紛れも無く奴に会いたくない   作:ぶーく・ぶくぶく

59 / 78


 

 

/*/ 氷海中央牙城《コア・シップ》・ドッグ /*/

 

 

 タートル号の船体が、きしりと音を立てて巨大な船殻に抱きとめられた。

 外壁のハッチが閉じ、氷塵のざわめきが遠ざかる。代わりに、金属と油と汗の匂いが濃くなる。

 

「……なんか、“港の匂い”って感じ」

 ミスティーが鼻をひくつかせた。

「宇宙港ってより、もっとこう、魚市場に近いというか」

 

「海はねえけど“海の連中”だ」

 ホークが肩をすくめる。

「竜の巣とは別の意味で、気は抜くなよ」

 

 ハッチが開き、タートル号のタラップが伸びる。

 その先で待っていたのは、武装したごつい連中――“氷の牙”の海賊たちだ。

 

 ボロボロの宇宙服に、妙に派手なスカーフ。

 ヘルメットには、自前で描いたと思しき“ギザギザの牙”マーク。

 

「お、お客さまだ……ぞ」

「キャプテンから“絶対手ぇ出すな、殴るのは俺が先だ”って言われてるからな」

「“ギルド”って言うまでは殴るなって話じゃなかったか?」

「おまえ、今それ言ったぞ」

「ぎゃああああ!!」

 

 なぜか自爆して頭を殴られている。

 ミスティーは、もう突っ込む気力もなくなっていた。

 

「ようこそ《氷の牙》へ」

 先頭にいた比較的まともそうな男が、一応きちんと敬礼する。

「キャプテンがお待ちです。変な真似をしなければ、たぶん――」

 

「“たぶん”て何よ、“たぶん”て」

 ミスティーが小声でレオに囁く。

 

「最大限の善意表現だと思え」

 レオは淡々と返し、コブラ、ホーク、ミスティーの順にタラップを降りていく。

 

 

/*/ 氷海中央牙城《コア・シップ》・艦橋 /*/

 

 

 艦橋は、タートル号とは方向性の違うカオスだった。

 

 天井から吊られた古いランプ、その横に最新式と思しき戦術ホロスクリーン。

 紙の海図と星図データが同じテーブルの上で入り乱れ、

 壁にはなぜか巨大な“氷山に噛みつく牙”の絵。

 

 その中央のキャプテンシートに、ドブスンがふんぞり返っていた。

 

 シャザーン風ターバンに、やたらデカい宝石、

 そしてあの“横向きでぶつぶつ愚痴る”姿勢。

 

『ったくよォ……こっちはこっちでギルドの補給線かじる段取りがだな……』

『キャプテン、それさっきから三回目ですよ』

『うるせぇ!! 文句言ってねぇと気が済まねえんだよ!!』

 

 部下のツッコミをひとしきり受けたあと、

 ようやくドブスンはコブラたちに視線を向けた。

 

「よぉ、氷付けにされずに来れたじゃねぇか」

 

「道の整備がいいおかげだな」

 コブラが肩をすくめる。

「いい氷海だ。滑り心地がよかったぜ」

 

「ほう?」

 ドブスンの唇の端がわずかに吊り上がる。

「口先だけは、相変わらず“正統派”だなコブラ」

 

 その後ろで、ミスティーとホークが小声で囁き合う。

 

「ねえ、“正統派の海賊”って何?」

「たぶん、“自分でそう言ってるだけ”のやつだ」

「じゃあうちの船、妙に“正統派率”高くない?」

「言うな。聞かれたら殴られるぞ」

 

「で――」

 ドブスンがぐいと身を乗り出した。

「お前、“光明神”がどうとか言ってたな。

 アフラ・マズダっつったか」

 

 艦橋の空気が、わずかに重くなる。

 

「やっぱり、知ってるのね」

 ミスティーが息を呑んだ。

 

「“知ってる”っつうかよ」

 ドブスンはターバンの下を掻きむしる。

「ここ数ヶ月、妙な夢を見るんだよ。

 真っ白なスクリーンに、妙な光の女神が出てきてな」

 

『“お前の牙はまだ折れちゃいない。

 本当に噛みつくべき相手は、ギルドの“向こう側”にいる”』

 

「ってなことぬかして消えやがる。

 おかげで寝不足だ。夢の中にまで仕事持ち込む奴は嫌いだ」

 

「うわ、それ完全に同じ奴だ」

 ミスティーが即座に断言した。

「こっちにも似たようなこと言ってきて、星から星へとたらい回しにしてくるのよ!」

 

「お前、神様に向かってたらい回し言うな」

 ホークが小声で突っ込む。

 

「まあ、話が早くて助かる」

 コブラが腕を組んだ。

「あんたに来た“妙な夢”は、本物だ。

 俺たちも同じように呼ばれた。

 “六人の勇士”とかいう、いかにも胡散臭い肩書き付きでな」

 

「現状、四人揃ってる」

 レオが淡々と続ける。

「コブラ、ホーク、俺、そして――」

 

「ミスティー!」

 本人が自分で胸を張る。

「惑星ダストの“電気娘”、現在勉強中!」

 

「自分で肩書き増やすな」

 レオがため息を吐いた。

 

「で、“五人目がドブスンだ”と」

 ホークがドブスンを見据える。

「そう言い放って、あの神様は消えた」

 

 艦橋に短い沈黙が落ちた。

 ドブスンは顎に手を当て、横向きのままぶつぶつ言い始める。

 

「五人目ねぇ……

 ギルドが嫌いで、借りはきっちり返して、

 ちょっとばかし口が悪いが腕の立つ海賊――

 そうなると宇宙広しといえど、このオレ様以外……」

 

『キャプテン自画自賛してません?』

『“ちょっとばかし”のところは異議ありです!』

『口が悪いどころの話じゃ――ぎゃああああ!!』

 

 部下のツッコミが飛び、まとめて拳骨が降る。

 

「……とりあえず」

 レオが区切った。

「俺たちは、“海賊ギルド”と、その先にいる黒幕――

 クリスタルボーイを叩きたい」

 

 その名が出た瞬間、ドブスンの目が細くなる。

 

「クリスタルボーイ、だと」

 

「知っているのか?」

 ホークが問う。

 

「知ってるどころじゃねえ」

 ドブスンは椅子の背にどしんと体を預けた。

「何度もギルド船団を沈めてきたが――

 あいつが“本気で指揮を執った艦隊”には、まだ勝ててねぇ」

 

 艦橋の空気が、さっきまでのお祭り騒ぎから一変して引き締まる。

 

「氷の海を庭にしてる俺たちですら、だ」

 ドブスンの声が低く響く。

「奴は“顔色ひとつ変えずに負け戦を組む男”だ。

 勝ち負けより、その裏側の利権の方を平然と優先する。

 ギルドの中でも、特に性質が悪い」

 

「……だろうな」

 コブラが煙草を回しながら言った。

「そいつに追われて、ここまで逃げてきた」

 

「さっきのヘルキャット隊も、あいつの“猫”か」

 

「まあ、その猫はそっちの“氷の牙”に喰い千切られたわけだが」

 ホークがニヤリと笑う。

 

 ドブスンの口元がわずかに緩む。

 

「悪くない褒め言葉だ」

 

「話を戻す」

 レオが星図ホログラムを展開した。

「アフラ・マズダの言う“六人”が何をさせられるのか、

 正直、まだはっきり分からない。

 だが――どのみち、俺たちはクリスタルボーイと、その背後の“本丸”とぶつかる」

 

 ホログラム上で、いくつかの星系が赤くマークされる。

 ギルドの拠点、補給線、闇市場。

 

「その時、“氷の牙”が味方にいてくれたら、

 これほど心強いことはない」

 

「……上手いこと言いやがる」

 ドブスンは頭をがしがしと掻いた。

「お前ら、“神様の使い”とかそういう柄じゃねえだろうに」

 

「安心しろ、こっちもそんなつもりはない」

 コブラが笑う。

「せいぜい、“神様に使い捨てられてる側”だ」

 

「それを聞いて安心していいのかどうか悩むわ!」

 ミスティーが即座にツッコむ。

 

「で、ドブスン」

 ホークが一歩前に出た。

「答えはどうする。

 “第五の勇士”として、一緒に来てくれるか」

 

 艦橋が静まり返る。

 ドブスンはしばし目を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。

 

「……ひとつだけ、条件がある」

 

「聞こう」

 レオが即答する。

 

「クリスタルボーイを叩く時、“奴の金庫”を一緒にぶっ壊させろ」

 

 意外な条件に、ミスティーが瞬きをする。

 

「金庫?」

 

「奴が溜め込んでる“ギルドの裏金”だ」

 ドブスンの声には、冷たい怒りが混じっていた。

「そこには、潰された星の名前と、人の名前と、

 『帳簿の中で一行で終わらされた人生』が全部詰まってる」

 

 その言葉に、ホークの表情がわずかに揺れた。

 幻戦士として消えていった者たちの顔が、脳裏に浮かぶ。

 

「“戦争”や“海賊”として死ぬのは、まだいい。

 だが“計算上の損失”として消されるのは、いちばん許せねぇ」

 ドブスンは歯をむき出しに笑う。

「だから、そいつをぶっ壊す時だけは、

 このオレ様の“氷の牙”も混ぜろ」

 

 コブラは口角を上げた。

 

「いい条件だ」

「俺も異存はない」

 レオが頷く。

 

「もちろん!」

 ミスティーが拳を握る。

「どうせなら、派手にぶっ壊した方がスッキリするし!」

 

「じゃあ決まりだな」

 

 ドブスンは立ち上がり、大きく腕を振った。

 

「聞けェい!!」

 

 艦橋のスピーカーだけでなく、

 氷の海に浮かぶ全艦に向けて、ドブスンの声が響く。

 

『今この瞬間から、《氷の牙》は“コブラ一味”と一時的同盟を結ぶ!!

 標的は海賊ギルド、そしてその元締めクリスタルボーイ!!

 ついでに、その向こうにいるウザったい光の女神も、

 場合によっちゃ一発殴る!!』

 

「最後のは余計だろ」

 コブラが苦笑する。

 

 だが艦隊から返ってくる応答は、

 笑い声と歓声と、「ギルドぶっ潰せ!」のコールだった。

 

『……ただし、ひとつ覚えとけよコブラ』

 

 ドブスンは改めて、コブラたちに向き直る。

 

『オレ様は“勇士”なんて柄じゃねえ。

 最後まで“海賊”として、奴らの喉笛に噛みつく。

 それが気に入らねえってんなら――』

 

「俺たちの方を変えりゃいいだけだ」

 コブラが口を挟んだ。

「“勇士”の肩書きの方をな。

 好きに名乗ればいいさ。

 “六人の勇士”でも、“六人のならず者”でも」

 

 ホークが笑い、レオは肩をすくめる。

 ミスティーは「ならず者って言い切った……」と半笑いになっている。

 

「どっちにしろ、やることは変わらない」

 コブラは手を差し出した。

 

「ギルドの喉笛を噛み千切る。

 それでいいんだろ、“氷の牙”?」

 

 ドブスンは一瞬だけ、その手を見つめ――

 豪快に笑って握り返した。

 

「上等だコブラァ!!

 その言葉、後悔すんなよ!!」

 

 分厚い掌と掌がぶつかり合い、

 艦橋に乾いた音が響く。

 

 その瞬間――

 タートル号のモニターの片隅で、誰も気づかないほど小さく、

 光明神(アフラ・マズダ)のアイコンが点滅していた。

 

 “五人目、確定”

 

 そんな、嫌に事務的なメッセージと共に。

 

 ――残るは、あと一人。

 六人目の座は、まだ空席のままだった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。