/*/ バトール星・臨時キャンプ地 非常警報 /*/
「ああ、タートル号が!」
ミスティーの叫びが、キャニオンに反響した。
薄汚れた空を切り裂くように、一隻の船が急上昇していく。
四角い胴体に大きな爪、船体下部の丸いタンク状のシルエット――タートル号だ。
だが今は、そんな愛嬌を感じる余裕はない。
主スラスターが限界まで噴き上がり、機体の外板が震えているのが地上からでも分かる。
「コブラー! どこへ行くのー!!」
ミスティーは思わず、キャニオンの縁ぎりぎりまで駆け出して叫んだ。
指先が届くはずもない空の彼方、コブラの乗ったタートル号は、返事も待たずに大気圏の薄い層へ向かっていく。
耳元で、短く電子音が鳴った。
腕輪型の通信端末が自動接続を開始する。
「……っ、レオ! レオ、聞こえる!?」
『こちらロシナンテ。感度良好だ。どうした、そんなに慌てて』
「どうしたじゃないわよ! コブラが! コブラが一人で飛び出して行ったの!
バトール星の上から、勝手に――!」
ミスティーの声は半分、怒鳴り声だった。
涙まじりの怒りと、不安と、焦りがぐちゃぐちゃに混ざっている。
通信の向こうで、レオが小さく息をつく気配がした。
『……やっぱり、そうなったか』
「“やっぱり”じゃない! あんた、何か知ってたの!?」
『今、バトール星に向かっている。
6人の勇士の最後の一人が分かったんだろ。
俺たちを巻き込まないように――一人で向かったんだろうさ』
その分析が妙に的確で、ミスティーは余計に腹が立った。
「レオ、あんた来るのが遅いのよ!!」
『悪かったな』
若干、心底からのため息混じりの声。
『ドクターたちが乗りに乗って、ロシナンテ分解しちまったんだから、仕方ないだろ。
“ちょっと改造”のつもりが、“フルオーバーホール+新装備一式”になったんだ』
背後で、ヤマの甲高い笑い声が微かに混じる。
『とにかく、すぐにそっちに着く。
出られるように用意しててくれ』
「言われなくても、そうするつもりよ!」
ミスティーは通信を一度ミュートにして、くるりと振り返った。
「ホーク! ドブスン!!」
叫びながら駆け戻る。
さっきまで焚き火を囲んでいたスペースには、もう二人の姿はない。
代わりに、キャニオンの陰から「ザシュ」という生々しい音が聞こえた。
「……用意は出来ている」
低い声と共に、岩陰から姿を現したのはホークだった。
いつもの飄々とした表情は消え、目だけが鋭く細められている。
彼の剣から、遅れて血煙が舞い上がった。
足元には、さっきまで気配すら感じさせなかったクリスタルボーイの偵察員が、音もなく崩れ落ちる。
全身を黒いスーツで包んだ、無機質なギルド兵――のはずなのに、胸のあたりは奇妙に凍りついてひび割れていた。
「一人、見張りがいた。さっきの騒ぎで“報告しよう”としたから――斬った」
ホークは淡々と言い、剣を一振りして血と氷片を払う。
「もう一人は――」
「そうやな」
今度は逆側の岩陰から、のそのそと現れた影。
ドブスンだ。
彼は片手に持った小型の凍結銃をくるりと回し、その先端をポン、と地面に向けて撃った。
空気が一瞬だけ白く凍りつく。
ミスティーが視線を向けると、岩に背を預けたままの偵察員が、氷像になって張り付いていた。
薄いスーツの上から、青白い霜がじわりと広がっている。
「もう報告は上がっとらん。安心せえ」
ドブスンは凍りついた偵察員のヘルメットを軽く小突いた。
「タートル号が飛んだ瞬間、こいつらも同時に動いた。
“あいつが一人で動いた”ってのは、向こうも察してる……ってことやな」
「……最悪」
ミスティーは歯噛みした。
「コブラ、“俺が囮になるから”とか思ってそうよね……」
「思ってるだろうな」
ホークが即答する。
「あいつはそういう男だ。“相棒を助ける”って決めたら、自分の方を安く見積もる」
「それがムカつくのよ!」
ミスティーは苛立ち紛れに、足元の石を蹴飛ばした。
小石がキャニオンの下へカラカラと落ちていく。
「こっちにはこっちの役割があるってのに!
勝手に一人で突っ走って――“お前らは安全なところで見てろ”とか、そんなの、そんなの……!」
言葉が詰まる。
悔しさと、怖さと、置いて行かれた寂しさが喉につかえて、続きが出なくなる。
その肩に、ホークがそっと手を置いた。
「だから追いかけるんだろ?」
彼は静かに言う。
「“一人で行かせたままにする”って選択肢は、俺たちにはない」
「……当たり前でしょ」
ミスティーは鼻をすすり、大きく息を吸い込んだ。
「レオが“すぐ着く”って。
ロシナンテも改造終わったってさ」
「そうか」
ホークは空を見上げる。
薄い雲の切れ間から、遠く軌道上を飛ぶ点がひとつ――いや、まだ見えない。
だが、彼には分かる気がした。
「あいつはあいつで、“相棒の尻拭い”に慣れてるからな」
「準備の方は?」
ミスティーが涙を腕で乱暴に拭いながら問うと、ドブスンが顎をしゃくった。
「キャンプの荷物は最低限残して、すぐに畳めるようにしてある。
弾薬と非常食は、どれ持って行ってもええようにパック済みや」
「ロシナンテが降りてきたら、そのまま積み込める」
ホークは腰のホルスターに予備マガジンをもう一つ追加する。
「問題は一つだけだな」
「なによ」
「コブラが、“俺たちが追ってくる”前提で動いてるかどうかだ」
ミスティーは、少しだけ笑った。
「知ってるくせに。
あいつ、絶対どこかで“どうせ来るんだろうな”って思ってるわよ」
「……まあ、そうだろうな」
ホークも肩を揺らす。
「じゃなきゃ、タートル号で飛び出す前に、一言くらい何か言い残していく。
“黙っていく”って時点で、“察しろ”って合図だ」
「じゃあ、察してあげましょうか。全力で」
ミスティーは両手をぱん、と叩いた。
「二人とも、タートル号とは別ルートでボーイの本拠に向かう準備。
ロシナンテに乗り換えたら、一気に追いついて――」
「“6人の勇士の最後の一人”として、参戦する」
ホークが続ける。
「誰がその枠かは知らんがな」
「そんなの、戦ってみなきゃ分からないでしょ」
ミスティーの目に、さっきまでとは違う光が宿った。
悔しさの涙の代わりに、戦いの火が灯る。
「いい? 二人とも。
“コブラを一人でヒーローなんかにさせない”わよ」
「そりゃ助かる」
ドブスンがニヤリと笑う。
「一匹狼は見栄えはええけど、援護射撃がおらんと長生きできんからな」
そのとき、空の一角が一瞬だけ眩しく光った。
続いて、聞き慣れたエンジン音が、遥か上空から落ちてくる。
ミスティーが顔を上げた。
「……来た」
雲を割って降りてくる、別の船影。
ロシナンテだ。
「レオ! 聞こえる!?」
ミスティーは腕輪の通信を再接続する。
『こちらロシナンテ。視認した。状況はおおよそ把握済みだ』
レオの声は、先ほどよりも少しだけ硬かった。
戦闘前の、あの独特の集中の色が混じっている。
『……コブラの奴、“らしい”ことしてくれたな』
「文句は後でまとめて言いましょう。
今は――追いかける」
『ああ、そのつもりだ』
ロシナンテが、ゆっくりと降下してくる。
その腹部には、新設されたゴツい作業用アームが、獣のように折り畳まれていた。
『タートル号一隻じゃ心許ないが――
“ロシナンテ+6人の勇士”なら、クリスタルボーイにとっても悪夢だろうさ』
「候補ってところがムカつくけど……いいわ」
ミスティーは笑った。
今度は、完全に戦闘前の笑みだ。
「行くわよ、ホーク、ドブスン。
“相棒の為に世界救いに行く”海賊の、後始末をしにね!」
「了解」
「しゃあないな。付き合ったるわ」
三人はそれぞれの荷物を掴み、降りてくるロシナンテへ向かって駆け出した。
バトール星の空には、すでにタートル号の姿はない。
だが、その行く先に待つ“決戦”に向けて、別のエンジン音が、力強く鳴り始めていた。