/*/ 火炎林(かえんりん) 決戦・ロシナンテ /*/
結晶の巨兵――重機動兵が、炎の向こうから一歩踏み出した。
ズン。
地面が沈むような重さ。
火炎林の燃える地表が、その足裏で“踏み固められて”いく。
装甲は黒ではない。
結晶の骨格を外骨格として露出させ、その上から耐熱の装甲板を貼り付けた、異様な構造。
炎を吸って冷却に回す――というより、“熱を食って筋肉に変える”みたいな感じだ。
肩の紋章が、赤く脈打った。
「……来たわね。ギルドの切り札」
ミスティーが雷の鳥の背で唇を噛む。
「切り札ってのは――折られるためにある」
レオの声が、冷たく落ちた。
ロシナンテが、低く唸る。
腹部の作業(戦闘用)アームが、ゆっくりと展開した。
もともと“作業用”のはずのアームだ。
だが今は、関節の可動域が拡張され、駆動部のリミッターが外されている。
先端も、クレーンの爪じゃない。
衝撃用の拳骨(ナックル)――肉厚の装甲で覆われた、殴るための“拳”だ。
『各員、ロシナンテの近接に合わせろ。今から――組む』
「組むって、殴り合いで?」
ドブスンが笑う。
『そうだ。……俺は、こっちのほうが得意なんでね』
次の瞬間。
重機動兵が、走った。
あの巨体が“走る”という事実が、まず暴力だ。
火炎林の地面が、跳ねるように揺れ、火の粉が雨のように舞う。
右腕が上がる。
結晶の骨格が軋み、外装が赤熱し、拳が“熱をまとった鈍器”になる。
「ロシナンテ、避けて!」
ミスティーの叫び。
『避ける? 違う』
ロシナンテは――降りた。
正面から、さらに低く。
機体を火炎林すれすれまで落とし、重機動兵の踏み込みに“こちらから”間合いを合わせる。
『殴り合いなら――受けて立つ』
ドンッ!!
重機動兵の拳が、ロシナンテの装甲を叩いた。
金属音ではない。鈍い衝撃が、空気を潰して鳴る。
だが――ロシナンテは後退しない。
腹部アームが、その瞬間に“噛み付いた”。
左アームが重機動兵の前腕を掴み、右アームが肩の付け根を押さえ込む。
油圧が悲鳴を上げ、アームの関節が火花を散らす。
『捕まえた』
「……っ、あの馬鹿、本当に組み付いた!」
ホークがエアーバイクの上で舌打ちする。
「いいわ、援護する!」
ミスティーが雷の鳥を旋回させる。
翼が打つたび、青い稲妻が走り、重機動兵のセンサー群が一瞬だけノイズに沈む。
重機動兵は腕を引き抜こうとする。
結晶骨格が膨らむように力を増し、ロシナンテのアームが軋む。
だが、レオは外さない。
『コブラ。足元――』
言い終わる前に、コブラのサイコガンが閃いた。
“到達”が、重機動兵の足首の装甲の隙間を正確に抉る。
装甲は破れない。だが、内部の駆動が一拍だけ乱れる。
その“一拍”で十分だった。
『今だ』
ロシナンテの右アームが、拳骨を振り上げる。
殴る。
ただ殴るのではない。
機体重量と推力のベクトルを、拳に全部乗せる。
ゴンッ――!!
重機動兵の胸部装甲が、めり込んだ。
結晶骨格が、内側で“鳴る”。
もう一発。
ゴンッ!!
火炎林の炎が、衝撃波で一瞬だけ押し潰される。
重機動兵がよろける――が、倒れない。
むしろ、笑うように肩の紋章が赤く明滅した。
熱を吸って、さらに強くなる。
殴れば殴るほど、火炎林の条件は相手に有利――
「レオ! こいつ、熱で回復してる!」
『知ってる』
レオの声は落ち着きすぎていた。
『だから――“熱”じゃなく“電荷”で殺す』
ロシナンテの機首下。
沈黙していた砲塔が、ゆっくりと下を向いた。
荷電重粒子砲。
重力や火炎じゃない。
粒子に電荷を載せて束ね、貫通と内部破壊を同時に叩き込む――ギルドの結晶装甲みたいな“熱吸収系”に、最悪の相性。
砲塔が展開し、内部のコイルが青白く光る。
チャージが始まると、周囲の火の粉が“吸い寄せられる”みたいに砲口に集まった。
重機動兵がそれに気づき、ロシナンテを引き剥がそうと暴れる。
腕を振り上げ、頭突きのように機体をぶつけてくる。
ロシナンテの装甲が軋み、警告音が何度も鳴る。
『……耐えろ』
レオは歯を食いしばる。
『殴られるのは……慣れてる』
腹部アームが、さらに締める。
組み付く。
逃がさない。
砲口を――相手の胸の中心に、ねじ込むように押し当てる。
『チャージ90……95……』
「レオ!!」
『――撃つ!!』
光が、生まれた。
火炎林の赤を、上から塗り潰すような青白い閃光。
荷電された重粒子の束が、ゼロ距離で重機動兵の胸に叩き込まれた。
爆発じゃない。
貫通でもない。
内部から、壊れる。
結晶骨格が、一本ずつ“ひび割れて”いく。
赤く脈打っていた肩の紋章が、ノイズみたいに明滅し――ぷつん、と消えた。
重機動兵の巨体が、膝を折る。
ズン……と、火炎林に沈むように崩れた。
炎が、その背を舐める。
だが、もう熱を食って立ち上がる気配はない。
電荷が内部を焼き切り、“回路”が死んでいる。
「……落ちた」
ミスティーが息を吐いた。
ホークは剣を下ろし、コブラは耐熱服の襟元を指で引っ張る。
「へぇ……やるじゃん、ロシナンテ」
『やるのは俺じゃない。――機体だ。ドクターたちの趣味の悪さに感謝しとけ』
レオが答えた、その瞬間。
火炎林の奥で、何かが動いた。
倒れた重機動兵の向こう――
炎が、まるで“道を開ける”みたいに割れたのだ。
『神殿のお出ましだ』
コブラが笑った。
いつもの軽口の顔に戻りつつ、目だけは獣みたいに冷たい。
「いいね。ようやく――“六人の勇士の最後の一人”に会えそうだ」
火炎林が鳴る。
次の戦いが、炎の向こうで、名乗りを上げようとしていた。