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/*/ バトール星・キャニオン縁 /*/
乾いた風が吹き抜けるたび、砂と鉄粉が混じった細かい粒子が、夕焼け色の空を擦っていく。
バトール星の空は、今日も安っぽく濁っていた。
キャニオンの縁に立つコブラは、そのどうしようもない空を相手に、ひとりサイコガンを撃ち続けていた。
空中に浮かぶターゲットドローンが、ホバー音を立てながら不規則な軌道を描く。
左右、上下、死角に飛び込むように、逃げ回る白い楕円。
「どぉーーいうつもりだぁ!」
コブラの叫びと同時に、サイコガンが吠えた。
光弾が一直線に飛び――途中でぐにゃりと曲がり、上昇し、ドローンの真上から急降下して撃ち抜く。
標的は粉々に砕け、光の粒になって風に溶けた。
「なぁーーぜ、まだ……」
次のドローンが現れる。
今度は岩陰に隠れようと、地表すれすれをジグザグに逃げる。
「6人の勇士の最後の一人を――教えない!」
引き金を絞る。
サイコガンから放たれた光が、今度は地面すれすれに滑り、まるで地平線の向こうから回り込んできたかのように標的を撃ち抜いた。
ドローンが弾け飛ぶ音と、コブラの荒い息だけが、しばしキャニオンに残る。
その背後で、空の色が音もなく反転した。
「その前に――」
聞き慣れながらも、どこか耳障りなほど澄んだ声。
振り向かずとも、コブラは分かっていた。
振り向けば、透明な光の輪の中心に“それ”が浮かんでいた。
人とも女神ともつかぬ、光のシルエット。
顔立ちは曖昧で、だが瞳だけは星々のように鋭く輝いている。
「確かめたい事があります」
「6人の勇士が全員揃った時、
空が一瞬だけ暗転し、遥か遠くの星々が瞬いた。
その光のひとつが、じわりと赤く滲む。
まるで、銀河のどこかで燃え上がる“暗黒”の炎を見せられているようだった。
「
光の神は、静かに続ける。
「この世界の運命は、神ではなく“人間の戦い”によって決まるのです。
6人の勇士が勝てば良し。
しかしボーイが勝てば、この世は破滅の道を歩む事になるでしょう」
コブラは、鼻で笑った。
サイコガンの銃口を、あえて
「だから、どうしたと言うんだ?」
光の輪が、わずかに揺らぐ。
それでも、アフラ・マズダの声音は変わらない。
「貴方には――ボーイと“戦い抜く”自信がありますか?」
その問いに、コブラの片目が細くなった。
「どういう意味だ」
声が低くなる。
「レディーを石に閉じ込められているから……俺が、あんたの言いなりになっているとでも思っているのか?」
サイコガンの銃口が、さらに僅かに上がる。
アフラ・マズダの胸元――に見えるあたりを、まっすぐに狙う。
「俺はな――」
コブラはゆっくりと言った。
「人に“脅かされてどうこう”っていうのは、嫌いでね!」
ぱん、と乾いた音が響く。
だが光弾は発射されない。
サイコガンの内部で、力の奔流が一瞬だけ溜まり――消えた。
アフラ・マズダは、微かに目を見開いた。
「勘違いするんじゃねえよ、光の女神さま」
コブラはサイコガンをくるりと回し、左腕に収納してしまう。
「確かに、あんたに“借り”はある。
レディーを石にしたのも、6人の勇士をばら撒いたのも、全部あんたの盤面だ」
彼は空を睨みつけた。
「だがな――俺がクリスタルボーイをぶっ飛ばすのは、“あんたの為”じゃない」
ひと呼吸おいて、言葉を続ける。
「“俺の相棒”の為だ。
あいつをあの石の檻から出して、一緒に笑って酒を飲む。
その邪魔をする奴が、たまたま“暗黒神のペット”だったってだけの話だ」
アフラ・マズダの光が、わずかに明滅する。
怒りか、困惑か、それとも――わずかな興味か。
「……では、貴方は“世界の命運”を背負う覚悟はないと?」
「さあてね」
コブラは肩を竦めた。
「俺は“世界を救うヒーロー”になりたいわけじゃない。
たった一人の女と、数えるほどの仲間たち――それだけ守れりゃ十分だ」
「それでは――」
「だが」
コブラの声がぴたりと止まり、空気が張り詰める。
「その“一人”を守る為に、銀河全部を敵に回すってんなら――話は別だ」
彼はニヤリと笑った。
「世界の命運? そんなもん、ついででいい。
どうせボーイをぶっ壊した結果、世界が助かるってんなら――
“相棒の為に世界を救った海賊”って肩書きも、悪くはねえ」
アフラ・マズダはしばし沈黙した。
光の輪が、ゆっくりと収縮と膨張を繰り返す。
「貴方は、自分が負ける可能性を考えないのですか?」
「考えてるさ」
コブラはあっさりと言う。
「ボーイは強い。“暗黒神の力”なんてチートまで手に入れた。
正面切って殴り合ったら、腕が何本あっても足りやしねえ」
「ならば――」
「だからこそ、だ」
コブラは空を指差した。
「俺はあいつと“戦い抜く自信”なんて持ってねえ。
そんなもん、持った瞬間に足元すくわれる」
口元が、にやりと歪む。
「持ってるのは――“最後まで悪あがきして、あいつにとって最悪の終わり方をさせてやる”自信だけだ」
アフラ・マズダの瞳に、わずかな笑みのような光が揺れた。
「……それで、十分かもしれませんね」
「質問の答えはそれで満足か?」
「ええ」
光の神は静かに頷いた。
「わたくしは、“勇士たちがどちら側に倒れるか”を見極めたかった。
恐怖に屈してボーイに膝をつくのか、それとも破滅を承知で刃を向けるのか――」
「脅しても無駄だってのは、よく分かったろ」
「はい。
貴方は“脅し”では動かない。
“約束”と“意地”でしか動かない」
その言葉に、コブラは肩をすくめた。
「褒められてる気はしないが?」
「わたくしは、評価を述べただけです」
アフラ・マズダの輪郭が、ゆっくりと薄れていく。
「――6人の勇士の最後の一人について」
コブラの片目が、鋭く光る。
「教える気になったか?」
「まだ、名前を告げるには早すぎます」
光の神は、相変わらずはぐらかした。
「ですが――ヒントならば」
「ヒント?」
「“最後の一人”は、火炎林にいます。
貴方がその者を“勇士”と認めた瞬間、その力は開花するでしょう」
ホークの顔が脳裏を過ぎる。
レオの、ミスティーの、ロックやミーシャの姿も、砂煙の向こうにちらついた。
「はっ。相変わらず曖昧な言い方しかしねえ神様だ」
「神は盤面を整えるだけ。駒を動かすのは、いつだって人間です」
アフラ・マズダは、最後にそう告げた。
「覚えておいてください、海賊コブラ。
――“勝った方が、正義です”」
光が、風に溶けるように消えていく。
再び、バトール星の安っぽい空だけが残った。
「勝った方が、正義ねえ」
コブラは小さく笑い、再びサイコガンを構えた。
「なら――あいつに“正義”なんて肩書き、渡してたまるかよ」
ターゲットドローンが、新たに三つ、空に浮かび上がる。
コブラは何も言わず、ただ静かに引き金を引いた。
光弾が、あり得ない軌道で空を裂き、全ての標的を一瞬で貫く。
バトール星のキャニオンに響いたのは、
サイコガンの残響と、海賊の小さな独り言だけだった。
「――待ってろよ、相棒」