/*/ 小惑星外縁部・脱出コリドー /*/
鼓動を失った小惑星は、
まるで大きく息を吐き出したあとの肺のように、
ゆっくりと、しかし確実に崩れ始めていた。
「外殻に微細な亀裂。内部の圧力バランスが崩れてる」
タートル号ブリッジからのレオの声が、各員のイヤホンに飛ぶ。
『全員、退避ルート優先。ドブスン、そっちの連中は拾えるだけ拾え』
『言われんでもやっとるわ!!』
ドブスンが吠える。
『医療ポッドに詰め込めるだけ詰め込んで、残りはわしの船で預かる!!』
崩れかけた通路を、
氷の牙クルーとタートル号組が入り乱れて駆ける。
ミスティーは、まだ腕が痺れるのか、
壁に片手をつきながらよろよろと走っていた。
「おい、大丈夫か」
ホークが後ろから支える。
「だい、じょうぶ……じゃないけど、走る……」
彼女はそれでも笑った。
「せっかく“外側に戻るつもり”で来たんだからさ。
ここで潰れて“模様”になったら、笑えないし」
「そうだな」
ホークもつられて、口元を緩める。
『おしゃべりは出口を出てからにしろ。十七番エアロックまで三十秒』
レオの声が、容赦なくカウントダウンを刻む。
やがて、曲がり角の先に、
銀色のエアロックドアが見えた。
ドアの向こうには、タートル号と氷の牙艦の小艇が、
何本ものドッキングチューブを伸ばして待っている。
「飛び乗れ!!」
コブラが声を上げた。
最後尾を走っていたドブスンが、
抱え上げていた部下をチューブの中へ放り込み、自分も飛び込む。
全員がエアロック内に転がり込んだ瞬間――
ごう、と鈍い音がした。
小惑星の壁に巨大な亀裂が入る。
赤黒かった“肉の色”がみるみる灰色になり、
ただの死んだ岩へと変わっていく。
『こちらタートル号。全チューブ切り離し完了。
氷の牙各艇、即座に離脱せよ』
レオの声とともに、
タートル号の外壁カメラに、
崩れ始めた小惑星の姿が映った。
さっきまで“内側”だった場所が、
静かに、塵になって宇宙に溶けていく。
/*/ タートル号・医務区画 /*/
「次、血中酸素、もう一回測るわよ!」
タートル号の狭い医務室は、
緊急時用の簡易ベッドを広げて、ほとんど野戦病院の様相だった。
花人間から戻った生存者たちが数名、ベッドに寝かされている。
どの顔も青白く、痩せこけていたが――
「反応はある。脈も、ちゃんと“人間の”リズムだ」
レオがモニターを確認しながら言う。
「ゾラの寄生痕も、ほとんど消えてる。
あとは普通の治療とリハビリで済むはずだ」
「ふん、あれだけ派手にやった割には、案外助かったな」
コブラがドア枠にもたれ、煙草を指で弄びながら言った。
(やはり火はつけない。医務室だから、というわけでもない)
「助かったんだから良いじゃない」
ミスティーは、ベッド脇の丸椅子に座り込んだまま、点滴スタンドにもたれている。
まだ疲労は抜けていないが、顔色はだいぶマシだ。
「ミミさんは……?」
小さな声が、ミスティーの口から漏れた。
レオは一瞬だけ言葉を探した。
だがすぐに、いつもの調子で答える。
「ミミはもう、どうやっても“こっち側”には戻らない」
淡々とした口調。
しかし、その奥に含まれた悔しさは、彼女にも分かった。
「……そっか」
「けどな」
ホークが、医務室の窓の外を見ながら言う。
「最後に、ちょっとだけ“戻ってきてた”気がする」
彼の目には、
砕け散る寸前、わずかに笑ったように見えたミミの“顔”が焼き付いていた。
花弁の中から覗いた、少女の顔。
ほんの一瞬、ドブスンの方を見て――
『遅いのよ、バカ……』
そう言ったような気がした。
「……あれが本当にミミの声だったのか、
ゾラの真似だったのかは、分からないけどな」
「いいや、本物や」
医務室の出入り口から、ドブスンの声がした。
振り向くと、いつもの横向きで愚痴り顔の男が立っていた。
だが、その目は微妙に赤い。
「キャプテン」
レオが頷く。
「ミミはな、最後までわしのこと待っとったんや」
ドブスンは、どかどかと大股でベッドの方へ近づく。
「“待ってた”言うたやろ。
あれ聞いて、わしが本物か偽物か疑う筋合いはないわ」
彼は、ベッドに横たわる元クルーの額に、
乱暴そうに見えて、実は丁寧な手つきで毛布をかけ直した。
「ゾラは、ちゃんと地獄に送ったんやろな」
「ああ」
コブラが短く答える。
「殻ごと、な」
「よし」
ドブスンは、ぱん、と手を打った。
「ほな、わしらはこれで借りがチャラや」
「借り?」
ミスティーが首を傾げる。
「ミミちゃんの命は帰らん。
せやけど、あいつの“行き先”をちゃんと選び直してくれた。
それだけでもう、氷の牙としては礼を言わなあかん」
そう言って、ドブスンはコブラの方を見た。
「……ありがとな」
ごく短い言葉。
それを聞いて、コブラは
「おう」とだけ返した。
代わりにホークが、からかうように笑う。
「海賊同士で礼なんか言っていいのか?」
「ええねん」
ドブスンは肩をすくめる。
「ギルドの奴らにだけは、死んでも礼なんか言わん。
それ以外は、割と気にしない主義や」
「そういうとこ、嫌いじゃないわ」
ミスティーが小さく笑った。
/*/ タートル号・ブリッジ /*/
しばらくして。
氷の牙の損害状況報告と、銀河パトロールへの簡易報告を済ませ、
タートル号は、暗礁地帯からゆっくりと離脱していた。
メインスクリーンには、
崩れた小惑星の残骸と、忙しなく飛び交うパトロール艇の姿が映っている。
「じゃ、そういうわけで。残りの帳尻合わせは銀河パトロールの仕事だ」
コブラがひらひらと手を振る。
「“得体の知れん人工魔女の巣”なんて、
あいつら、きっと報告書の書き甲斐があるはずだしな」
「現場を荒らしておいて、よく言うわね」
ミスティーが呆れながらも笑う。
「ちゃんと“止めた”んだからいいの」
ホークが代わりにフォローを入れた。
「書類仕事は、生きて帰ったやつの特権ってやつだ」
「その言い回し、今度銀河パトロールの前で言ってみなさいよ。
絶対説教コースだから」
そんな会話が続く中――
『……さて』
レオがサブコンソールに新しいウィンドウを開いた。
“ミスティー・カリキュラム案(改訂版)”と書かれている。
「ちょっと待って、今ここでそれ開く!?」
ミスティーが振り返る。
「今のうちに更新しておいた方がいい」
レオは真顔だ。
「想定外の実地テストをこなした結果、
カリキュラムの難易度設定を見直す必要が出てきた」
「難易度を下げる方向でお願いします!!」
「上げる方向だ」
「ちょっとォ!!」
ブリッジに笑い声が広がった、その時――
メインスクリーン中央が、ふっと暗くなった。
「……来るぞ」
ホークが眉をひそめる。
次の瞬間、
タートル号の正面に、例の光が現れた。
人型とも、炎とも、星ともつかない輝き。
『よくやった、我が勇士たちよ』
声は、ブリッジ全体に柔らかく響いた。
「“我が”はやめろって、何回言えば分かるんだよ」
コブラが頭をかく。
「こっちは勝手にやってるだけだ」
『勝手にやってくれる者ほど、神にとって都合のいいものはない』
「はっきり言ったな!?」
ミスティーが勢いよくツッコんだ。
光は、少しだけ愉快そうに揺らいだ。
『今回、汝らが打ち倒した“人工魔女”。
あれは、この銀河にとって一つの“分岐点”だった』
「分岐点?」
レオが問い返す。
『あれが生き延びれば、
やがてギルドの枠をも超え、
人と世界を“塗り替える疫病”となっただろう』
光は、崩れた小惑星の残骸を見下ろすように揺れる。
『だが、それはもう起きない。
ゾラは、自らの殻とともに終わった』
「“今のところは”って、枕詞が付きそうな言い方だな」
コブラが皮肉を言う。
『世界がある限り、似たものは生まれ得る。
だが“あれ自身”は、もう二度と戻らない』
短い沈黙のあと。
『これで――五人目の勇士との縁は結ばれた』
光がゆっくりと揺れ、
画面の端に映る《氷の牙》旗艦へと向き直る。
『氷の牙の長、|ドブスン。
汝の怒りと義は、我が光に照らされている』
『お、おお……なんや、こそばゆいのう……』
別回線から、ドブスンの照れた声が聞こえた。
『気に入らん名前を勝手に付ける趣味はない。
汝はこれまで通り、“氷の牙のドブスン”としてあればよい。
ただ――汝の刃は、いずれもう一度、この銀河の“節目”に呼ばれるだろう』
「つまり、またロクでもない場所に呼ばれるってことね」
ミスティーが肩をすくめる。
『そして』
光は、タートル号のブリッジに視線を戻した。
『残る勇士は、あと一人』
ホークの背筋が、自然と伸びる。
ミスティーも、レオも、コブラも視線を交わした。
「次は、どこの、どいつだ?」
コブラが問う。
『それは――』
光が、すっとかすむ。
『――まだ、決まっていない』
「は?」
ミスティーが目を瞬かせる。
『運命は、常に揺らいでいる。
候補は多い。
戦場のど真ん中で笑っている者、
辺境の惑星でたった一人で立っている者、
あるいは、まだ“勇士”という言葉さえ知らぬ者』
『汝らが旅を続け、選び、出会い、
その果てに“六人目”は形を取るだろう』
光は、少しだけ柔らかく揺れた。
『その時まで――学びを怠るな、勇士たちよ』
「学び、ねえ」
ミスティーが苦く笑う。
「銀河史と国語の宿題から逃げるなって意味にも聞こえるんだけど」
『事実だ』
アフラ・マズダはあっさり肯定した。
『世界を守る刃は、
世界を知らぬ者の手には握らせぬ方がいい』
その言葉に、ホークが小さく頷く。
「……俺も、引き続き“授業に出る”さ」
『それがよい』
光は満足げにしなり――
『ではまた、次の“ロクでもない星”で会おう』
いつもの、嫌がらせのような締め台詞を残して、