/*/ 火炎林(かえんりん) 戦端 /*/
――火炎林。
バトール星の地表を縫うように広がる、燃える森だ。
木々は樹皮の内側に可燃性の樹脂を溜め込み、根は地熱脈に噛みついている。
風が吹けば、枝葉は勝手に擦れて火花を散らし、夜でさえ赤く明るい。
「すべての戦いは火炎林から始まる」
そう言われるのは迷信じゃない。
ここは“隠れる場所”であり、“焼き尽くす場所”であり――そして、誰もが必ず“何かを失う”場所だった。
その火の海を、一本の影が突っ切った。
エアーバイクのエンジン音が、炎の轟きに負けず、鋭く伸びる。
黒いゴーグル、赤い耐熱服、片腕を軽く上げた男。
コブラ。
彼は笑っていた。
いつもの、軽口の似合う笑み――だが、その目の奥は、獣みたいに冷えている。
「……おいおい。歓迎が過ぎるぜ、ギルド」
視界の先。
火炎林の“燃えない帯”――人工的に切り開かれた進軍路に、重装歩兵部隊が展開していた。
全身を黒い装甲で固めた親衛隊。
耐熱・耐弾・耐衝撃。
胸部には例の“結晶化抑制プレート”が貼られ、熱と衝撃を逃がす構造になっている。
――つまり。
普通の火器じゃ、止まらない。
コブラは、バイクを片手で操りながら、もう片方の腕を“無造作に”前へ突き出した。
サイコガン。
金属でも、樹脂でもない。
意志が形を取った銃口が、炎の揺らぎの向こうで、静かに獲物を指す。
「蹴散らすだけなら、楽なんだけどな」
次の瞬間。
空間が歪んで、光が生まれた。
直線ではない。
避けるという概念そのものを無視した“到達”が、親衛隊の前列をまとめて抉った。
黒い装甲が、内側から爆ぜる。
熱を逃がすはずのプレートが、逆に熱を抱え込んで赤く裂け、結晶のように砕け散った。
重装歩兵が、音もなく倒れる。
倒れ方まで、妙に静かだ。
火炎林の轟音が、死を飲み込んでいく。
「報告しろ! 対象は――」
「遅いっての」
コブラはアクセルを捻った。
エアーバイクが炎の壁へ突っ込み、熱風が耐熱服を鞭みたいに打つ。
燃える枝葉を蹴って跳ね、黒い進軍路へ着地。
そのまま横滑りしながら――サイコガンを二発、三発。
隊列が崩れ、後列が混乱する。
前へ出ようとした者から、順に“いないことにされる”。
「……これでいい。俺が囮だ」
呟きは炎に溶けた。
そのとき。
空が、割れた。
火炎林の上空に、唐突に雷雲が生まれたのだ。
不自然な速度で膨らみ、紫電が走り、炎の赤とは別の“青い光”が空を染める。
雷鳴――ではない。
羽ばたきの音だ。
雲を突き破って、巨大な鳥影が降りてくる。
雷そのものをまとった、伝承の獣――雷の鳥。
その背で、髪を風に散らし、手綱を握る女が叫んだ。
「コブラーーー!!!!!」
ミスティー。
怒りと涙の残り香を、戦闘の火へ変えた顔。
雷の鳥が翼を打つたび、青白い電光が火炎林の上を走り、ギルド兵の通信を一瞬だけ黙らせる。
「一人でヒーローやってんじゃないわよ!!」
雷の鳥が急降下。
ミスティーはそのまま、手元のランチャーを肩に担いだ。
ドン、と鈍い衝撃。
撃ち出された弾は火の風を切り裂き、重装歩兵の側面へ叩き込まれる。
爆発ではない。
電磁の衝撃で装甲の関節を“誤作動”させ、隊列の動きを一拍だけ止める――嫌らしい、だが完璧な支援だった。
「……っ、ミスティー?」
コブラが一瞬だけ目を見開く。
その隙を、ギルドの空戦ユニットが狙った。
火炎林の熱に強い、黒い翼。
低空を這うように突っ込んでくるヘルキャットの編隊。
「来たな……!」
コブラがバイクを切り返す――が、間に合わない。
その瞬間、横から“黒い線”が割り込んだ。
エアーバイク。
だが、乗り手の気配が違う。
火炎林の熱と煙の中でも、呼吸が乱れない、研ぎ澄まされた殺気。
ホークだ。
彼はハンドルを片手で押さえ、もう片手に剣を抜いていた。
刃が、炎の光を受けて細く白く光る。
「……空は、好きじゃないんだがな」
ホークのバイクが跳ぶ。
ヘルキャットの突進ラインへ、真正面から入り――
斬った。
“切り捨てる”という言葉が、これほど正確な瞬間があるだろうか。
ヘルキャットの機首から胴体までが、線を引かれたように二つに割れ、燃える森へ落ちていく。
続けて二機。
三機目は回避するが、ホークは追わない。
追う必要がない。
上空に、別の影が現れたからだ。
火炎林の炎が風に煽られ、一瞬だけ“波”になる。
その波の上を滑るように、数えきれない船影が現れる。
海賊船団。
古びた船体、だが武装は近代化され、船腹には改造砲がずらりと並ぶ。
そして先頭の船――船首に、仁王立ちする男。
ドブスン。
大きな影が火の光を受けて、さらに大きく見える。
彼は腕を組み、火炎林を見下ろして、ニヤリと笑った。
「まーた派手にやっとるなあ、コブラァ!」
次の瞬間。
船団の側面砲が、一斉に火を噴いた。
火炎林の“火”とは違う、白い閃光。
弾幕がギルドの増援ラインを薙ぎ、重装歩兵の後列が崩れる。
隊列が“前へ進めない”形に潰されていく。
「援護射撃は――おるで?」
ドブスンが声を張る。
「一匹狼はカッコええけど、長生きしたいなら群れに混じれや!」
そして、その後方。
船団のさらに後ろ、空の奥。
鈍く重いシルエットが、火炎林の上空に影を落とす。
ロシナンテ。
船体は確かに“改造”されていた。
腹部に追加されたごつい作業用アーム。
各部に増設されたセンサー群。
機首下の新設マウントには、見慣れない砲塔が沈黙している。
そのコックピットで、レオは一点を見据えていた。
HUDに映る、コブラの生命反応。
ミスティーの雷の鳥の電位。
ホークの速度ベクトル。
ドブスン船団の弾幕範囲。
『……全員、揃ったな』
レオは深く息を吐いた。
ため息ではない。
戦闘前に、心を“切り替える”音だ。
『ミスティー。ホーク。ドブスン。
――コブラを挟む形で、火炎林の中央へ押し込む。ギルドの親衛隊は“森の外”で戦わせるな。
ここで、燃やして潰す』
通信に、ミスティーの声が返る。
『了解。……あとで説教ね、レオ』
『俺に言うな。言うなら――』
レオは視線を上げた。
火炎林の炎の中で、笑っている男を見る。
『――本人に言え』
コブラは、聞こえているくせに聞こえないふりをして、軽く肩をすくめた。
「やれやれ。にぎやかになっちまったな」
「当たり前よ!」
ミスティーが雷の鳥を旋回させ、叫ぶ。
「勝手に行って、勝手に死んで、勝手に伝説になる気だったでしょ!」
「死ぬ気はなかったさ」
「うそつき!」
ホークが横から入る。
「……喋るのは後だ。来るぞ」
火炎林の奥――“燃えない帯”のさらに奥。
炎の向こうに、巨大な影が立ち上がった。
ギルド親衛隊の本隊だけじゃない。
火炎林に適応した、異形の兵器。
結晶の骨格を持つ、重機動兵。
炎を吸って冷却に回し、逆に“熱いほど強くなる”構造。
そして、その肩に刻まれた紋章が、ひとつだけ異様に大きい。
――“六勇士”に対抗するための、切り札。
レオのHUDが警告を赤で塗り潰した。
『出たか。……いい。ここからが本番だ』
ロシナンテの腹部アームが、獣のように開く。
砲塔がゆっくり旋回し、照準が一点へ吸い込まれていく。
コブラが、サイコガンを構え直した。
ミスティーが雷の鳥を低く落とし、戦闘姿勢を取る。
ホークが剣を水平にし、ドブスンが船団へ合図を送る。
火炎林が、いっそう明るく燃え上がった。
――全ての戦いは火炎林から始まる。
そして今、その“始まり”に。
ロシナンテの通信が、静かに次の言葉を告げた。
『“六人の勇士の最後の一人”――
ここで、決まるぞ』
炎の向こうで、結晶の巨兵が動き出す。
決戦の第一撃が、今まさに放たれようとしていた。