/*/ 氷海中央牙城《コア・シップ》・ドッグ /*/
タートル号の船体が、きしりと音を立てて巨大な船殻に抱きとめられた。
外壁のハッチが閉じ、氷塵のざわめきが遠ざかる。代わりに、金属と油と汗の匂いが濃くなる。
「……なんか、“港の匂い”って感じ」
ミスティーが鼻をひくつかせた。
「宇宙港ってより、もっとこう、魚市場に近いというか」
「海はねえけど“海の連中”だ」
ホークが肩をすくめる。
「竜の巣とは別の意味で、気は抜くなよ」
ハッチが開き、タートル号のタラップが伸びる。
その先で待っていたのは、武装したごつい連中――“氷の牙”の海賊たちだ。
ボロボロの宇宙服に、妙に派手なスカーフ。
ヘルメットには、自前で描いたと思しき“ギザギザの牙”マーク。
「お、お客さまだ……ぞ」
「キャプテンから“絶対手ぇ出すな、殴るのは俺が先だ”って言われてるからな」
「“ギルド”って言うまでは殴るなって話じゃなかったか?」
「おまえ、今それ言ったぞ」
「ぎゃああああ!!」
なぜか自爆して頭を殴られている。
ミスティーは、もう突っ込む気力もなくなっていた。
「ようこそ《氷の牙》へ」
先頭にいた比較的まともそうな男が、一応きちんと敬礼する。
「キャプテンがお待ちです。変な真似をしなければ、たぶん――」
「“たぶん”て何よ、“たぶん”て」
ミスティーが小声でレオに囁く。
「最大限の善意表現だと思え」
レオは淡々と返し、コブラ、ホーク、ミスティーの順にタラップを降りていく。
/*/ 氷海中央牙城《コア・シップ》・艦橋 /*/
艦橋は、タートル号とは方向性の違うカオスだった。
天井から吊られた古いランプ、その横に最新式と思しき戦術ホロスクリーン。
紙の海図と星図データが同じテーブルの上で入り乱れ、
壁にはなぜか巨大な“氷山に噛みつく牙”の絵。
その中央のキャプテンシートに、ドブスンがふんぞり返っていた。
シャザーン風ターバンに、やたらデカい宝石、
そしてあの“横向きでぶつぶつ愚痴る”姿勢。
『ったくよォ……こっちはこっちでギルドの補給線かじる段取りがだな……』
『キャプテン、それさっきから三回目ですよ』
『うるせぇ!! 文句言ってねぇと気が済まねえんだよ!!』
部下のツッコミをひとしきり受けたあと、
ようやくドブスンはコブラたちに視線を向けた。
「よぉ、氷付けにされずに来れたじゃねぇか」
「道の整備がいいおかげだな」
コブラが肩をすくめる。
「いい氷海だ。滑り心地がよかったぜ」
「ほう?」
ドブスンの唇の端がわずかに吊り上がる。
「口先だけは、相変わらず“正統派”だなコブラ」
その後ろで、ミスティーとホークが小声で囁き合う。
「ねえ、“正統派の海賊”って何?」
「たぶん、“自分でそう言ってるだけ”のやつだ」
「じゃあうちの船、妙に“正統派率”高くない?」
「言うな。聞かれたら殴られるぞ」
「で――」
ドブスンがぐいと身を乗り出した。
「お前、“光明神”がどうとか言ってたな。
アフラ・マズダっつったか」
艦橋の空気が、わずかに重くなる。
「やっぱり、知ってるのね」
ミスティーが息を呑んだ。
「“知ってる”っつうかよ」
ドブスンはターバンの下を掻きむしる。
「ここ数ヶ月、妙な夢を見るんだよ。
真っ白なスクリーンに、妙な光の女神が出てきてな」
『“お前の牙はまだ折れちゃいない。
本当に噛みつくべき相手は、ギルドの“向こう側”にいる”』
「ってなことぬかして消えやがる。
おかげで寝不足だ。夢の中にまで仕事持ち込む奴は嫌いだ」
「うわ、それ完全に同じ奴だ」
ミスティーが即座に断言した。
「こっちにも似たようなこと言ってきて、星から星へとたらい回しにしてくるのよ!」
「お前、神様に向かってたらい回し言うな」
ホークが小声で突っ込む。
「まあ、話が早くて助かる」
コブラが腕を組んだ。
「あんたに来た“妙な夢”は、本物だ。
俺たちも同じように呼ばれた。
“六人の勇士”とかいう、いかにも胡散臭い肩書き付きでな」
「現状、四人揃ってる」
レオが淡々と続ける。
「コブラ、ホーク、俺、そして――」
「ミスティー!」
本人が自分で胸を張る。
「惑星ダストの“電気娘”、現在勉強中!」
「自分で肩書き増やすな」
レオがため息を吐いた。
「で、“五人目がドブスンだ”と」
ホークがドブスンを見据える。
「そう言い放って、あの神様は消えた」
艦橋に短い沈黙が落ちた。
ドブスンは顎に手を当て、横向きのままぶつぶつ言い始める。
「五人目ねぇ……
ギルドが嫌いで、借りはきっちり返して、
ちょっとばかし口が悪いが腕の立つ海賊――
そうなると宇宙広しといえど、このオレ様以外……」
『キャプテン自画自賛してません?』
『“ちょっとばかし”のところは異議ありです!』
『口が悪いどころの話じゃ――ぎゃああああ!!』
部下のツッコミが飛び、まとめて拳骨が降る。
「……とりあえず」
レオが区切った。
「俺たちは、“海賊ギルド”と、その先にいる黒幕――
クリスタルボーイを叩きたい」
その名が出た瞬間、ドブスンの目が細くなる。
「クリスタルボーイ、だと」
「知っているのか?」
ホークが問う。
「知ってるどころじゃねえ」
ドブスンは椅子の背にどしんと体を預けた。
「何度もギルド船団を沈めてきたが――
あいつが“本気で指揮を執った艦隊”には、まだ勝ててねぇ」
艦橋の空気が、さっきまでのお祭り騒ぎから一変して引き締まる。
「氷の海を庭にしてる俺たちですら、だ」
ドブスンの声が低く響く。
「奴は“顔色ひとつ変えずに負け戦を組む男”だ。
勝ち負けより、その裏側の利権の方を平然と優先する。
ギルドの中でも、特に性質が悪い」
「……だろうな」
コブラが煙草を回しながら言った。
「そいつに追われて、ここまで逃げてきた」
「さっきのヘルキャット隊も、あいつの“猫”か」
「まあ、その猫はそっちの“氷の牙”に喰い千切られたわけだが」
ホークがニヤリと笑う。
ドブスンの口元がわずかに緩む。
「悪くない褒め言葉だ」
「話を戻す」
レオが星図ホログラムを展開した。
「アフラ・マズダの言う“六人”が何をさせられるのか、
正直、まだはっきり分からない。
だが――どのみち、俺たちはクリスタルボーイと、その背後の“本丸”とぶつかる」
ホログラム上で、いくつかの星系が赤くマークされる。
ギルドの拠点、補給線、闇市場。
「その時、“氷の牙”が味方にいてくれたら、
これほど心強いことはない」
「……上手いこと言いやがる」
ドブスンは頭をがしがしと掻いた。
「お前ら、“神様の使い”とかそういう柄じゃねえだろうに」
「安心しろ、こっちもそんなつもりはない」
コブラが笑う。
「せいぜい、“神様に使い捨てられてる側”だ」
「それを聞いて安心していいのかどうか悩むわ!」
ミスティーが即座にツッコむ。
「で、ドブスン」
ホークが一歩前に出た。
「答えはどうする。
“第五の勇士”として、一緒に来てくれるか」
艦橋が静まり返る。
ドブスンはしばし目を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。
「……ひとつだけ、条件がある」
「聞こう」
レオが即答する。
「クリスタルボーイを叩く時、“奴の金庫”を一緒にぶっ壊させろ」
意外な条件に、ミスティーが瞬きをする。
「金庫?」
「奴が溜め込んでる“ギルドの裏金”だ」
ドブスンの声には、冷たい怒りが混じっていた。
「そこには、潰された星の名前と、人の名前と、
『帳簿の中で一行で終わらされた人生』が全部詰まってる」
その言葉に、ホークの表情がわずかに揺れた。
幻戦士として消えていった者たちの顔が、脳裏に浮かぶ。
「“戦争”や“海賊”として死ぬのは、まだいい。
だが“計算上の損失”として消されるのは、いちばん許せねぇ」
ドブスンは歯をむき出しに笑う。
「だから、そいつをぶっ壊す時だけは、
このオレ様の“氷の牙”も混ぜろ」
コブラは口角を上げた。
「いい条件だ」
「俺も異存はない」
レオが頷く。
「もちろん!」
ミスティーが拳を握る。
「どうせなら、派手にぶっ壊した方がスッキリするし!」
「じゃあ決まりだな」
ドブスンは立ち上がり、大きく腕を振った。
「聞けェい!!」
艦橋のスピーカーだけでなく、
氷の海に浮かぶ全艦に向けて、ドブスンの声が響く。
『今この瞬間から、《氷の牙》は“コブラ一味”と一時的同盟を結ぶ!!
標的は海賊ギルド、そしてその元締めクリスタルボーイ!!
ついでに、その向こうにいるウザったい光の女神も、
場合によっちゃ一発殴る!!』
「最後のは余計だろ」
コブラが苦笑する。
だが艦隊から返ってくる応答は、
笑い声と歓声と、「ギルドぶっ潰せ!」のコールだった。
『……ただし、ひとつ覚えとけよコブラ』
ドブスンは改めて、コブラたちに向き直る。
『オレ様は“勇士”なんて柄じゃねえ。
最後まで“海賊”として、奴らの喉笛に噛みつく。
それが気に入らねえってんなら――』
「俺たちの方を変えりゃいいだけだ」
コブラが口を挟んだ。
「“勇士”の肩書きの方をな。
好きに名乗ればいいさ。
“六人の勇士”でも、“六人のならず者”でも」
ホークが笑い、レオは肩をすくめる。
ミスティーは「ならず者って言い切った……」と半笑いになっている。
「どっちにしろ、やることは変わらない」
コブラは手を差し出した。
「ギルドの喉笛を噛み千切る。
それでいいんだろ、“氷の牙”?」
ドブスンは一瞬だけ、その手を見つめ――
豪快に笑って握り返した。
「上等だコブラァ!!
その言葉、後悔すんなよ!!」
分厚い掌と掌がぶつかり合い、
艦橋に乾いた音が響く。
その瞬間――
タートル号のモニターの片隅で、誰も気づかないほど小さく、
“五人目、確定”
そんな、嫌に事務的なメッセージと共に。
――残るは、あと一人。
六人目の座は、まだ空席のままだった。