/*/ バトール星・臨時キャンプ地 /*/
バトール星の夕陽は、どこか安っぽい。
工業用の空調塔が吐き出す排気で、空の色はいつも少しだけ濁って見える。
小さなキャニオンの縁に、簡易テントとコンテナが並んでいた。
その端っこ、岩場が削られて作られた即席射撃場で――コブラが腕を組む。
「じゃ、こいつの“ご機嫌伺い”といくか」
彼は左腕を軽く振ると、サイコガンを夕景にかざした。
何もない空間に、ターゲットドローンがいくつも浮かび上がる。
楕円形の標的板が、風に乗るようにゆっくりと、しかし不規則に軌道を変えながら漂っていた。
「ホーク、風向きデータ」
「了解だ」
少し離れた岩の上で、ホークが携帯端末を弄りながら答える。
彼の足元には折りたたみ式のスナイパーライフルと、いくつかの予備マガジン。
いつでも実戦に移れるようにしながらも、その表情にはどこか余裕があった。
「上空層、右から左に秒速二十。下層は渦巻き。
普通の銃なら狙撃班が泣いて逃げ出すコンディションだな」
「上等」
コブラはニヤリと笑った。
狙いは、浮遊する的の“向こう側”――見えないラインを描くように、あえて外した角度でサイコガンを構える。
「曲射コース、行くぞ」
引き金が、軽く鳴った。
一瞬、空気がきしむ。
サイコガンから放たれた光弾は、真っ直ぐ飛ぶどころか、途中でふたつ、みっつと軌道をねじ曲げ、
岩陰に隠れたドローンの“死角”をなぞるように回り込んで――背中側から標的を撃ち抜いた。
ドローンが、静かに破裂して霧散する。
「……相変わらず、物理法則に喧嘩売っている」
ホークが口笛を吹いた。
「正面から撃ち抜くどころか、裏から刺してくる狙撃ってのは、どういう性格だ」
「紳士的ってやつさ。正面から正々堂々撃ち合うのは、拳銃決闘だけで十分だ」
コブラが肩をすくめると、その背後の岩場から、重い足音が聞こえてきた。
ドブスンだ。
油と金属の匂いを纏った、いかにも現場叩き上げのガンナー。
肩に担いだ携行砲のキャニスターをドスン、と地面に下ろす。
「派手にやってんな、コブラ」
彼は口の端に煙草を咥えたまま、空に散る残光を見上げる。
「サイコガンの自慢はわかったがよ」
ひと息おいて、ぼそりと続けた。
「海賊ギルドを倒すっても、倒してどうなるってんだ」
その言葉に、岩陰の方でなにかがピクリと動く。
ミスティーだ。
腰を下ろしてタブレット端末に何か打ち込んでいた少女が、顔を上げた。
彼女の周囲には、ドックからかっぱらってきたようなジャンク電子部品と、即席のコイル群。
どうやらこの惑星の防御システムを逆利用して、天気予報装置か何かを作っているところらしい。
「ドブスン、またそういうこと言う」
ミスティーは頬を膨らませる。
「“倒してどうなる”じゃなくて、倒さなきゃいけないから倒すんでしょ?」
「だったら質問を変えるぜ、お嬢ちゃん」
ドブスンは火をつけずにくわえていた煙草を、指先でくるりと回した。
「倒して“誰が得する”んじゃ?」
ホークが肩をすくめて立ち上がる。
砂を払いつつ、いつもの軽い調子で割り込んだ。
「それはお前、まずはクリスタルボーイの野望を挫くんだろ」
彼は指で空中に線を描く。
透明な線の先には、想像上のクリスタルボーイのシルエットが浮かんでいるかのようだ。
「ありゃあ、“ギルド”って看板を利用して、自分の歪んだ世界観を銀河に押しつけようとしてる。
俺たちは単純に、それが気に入らない。
だから斬る。理由なんてそんなもんだ」
「ホークはそういうとこ、真っ当に腹黒いよね」
ミスティーがくすっと笑った。
「褒めてるのかそれ」
ミスティーは今度はコブラの背中をちらりと見上げる。
サイコガンを義手に戻しつつある男の、左肩のラインを。
「コブラの相棒を助けるんでしょ?
その一言に、ドブスンの眉がぴくりと動いた。
「ほれみろ」
彼は大げさに両手を広げる。
「一匹狼の海賊が“世の為、人の為”なんておかしいと思ったわ。
結局、根っこは“身内の為”じゃねえか」
「ドブスン、それ悪口のつもり?」
ミスティーはあきれたように、しかしどこか楽しげに笑う。
「相棒の為に世界を救うとか、私は素敵だと思うけど?」
「ロマンチックではあるな」
ホークが頷く。
「“銀河を救う理由が、たった一人の相棒”――
ポスターにしたら女子にはウケる。男どもには受けが悪い」
「金にもならん」
ドブスンはそっぽを向く。
「ギルドを潰したって、代わりに別の悪党が出てくるだけだ。
そんな終わりのない喧嘩に、相棒ひとりの為に付き合うとか――物好きにも程があるぜ」
そのとき、ふいに。
「おいおい、聞き捨てならねえな」
会話の中心人物が、やっと口を挟んできた。
コブラだ。
サイコガンを完全に腕に収納し、ポケットに手を突っ込みながら、のんびりと三人の方へ歩いてくる。
「“物好き”は否定しねえけどよ」
彼はドブスンの肩を軽く小突いた。
「相棒の為に世界救うってのは、案外コスパがいいんだぜ」
「コスパ?」
ドブスンが眉をひそめる。
「“相棒一人を助けたい”って理由で、
“世界中の悪党に遠慮なく喧嘩売れる”んだからな」
コブラは白い歯を見せて笑った。
「“世の為、人の為”って看板は、俺には似合わねえ。
だけど――“あいつの為に邪魔な奴は全部ぶちのめす”ってなら、まあしっくりくる」
「ほらね?」
ミスティーがすかさずドブスンを見る。
「やっぱり素敵じゃない?」
「素敵かどうかはともかく」
ホークが肩を竦める。
「そういう奴が先頭に立ってる方が、部下としては楽だ。
“何の為に戦うか”で悩む時間が減る」
「俺はむしろ増えるがね」
ドブスンは頭をかきむしる。
「そんな個人的な理由で銀河規模の戦争に巻き込まれてると思うと、寝付きが悪くなる」
「安心しろよ、ドブスン」
コブラは空を見上げた。
どこか遠く、見えない軌道上にいるであろう“光明神”を探すように。
「お前らにも、そのうち“巻き込まれてよかった”って思わせてやるさ。
相棒も、世界も――どうせ救うならまとめて救っといた方が手間がねえ」
「相変わらず、勝手なこと言う男だ」
ドブスンは呆れながらも、口元に笑みを浮かべる。
「ねえ、コブラ」
ミスティーが、少しだけ真剣な声で呼びかける。
「その相棒さん……返してもらった後、どうするの?」
「どうするって?」
「また一緒に海賊やるの?
それとも、どこか静かな星で隠居とか?」
コブラは一瞬だけ黙り込む。
風が、サンドダストをさらっていく音だけが聞こえた。
やがて、肩をすくめる。
「さあな」
「えー、そこで“さあな”?」
「決めちまったら、つまらねえだろ」
彼はニヤリと笑う。
「相棒を取り戻して、ギルドをぶっ潰して、クリスタルボーイの顔を泣き顔に変えて――
それから先のことは、そんとき二人で決めりゃいい」
「……そういうとこだけ、ちゃんと“一匹狼”だよな」
ホークが苦笑した。
「いいじゃない」
ミスティーは、どこか嬉しそうに頷く。
「未来を決めないってことは、可能性を全部残しておくってことでしょ?」
「ほらよ、ミスティーはこう言ってるぜ」
コブラがウインクする。
「ドブスン、お前も少しは見習え。“可能性”ってやつを信じな」
「俺が信じるのは、残弾数と装甲厚と報酬額だけだ」
ドブスンはそっぽを向いた。
「……まあ、その“相棒の為に世界救う”って話、
酒の肴にする分には嫌いじゃねえがな」
「素直じゃないなあ、もう」
ミスティーがくすくす笑い、ホークは肩を揺らす。
「よし、それじゃあ」
コブラが手を打つ。
「相棒を取り戻すまでの“前祝い”ってことで、今夜は軽くやるか。
ホーク、食料コンテナの在庫確認。ミスティー、電源まわりのチェック。
ドブスンは――」
「わーってらあ」
ガンナーは重い砲を担ぎ直しながら、歩き出した。
「どうせ、“一番最初に撃ち始める役”なんだろ?」
「話が早くて助かるぜ、相棒候補」
そんなやりとりを交わしながら。
バトール星の小さなキャンプ地には、
“相棒の為に世界を救いに行く”連中の、
少し騒がしくて、どこか心地よい夕暮れの時間が流れていくのだった。