紛れも無く奴に会いたくない   作:ぶーく・ぶくぶく

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/*/ 氷海宙域境界・ドブスンの縄張り /*/

 

 

 氷海宙域は、見た目からして“冗談じゃない”エリアだった。

 

 メインスクリーン一面に、光を散らす細かな粒が流れていく。

 無数の氷塵と微小隕石が、恒星風に押し流されて帯を成し、

 その合間を縫うようにタートル号は滑っていく。

 

「うわ……」

 ミスティーは思わず頬を寄せて、スクリーンをのぞき込んだ。

「綺麗だけど、当たりたくない感じの、あれ」

 

「当たったら船体が“鉄板おろし金”だな」

 ホークが肩をすくめる。

「こっちはまだ外縁部だからマシな方だ」

 

「速度を少し落とすぞ」

 レオが淡々と告げる。

「氷塵の密度が上がる。シールドに当たる衝撃でヘルキャットにこちらの“轍”を読まれると厄介だ」

 

 コンソールに走る指に合わせて、船体がかすかに震えた。

 出力を抑えつつ、進路のみを鋭く保つ。

 

「で、クリスタルボーイの連中は?」

 コブラが後方センサー表示に目をやる。

 

「バッチリ、着いてきてるわよ」

 ミスティーが答える。

「氷塵を避けるためにフォーメーションが縦に伸びてきてるけど、まだ十分な数がいる」

 

「よしよし、いい子だ」

 コブラは煙草をくわえたままニヤリと笑う。

「そのまま、まとめて“狩場”に連れてってやる」

 

 そのとき、センサーに新しい反応が現れた。

 

「……来たな」

 レオが目を細める。

 

 タートル号の進行方向前方、氷塵の靄の向こうから、

 鈍く光る巨大な影が、静かに姿を現した。

 

「でっか……」

 ミスティーが呆然とつぶやいた。

 

 一隻の戦艦――ではない。

 幾つもの船殻を無理矢理結合させて造ったような、異様なシルエット。

 旧式貨物船、砕氷船、武装艇……寄せ集めのはずなのに、

 全体としてはひとつの“牙”のような、不気味な統一感があった。

 

 その背後には、さらに数え切れないほどの光点。

 氷塵の向こうに、編隊を組んだ艦影が次々と浮かび上がる。

 

「数、ざっと……五百」

 レオの声が低くなる。

「《氷の牙》の大船団、本隊だ」

 

「すごい……」

 ホークは素直に感嘆の声を漏らした。

「竜の軍勢とも違う。これは……“海の軍隊”だな」

 

「さて、問題の“王様”は――」

 コブラが言い終えるより早く、タートル号の前方に一本の光が走った。

 

 氷塵の帯を裂くように、巨大戦艦から射出された信号光が、

 タートル号の鼻先を横切る。

 

「警告射撃だな」

 レオが即座に解析を表示する。

「“これ以上前に出るな。ここは氷の牙の海だ”……それから、“後ろのクズを連れてきた理由を五秒以内に説明しろ”」

 

「五秒!? 短くない!?」

 ミスティーが叫ぶ。

 

「海の男は気が短いんだよ」

 コブラは笑い、通信チャネルを開いた。

 

「こちらタートル号。非ギルド所属、独立採算の善良な宇宙の通りすがりだ」

『誰が“善良”信じるかバーカ!!』

 

 回線を開いた瞬間、相手の怒鳴り声がブリッジを揺らした。

 

 スピーカーから飛び出した声は、

 どこか古いアニメのキャラを思わせる、がなり立てるような調子。

 

『よりにもよって、この氷の海に《ギルド》のケツ引き連れて突っ込んでくるとはどういう了見だァ!?

 そこに生きてるやつ全員、まず一回ぶん殴ってから話を聞いてやろうかァ!?』

 

 ギルド、の単語が出た瞬間、

 スピーカーの向こうで、なぜか周囲の部下らしき声が「ぎゃぁあ!?」と上がる。

 

『いっ、いきなり殴るのはやめてくださいキャプテン!!』

『顔面はやめて、せめてヘルメット越しにしてください!!』

『“ギルド”って言ったのあんたですからねキャプテン!!』

 

「……うわぁ」

 ミスティーがドン引きした。

「噂通りというか、想像の斜め上というか」

 

「間違いない、ドブスンだな」

 コブラは笑いをこらえながら、応答する。

 

「久しぶりだな、“氷の牙”の王様」

『――――その声は』

 

 怒鳴り声がピタリと止んだ。

 

『……コブラか?』

 

「他にいないだろ」

 

 メインスクリーンの一角に、相手側の映像が開く。

 

 そこに映ったのは、

 見事なヒゲと、どこか古臭いアラビアン風の衣装――

 そう、まるで“シャザーン”のコスプレのような格好をした大男だった。

 

 額にはターバン、胸元には巨大な宝石。

 だが顔立ちはどこか懐かしい漫画のキャラクターを彷彿とさせる、

 庶民くさくも憎めない造形だ。

 

『なんだお前、また妙な真空の匂いさせやがって……』

 ドブスンは、横向き加減に腕を組み、

 ぶつぶつと愚痴をこぼし始めた。

 

『よりによってだぞ。こっちは今、ギルドの補給ルート叩く計画を練ってたとこなんだ。

 そこに“ギルドのおもちゃ”をずらっと並べて連れてくる奴があるか、まったくもう……

 やれやれどいつもこいつも船の燃費ってもんをだなぁ……』

 

 完全に、どこかのギャグ漫画のコマである。

 

「ドブスン」

 コブラは笑いを噛み殺しながら言った。

「後ろのヘルキャット、ギルドじゃなくて“海賊ギルド”のだ」

 

『同じことだバカヤロウ!!』

 

 再び怒声。

 ドブスンの拳が、画面の向こうで部下の頭を一列に殴り飛ばす。

 

『ギルドって言葉聞いただけで顔面を殴らずにいられない体になってんだこっちはァ!!』

『キャプテンおちついて!!』

『こちら被害状況、前歯3、鼻血5です!!』

 

「……あの人、本気で“ギルド”アレルギーだな」

 ホークが呆れたように言った。

 

「ま、話は早いさ」

 コブラは肩をすくめる。

「後ろの連中、まとめてそっちで処分してくれないか?」

 

『図々しいこと言うなァ!!』

 が、ドブスンは即答で怒鳴り返す。

 

『タダでギルド船を沈めさせてくれなんて、海賊の面汚しだぞコラ!

 それに、お前のその船――タートル号だっけか――

 あのケツにくっついてくるギルド臭も面倒くさいんだよ!』

 

「その“ギルド臭”をどうにかするために、あんたの牙を借りに来たんだがな」

 コブラは口元だけで笑う。

 

「そっちの氷の海を荒らすつもりはない。

 条件次第で、“海賊ギルドのログ”と“ヘルキャットの機体データ”をくれてやる。

 それと――」

 

 コブラは一瞬、視線だけでレオと合図した。

 

「“光明神”の件もだ」

 

 その一言で、ドブスンの目の色が変わった。

 

『…………おい』

 

 さっきまでのがなり声が嘘のように、低い声になる。

 

『今、何て言った?』

 

「アフラ・マズダ、って名前に心当たりは?」

 

 短い沈黙。

 メインスクリーンの向こうで、ドブスンがゆっくりとこちらを振り返る。

 

『……つくづく面倒なヤツだなテメェは、コブラ』

 

 そう言いながら、ドブスンは鼻を鳴らした。

 

『よし分かった。詳しい話はあとだ。

 とりあえず“後ろのゴミ”は、俺が片付けてやる』

 

「話が早くて助かる」

 

『だが勘違いするなよ? 借りはきっちり返してもらう。

 ギルドのケツを引き連れてきた分だけ、“借用利子”は跳ね上がってんだからな!!』

 

 ドブスンが手を振り下ろす。

 

『全艦、牙を剥けェ!!』

 

 その号令とともに、氷の海が一斉に牙を立てた。

 

 氷塵の影から、次々と小型艇や雷撃艇が飛び出す。

 氷の同調装甲を纏った魚雷が、光の線を描いて後方へ走る。

 

「ヘルキャット隊、進路変更!」

 レオが叫ぶ。

「反転、迎撃姿勢――いや、間に合わないな」

 

 氷海宙域の地の利は、完全に“氷の牙”側にあった。

 

 氷塵を盾にして動く艦艇は、

 ヘルキャット隊にとって“レーダーに映らない幽霊”のような存在だ。

 気付いたときには、すでに至近距離からの一斉射。

 

 スクリーンの中で、ヘルキャットのシルエットが次々と白い火花に変わっていく。

 

「……これが、“氷の牙の狩り”か」

 ホークが息を呑んだ。

 

「氷の海を庭にしてる連中の戦い方だよ」

 レオが静かに応じる。

「これだけの数を、ほとんど被弾なしで沈めるとはな」

 

「ちょ、ちょっと待って」

 ミスティーが慌てて通信モニターを操作する。

「脱出ポッドの反応……あんまり、ない」

 

「クリスタルボーイの部下だ。容赦は期待するな」

 コブラの声は、さっきまでの冗談めいた色を失っていた。

 

 やがて、最後のヘルキャットが氷塵の向こうに飲み込まれる。

 爆発の光も消え、宙域には再び、薄い氷の流れだけが残った。

 

 その中心に、堂々と“氷の牙”本隊が浮かぶ。

 タートル号の真正面に、巨大な牙のシルエットがぬっと迫る。

 

『コブラァ!!』

 

 回線越しにドブスンの声が響いた。

 

『お前のせいで、今日の計画が全部やり直しだ!!

 ギルド船はたしかに派手に沈められたがなァ!!』

 

「おかげで命拾いしたのは事実だ。ありがとよ」

 コブラは肩をすくめる。

 

『感謝は聞き飽きた! 文句で払え文句で!』

『キャプテン、それ感謝の受け取り方おかしくないですか!?』

 

 部下たちのツッコミが飛び交う中、

 ドブスンはふん、と鼻を鳴らし、こちらを指差した。

 

『タートル号、そこの“氷海中央牙城(コア・シップ)”に来い。

 詳しい話は、顔と顔を突き合わせてからだ』

 

「歓迎の赤カーペットは?」

『氷と借用書ならいくらでも敷いてやる!!』

 

 なんだその歓迎は、とミスティーが小声でつぶやく。

 

 レオは短く頷いた。

「どうする、コブラ」

 

「行くさ」

 コブラは立ち上がり、コートの襟を軽く整える。

 

「光明神様が“5人目だ”って指名してきたんだ。

 なら、殴られる覚悟で会いに行くしかないだろ」

 

「殴られないプランは?」

 ミスティーが恐る恐る聞く。

 

「“ギルド”って言葉を、しばらく口にしないことだな」

 ホークがぼそりと答える。

 

「それ、勉強の“銀河史”の授業と矛盾しません?」

「実地銀河史はいつも教科書と矛盾するんだよ」

 レオがため息まじりに笑った。

 

 タートル号は進路を変え、“氷の牙”本隊の中央へ向かっていく。

 

 その先で、

 シャザーンのような衣装をまとった大海賊ドブスンと、

 “六人の勇士”の縁が、大きく動き出そうとしていた。

 

 ――そして当然のように、その再会の場にも、

 殴り合いと罵声と、妙に義理堅い約束ごとがセットで付いてくることを、

 タートル号の乗組員は、うすうす理解し始めていたのだった。

 

 

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