1
/*/ タートル号・機関部手前の通路 /*/
ブリッジと機関部をつなぐサービス通路は、
いつもならクルー以外ほとんど通らない静かな場所だ。
配管がむき出しになった天井。
冷却剤の循環音と、エンジンの低い唸りだけが響いている。
――の、だが。
「……なあ、ミスティー」
ホークが眉をひそめる。
「さっきから、足音が一個、多くないか?」
「うん、する」
ミスティーは、後ろを振り返りながら答えた。
「っていうか、角を曲がるたびに“ぴょん、ぴょん”って音が――」
曲がり角の向こうから、
まさにその“ぴょん、ぴょん”という軽い音が近づいてくる。
やがて、影が現れた。
「……あ」
ミスティーとホークが同時に声を上げる。
「おんや?」
カエル型小型ロボットの上に人間の頭部。
あの、見慣れてしまったら負けな気がする姿が、
通路の真ん中でぴたりと止まった。
『なんじゃ、出迎えご苦労さん』
「なんでいるのよ!!」
ミスティーの絶叫が、通路にこだました。
/*/ タートル号・機関部前 /*/
「確認だけどさ」
数分後。
機関部前の広いスペースに、
タートル号の主要メンバーが勢ぞろいしていた。
コブラ、レオ、ホーク、ミスティー。
その真正面に――
ぴょん、と一段高いグレーティングの上に乗った、カエルロボ+頭部。
「お前、本当にどういう経路で乗り込んだ?」
レオが腕を組んで問う。
『“どういう経路”もなにも、
お前らが例の小惑星から脱出するとき、
ちゃっかり救命ポッドの腹にマグネットフックでぶら下がっとったんじゃ』
ヤマは得意げに言った。
『気圧調整のタイミングでシールド越しに滑り込み、
貨物扱いの破片に紛れて荷物フロアに転がり込み、
さっき機関部経由でここまで出てきた。完璧な作戦じゃろ』
「いや、ただの密航の告白なんだけどそれ」
ミスティーが頭を抱える。
「セキュリティ、あとで見直しね……」
レオが小声でメモを取った。
「で、なんでこっそり乗り込んできた」
コブラが本題を促す。
ヤマは、ふん、と鼻を鳴らした。
『人を“生かす”と言う事はな――
人がいる場所におらんと出来んからな』
その言葉だけは、妙に真面目な響きがあった。
『銀河パトロールに捕まったら縛り首は確定じゃしの。
ギルドからも追われとる。
どっちに転んでも、わしの身体はバラバラにされるわ』
「自業自得の割合、九割五分くらいありそうだけどね!」
ミスティーのツッコミが鋭い。
『残り五分は世界のせいや!!』
「そこも自分で反省しなさいよ!!」
ホークが咳払いし、話を戻した。
「つまり――」
『お前らにはな、わしの面倒を見る義務がある』
きっぱりと言い切られ、
タートル号組が一斉に「は?」という顔になる。
「どこからその結論が出てきた」
レオが冷静に問う。
『決まっとる。
わしの“最高傑作”を一緒に始末してくれた仲間やろうが』
「仲間扱いのラインが狂ってない?」
ミスティーが小声で囁く。
『それにな』
ヤマはロボットの足で、こんこんと床を叩いた。
『あの小惑星で、お前らに言われたじゃろ。
“今度は人を助ける側の技術も考えてみたらどうだ”とな』
視線がレオに向かう。
レオは、ほんの少しだけ目をそらした。
「言った覚えは、ある」
『なら実験場が要る。
データが要る。
“生きようとしている連中”の近くにおらんと、
人を助ける技術なんぞ、わしには一生分からんままだ』
ヤマはぐるりと周囲を見回した。
『ここはええ船じゃ。
人が死にかける現場によう行く。
妙な神様にも好かれとる。
医療設備はギリギリ。技術者は一級。』
「褒めてるのかバカにしてるのかはっきりして」
ミスティーが呟く。
『ここ以上に、“人を生かす”訓練場はないわい』
しばしの沈黙。
その間に、ホークがぽつりと呟いた。
「……こいつを放り出しても、
どこかでまた“殺す方の技術”を誰かが拾うかもしれない、ってことか」
『賢い剣士は嫌いやないで』
ヤマがニヤリと笑う。
「レオ」
コブラが腕を組み、レオの方を見る。
「頼んだ」
「俺かよ!?」
「技術部門統括、兼、教育担当だろ」
コブラはさらっと言う。
「医療・工学寄りの“矯正指導”は、お前が一番向いてる」
「だからって、狂科学者の面倒までセットにするな!」
『ほら見い』
ヤマが嬉々として口を挟む。
『お前が見張っておけば、変な方向にだけは暴走せんやろ。
わしひとり放し飼いにするより、ずっと人道的じゃ』
「“人道的”って言葉をお前の口から聞く日が来るとはね……」
ミスティーが遠い目をする。
「条件は出す」
レオが深くため息をついた。
「一、ギルドにも銀河パトロールにも、タートル号クルーとしては登録しない。
船籍上はあくまで“技術顧問扱い”の匿名だ。名前を出したら即解雇」
『ふん、ええじゃろ』
「二、殺人兵器の開発禁止。
“転用すれば殺せるけど、主目的は違う”みたいな屁理屈も却下」
『おおう……耳が痛い』
「三、ミスティーを実験台にしない」
「それは絶対!!」
ミスティーが即座に乗る。
『ちょっとくらい電極を――』
「しない!!」
ミスティーとレオの声がぴったり重なった。
「四つ目」
ホークが口を挟む。
「“助けるための技術”を教えるときは、
俺にも聞かせろ」
「ホーク?」
「俺は剣しか知らない。
けど、人を生かすやり方も、少しは知っておきたい」
ヤマは、その言葉に一瞬だけ目を細めた。
『……なるほどのう』
カエルロボが、ぴょん、と一歩前に出る。
『ええやろ。
レオ、ミスティー、ホーク――
お前らに“元・殺人兵器屋”の知恵を分けてやる代わりに』
ぎょろりとコブラを見上げた。
『この船と、ここにいる連中の命。
わしも一緒になって守るわ』
「今のセリフ、ちゃんと録音した?」
ミスティーがレオに囁く。
「医務室とブリッジにバックアップ済みだ」
「仕事が早い」
コブラはしばし黙ってから、
にやりと笑った。
「じゃ、歓迎会はあとにして――」
「歓迎するんだ……」
「今ので決まりだ。
ようこそ、“ロクでもない星回り専門船・タートル号”へ」
コブラが手を差し出し――
ヤマは、自分の頭でそれをじっと見つめる。
『……握手したいんじゃがな』
「腕、ないもんね」
ミスティーが小さく笑う。
『そのうち、誰かが付けてくれるやろ』
ヤマは代わりに、カエルロボの足で床を二度鳴らした。
『ここはそういう船らしいしな』
「レオ、頼んだ」
コブラがもう一度念押しする。
「だから俺かよ!! ……分かったよ!」
レオは頭をかきむしり、
深く息を吐いた。
「タートル号臨時技術班――
電気娘、元幻戦士、元殺人兵器屋。
ろくな人材構成じゃないな」
「でも、ちょっとカッコよくない?」
ミスティーがケラケラ笑う。
「そうか?」
「そうだとも」
ホークが頷いた。
「“外側”で生きるには、これくらいの方がちょうどいい」
タートル号のエンジン音が、
少しだけ高くなった。
新たな厄介者――
いや、新たな“生かす技術の担い手”を抱え込んだ船は、
また次のロクでもない星へ向けて、静かに進路を変え始めていた。