/*/ “心臓”小惑星内部・異常反応源近傍 /*/
氷牙とタートル号組が正面で触手と花の群れを押し返している、その少し後方。
レオたちは、センサーが指し示す“別系統の反応”を辿って、脈打つ通路の奥へと踏み込んでいた。
赤黒い壁。
時折、どこか遠くから響く金切り声と、笑い声と、心臓の鼓動が混ざったようなノイズ。
その中に――
『帰れ! 帰れ! 帰れ!!』
突然、甲高い声が頭の中に飛び込んできた。
「っ……またあの女!?」
ミスティーが思わず顔をしかめる。
「いや、違う」
レオが足を止めた。
「声の帯域が違う。もっと“機械寄り”だ」
『さっさと引き返せい! ここは人間の来る場所じゃない! 帰れ! 帰れ!!』
通路の先――肉の壁が一部、金属に置き換わったような空間があった。
朽ちかけたコンソールと、ねじくれた配管。
その中央で、何か小さなものがぴょんぴょんと跳ねている。
「……カエル?」
ミスティーが目を瞬かせた。
いや、違う。
それは、カエル型の小型ロボットの上に――
人間の頭部だけが、無理矢理乗せられたような“もの”だった。
金属製の胴体に、油で汚れた配線。
そこから生えた細いアームと、短い脚。
上に乗った老人の頭部は、生気の乏しい目をぎょろぎょろと動かしている。
『帰れ言ってるだろうが、この愚か者どもが!!』
「誰だ!?」
ホークが反射的に大剣を構える。
レオが、その顔を見て息を呑んだ。
「……お前は、ドクター・ヤマ!」
コブラも目を細める。
「噂に聞いたことがあるな。
“殺人兵器開発の天才”にして、“ギルドすら持て余した狂科学者”」
「なによ、その体は!?」
ミスティーが素で叫んだ。
カエル型ロボットは、ぎょろりとこちらを見上げる。
『見りゃ分かるだろ!
小型ロボットに頭だけ載せられた哀れなジジイだ!!』
「いや、自己紹介が雑!」
ミスティーが思わずツッコむ。
「殺人兵器開発の天才が、なんでそんな姿に」
レオが問いかける。
ヤマと呼ばれた頭部は、ひくひくと口元を歪めた。
『決まっとるじゃろ……
わしの作った最高傑作――人工魔女ゾラに裏切られたからじゃ!!』
その名が出た瞬間、肉壁の奥で、
“女の声”が短く笑ったような気がした。
『しっ……聞こえる前に帰れ!! 帰れ言うとるじゃろが!!』
ヤマはロボットの脚でバタバタと床を蹴る。
「ゾラ……」
ホークが呟く。
「あの仮面女の名前か」
「人工魔女、ね」
コブラが煙草を指で回した。
「ギルドが放った“何か”には違いないと思ってたが――やっぱり人工物か」
『人工物じゃとも! わしが作ったんじゃからな!』
ヤマは自慢とも自嘲ともつかない声をあげた。
『最高効率の殺戮装置、自己増殖型の戦術生体、
敵艦隊を中から腐らせる“完璧な魔女”じゃ!!』
「この人、自分の説明にもうちょっと倫理観というものを……」
ミスティーが眉をひそめる。
『倫理観なんぞ知るか! それで飯食ってたんじゃ!!
……まあ、その結果がこれじゃけどな!!』
ヤマは自分の胴体――ロボットのそれ――を爪でがりがりと掻いた。
『わしを喰おうとして、途中でやめおったんじゃ。
この頭だけ“予備パーツ”に繋ぎ直して、あとは全部あいつの“材料”じゃ』
「ゾラに復讐したくないのか」
コブラが静かに問う。
『復讐だと? 無駄じゃ無駄じゃ!! あいつは“不死身”じゃ!!』
ヤマは首を大げさに左右に振った。
『何回ぶっ壊そうが、形を変えて戻ってくる!!
岩でも、肉でも、人間でも、なんでも“カラ”にする!!』
「不死身、ね」
レオが目を細める。
「そんなもん、この宇宙にそう何種類もあってたまるかよ」
コブラが鼻で笑う。
「あんたが作ったのだろう。
弱点くらい知ってるんじゃないか」
『帰れ言うとるのに、話を聞かん奴らじゃな……』
ヤマはブツブツと文句を言いながら、
しばらく黙り込んだ。
機械カエルの足が、緊張したように床を鳴らす。
やがて――
『……そうだ』
かすれた声で、ぽつりと呟いた。
『カラだ』
「カラ?」
ミスティーが首を傾げる。
『そうじゃ。ゾラの作った“悪魔たち”は、なんで人に寄生すると思う?』
ヤマはぎょろりと目を動かし、ホークとミスティーを順に見た。
『操る為もあるがな――それだけじゃない』
「他に理由が?」
レオが促す。
『あいつらの“体”はな』
ヤマは、ずぶり、と自分のこめかみを指で差した。
『エクトプラズマだ。
半分エネルギーみたいな、形の定まらん代物で出来とる。
あんなんが外気の中に晒されたら、二十分ともたん』
「エクトプラズマ……」
レオが思わず復唱する。
「幽霊現象のモデルになったっていう、あれか」
『本物はもっとタチが悪い。
エネルギーでも物質でもないくせに、“情報”だけはしっかり保持しよる。
だから、人間の体に寄生するんじゃ。
器としての肉と骨を借りて、自分の“形”を保つためにな』
通路の外――戦闘音の合間に、
どこかで花が咲き、誰かが叫ぶ気配がした。
「ミミに乗ってたアイツらも、そのクチか」
ホークが低く言う。
『せや。あれは“寄生型”の端くれや。
本体から切り離されても勝手に動く、“落とし子”みたいなもんやな』
「じゃあ、その本体……ゾラ自身はどうやって形を保ってる」
コブラが眉をひそめる。
「全部あの肉壁に散ってる、ってわけでもなさそうだが」
『それはお前、特別製のカラを使っとる』
ヤマは、ニタリと笑った。
『ゾラの身体を納めるための、特別な“殻”だ。
それはエクトプラズマと同調するように作ってある。
あいつはな、そのカラの中に“中身”をしまって、岩の中をあちこち移動しとるんじゃ』
「……つまり」
レオがまとめるように言う。
「悪魔たちが人に寄生するのは、形を保つため。
本体もまた、“特別なカラ”という器がないと長くは存在できない。
その殻を破壊すれば――」
『ゾラは自壊して死ぬ!!』
ヤマが叫んだ。
『外に溢れたエクトプラズマは、すぐに形を失う!
奴がいくら“わたしはこの岩全部”とか偉そうに抜かしてもな、
ホンマの“核”は、そのカラの中から出られんのじゃ!!』
「カラの見た目は?」
ホークが問いただす。
「場所でもいい。心当たりは?」
『わしをこんなんにした後にな……』
ヤマは天井を仰いだ。
『赤黒い液の海の中に沈んでいく、銀色の“棺”みたいなもんを見たわ。
角ばっとるが、角は丸い。
表面に、ギルドの刻印と――わしのサインが入っとる』
「自分のサインを入れるなよ、殺人兵器に」
ミスティーが素でツッコむ。
『技術者の性や!』
ヤマは逆ギレ気味に叫ぶ。
『……場所は、はっきりとは言えん。
ただ、“一番うるさいところ”や。
わしの感覚では、ここの“鼓動”と、“あいつの声”と、“人間の叫び”がいっぺんに響いとる場所やった』
ホークとレオは顔を見合わせた。
「“心臓みたいに脈打ってる一帯”か」
レオが呟く。
「ちょうど今、ドブスンたちが殴り込んでるあたりだな」
「カラが壊れれば、あの花人間たちは?」
ホークの声がわずかに震える。
『ゾラが維持しとる“形”は、全部崩れるじゃろうな』
ヤマは肩をすくめた。
『もとから死んどった奴らは、完全に“向こう側”に行く。
生きてるまま乗っ取られた奴は……どっちに転ぶかは賭けだ。
肉体が保てるうちに寄生を引き剥がせれば、ギリギリ助かるかもしれん』
「賭けは慣れてる」
コブラがサイコガンを握り直した。
「ありがとよ、ドクター。
あんたの“最高傑作”の終活プラン、しっかり実行してやる」
『やめとけ言うとるやないか! 帰れ! 帰れ!!』
「悪いな」
ホークがヤマの方を見て微笑む。
「こっちは、“外側”に戻るつもりで来てるんだ」
レオは最後に一度だけ、ヤマの頭部を見つめた。
「もし生き延びたら――
今度は“人を助ける”側の技術も考えてみたらどうだ、ドクター」
『そんな器用な真似ができる性格に見えるかい!!』
ヤマは声を荒げ、
その直後、ぷいと横を向いた。
『……ゾラの名前、ちゃんと墓標に刻んどけよ。
“わしの失敗作でした”ってな』
「了解」
コブラがニヤリと笑い、踵を返した。
鼓動の音が、大きくなる方角がある。
そこが、“心臓”であり、“カラ”が沈んでいる場所だ。
「行くぞ」
氷の海の王と合流するべく、
宇宙一ツキのない海賊と、元・幻の戦士と、砂の星の電気娘は、
再び脈打つ通路を駆け出した。
――人工魔女ゾラの“殻”を砕き、その中身を宇宙に散らすために。