/*/ 氷海中央牙城《コア・シップ》・処刑デッキ /*/
「――よっしゃ、五人目の件はこれで決まりやな!」
力強い握手がほどけたところで、ドブスンがぱん、と手を打った。
「それはそれとして、うちはこれからミミちゃんを処刑しなきゃならんのや。
ちょっと待ってろ」
「は?」
あまりにも唐突な一言に、タートル号組は揃って固まった。
「処刑って軽く言ったなこの人」
ミスティーが真顔でつぶやく。
「おいドブスン」
コブラが眉をひそめる。
「話の流れ、急カーブしすぎだろ」
「人生っちゅうのはな、たいてい急カーブや」
ドブスンは腕を組むと、部下に顎で合図する。
「連れてこい」
しばらくして。
艦橋横のハッチが開き、数人の海賊に両腕を取られた女が引き出されてきた。
金髪。派手と言うほかないグラマラスな肢体。
胸元の開いたドレス風の宇宙服は、明らかに“戦闘用”ではない。
処刑台代わりの金属台の前に引きずられ、膝をつかされる。
「……ひゅー」
コブラが思わず口笛を鳴らした。
隣でレオも目を細める。
「重力に一番逆らってないタイプだな」
「航行上のバランスが心配になるレベルだ」
「何よ」
ミスティーがぷいとそっぽを向く。
「でっかいのが良いなら、ホルスタインとでも結婚したら?」
「お前例えが極端すぎるぞ」
ホークが吹き出す。
金髪の女――ミミと呼ばれたその女は、
青ざめた顔でドブスンを見上げた。
「何をするの、ドブスン!」
声は驚きと怒りに震えている。
「私、あなたを待っていたのよ!」
「おうおう、よう言うわ」
ドブスンは横向きのまま、ぶつぶつと愚痴るモードに入った。
「この口でな、ようもまあ、平然とそういうこと言えたもんやで。
わしを殺そうとしたんはミミちゃんやで。
なあ? そうやろ?」
「え?」
タートル号組が一斉にミミを見る。
「ちょ、ちょっと待って」
ミスティーが困惑する。
「彼女、ドブスンの知り合いなの?」
「“昔は”な」
ドブスンの目に、一瞬だけ寂しさのような影がよぎる。
「昔は、や」
すぐにその影は消え、氷のような視線に変わった。
「言えや、ミミちゃん」
ドブスンはゆっくりと近づき、処刑台の前に立つ。
「誰に命じられた?
誰に、“わしの寝込みを刺せ”って言われた?」
「し、知らないわ」
ミミは首を振る。
「私はただ……あなたに会いに来ただけよ」
「言わんと殺す」
ドブスンの声が低く落ちる。
その声音に、艦橋の空気がびり、と震えた。
氷海を統べる“王”の、殺気。
「し、知らないわ……」
ミミは涙を浮かべ、必死に叫ぶ。
「私はミミよー!!」
その瞬間だった。
ミミの白い首筋に、黒い亀裂のようなものが走った。
「――っ!?」
ミスティーが息を呑む。
亀裂は皮膚の上を走り、蜘蛛の巣のように広がっていく。
「レオ!」
「分かってる」
レオが瞬時に手を上げ、タートル号組の前に簡易シールドを展開した。
次の瞬間。
ミミの肌が、内側から弾け飛ぶように裂けた。
「う、わ……!」
金髪と血飛沫が四散し、その下から――
彼女とは似ても似つかない、異形が這い出してくる。
女の輪郭をわずかに残しながら、皮膚は鱗と甲殻で覆われ、
背中からはコウモリのような黒い翼が伸びる。
指は鉤爪に、瞳は赤い炎に。
口の中は、まるでガラスを砕いたような鋭い歯で埋め尽くされていた。
「っっっ最悪の出方したわねコイツ」
ミスティーが露骨に顔をしかめる。
「ミミさん……は、もう――」
ホークが拳を握りしめた。
「多分、ずっと前にな」
レオの声が硬い。
「今のは“殻”だ」
悪魔は、哄笑とともに翼を広げた。
『あーあ、やっと窮屈な皮を脱げたわねぇ……!』
艦橋の器材が、暴風でなぎ倒される。
コンソールが何台もスパークし、海賊たちが吹き飛ばされる。
悪魔は一直線にドブスンへ躍りかかった。
『殺すのはこっちの台詞よ、ドブスン!!
お前の首を持って帰れって、“あの方”が――』
「――うるさい」
ドブスンの目が、すっと細くなった。
次の瞬間、艦橋の空気が一気に冷え込む。
吐く息が白くなり、金属の床に白い霜が走った。
「こっちはなぁ」
ドブスンは片手を前に突き出す。
「女の顔を被った化けもんに、もう何回も裏切られとんのや」
指先から、青白い光が噴き出した。
「《氷牙大氷結陣〈グランド・フロスト・ファング〉》!!」
悪魔の足元から、鋭い氷柱が一斉に噴き上がる。
艦橋の床そのものが牙と化し、悪魔の四肢と胴体を貫き、
そのまま瞬時に全身を氷漬けにしていく。
『――――っ!?』
悲鳴が途切れるより早く、
悪魔の身体は透明な氷の彫像と化した。
翼を広げ、ドブスンに爪を伸ばそうとした姿のまま。
「やるじゃねえか」
コブラが口元を吊り上げる。
「そっちは“下ごしらえ”完了ってとこだ」
ドブスンが顎をしゃくる。
「後はお前の出番やろ、コブラ」
「だよな」
コブラはゆっくりと左腕を持ち上げる。
タートル号組の前に立ち、
氷像となった悪魔との間に一歩踏み出す。
「ミミに同じ顔してた奴を、
これ以上、この船に置いとくわけにはいかねえ」
左腕の皮膚が、じわり、と赤く光り始めた。
袖を焦がしながら露出したのは――
青白い金属と硝子質のラインが走る、“銃”そのものの前腕。
「……ミスティー」
「なに」
「これ、授業には出てこねぇからな。
“サイコガン”って言う、宇宙でもっともタチの悪い説得装置だ」
「どこが説得なのよ」
ミスティーは呆れつつも、目を離せない。
コブラは氷像をじっと見据えた。
「地獄行きの前に一つだけ聞くぜ、悪魔」
氷の中の悪魔の瞳が、わずかに動く。
『……誰が、本体だと――』
「――言うと思ったか?」
コブラは引き金を絞った。
艦橋を白い閃光が貫く。
音もなく、ただ鋭い光線だけが氷像を撃ち抜いた。
次の瞬間、
悪魔の姿は粉々に砕け散り、
細かな氷片と黒い灰になって宙に舞った。
静寂。
しばらくしてから、
ミスティーが小さく息を吐いた。
「……きったな。
教科書に載せるにはPG指定が必要ね、今の」
「載せるなそんなもん」
レオが額を押さえる。
ホークは、舞い落ちる氷片を見つめていた。
まるで、誰かの魂の欠片のように。
「ミミさんは……」
「多分、もっと前に殺されてた」
レオが静かに答える。
「“待っていた”と言ったのは、
本物じゃなく、奴の方だ」
ドブスンは、砕け散った氷片をしばらく無言で見つめていた。
やがて、ターバンの下をがりがりと掻きむしり、
いつものぶつぶつ愚痴りモードに戻る。
「ったくよォ……
よりにもよって“ミミちゃん”を乗っ取りおってからに……
覚えとけよクリスタルボーイ、帳尻は必ず合わせたるからな……」
「さっき“本体”って言いかけたな」
コブラが溜息まじりに言う。
「どう考えても、黒幕はそっち側だ」
「また“宿題”増えたじゃないの」
ミスティーが顔をしかめる。
「クリスタルボーイの金庫に、今の悪魔の出所も足して――」
「テスト範囲が増えていくな」
ホークが苦笑する。
「文句言う暇があったら、銀河史の“ギルド暗部史”も教えてやる」
レオはコンソールを再起動しながら言った。
「どうやら、教科書に載ってない“裏ページ”ばかり見せられそうだ」
ドブスンは深く一度だけ息を吐き、
コブラたちに向き直った。
「……さっきの約束、覚えとけよ」
「金庫と帳簿をまとめてぶっ壊す件か」
コブラが頷く。
「それもある。
それと――」
ドブスンは氷片を踏みしめて、艦橋中央に戻る。
「“ああいう連中”を、もう二度と、
この氷の海に足を踏み入れさせねぇ」
氷海の王の宣言に、
艦橋の海賊たちが次々と武器を掲げ、雄叫びを上げた。
『おうともキャプテン!!』
『ギルドも悪魔も片っ端から凍らせてやらぁ!!』
ミスティーは、その光景を見上げて小さく笑った。
「……また、ろくでもない星や人と知り合いになっちゃったわけだけど」
「ロクでもないところにしか呼ばれない仕事だからな」
ホークが肩をすくめる。
「でも、悪くないろくでもなさよ」
コブラがサイコガンを義手の下に戻しながら言った。
「少なくとも、“味方に回したら心強い”って点では満点だ」
「授業は?」
ミスティーが半眼で聞く。
「今の一連の流れが“実地銀河史・応用悪魔学”だ」
レオがあっさりと言う。
「レポート三枚な」
「地獄!!」
そう叫びながらも、
ミスティーの目はどこか楽しそうだった。
氷の海の牙と、砂の星の電気娘と、幻から生まれた戦士と、
宇宙一ツキのない海賊と――
その頭上のどこかで、
またしても
事務的なチェックマークをひとつ増やしているなど、
当の本人たちは、まだ知らない。