紛れも無く奴に会いたくない   作:ぶーく・ぶくぶく

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/*/ ドゴール星・マゼラン研究所 /*/

 

 

 ドゴール星の空は、いつもどこか煤けている。

 大気中を漂う微細な金属塵が、夕焼けを薄く曇らせていた。

 

 その空を割って、一隻の船が降りてくる。

 丸みを帯びた船体に、無骨なサイドスラスター。

 

 ――宇宙船ロシナンテ。

 

 研究都市の外れにある高台のドックに、

 白い蒸気を吐きながら、静かに着陸した。

 

 

/*/

 

 

「ふむ、空気の匂いがよろしくないのう」

 タラップを、ぴょん、と跳ねるように降りたのは、

 例のカエル型ロボ+頭部のドクター・ヤマだ。

 

『工業惑星にしては、まだマシな方かもしれんがな』

 

 マゼラン研究所は、

 巨大なドームと、高くそびえる三本のタワーから成る建物群だった。

 

 タラップの下で待っていたのは、

 ひげをたくわえ、眼鏡をかけた老人だった。

 

 白髪まじりの髪を後ろでひとまとめにし、

 研究者用コートのポケットは書類と工具でふくらんでいる。

 だが、その眼鏡の奥の瞳は、年齢を感じさせない鋭さを湛えていた。

 

「ようこそ、ドゴール星へ。

 ようこそ、マゼラン研究所へ、レオ・ゴルドン」

 

「ご無沙汰している、マゼラン博士」

 レオは荷物を降ろし、きっちりと敬礼した。

「タートル号の方は騒がしいんでね。

 静かに頭を使える場所が必要で」

 

「賑やかな船が似合う男もおるが、お前さんは半々だな」

 マゼラン博士は、口ひげを指先で軽くなでながら、目を細めて笑った。

「コブラとはまだ付き合いはあるのかね?」

 

「つい最近まで一緒に人工魔女を殴ってたところだ」

 

「まったく、あの男は……」

 博士は肩をすくめて、少しだけ嬉しそうに息を吐いた。

 

「そちらの……変わった同伴者は?」

 

『変わったとは失敬な。

 ロボット工学で高名なマゼラン博士に会えるとは光栄じゃ』

 ヤマがカエルロボの背を伸ばす。

『ドクター・ヤマと申す。元・殺人兵器屋、現・更生プログラム進行中じゃ』

 

 マゼラン博士の眉が、わずかに跳ね上がる。

 

「ほう……その名は聞いたことがあるぞ。

 銀河パトロールの報告書の片隅を、何度も黒く塗りつぶさせた狂科学者だろう?」

 

『紹介のされ方が気に入らんのう』

 

「ロボット工学で高名なマゼラン博士に会えるとは光栄じゃ。

 ブラックソードとアーマロイドの談義でもせんか?」

 ヤマはすでにワクワクしている。

 

 マゼラン博士は顎ひげをさすり、眼鏡を押し上げた。

 

「興味深い話題ではある」

 静かな低い声で言う。

「だが――殺戮兵器に関しての話は、正直、気が進まないの」

 

『む? そう来るか』

 

「ブラックソードもアーマロイドも、

 “兵器としてどう優れていたか”という話なら、

 もう耳にタコができるほど聞いてきた。

 わしが知りたいのは、

 “その後、どう生きたか”“どう自分の体と折り合いをつけたか”の方じゃ」

 

『……ええ趣味しとるわい』

 ヤマは思わず口をつぐみ、

 次の瞬間、くつくつと笑った。

 

「そういう話なら、いずれ酒でも飲みながらゆっくりやろう。

 今日は別件か?」

 

「ああ」

 レオがコンテナケースを足元に置き、蓋を開いた。

 

「博士。ドックを少し借りるぞ。

 海賊ギルドとやりあうのに――

 キングダム戦車の正面装甲を撃ち抜けるように、

 スーパーブラスターを改良する」

 

 中には、分解された砲身ユニットとエネルギーパック。

 例のスーパーブラスターの部品たちが整然と納まっている。

 

「また厄介な相手に喧嘩を売っとるな」

 マゼラン博士は眉間に皺を寄せたが、

 その目には、研究者特有の好奇心も灯っていた。

 

『結局、撃ち出す重粒子をより重いものにすれば良いんじゃ』

 ヤマが退屈そうに言う。

『つまらん改良じゃよ』

 

「こんな弾代かかるもの、毎回使えるかよ」

 レオが即座に返す。

「重粒子ってのはな、撃つたびに船の経理担当の心臓を撃ち抜くんだ」

 

 マゼラン博士はふっと吹き出し、

 ひげをなでながらドックの方へ顎をしゃくった。

 

「よし、話は中で聞こう。

 ここで立ち話をしていても、あの戦車の装甲は一枚も抜けん。

 ――ロボットも砲も、使い方次第で“生かす道具”にはなり得る。

 見せてもらおうか、お前さんらの工夫とやらを」

 

 こうして、

 ドゴール星・マゼラン研究所のドックで、

 レオ&ドクター・ヤマ&マゼラン博士という、

 ロクでもないが妙に頼もしい技術トリオが編成されるのだった。

 

 

/*/

 

 

 ドック脇の設計ブロックに移動すると、マゼラン博士は壁一面のホロパネルを指先で払った。

 研究所のメインフレームに繋がったデータベースから、古い図面ファイルが次々と呼び出されていく。

 

「お前さんらのスーパーブラスターの仕様はこれとして……似た系統の兵器データも出しておこう」

 

 パネルの一角に、見慣れたシルエットが浮かんだ瞬間――

 

『なんじゃ、サイコガンの設計図もあるではないか。不知火鉄心……語り合ってみたかったの』

 

 ドクター・ヤマが、カエルボディごとぴょこんと跳ねた。

 ホロに映る署名欄には、たしかに SHIRANUI TESSHIN の文字が揺れている。

 

「博士、こいつも持ってたのか」

 レオが目を細める。

 

「わしが作ったわけではない。旧友がな、死ぬ前に“始末に困る遺品”として押しつけてきおった」

 マゼラン博士は苦笑する。

「実物の分解ログも少しだけあるが……コブラ本人がつけた改造履歴は、さすがに手元にはないよ」

 

『惜しいのう。あやつの脳波とガンとの位相同期が、どういう履歴を辿ったのか聞いてみたかったわい』

 

 ヤマはホロパネルににじり寄り、図面を拡大していく。

 銃身内部のスパイラルコイル、脳波変換ユニット、腕神経との直結インターフェース――細部の構造に、低い唸り声を漏らした。

 

『やはり“器”そのものはそこまで特別ではないの。要は、持ち主の側の問題か』

 

「ああ、その通りだ」

 

 レオは腕を組み、サイコガンの図面を見上げながら肩をすくめた。

 

「サイコ兵器は常人が使うには出力不足で使えねぇよ。試しに複製してみたが、俺じゃコブラほど使いこなせなかった」

 

「ほう、試したのか」

 マゼラン博士の眉が上がる。

 

「銀河パトロールのテストレンジを半日だけ借りてな」

 レオは苦い顔で笑う。

「見た目だけは同じものを作って、脳波同期もそこそこまで合わせたが……出る火力がしょぼい。せいぜい中口径ブラスター程度だ。あいつが撃つときの“世界が凹む”ような感じは、まるで出ねえ」

 

『脳のリミッターが違うのじゃろう』

 ヤマが楽しそうに言う。

『常人は、無意識の自衛反応で出力を絞る。あやつは――多分、その辺がぶっ壊れとる』

 

「褒め言葉なんだろうが、ひどい評価だな」

 レオが肩を揺らす。

「まあ実際、“サイコガンの真価”はハードじゃなくて、コブラっていう人間そのものだ。そこは認めてる」

 

 マゼラン博士は静かに頷いた。

 

「だからこそ、わしはサイコ兵器はあまり好きではないのだよ」

 彼は眼鏡のブリッジを押し上げる。

「“人の心”そのものを、銃身の中に通して弾頭にする。

 兵器としては合理的かもしれんが……人間を“部品”にし過ぎておる」

 

『おぬし、わしに向かってそれを言うか?』

 ヤマが口を尖らせる。

『わしも、長年“人間を部品にする側”の研究ばかりしてきたわい』

 

「だからこそ、今は更生中なのだろう?」

 博士はさらりと返し、カエルロボを横目に見た。

「同じ轍は踏まん。少なくとも、わしはな」

 

 レオは二人のやりとりを聞き流しながら、サイコガンの設計図と、自分たちが持ち込んだスーパーブラスターの図面を並べて表示した。

 

「……で、博士」

 彼は指先で二つの図面の一部を重ね合わせる。

「こいつをキングダム戦車に向けるなら、方向性はこっち――“人間側をいじらない”路線で行きたい」

 

「ふむ。具体的には?」

 

「サイコガンみたいに撃つ人間の脳みそを燃料にするんじゃなく、

 “照準だけ”を人間の感覚に乗せる。

 弾そのものは、あくまで外部電源の重粒子砲」

 

『サイコ・トリガーか』

 ヤマが即座に察したように言う。

『命中させたい“イメージ”だけを脳波で拾い、発射プログラムに渡す。

 弾の加速・収束は、通常のエネルギーラインでまかなう……悪くない発想じゃ』

 

「お前、そういうの好きだろ」

 レオはにやっと笑った。

「殺人兵器屋ってのは、結局“当てやすくて外れにくい”銃が大好物なんだろ?」

 

『的確な侮辱じゃのう』

 

 マゼラン博士は少しだけ考え込み、やがて頷いた。

 

「理屈としては可能だろう」

 彼はスーパーブラスターの砲身ユニットを手に取り、光に透かして眺める。

「ただし――人間の脳波を拾うインターフェースには、

 “出力を増やす方向”の機能を一切載せないこと。

 できるのはあくまで照準補助と発射タイミングの最適化までだ」

 

『出力増幅は?』

 ヤマが首を傾げる。

 

「却下だ」

 博士はきっぱりと言い切った。

「そこまで踏み込めば、サイコ兵器と本質的に同じになる。

 また誰かが、“コブラほど使いこなせなかった”と言いながら、脳を焼いて倒れる未来しか見えん」

 

 レオは肩を竦めた。

 

「そこまでは欲張らないさ。

 こっちはあくまで、“キングダム戦車の装甲を一枚抜ければいい”んだ。

 コブラみたいに、要塞ごと吹き飛ばす必要はない」

 

『要塞ごと吹き飛ばすのはロマンなんじゃがなあ』

 

「ロマンで飯は食えない。まして弾代は出ない」

 レオは淡々と返す。

「その代わり――命中率と、最初の一発の“決定力”だけは、徹底的に上げたい」

 

 マゼラン博士はふっと笑みを浮かべた。

 

「いいだろう。

 “人を部品にしない”という前提でなら、協力しよう。

 ロボット工学と砲の工学、そしてお前さんらの場数――

 それらを全部混ぜた“折衷案”とやらを作ってみせる」

 

『よし、ならばまずは――』

 ヤマが勢いよくホロパネルに飛びつく。

『脳波インターフェースの基板を、わしが引き受けよう。

 不知火鉄心に見せても胸を張れるくらい、上品で安全なやつを作ってやるわい』

 

「それは楽しみだ」

 博士は目を細める。

「“安全”という言葉をお前の口から聞ける日が来るとはな」

 

 レオは二人のやり取りを背に、

 キングダム戦車の装甲厚と材質データを呼び出し、スーパーブラスターとの理論貫徹力を計算し始めた。

 

(コブラのサイコガンみたいな、派手で分かりやすい“英雄の武器”じゃなくていい。

 俺が欲しいのは――確実に穴を開ける、職人用の工具だ)

 

 金属塵に曇ったドゴール星の空の下で。

 マゼラン研究所のドックには、

 ロマンと実務と、更生中の狂気が入り混じった図面が、次々と描き足されていくのだった。

 

 

 

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