ドブスンは喜んで噛みつくだろう」
「だろ?」
「だが同時に、“そのギルド機を引き連れて入ってきた謎の船”も、まとめて噛みつかれる可能性が高い」
「……ですよねー」
ミスティーががっくりと肩を落とす。
「氷の牙の縄張りって、そんなに危ないのか?」
ホークが尋ねる。
「危ないどころじゃない」
コブラの表情から、わずかに笑いが消えた。
「氷の欠片だらけの宙域だ。普通の船は航路設定だけでも一苦労、下手すりゃ装甲ごと削られる。
その“地の利”を完全に掌握してるのがドブスン。
奴はそこで、何度もギルドの大船団を叩き潰してきた」
「じゃあ、やっぱり――」
「――だからこそ、だよ」
コブラは指先で星図上の一点を二度、軽く叩いた。
「ドブスンは、筋の通った奴だ。
ギルドが嫌いだからって、筋の通らねぇやり口はしない。
“ギルドとは別種の海賊”って看板に、誇りを持ってる」
ミスティーがぱちぱちと瞬きをする。
「……知り合いなの?」
「まあな。昔ちょっと、借りを作ったことがあってな」
コブラは曖昧に笑うだけで、詳細は語らない。
「問題は、向こうがその借りをまだ覚えてるかどうか、だ」
レオが冷静に付け加えた。
「覚えてなきゃ、どうするんだ?」
ホークの問いに、コブラはあっさりと言う。
「その時ゃ、殴り合って思い出してもらうさ」
「お前って男は……」
レオが深いため息を吐く。
だが、その口元もどこか楽しげだった。
「危険度最大級の宙域に、ギルド戦闘機の大名行列を引き連れて突っ込む、か」
「やるの?」
ミスティーがごくりと唾を飲み込む。
「やるしかねえだろ」
コブラはシートに深く座り直した。
「光明神様が“5人目はドブスンだ”って言うんだ。
だったら、どう転んでもどこかでぶつかる。
なら、こっちから条件を選んでやるさ」
レオは短く頷き、操縦パネルに手を伸ばした。
「進路変更。“氷海宙域”境界線まで最大戦速。
ヘルキャットの追尾は、そのまま背中に貼りつかせる」
「ちょ、ちょっと待って心の準備が――」
「走りながらしろ」
ホークがミスティーの肩をぽんと叩く。
「どうせお前、さっき銀河史の“凍結航路”の名前覚えたろ?
今からそこを実地で見るんだ。贅沢な授業だと思え」
「授業料が命なのよ!!」
ミスティーの悲鳴と、男たちの笑い声が重なった瞬間――
タートル号のエンジンが唸りを上げた。
星図上で、彼らの船を示すアイコンが軌道を曲げ、
常に薄い氷の粒子が吹き荒れる危険宙域、“氷の牙”の縄張りへと向かう。
その後ろには、赤い光点――ヘルキャット隊が、獲物を追う狼のように群れを成して続いていた。
この先に待っているのが、
救いの“第五の勇士”か、
氷の中の墓標か。
それはまだ、誰にも分からなかった。