/*/ 火炎林(かえんりん) 神殿前 /*/
荷電重粒子砲の残光が消える頃、結晶の巨兵――重機動兵は、完全に沈黙していた。
火炎林の赤い炎が、その背を舐める。
だがもう、“熱を食って立ち上がる”気配はない。
内部の回路ごと、電荷で焼き切られている。
『……撃破確認。今だ』
ロシナンテのコックピットで、レオが短く言う。
『コブラ、ミスティー、ホーク――神殿へ行け。入口は開ける』
「了解」
ホークが即答した。
ミスティーは雷の鳥の手綱を引き、火炎林の上空で旋回させた。
だが、神殿は“森の熱”とは別の存在感で、目の前にそびえている。
黒い石――いや、ガラスのように黒い結晶でできた、古い神殿。
熱の中にあるのに、そこだけ温度が違う。
冷えている。空気が、硬い。
「……あそこ、嫌な感じ」
「嫌でも入る」
コブラが赤い耐熱服の襟元を指で整え、前を見た。
笑っているのに、目だけが獣みたいに冷たい。
「クリスタルボーイは、中だ」
その瞬間。
神殿の正面――半ば火炎林に飲まれかけた門が、ギギ……と音を立てて開いた。
正確には、開いたのではない。
ロシナンテの作業(戦闘用)アームが、門扉を“こじ開けた”。
黒結晶の扉が軋み、ひび割れ、欠片が火の粉みたいに散る。
『通路確保。――急げ。外周が動いた』
レオの声が、少しだけ硬い。
それに答えるように、神殿周囲の闇が“ざわり”と動いた。
火炎林の熱に強い装甲の列。
重装歩兵が、神殿を囲むように陣形を整え始める。
さらにその後方。
低い唸り声と共に、機械の脚が地面を削った。
キングダム戦車隊。
鈍い灰色の車体が、火炎林の明滅に照らされて進み出る。
砲塔が、ロシナンテと海賊船団へ向けてゆっくり旋回した。
上空では、黒い翼――ヘルキャットが隊列を組み、低空へ降りる準備をしている。
「やっぱり来たか、キングダム戦車隊……!」
ミスティーが歯噛みする。
『ミスティー、鳥は外でいい。お前は中へ行け』
「言われなくても!」
ミスティーは雷の鳥の首元を軽く叩く。
「外周は――レオとドブスンが引き受ける!」
雷の鳥が、短く鳴いた。
その鳴き声に紛れて、ミスティーは鞍から滑り降り、地面に着地する。
コブラが先頭に立ち、ホークが半歩後ろ、ミスティーが続く。
「行くわよ!」
三人は、開かれた門へ突入した。
背後で――爆音。
海賊船団の側面砲が、キングダム戦車隊の先頭へ弾幕を叩き込む音だ。
/*/ 神殿外周 包囲線 /*/
神殿の外は、地獄の“別の形”になった。
キングダム戦車隊が火炎林の“燃えない帯”を踏み固め、砲身を揃える。
ドブスンは船首で仁王立ちのまま、腕を組んで笑った。
「ええぞええぞ! 戦車は派手で好きや!」
「好き嫌いで言ってる場合か!」
誰かが叫ぶが、ドブスンは気にしない。
「艦隊、左舷(さげん)回頭! 戦車の横っ腹に当てろ!
歩兵はまとめて焼く! 空は――ロシナンテに任せる!」
海賊船団が、火炎林の上で隊列をずらす。
砲火が一本の線になって、戦車隊の側面へ流れ込む。
戦車の装甲が火花を散らし、脚が片側だけ折れる。
だが、キングダムは“止まらない”。
停止した車両を盾にして、次の車両が前へ出る。
その動きは、正規軍のそれだ。
『……厄介だな』
ロシナンテのコックピットで、レオが呟く。
ヘルキャットが降りた。
火炎林の熱気を翼で切り裂き、ロシナンテへ急降下する。
『来る――!』
ロシナンテの腹部アームが開き、空へ伸びた。
ヘルキャットの機首を――掴む。
ギギギ、と金属が軋む。
そのまま捻る。
機体が悲鳴を上げるように回転し、炎の森へ墜落していく。
だが、次が来る。
二機、三機。
空は数で押してくる。
『……なら』
レオは、機首下の砲塔を少しだけ上げた。
荷電重粒子砲。
“熱を吸って強くなる”結晶装甲には最悪の兵器。
だが、空戦ユニットにも同じだ。
内部で壊れる。回路が死ぬ。
『撃つ』
青白い閃光が走り、ヘルキャットの編隊の一角が“沈黙”する。
爆発ではない。
ただ、落ちる。翼が動かなくなった物体として。
地上では、重装歩兵が神殿へ接近しようとする。
しかし、その進路を海賊の弾幕が薙ぐ。
「歩兵は止めたる! レオ、戦車を頼むで!」
『任せろ』
ロシナンテが高度を落とし、戦車隊へ正面から突っ込む。
作業(戦闘用)アームが、戦車の砲身を“殴って”逸らす。
砲弾が空へ飛び、火炎林の奥で爆ぜる。
続けて――組み付く。
戦車の砲塔を掴み、脚の付け根に拳骨を叩きつける。
脚が外れ、車体が傾く。
『止まれ。ここを越えさせない』
レオの声は、冷たいほど落ち着いている。
『中の三人が――終わらせるまでな』
/*/ 神殿内部 接敵 /*/
門をくぐった瞬間、世界の温度が変わった。
外は燃えていた。
ここは――冷えている。
床は黒結晶。
壁も黒結晶。
炎の赤が入り込んでも、反射は鈍く、まるで光そのものが“飲まれる”。
足音が響く。
硬い反響が、遅れて帰ってくる。
空間が広いのに、息が詰まる。
「……気持ち悪い」
ミスティーが小声で言う。
「音が、戻ってくるのが遅い。距離感が狂う」
ホークが目を細める。
剣は抜かない。
抜く必要がない――抜くべき瞬間を、まだ見ていないだけだ。
コブラは先頭で歩きながら、サイコガンを構えたまま、肩越しに言う。
「迷路だ。……だけど“中心”は分かる」
「どうして?」
「“見られてる”からさ」
その言葉通り、視線があった。
柱。
天井。
壁の継ぎ目。
どこかに埋め込まれた結晶が、淡く光っている。
監視。照準。神殿そのものが目になっている。
奥へ進むほど、床の結晶が透明になり、下で“何か”が脈打つのが見えた。
熱じゃない。
光でもない。
――結晶の脈動。
「……いる」
ミスティーが、息を呑む。
広間に出た。
中央に祭壇。
その上に、背の高い影が立っている。
人の形。
だが“人”の光り方ではない。
結晶が――クリスタルが人の形に輝き、目が――宝石みたいに冷たい。
クリスタルボーイ。
彼は、拍手の代わりに、指先で結晶を軽く鳴らした。
チィン、と澄んだ音が広間に転がる。
「来たか」
声は静かで、妙に優しい。
だからこそ、気味が悪い。
「コブラ。ミスティー。ホーク。
外で派手にやってくれてご苦労だった。……神殿が、よく響く」
ミスティーが一歩前に出る。
「ふざけないで。あんたのせいで――」
「怒りは良いな」
クリスタルボーイは首を傾ける。
まるで本当に“理解している”みたいに。
「だがな。怒りは、結晶を割るには弱い。
割るなら――“決意”のほうが硬いぞ」
ホークが、低く言った。
「……話は後だ。コブラ、行けるか」
「もちろん」
コブラは笑った。
赤い耐熱服の袖口を少しだけ直し、サイコガンの照準を、まっすぐ祭壇へ向ける。
「クリスタルボーイ――
お前を倒せば、この戦いは終わるんだろ?」
「終わる」
クリスタルボーイは、あまりにあっさり言った。
「お前たちが俺に勝てるなら、な」
広間の結晶が、いっせいに淡く光る。
床下の脈動が速くなる。
――戦闘開始の合図だ。
外では砲声と爆音。
ここでは、澄んだ結晶音。
同じ戦場で、別の戦いが始まろうとしていた。