/*/ タートル号・ブリッジ(数分後) /*/
「……ねえ」
しばらく沈黙が続いたあと、ミスティーが口を開いた。
「"六人目"ってさ。
もしかして、ドブスンの手下とかそういう可能性もあるの?」
「さあな」
コブラが椅子にもたれ、足を組む。
「"まだ決まってない"って言っただろ。
だったら、誰だってなり得るし、誰もならないかもしれない」
「それ、答えになってないんだけど」
「一つだけ言える」
レオがホロを閉じる。
「銀河史と国語の宿題をサボる奴が勇士になる確率は、たぶん激減する」
「プレッシャーのかけ方が教師ぃ!!」
ミスティーが机をばんばん叩く。
「じゃあ、俺もちゃんとやるか」
ホークが笑う。
「まだ知らないことの方が、多すぎる」
「よし、じゃあ決まりだな」
コブラが立ち上がった。
「次の航路が決まるまでの間、
タートル号ブリッジは"臨時教室"だ」
「え、ブリッジでやるの?」
「落ち着いた環境じゃないとな」
レオが真顔でうなずく。
「艦橋というのは、集中力と判断力を鍛えるのに最適な――」
「先生、先生」
ミスティーが手を上げる。
「それ、要するに"逃げ場がないからサボれない"ってだけでは?」
ホークが吹き出し、コブラも笑った。
「じゃ、授業開始の前に一個だけ、ちゃんとした仕事だ」
コブラがメインコンソールに向き直る。
「"人工魔女ゾラ殲滅"。
銀河パトロール向け公式報告書のタイトル、どうする?」
「それは……」
レオが少しだけ考え、
口の端を上げた。
「《ダスト後日談・第2報》。
――"六人目は、まだ見ぬ星にて"。
そんなところだな」
「タイトルがポエミー!」
ミスティーが即座にツッコみ、
ブリッジは再び笑いに包まれた。
タートル号は、ゆっくりと旋回する。
崩れた小惑星と、遠ざかる暗礁地帯を背に、
次の"まだ見ぬ星"へと、
新たな航路を取り始めていた。
――六人の勇士の物語は、まだ折り返しにも届いていない。
そのことを一番よく知っているのは、
ほかでもない、この船の乗組員たちなのだ。
/*/ タートル号・ブリッジ教室(仮) /*/
数時間後。
タートル号は定常航行に入り、エンジンの低い唸りだけが船体を震わせていた。
ブリッジの照明が、一段階だけ落とされる。
代わりに、メインスクリーンとサブモニターに、文字列と図表がずらりと並んだ。
さっきまで戦闘指揮卓だった場所は――
今や、立派な"机"である。
「……ほんっとに、ここでやるんだ」
ミスティーが椅子に沈み込みながらぼやいた。
「ここが嫌なら、機関部でもいいぞ」
レオは平然と返す。
「振動と油の匂いの中でやる授業も、それはそれで味がある」
「ブリッジでお願いします!!」
即答だった。
向かいの席では、ホークがやや窮屈そうに腰を下ろしている。
長剣はさすがに邪魔なので、今はドア脇の武器ラックに立てかけてあった。
「なあ」
ホークが小声で尋ねる。
「ここ、本当に"授業"で合ってるのか?」
「他に何に見える?」
ミスティーが苦笑する。
「覚悟を決めなさい。あたしたち、今から"生徒"なの」
「……竜の巣より怖いな」
「正解」
二人の前のホログラムに、タイトルが浮かぶ。
《銀河史概論 第三講:"ギルド"成立以前の海賊と反乱者たち》
「今日はここだ」
レオがブリッジ中央に立ち、腕を組んだ。
「ホーク、お前のための回と言ってもいい」
「俺の?」
「ああ。
"幻戦士"として戦ってきたお前が、
この宇宙で"人間として"何をするかを考えるには、
最初に知っておいた方がいい連中がいる」
画面に、古い船のシルエットが次々と映し出される。
装甲もろくにない旧式船、寄せ集めの武装、
しかしその横には、誇らしげなクルーたちの写真。
「ギルドが銀河を仕切る前、
海賊と呼ばれていた連中は一枚岩じゃなかった。
"稼ぎのためだけ"に動く連中もいれば、
圧政や奴隷制を嫌って、自分なりのルールで動いていた連中もいる」
「……コブラみたいな?」
ミスティーがちらりと横目で見る。
「こいつらの中でも、特に頭がおかしい部類だな」
レオが即答した。
「ひでぇ評価だな」
コブラは後方の席――"教室監督席"に座って足を組み、
あくびをかみ殺しながら手を振る。
「まあ否定はしないけど」
ホークが画面をじっと見つめる。
「……戦い方が、違う」
「気づいたか」
レオが頷く。
「"勝つこと"だけを目的にしてない。
"何を守るか""何をぶっ壊すか"を、
自分で決めている」
ホークは少しだけ目を伏せた。
「幻戦士の頃の俺は……
"戦うこと"だけが全てだった。
勝つ意味も、負ける意味も、よく分かっていなかったかもしれない」
「だから授業に来るって言い出したんでしょ」
ミスティーが笑う。
「ちゃんと、世界を知った上で戦いたいって」
「……ああ」
レオは、ホークの視線が止まった古い写真を拡大する。
そこには、少ない人数で巨大艦隊に立ち向かうボロ船と、
その甲板で笑っている男女の姿があった。
「これは、"ハーピー・ネスト蜂起"のメンバーだ」
レオが説明を続ける。
「ギルド成立前夜、
奴隷にされていたハーピー族と、
一部の海賊が組んで起こした大規模反乱だ」
「……結果は?」
「軍事的には敗北」
レオはあっさりと言う。
「けど、その時の記録と証言が、
後の"奴隷制禁止条約"の下敷きになった」
ホークはしばらく黙っていた。
「負けても、意味は残るのか」
「残すように動けるやつが、
――"勇士"って呼ばれるんじゃない?」
ミスティーがぽつりと口を挟む。
「その定義、メモしておいていいか?」
ホークが真面目に尋ね、
ミスティーが吹き出した。
「いいわよ。テストに出るかもしれないし」
「出すのか……」
「出すぞ」
レオが即答した。
「ですよねー!!」
ブリッジに、どっと笑い声が広がる。
/*/ 銀河共通語講座・副科目 /*/
「じゃ、銀河史は一旦ここまで。
続いて国語――銀河共通語文法の時間だ」
「えっ、休憩は!?」
ミスティーが絶叫する。
「戦場で敵が"ちょっと休憩しようか"と言ってくれるなら、
その幻想に縋ってもいい」
「ひどい教師だ!!」
レオは聞こえないふりをして、
今度はスクリーンに長文を表示した。
『――"コブラが居眠りをしたので、
先生は黒板消しを彼の頭に落とした"――』
「待て」
コブラがすっと手を上げる。
「濡れ衣だよな、それ」
「まだ居眠りしてないよね」
ミスティーがニヤニヤする。
「じゃあ、この例文を"銀河共通語"で書き直してみろ」
レオがさくっと続けた。
「ホーク、まずはお前からだ」
「えっ、俺から!?」
ホークは、慣れないタッチパネルにごつい指を伸ばしながら、
一文字一文字、たどたどしく入力していく。
ミスティーは、その様子を横目で見ながら、
自分の方の画面にも同じ文を打ち込んだ。
少し前までなら想像もしなかっただろう。
"幻戦士"と呼ばれた剣士と、自分みたいな辺境の電気娘が、
宇宙船のブリッジで並んで"国語の宿題"をやっているなんて。
ふと、その光景がおかしくて、誇らしくて――
ミスティーはひそかにニヤけた。
「何笑ってる」
ホークが怪訝そうに見る。
「ひみつ」
「……先生、
"ひみつ"を銀河共通語でどう言うか教わってないぞ」
「そこから!?!?」
再び笑いが広がる。
アフラ・マズダは、
"学びを怠るな"と言った。
それがこの先どんな戦場に繋がるのか、
今はまだ誰も知らない。
だが少なくとも――
タートル号のブリッジにだけは、
"ロクでもない星々"を渡り歩くための、
ちゃちな、けれど確かな教室が生まれつつあった。
/*/ 氷の海域・《氷の牙》旗艦《コア・シップ》 /*/
「――で、リハビリ計画書はこれや」
氷の海を滑る《コア・シップ》の一室。
そこは、かつて"戦利品倉庫"だった区画を改造した、簡易医務区画だった。
ドクター・ヤマから送られてきたという、
治療用補機パーツと古臭いマニュアルが積み上がっている。
『感謝しろよ、海賊ども。
人を殺すための技術を、
生かす方に流用してやっとるんじゃからな』
そんな音声メッセージが、しつこくリピートされていた。
「うるさいわ、このジジイ」
ドブスンがスピーカーを拳で小突く。
「でも……本当に、使えるんですかね」
傍らで書類を持っている若い副官が、不安そうに尋ねた。
「タートル号のレオの見解では、"原理的には正しい"らしいで」
ドブスンは欠伸を噛み殺しながら答える。
「だったら、やるだけや。
あいつら、ゾラに喰われかけて、それでも戻ってきたんやからな」
ベッドに横たわる元クルーたちの顔を、
ドブスンは順に見ていく。
そこにはもう、花弁も、蔓も、蕾もない。
ただ、ひどく疲れた、けれど確かに"人間の"顔があった。
「お前ら、ゆっくりでええからな」
ドブスンは、誰に聞かせるでもなく呟く。
「ミミちゃんの分まで、
しっかり飯食って、しっかり働いて、しっかり文句言え」
副官が、少しだけ笑った。
「キャプテン、次の仕事の依頼が入ってます」
「ギルド絡みか?」
「いえ、今回は"銀河パトロールから正式に"。
補給護衛と、難民輸送です」
「……珍しい仕事やな」
「"氷の牙"の評判、
最近ちょっと変わってきてるみたいですよ」
「気持ち悪いな」
ドブスンは頭をかいた。
「まあええ。
"ギルドが嫌い"って根っこが変わらん限り、
何やっても、うちは同じや」
そう言って、彼はニヤリと笑った。
「行くぞ。
六人の勇士のうちの一人、らしいからな。
それなりに、カッコつけたらな」
コア・シップの外側で、
氷のように白い艦隊がゆっくり進路を変える。
遠く離れた場所で、タートル号もまた、
別の星へと舵を切っていた。
――いずれまたどこかの空で、
彼らの航路は交わるだろう。
その時、六人目の"勇士候補"が、
どんな顔でそこにいるのかは、まだ誰にも分からない。