/*/ “心臓”小惑星内部・鼓動中枢 /*/
通路を駆け抜けるほどに、“音”が濃くなっていった。
ずん。
ずん。
鼓動と、悲鳴と、笑い声。
それらが全部いっしょくたに混ざり合い、空間そのものを震わせている。
「ここだな」
レオが足を止めた。
視界が、ひらける。
そこは巨大な“空洞”だった。
天井も壁も、すべてが赤黒い肉と蔓で覆われ、
中心には、どろりとした液体の“海”が広がっている。
海面から生えた無数の柱――
その一本一本に、人型の“花”が咲いていた。
そして、その海原の上に橋を渡すように、
《氷の牙》の突撃部隊とタートル号組が、今まさに戦っていた。
「おせーぞお前ら!」
ドブスンが、凍てつく槍で触手をへし折りながら怒鳴る。
「こっちは感傷モード入っとる奴らが多くて、前に進まんのや!」
『ミミさああああん!!』
『ミミさんの仇ぃぃぃ!!』
泣きながら突撃している海賊たちが、
花人間と触手の群れに肉薄しては、冷気と弾丸で蹂躙している。
『あら、戻ってきたのね』
肉の柱の奥。
先ほどと同じ、仮面の女の声が響いた。
『せっかく“形”にしてあげたのに。
あなたたち、どうしてそんなに壊したがるのかしら』
「元に戻してくれるなら、話ぐらい聞いてやってもいいんだがな」
コブラが肩をすくめる。
「どうせ“もう戻れないわ”とか言うんだろ?」
『当然でしょう?』
仮面の奥で、くすくすと笑い声。
『ここまで“描き替えた”形は、もう前には戻らない。
だからこそ、美しいのよ』
「やっぱり話して損したわね!」
ミスティーが思いきり顔をしかめた。
レオは、鼓動中枢のホロマップを展開する。
ドクター・ヤマの言葉が、頭の中で反芻される。
――「赤黒い液の海の中に沈んでいく、銀色の棺」
――「角ばっとるが、角は丸い」
――「ギルドの刻印と、わしのサイン」
「レオ」
ホークが問う。
「“カラ”の当たりはつくか」
「この海だ」
レオは即答した。
脈動の中心。
この小惑星全体の“心音”が、最も強く響いている場所。
「海面下の一点から、妙な反射が返ってきてる。
有機物じゃない。金属合金のシグニチャだ」
「深さは?」
「……嫌がらせみたいに、ギリギリだな」
レオがため息をつく。
「この海のど真ん中。
外側から撃ち抜くと、ギルドの刻印ごとこっちの頭が吹き飛ぶ」
「つまり、誰かが向こう側まで行って、
“棺桶”に直接手をかける必要がある、ってわけか」
コブラが口角を上げる。
「行けるか?」
ホークが問うと、
コブラは肩を竦めてみせた。
「行けるさ。
ただ――電気仕掛けの後押しがいるな」
視線がミスティーに集まる。
「え、あたし!?」
ミスティーが目を丸くした。
「エクトプラズマは半分エネルギー体だ」
レオが淡々と言う。
「殻を割った瞬間、“中身”が飛び出してくる。
真空なら二十分で消えるような代物でも、
この“海”みたいな環境なら、もっと長持ちするはずだ」
「だから?」
「だから、こっちで“腐らせる速度”を上げてやる。
お前の電気を、エクトプラズマにぶっ掛ける」
「エネルギーにエネルギーぶつけたら、暴走しない?」
「するな」
「即答!?」
「だから、制御用の器を背負わせてる」
レオは背中のバッテリーパックのロックを外し、
ミスティーの足元にどさりと降ろした。
「これは単なる蓄電池じゃない。
もともと小型艦用の非常用シールド発生器だ。
出力を調整すれば、“電気の檻”になる」
レオは手早くケーブルを繋ぎ替え、
ミスティーの腕輪インターフェースとバッテリーを直結する。
「殻が割れたら、お前は“檻”を張れ。
ゾラの中身ごと殻の周囲を囲い込んで、
外に漏れたエクトプラズマを、片っ端から焼き切る」
「焼き切るって、簡単に言うけどさ……」
「お前ならできる」
ホークが口を挟んだ。
「……根拠」
「ダストでやってただろ。
外れかけた送電線を手で繋いで、
“流れ方”を変えるみたいに、何度も電力を弄ってた」
「アレは……」
「あれを、もうちょっとだけ無茶苦茶にやればいい」
ホークが笑う。
「“世界一危ない送電工事”ってやつだ」
「褒めてるのか貶してるのか分かんない!」
ミスティーは叫んだが――
その手は、すでに腕輪の出力調整にかかっていた。
「……分かったわよ。
やってやろうじゃないの、“最高傑作の後始末”。」
『話はまとまったかしら?』
仮面の女の声が、再び響く。
『――なら、そろそろ“中身の方”にも来てもらわないと』
海が、ざわりと揺れた。
赤黒い液体が波打ち、
その中から、新たな“花人間”が次々と芽吹いていく。
氷の牙のクルーたちが、悲鳴と叫び声を上げた。
「うちの昔の乗組員の顔を、勝手に使うなやあああ!!」
ドブスンが咆哮し、氷の嵐を巻き起こす。
凍りつく花、砕け散る蔓、人間の輪郭が崩れていく。
その隙に――
「ホーク」
コブラが短く呼んだ。
「ああ」
二人は視線を交わしただけで、走り出していた。
肉の柱と触手の間をすり抜け、
凍りかけた足場を跳び移りながら、
海の中央――最も鼓動が強い地点を目指す。
「ミスティー」
レオが言う。
「カウントを開始する。
殻を割った瞬間から二十分――いや、安全を見て十五分だ。
それが“ゾラの息継ぎの限界”だと思え」
「了解」
彼女は深く息を吸う。
背中にバッテリーを担ぎ直し、
脚から手先へと、微かな電光が走った。
「ドクター・ヤマの話、信用していいんだろうな」
「自分の失敗作を“墓標に刻め”って言う奴が、
そこだけ嘘つくとは思えないさ」
レオはわずかに口元を上げる。
「技術者の性分ってやつだ」
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海の中央に、
ひときわ大きな肉柱が突き出ていた。
その根元が、異様に膨らんでいる。
鼓動のたびに、銀色の何かが、
赤黒い液の内側からちらついた。
『来たわね』
仮面の女が、柱の上に立っていた。
さっきまでの、余裕に満ちた姿ではない。
どこか、焦りを隠すような笑みだ。
『あなたたち、さっき――誰かと話してきたわね?』
「さあな」
コブラがサイコガンを構える。
「ジジイの愚痴は長かったが、結論はシンプルだったぜ」
『……ジジイ?』
「“失敗作の墓を掘れ”ってよ」
その瞬間、仮面の女の声色が変わった。
『あの、カエル頭……!』
仮面の奥から噴き出すような怒気。
海面が一気に盛り上がる。
触手と蔓、花と人影。
あらゆる“形”が、二人に向かって殺到した。
「ホーク!!」
「分かってる!!」
ホークが前に出る。
大剣が、白い軌跡を描いた。
飛びかかる花人間の首を掬い、
巻きつこうとする蔓をまとめて断ち切り、
迫る触手を、切り落とした根本ごと踏み砕く。
その背後で、コブラが動かない。
左腕のサイコガンだけが、わずかに角度を変えながら、
迫る脅威の“抜け道”だけを撃ち抜いていく。
「……今だ!」
ホークが肉柱の根本を叩き斬った。
ぶちり。
爆ぜたような音とともに、
肉の中から、銀色の箱が露出する。
棺のような形。
角の丸い直方体。
表面には、ギルドの刻印と――
確かにヤマが言っていた通りの、“悪趣味なサイン”が刻まれていた。
『やめなさい!』
仮面の女が叫ぶ。
『それは――わたしの――!』
「そうだろうよ!」
コブラが叫び返す。
「だからぶっ壊すんだ!!」
「ミスティー!!」
レオの叫びが、通路側から飛ぶ。
ミスティーは走りながら、
腕輪の出力を最大に上げた。
「――準備、完了!」
彼女の胸元で、バッテリーのインジケーターが一斉に赤く染まる。
「行くよ、世界一危ない送電工事!!」
彼女が両手を前に突き出した瞬間――
雷鳴が、心臓空洞を満たした。
真空のはずの空間で、
電撃が青白い蛇となって走る。
ホークが棺の前から飛び退いた。
同時に、コブラのサイコガンが、銀の殻の一点を撃ち抜く。
金属が裂ける音。
そこへ、ミスティーの“電気の檻”が叩き込まれた。
『あぁああああ―――ッ!!』
仮面の女の悲鳴とともに、
棺の割れ目から、白い煙のようなものが噴き出した。
煙にも、光にも、液体にも見える“それ”は、
一瞬、海全体に広がろうとしたが――
「逃がさない!!」
ミスティーの電撃が、まるで網のように周囲を覆う。
エクトプラズマの塊が、
電気の檻にぶつかるたび、
ビリビリと悲鳴のようなノイズを上げながら、
形を失っていく。
仮面の女の輪郭も、同時に崩れ始めていた。
『いや……いや……いやぁああああ――!』
仮面がひび割れ、
その向こうにあった“顔”が、
溶けるように崩れ落ちる。
『まだよ……わたしは、この岩も、この肉も――』
「いいや、違う」
コブラがギリギリまで近づき、
崩れかけた仮面に銃口を突きつけた。
「お前はただの“中身”だ。
器なしじゃ、どこにも行けないただの亡霊だ」
『やめ――』
サイコガンが、最後の一発を撃ち込んだ。
仮面が砕け散る。
女の姿が、電気の檻の中で霧散する。
同時に――
心臓空洞全体の鼓動が、止まった。
赤黒い液体の海が、急激に色を失っていく。
柱に咲いていた花人間たちの“形”が、
次々とほどけ、崩れ、消えていく。
中には、一瞬だけ本来の顔を取り戻し、
何かを言おうとしたまま、静かに消える者もいた。
「……間に合わなかったか」
ホークが握りしめた拳を緩める。
だが、別の場所で――
『キャプテン!! まだ息があります!!』
氷の牙のクルーの叫びが、空洞に響いた。
『花から戻った連中のうち、何人か、脈が――!』
「医療班連れてこい!!」
ドブスンが怒鳴る。
「助かる可能性があるなら、最後まで残らず掬い上げんかい!!」
ミスティーは、肩で息をしながら、
まだビリビリと痺れる指先を見下ろした。
「……やった、の?」
「やったさ」
レオが彼女の背中からバッテリーを外す。
インジケーターは、ほとんどゼロに落ちていた。
「ゾラの“カラ”は砕けた。
もう二度と、あいつはここに戻ってこれない」
「最高傑作の終活、完了ってところだな」
コブラが煙草をくるくると回し――
吸う前に、面倒くさそうにポケットに戻した。
空洞の天井が、わずかに軋む。
「……名残惜しそうに軋んでるな」
ホークが呟く。
「けど、もうここは“心臓”じゃない」
「ただの死んだ岩になるだけだ」
レオが頷く。
「さっさと脱出するぞ。
後処理は銀河パトロールに押し付ければいい」
「それ、本人たちの前で言わないようにね」
ミスティーが苦笑する。
鼓動を失った小惑星の中で、
氷の牙のクルーたちが仲間を抱き起こし、
タートル号組が避難経路を確保していく。
その頃、ずっと奥の廃棄区画では――
『……ふん』
カエル型ロボットの上の老人の頭部――ドクター・ヤマが、
ひとり、誰に聞かせるでもなく鼻を鳴らした。
『人を助ける技術、か。
……まあ、暇つぶしには、悪くないかもしれんの』
そうぼやきながら、
彼はまた、朽ちかけたコンソールに向き直った。
――人工魔女ゾラは滅びた。
だが、その余波は、まだ銀河のあちこちで
形を変えながら揺れ続けることになる。
それを、この時の彼らは、まだ知らない。