/*/ ドゴール星・マゼラン研究所 整備ドック /*/
ロシナンテは、いまや半分“解体ショー”の真っ最中だった。
船腹の装甲はところどころ剥がされ、フレームにはケーブルと補助骨格が蜘蛛の巣のように絡みついている。
ドックの天井からは、マゼラン研究所製のクレーンアームが二本、ロシナンテの上に覆い被さるように伸びていた。
その根元から、淡い緑色の光が脈動している。
「……おい」
レオは保守用通路に立ち、むき出しになったロシナンテの船体構造を見上げた。
「ロシナンテに追加されてる、この“サイコ・フレーム”ってなんだよ?」
船体の一部、キールに沿って増設されたリング状のフレーム。
金属というより、半透明の結晶体のような材質が、うっすらと内側から光を放っていた。
『お、気づいたか』
横でカエル型ボディをぴょんと跳ねさせながら、ドクター・ヤマがご機嫌な声を上げた。
『主砲のスーパーブラスターを“サイコ・トリガー”で撃ちたいんじゃろ?
その為、お主の精神波を拾う為のシステムじゃ』
「精神波……まさか、俺の頭ん中、丸裸ってやつ?」
『安心せい。丸裸にするのは趣味じゃない。
拾うのは“撃つかどうか”“どこを撃ちたいか”って意思決定の部分だけじゃ』
ヤマはフレームを指でこんこんと叩く。
『あのサイコガンと同じでな。
“どう撃ちたいか”を脳でイメージして、それを電気信号に変える。
このサイコ・フレームは、ロシナンテ全体をぐるっと囲んだ“巨大な感応アンテナ”みたいなもんじゃよ』
「アンテナねえ……」
『おまけに――』
ヤマの目がきらりと光る。
『ついでに船全体をサイコ・コントロールできるようになる』
「待て」
レオは即座に片手を上げた。
「“ついで”ってレベルじゃねえだろ、それ。
船全体って、どこからどこまでだ」
『操舵スラスター、姿勢制御、エネルギー配分、センサーの指向変更――
その辺りは全部、“意識の傾き”で補助制御できる。もちろん通常のマニュアル系統も残すがな』
「つまり、操舵コンソールを触らなくても、
“右に避けたい”って思った瞬間には、もう回避軌道に乗ってるわけか」
『そういうことじゃ。
お主、今まで散々“紙一重で避ける”マニューバやってきただろうが』
ヤマはニヤリと笑う。
『その“紙一重”を、“神一重”にしてやろうって話じゃよ』
「言い回しが不穏なんだよな……」
レオが眉をしかめていると、背後から静かな足音が近づいてきた。
「不穏と思うなら、ここを見ろ」
マゼラン博士だ。
白衣のポケットからペンライトを取り出し、別のパネルを照らす。
「サイコ・フレームの出力上限は、わしが“きつめに”制限しておる。
あくまで“補助”じゃ。お前さんが意識を飛ばさぬ限り、暴走はせん」
「そこ、さらっと大事なこと言いましたね?」
レオがじろりと見る。
「意識を飛ばした状態でのサイコ・リンクは、昔から事故の元だ」
博士は淡々と続けた。
「だからロシナンテの場合、“酔っぱらいと睡眠不足”を検知した時は、自動でサイコ制御を切る」
『堅いのう、相変わらず』
ヤマが肩をすくめる。
『わしなら逆に、“酔った勢いの超回避モード”とか実装するが』
「却下だ」
マゼラン博士は即答した。
「ただでさえ、船長と船の人格が似てくるのは避けたいのに」
「おい、今なんか失礼なこと言ったよな?」
レオが抗議の視線を送る。
無視して、レオは別の増設ユニットに目を向けた。
「で、こっちの“作業用アーム”なんだが」
ロシナンテの腹部に増設された二本のアーム。
船体外装のメンテナンスやサルベージ用――という建前だが、どう見ても太さと関節構造が“殴る用”の代物だった。
「なんかゴツイんだが」
『良いじゃろう?』
ヤマが嬉しそうに胸を張る。
『サルベージ用ワイヤーアンカー、コンクリブロックも掴めるクロー、
そして“たまたま”装甲車両も握り潰せる握力』
「最後の一行のせいで全部アウトだよ」
レオが即座にツッコむと、マゼラン博士が咳払いをした。
「安心せい、書類上は問題ない」
彼はタブレット端末を操作し、銀河パトロールへの登録データをレオに投影する。
「お主の船は、書類上は“探査船”じゃからの。
“戦闘用アーム”とは書けんじゃろ」
そこには、こう記されていた。
――“船外作業補助アーム(岩盤調査・残骸回収・構造物補修用)”
「どこにも“殴打”も“破壊”も書いておらん」
博士は涼しい顔で言う。
「ついでに、サイコ・フレームとのリンクも“精密作業用補助制御”と申請してある」
『つまり――』
ヤマが悪い顔で続ける。
『“レオがちょっと本気出せば、サイコ・コントロールで戦艦相手にプロレスできる探査船”の完成じゃな』
「やめろ、そのキャッチコピーで売り込むな」
レオは額を押さえた。
「……確認だが」
彼は真面目な声に戻る。
「サイコ・フレームでリンクしてる間、ロシナンテの“機嫌”に左右されるとか、そういうことは?」
「それはお前さん次第だ」
マゼラン博士が答える。
「船に人格を持たせるかどうかは、設計者ではなく“長く乗る者”が決める。
わしらはあくまで、“会話の糸電話”を張っただけだ」
『ま、ロシナンテがそのうち喋り出しても、あまり驚くでないぞ』
ヤマがニタニタしながら言う。
『サイコ・フレームは、そういう“魂の定着”とも相性がいい』
「不吉なことをさらっと言うなよ」
レオはため息をついた。
「……まあ、いいさ」
彼はロシナンテのフレームに、軽く拳を当てる。
金属と結晶の境目が、かすかに振動した。
「どうせ危ない橋を渡る船だ。
俺の頭の中まで抱えてくれるってんなら、それはそれで頼もしい」
「そう言えるなら、合格だな」
マゼラン博士は満足そうに頷いた。
「サイコ・システムは“依存”する奴には毒だが、“共存”する気のある奴には力をくれる」
『ほれ、試運転と行こうかの』
ヤマが手を打つ。
『まずはドック内で、船体の“腕立て伏せ”でもさせて――』
「やめろ、ドックの床が抜ける」
レオは苦笑しながらも、ロシナンテの艦橋へ続くアクセスハッチを見上げた。
(コブラがサイコガンで曲射やってる頃に――
こっちは船ごとサイコ・リンクか)
少しだけ、口元が緩む。
(いいじゃないか。
相棒が“左腕”なら、俺は“船ごと全部”を相棒にしてやる)
ドゴール星・マゼラン研究所のドックで。
ロシナンテは、新しい“魂の配線”を組み込まれながら、次の戦場に向けて静かに呼吸を始めていた。