/*/ 暗礁地帯・小惑星帯端部 /*/
氷海宙域から少し離れたそこは、“海図にない危険水域”だった。
光の乏しい宙域に、砕けた岩塊が群れをなし、
まるで海底の暗礁帯のように、行く手を塞いでいる。
「ここが……」
ミスティーはメインスクリーンを睨んだ。
「さっきのヘルキャットの脱出ポッドの“回収先”、ってわけね」
「ああ」
レオがホログラムを拡大する。
「救難ビーコンのログを追ったら、最後の誘導信号がこの小惑星群から出ている。
ギルドの公式規格じゃない……“何か別のもの”だ」
「“別のもの”って単語、最近ロクな意味で使われないわよね」
ミスティーが肩をすくめた。
星図に印された一点――
群れを成す小惑星の中でも、ひときわ不自然な軌道で漂う岩塊がある。
表面はただの岩石だが、内部に微妙な熱源と、
センサーには説明のつかない“ノイズ”が脈打っていた。
「……気味が悪い」
ホークが低く呟く。
「竜の巣とも、幽霊とも違う。“病んだ何か”の匂いがする」
「ギルドが放った“何か”には違いない」
コブラが煙草をくるくると指で回した。
「けど、正体はさっぱりだ。
噂話で聞いたってレベルでもいい。何か知ってるか、ドブスン?」
『正体なんざ、こっちが知りたいくらいや』
別回線から、ドブスンの声が割り込んだ。
同時に、スクリーンの端に《氷の牙》の旗艦が姿を現す。
氷海中央牙城《コア・シップ》。
巨大な牙のシルエットが、暗礁帯の手前にぬっと浮かんだ。
『あれに初めてやられた時のことは、今でも悪夢やで』
ドブスンはいつものように横向きでぶつぶつ愚痴る。
『乗組員の一人が、ヘルメットの中で咳をし始めたんや。
たいしたことないと思てたら、次の日には、船中で同じ咳が移ってた。
血の匂いと、見たことのない“粉”みたいなもんが、艦内を埋め尽くしてな』
「ウイルス……にしては動きが早すぎるし、粒子の動きも変だな」
レオがデータを見て眉をひそめる。
「生体兵器か、エネルギー体か、それとも……」
『分からん。
ただ、触れた奴らが次々に“花”みたいなもんになっていったんは確かや』
ドブスンの声に、怒気が混ざる。
『正体がつかめんまま、艦隊を半分持ってかれてな。
“あれ”にだけは、きっちり借り返さなあかんと思てたところや』
「ちょうどいい」
コブラは口元を吊り上げた。
「こっちは、“人じゃない何か”に操られる連中には、もううんざりしてる。
さっきのミミの件もあるしな」
「作戦、確認する」
レオがタクティカル・ホロを展開する。
「タートル号と《氷の牙》旗艦は、暗礁帯外縁で待機。
小惑星本体への突入は――」
『うちの“砕氷強襲艇《クラーケン》”に任せぇ』
ドブスンが被せるように言った。
『岩も氷もぶち抜ける牙や。
そこにお前らが乗り込め』
「そっちも前に出るんだろうな?」
コブラがニヤリとする。
『当然や。わしの艦隊を喰った“何か”や。
この目で見て、この手でブン殴らんと気が済まん』
「ただ――」
レオがひとつ付け加える。
「敵の正体は、いまだ不明だ。
生物かどうかも怪しい。触れた時に“何が起きるか分からない”と心得ろ」
「いつも通りってことね」
ミスティーが苦笑する。
/*/ 砕氷強襲艇《クラーケン》・艦内 /*/
《クラーケン》は、“小さくて鈍い隕石”のような船だった。
鈍色の装甲に、氷塊を砕くための突起がいくつも付いている。
前方には衝角、外装には爆破ボルト付きの杭。
見るからに、“ドアをノックする”という概念を知らない作りだ。
「これ、絶対ろくな乗り心地じゃないよね」
ミスティーがハーネスを締めながら顔をしかめる。
「安心しろ、乗り心地を感じる前に衝突してるから」
レオがさらっと流す。
「重力制御はギリギリまで切る。
敵が何であれ、“生体反応”と似たパターンを嗅いでる可能性がある。
こっちの“生きてる”気配は、少しでも薄くした方がいい」
「この船のどこに“生きてる”要素があるのよ……」
反対側の席には、ドブスンが仁王座りしていた。
その周りを固めるのは、氷の牙の精鋭たち。
「なあミスティーちゃん」
ドブスンが横目で彼女を見やる。
「さっき“ホルスタインと結婚しろ”とか言うとったな?」
「まだ根に持ってるの!?」
ミスティーが真っ赤になる。
「根に持つに決まっとるやろ! おじさん繊細なんやからな!」
ドブスンは胸を押さえて大袈裟にのけぞる。
「こんなロマンチックな海賊ライフ送っとるのに、
嫁候補が“牛”とかどういう了見や! せめて“宇宙クジラ”とかにしろ!」
「進化してないわよ!!」
ミスティーのツッコミに、氷の牙クルーたちがどっと笑う。
笑い声の中で、レオは黙って装備を確認していた。
背中には、ごつい外付けタンクのようなバックパック――中身は、ミスティー用の大容量バッテリーパックだ。
ケーブルソケットがいくつも並び、「高圧注意」の黄色い表示がいやでも目につく。
本来なら砲塔やシールド発生器に繋ぐような出力を、
彼は平然と“十四歳の電気娘”の補助電源として持ち歩いているわけだ。
腰には454カスール・カスタム・オートマチック。
そして左手には、万が一“得体の知れない何か”に近接戦を挑む羽目になった時のための、簡易聖印を刻んだナイフ。
「……正体が分からない相手ってのは、竜より性質が悪いな」
ホークがぼそりと言う。
「分からないからこそ、こっちの“やること”はシンプルだ」
コブラが肩を叩く。
「寄ってくるなら斬る。触りにくるなら撃つ。
話が通じそうなら質問してから撃つ」
「最後の順番おかしくない?」
ミスティーが呆れながらも、少しだけ笑った。
「お前の“残量”が怪しくなったら、ちゃんとこいつに繋げ」
レオが背中のバッテリーパックを親指で示す。
「宇宙じゃ、コンセントのある壁なんてそうそう出てこないからな」
「……なんかロマンのない言い方!」
そう文句を言いながらも、ミスティーはちらりとレオのバックパックを心強そうに見やった。
強襲艇に、出撃のカウントダウンが流れる。
『こちらコア・シップ。進路クリア、暗礁帯のスキャン完了』
『……例の小惑星、内部構造が気持ち悪いですキャプテン』
『どう気持ち悪いんや』
『まるで“心臓”です。岩の中で、何かが拍動してますわ』
「心臓の方から殴り込むか」
コブラが立ち上がる。
「行くぞ、勇士だかならず者だか知らねえ連中」
「その呼び名ほんと定着させる気?」
ミスティーの抗議と共に、《クラーケン》が射出された。
/*/ 暗礁地帯・“心臓”小惑星表面 /*/
衝突。
大気のない空間に、鈍い衝撃だけが走った。
《クラーケン》の衝角が、小惑星の表面装甲――
いや、“何かで増量された岩盤”をぶち抜く。
粉砕された岩の粉と、なぜか赤黒い粉塵が混じり合い、
周囲にどろりとした“霧”が広がる。
「開け!」
ドブスンの号令とともに、強襲艇の前面ハッチが爆破ボルトで吹き飛ぶ。
真空空間に、内部の空気と一緒に突撃部隊が飛び出した。
磁気ブーツが、剥き出しの岩盤に張り付く。
その下には――
「……うわ」
ミスティーが思わず呻いた。
岩肌の裂け目から、
肉のような、根のような、血管のようなものが這い出している。
脈打つたびに、赤黒い液体が流れ、
ところどころに“花”のような器官が咲いては、微細な粒子を吐き出していた。
「生物……なのか?」
レオが表面の組織をスキャンする。
ホログラムには、既知のどの生体とも一致しない波形が並ぶ。
「駄目だ。既存データと照合できない。
反応としては“生き物に近い何か”なんだが……」
「つまり、“分からん”ってことね」
ミスティーが顔をしかめる。
「一つだけ分かる」
ホークが大剣を構えた。
「こいつから、“ミミと同じ匂い”がする」
その時、小惑星全体が、びくりと震えた。
『ようこそ――』
声が、岩の中から響いた。
真空にもかかわらず、直接頭の中に届くような女の声。
『――私の“中”へ』
岩盤が、内側から裂ける。
開いた穴の向こうには、赤黒い“洞窟”が口を開けていた。
無数の管と脈管が絡み合い、その中心で、
白い仮面をかぶった“女のような姿”が、静かに浮かんでいる。
長い髪。宙に泳ぐようなローブ。
だが、その輪郭はどこかおぼろげで、
時折、光のノイズのように揺らいでいた。
『やっと来てくれたのね、氷の牙』
仮面の下から、甘ったるい声が漏れる。
『あなたの艦隊、なかなか美味しかったわ。
人の恐怖と絶望で熟した“形”は、なかなかに良い刺激になる』
「……っ」
ドブスンの声が、低く唸る。
『また“目印”を付けてあげたのよ。
逃げる猫たちに、そっと引っかき傷をね。
ちゃんと辿ってきてくれて、うれしいわ』
「目印って……ヘルキャットの脱出ポッドか」
レオが歯噛みする。
洞窟の奥から、
人影のような“花”がいくつも揺れた。
どれも皆、人間の形をしている。
だが肌は花弁に、血管は蔓に変わり、
顔のあった場所には、蕾がひとつずつ咲いていた。
「……っ」
ホークの拳が震えた。
「気ぃ張れよ」
コブラが小さく言う。
「今ここで折れたら、あいつらの“行き先”が全部、あの花畑で終わっちまう」
『あら、そこの“幻”だった子も、ちゃんと育ってるじゃない』
仮面が、ホークを向く。
『前に匂いを嗅いだときは、もっと薄かったのに。
今はちゃんと、“生きる匂い”がする』
「……前?」
ホークが目を細める。
「俺は、お前なんか知らない」
『あなたが知らなくてもいいの。
わたしが、あなたの“輪郭”を覚えているもの』
女とも影ともつかないそれは、くつくつと笑う。
『ここは“中身”の世界。
肉も、骨も、境目が曖昧になる場所。
あなたたちの形も、じきにここの“模様”になる』
「気持ち悪いにも程があるわね!」
ミスティーが叫んだ。
「正体も分かんないくせに、よくそんなにベラベラ喋れるわね!」
「作戦変更だ」
レオが短く言う。
「予定では、外殻の“神経らしきもの”を切断してから中枢を叩くつもりだったが――
あれだけ喋るってことは、意識を集中させてる“核”がどこかにあるはずだ」
「同感だ」
コブラがサイコガンを構える。
「ドブスン、氷の準備は?」
「いつでもや」
ドブスンの周囲に、冷気が渦を巻く。
『その程度の“温度変化”で、わたしを止められるかしら?』
仮面の女が腕を広げる。
洞窟の壁から、無数の触手と花弁が飛び出し、
こちらに向かって伸びてくる。
『ここは、わたしの内側。
この岩も、肉も、光も闇も――全部、“わたし”よ』
「――なら、話は早い」
コブラがニヤリと笑う。
「“どこまでが体か分からねえ奴”は、
まとめてぶち抜くのが一番だ」
「よっしゃ! 氷の牙、全員聞いとるな!」
ドブスンが吠える。
「前衛は触手の足止めと防御!
後衛は岩盤の下で一番よう動いとるところを狙え!
ミミちゃんの仇や!!」
『キャプテン、泣きながら突撃してる奴がほんとに増えてます!』
氷の牙クルーが一斉に飛び出す。
ドブスンの周りに、凍てつく牙が次々と生え、
肉の壁と触手を一気に凍りつかせていく。
ホークは凍った触手を足場に、一気に跳躍した。
「――ここから先は、“外側”のやり方で通らせてもらう!」
幻だった頃の“あやふやな怒り”とは違う、
生身の喉から出る、はっきりとした叫び。
大剣が唸りを上げ、
氷ごと肉の壁を叩き割る。
仮面に、初めてわずかな亀裂が走った。
『……へえ』
甘い声に、微かな苛立ちと興味が混ざる。
『やっぱり、“生きてる”勇士たちは、面白いわ』
「面白がってくれてる間に終わらせるさ」
コブラが左腕をその影に向ける。
「こっちはまだ、お前が何なのかさえ分かってない。
だから、その分、遠慮なく撃てる」
サイコガンが唸りを上げる。
同時に、ドブスンが咆哮とともに、
“心臓みたいに脈打つ一帯”へ向けて氷牙を放った。
正体不明の“何か”と、
氷の海の王と、
宇宙一ツキのない海賊と、
元・幻の戦士と、
砂の星の電気娘。
暗礁地帯のど真ん中で、
ギルドの影が放った“得体の知れない巣”への強襲戦が、
いよいよ本格的に始まろうとしていた。