/*/ ドゴール星・マゼラン研究所 /*/
ドゴール星の空は、いつもどこか煤けている。
大気中を漂う微細な金属塵が、夕焼けを薄く曇らせていた。
その空を割って、一隻の船が降りてくる。
丸みを帯びた船体に、無骨なサイドスラスター。
――宇宙船ロシナンテ。
研究都市の外れにある高台のドックに、
白い蒸気を吐きながら、静かに着陸した。
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「ふむ、空気の匂いがよろしくないのう」
タラップを、ぴょん、と跳ねるように降りたのは、
例のカエル型ロボ+頭部のドクター・ヤマだ。
『工業惑星にしては、まだマシな方かもしれんがな』
マゼラン研究所は、
巨大なドームと、高くそびえる三本のタワーから成る建物群だった。
タラップの下で待っていたのは、
ひげをたくわえ、眼鏡をかけた老人だった。
白髪まじりの髪を後ろでひとまとめにし、
研究者用コートのポケットは書類と工具でふくらんでいる。
だが、その眼鏡の奥の瞳は、年齢を感じさせない鋭さを湛えていた。
「ようこそ、ドゴール星へ。
ようこそ、マゼラン研究所へ、レオ・ゴルドン」
「ご無沙汰している、マゼラン博士」
レオは荷物を降ろし、きっちりと敬礼した。
「タートル号の方は騒がしいんでね。
静かに頭を使える場所が必要で」
「賑やかな船が似合う男もおるが、お前さんは半々だな」
マゼラン博士は、口ひげを指先で軽くなでながら、目を細めて笑った。
「コブラとはまだ付き合いはあるのかね?」
「つい最近まで一緒に人工魔女を殴ってたところだ」
「まったく、あの男は……」
博士は肩をすくめて、少しだけ嬉しそうに息を吐いた。
「そちらの……変わった同伴者は?」
『変わったとは失敬な。
ロボット工学で高名なマゼラン博士に会えるとは光栄じゃ』
ヤマがカエルロボの背を伸ばす。
『ドクター・ヤマと申す。元・殺人兵器屋、現・更生プログラム進行中じゃ』
マゼラン博士の眉が、わずかに跳ね上がる。
「ほう……その名は聞いたことがあるぞ。
銀河パトロールの報告書の片隅を、何度も黒く塗りつぶさせた狂科学者だろう?」
『紹介のされ方が気に入らんのう』
「ロボット工学で高名なマゼラン博士に会えるとは光栄じゃ。
ブラックソードとアーマロイドの談義でもせんか?」
ヤマはすでにワクワクしている。
マゼラン博士は顎ひげをさすり、眼鏡を押し上げた。
「興味深い話題ではある」
静かな低い声で言う。
「だが――殺戮兵器に関しての話は、正直、気が進まないの」
『む? そう来るか』
「ブラックソードもアーマロイドも、
“兵器としてどう優れていたか”という話なら、
もう耳にタコができるほど聞いてきた。
わしが知りたいのは、
“その後、どう生きたか”“どう自分の体と折り合いをつけたか”の方じゃ」
『……ええ趣味しとるわい』
ヤマは思わず口をつぐみ、
次の瞬間、くつくつと笑った。
「そういう話なら、いずれ酒でも飲みながらゆっくりやろう。
今日は別件か?」
「ああ」
レオがコンテナケースを足元に置き、蓋を開いた。
「博士。ドックを少し借りるぞ。
海賊ギルドとやりあうのに――
キングダム戦車の正面装甲を撃ち抜けるように、
スーパーブラスターを改良する」
中には、分解された砲身ユニットとエネルギーパック。
例のスーパーブラスターの部品たちが整然と納まっている。
「また厄介な相手に喧嘩を売っとるな」
マゼラン博士は眉間に皺を寄せたが、
その目には、研究者特有の好奇心も灯っていた。
『結局、撃ち出す重粒子をより重いものにすれば良いんじゃ』
ヤマが退屈そうに言う。
『つまらん改良じゃよ』
「こんな弾代かかるもの、毎回使えるかよ」
レオが即座に返す。
「重粒子ってのはな、撃つたびに船の経理担当の心臓を撃ち抜くんだ」
マゼラン博士はふっと吹き出し、
ひげをなでながらドックの方へ顎をしゃくった。
「よし、話は中で聞こう。
ここで立ち話をしていても、あの戦車の装甲は一枚も抜けん。
――ロボットも砲も、使い方次第で“生かす道具”にはなり得る。
見せてもらおうか、お前さんらの工夫とやらを」
こうして、
ドゴール星・マゼラン研究所のドックで、
レオ&ドクター・ヤマ&マゼラン博士という、
ロクでもないが妙に頼もしい技術トリオが編成されるのだった。
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ドック脇の設計ブロックに移動すると、マゼラン博士は壁一面のホロパネルを指先で払った。
研究所のメインフレームに繋がったデータベースから、古い図面ファイルが次々と呼び出されていく。
「お前さんらのスーパーブラスターの仕様はこれとして……似た系統の兵器データも出しておこう」
パネルの一角に、見慣れたシルエットが浮かんだ瞬間――
『なんじゃ、サイコガンの設計図もあるではないか。不知火鉄心……語り合ってみたかったの』
ドクター・ヤマが、カエルボディごとぴょこんと跳ねた。
ホロに映る署名欄には、たしかに SHIRANUI TESSHIN の文字が揺れている。
「博士、こいつも持ってたのか」
レオが目を細める。
「わしが作ったわけではない。旧友がな、死ぬ前に“始末に困る遺品”として押しつけてきおった」
マゼラン博士は苦笑する。
「実物の分解ログも少しだけあるが……コブラ本人がつけた改造履歴は、さすがに手元にはないよ」
『惜しいのう。あやつの脳波とガンとの位相同期が、どういう履歴を辿ったのか聞いてみたかったわい』
ヤマはホロパネルににじり寄り、図面を拡大していく。
銃身内部のスパイラルコイル、脳波変換ユニット、腕神経との直結インターフェース――細部の構造に、低い唸り声を漏らした。
『やはり“器”そのものはそこまで特別ではないの。要は、持ち主の側の問題か』
「ああ、その通りだ」
レオは腕を組み、サイコガンの図面を見上げながら肩をすくめた。
「サイコ兵器は常人が使うには出力不足で使えねぇよ。試しに複製してみたが、俺じゃコブラほど使いこなせなかった」
「ほう、試したのか」
マゼラン博士の眉が上がる。
「銀河パトロールのテストレンジを半日だけ借りてな」
レオは苦い顔で笑う。
「見た目だけは同じものを作って、脳波同期もそこそこまで合わせたが……出る火力がしょぼい。せいぜい中口径ブラスター程度だ。あいつが撃つときの“世界が凹む”ような感じは、まるで出ねえ」
『脳のリミッターが違うのじゃろう』
ヤマが楽しそうに言う。
『常人は、無意識の自衛反応で出力を絞る。あやつは――多分、その辺がぶっ壊れとる』
「褒め言葉なんだろうが、ひどい評価だな」
レオが肩を揺らす。
「まあ実際、“サイコガンの真価”はハードじゃなくて、コブラっていう人間そのものだ。そこは認めてる」
マゼラン博士は静かに頷いた。
「だからこそ、わしはサイコ兵器はあまり好きではないのだよ」
彼は眼鏡のブリッジを押し上げる。
「“人の心”そのものを、銃身の中に通して弾頭にする。
兵器としては合理的かもしれんが……人間を“部品”にし過ぎておる」
『おぬし、わしに向かってそれを言うか?』
ヤマが口を尖らせる。
『わしも、長年“人間を部品にする側”の研究ばかりしてきたわい』
「だからこそ、今は更生中なのだろう?」
博士はさらりと返し、カエルロボを横目に見た。
「同じ轍は踏まん。少なくとも、わしはな」
レオは二人のやりとりを聞き流しながら、サイコガンの設計図と、自分たちが持ち込んだスーパーブラスターの図面を並べて表示した。
「……で、博士」
彼は指先で二つの図面の一部を重ね合わせる。
「こいつをキングダム戦車に向けるなら、方向性はこっち――“人間側をいじらない”路線で行きたい」
「ふむ。具体的には?」
「サイコガンみたいに撃つ人間の脳みそを燃料にするんじゃなく、
“照準だけ”を人間の感覚に乗せる。
弾そのものは、あくまで外部電源の重粒子砲」
『サイコ・トリガーか』
ヤマが即座に察したように言う。
『命中させたい“イメージ”だけを脳波で拾い、発射プログラムに渡す。
弾の加速・収束は、通常のエネルギーラインでまかなう……悪くない発想じゃ』
「お前、そういうの好きだろ」
レオはにやっと笑った。
「殺人兵器屋ってのは、結局“当てやすくて外れにくい”銃が大好物なんだろ?」
『的確な侮辱じゃのう』
マゼラン博士は少しだけ考え込み、やがて頷いた。
「理屈としては可能だろう」
彼はスーパーブラスターの砲身ユニットを手に取り、光に透かして眺める。
「ただし――人間の脳波を拾うインターフェースには、
“出力を増やす方向”の機能を一切載せないこと。
できるのはあくまで照準補助と発射タイミングの最適化までだ」
『出力増幅は?』
ヤマが首を傾げる。
「却下だ」
博士はきっぱりと言い切った。
「そこまで踏み込めば、サイコ兵器と本質的に同じになる。
また誰かが、“コブラほど使いこなせなかった”と言いながら、脳を焼いて倒れる未来しか見えん」
レオは肩を竦めた。
「そこまでは欲張らないさ。
こっちはあくまで、“キングダム戦車の装甲を一枚抜ければいい”んだ。
コブラみたいに、要塞ごと吹き飛ばす必要はない」
『要塞ごと吹き飛ばすのはロマンなんじゃがなあ』
「ロマンで飯は食えない。まして弾代は出ない」
レオは淡々と返す。
「その代わり――命中率と、最初の一発の“決定力”だけは、徹底的に上げたい」
マゼラン博士はふっと笑みを浮かべた。
「いいだろう。
“人を部品にしない”という前提でなら、協力しよう。
ロボット工学と砲の工学、そしてお前さんらの場数――
それらを全部混ぜた“折衷案”とやらを作ってみせる」
『よし、ならばまずは――』
ヤマが勢いよくホロパネルに飛びつく。
『脳波インターフェースの基板を、わしが引き受けよう。
不知火鉄心に見せても胸を張れるくらい、上品で安全なやつを作ってやるわい』
「それは楽しみだ」
博士は目を細める。
「“安全”という言葉をお前の口から聞ける日が来るとはな」
レオは二人のやり取りを背に、
キングダム戦車の装甲厚と材質データを呼び出し、スーパーブラスターとの理論貫徹力を計算し始めた。
(コブラのサイコガンみたいな、派手で分かりやすい“英雄の武器”じゃなくていい。
俺が欲しいのは――確実に穴を開ける、職人用の工具だ)
金属塵に曇ったドゴール星の空の下で。
マゼラン研究所のドックには、
ロマンと実務と、更生中の狂気が入り混じった図面が、次々と描き足されていくのだった。