二隻は宇宙空間に戻っていた。
タートル号の船体が一度、大きく軋み――それでも持ちこたえる。
アーマーロイド・レディの声は淡々としている。
「外部空間復帰。姿勢安定。推進、最小へ移行」
艦内でミスティが長く息を吐いた。
「……戻れた」
ホークは腕を振って笑う。
「最後の角、もう一本欲しかったな」
ドブスンは震える指で頬を叩き、無理やり笑顔を作った。
「生きてる。生きてるってのは、いいな」
ロシナンテ側の回線が割り込む。レオの声は、まだ少し掠れていたが、折れてはいなかった。
「へこみ、解除した。……危なかった。フレームが、まだ熱い」
ドクター・ヤマがすぐ隣から言う。
「熱いなら冷ませ。貴様の心もな。今は戦いが終わった直後だ。余韻に飲まれるな」
レオは短く笑う。
「余韻どころか、昔の悪夢が何度も首に噛みついてきた。……でも、今日は噛み返した」
コブラが口笛を吹く。
「いいじゃないか。噛み返せるなら、まだ牙はある」
背後で、重戦艦ブラックシープが崩壊を始めていた。
爆発じゃない。闇がほどけていく。黒い毛の束が、宇宙に溶け、消えていく。
器は空っぽになり、空っぽになったものは、ただの塵になる。
クリスタルボーイの気配だけが、冷たく残った。
「……貴様らは、染まらなかった。だが――」
言いかけて、言葉が途切れた。
途切れたのは通信じゃない。思考そのものが、別の何かに引っ張られたみたいに。
次の瞬間、空間が静かに“曲がった”。
星の位置が、ほんのわずかにずれる。
タートル号とロシナンテが、同時に微細な重力を受ける。
レディが即座に報告する。
「近傍に未知の引力。座標固定不可。推進補正、実行」
レオも歯を食いしばる。
「こっちも引かれてる。……落とされるぞ」
そのとき、ブラックシープの残骸が最後に吐き出すように、闇の塊をひとつ放った。
それは“闇”というより、記憶の影だった。
影の中心に、クリスタルボーイが立っている。
像ではない。今度は、やけに“生”に近い。
そして、彼は初めて、言葉の温度を変えた。
「コブラよ……思い出してきたぞ。俺とお前の戦いは光と闇なんてものじゃない。もっとずっと前からだったのだ……」
その言葉と同時に、コブラの胸元が熱を持った。
「……あ?」
コブラが手を当てるより早く、銀色の光が飛び出した。
小さな石。だが、ただの石じゃない。光を食べて、光を吐く。
シルバー・ストーン。
同時に、クリスタルボーイの額から、黒い石が飛び出した。
光を吸い、闇を吐く、ブラック・ストーン。
二つの石が、互いを見つけたみたいに、一直線に吸い寄せられる。
ミスティが叫ぶ。
「コブラ! それ……!」
ホークが一歩踏み出す。
「待て、何が起きて――」
レオの声が荒くなる。
「フレームが反応してる! あれ、やばい……!」
ドクター・ヤマが低く唸った。
「石が共鳴している。あれは装置だ。記憶の鍵だ。離れろ――!」
遅かった。
シルバー・ストーンとブラック・ストーンが、空間の中心で合体した。
触れ合った瞬間、音が消える。
宇宙が息を止める。
そして、次の瞬間。
白い衝撃が、二隻を包んだ。
爆風じゃない。破片でも熱でもない。
ただ、目の奥へ染み込むような“光”が、一気に広がった。
レディの声が速くなる。
「視界飽和。計器、白化。着地シーケンスへ移行。強制降下、開始」
レオも叫ぶ。
「ロシナンテ、制御落ちる! くそ、推力が――」
ドクター・ヤマが怒鳴る。
「落ち着け。落下は死じゃない。着地はできる。貴様の手で――今は、握れ!」
レオは歯を食いしばり、操縦桿を握り直した。
一瞬、蛍光灯の白い天井が脳裏に刺さる。
だが、今目の前にある白は“命令”じゃない。“出口”だ。
「……着地する。守る」
その言葉が、ロシナンテを持ち直させた。
白い光が薄れたとき、二隻はもう宇宙にはいなかった。
惑星ダスト。
灰色の砂嵐が吹き荒れ、地平線が霞む。大気は薄い。空は鈍い銀色。
その荒野に、タートル号が腹を擦りながら滑り込み、砂煙を上げて止まった。
続いてロシナンテが、重力に押しつぶされるように着地する。
脚部が沈み、砂が跳ねる。だが転ばない。レオが踏ん張った。
タートル号のハッチが開く。
コブラが先頭で降り、砂を踏んだ。
ミスティ、ホーク、ドブスンも続く。レディは機械の身体で、静かに艦を安定させている。
ロシナンテ側でもハッチが開き、レオとドクター・ヤマが降りてきた。
レオは一瞬だけ膝をつきかけ、地面に手をつく。
砂は冷たい。現実の冷たさだ。
ドクター・ヤマが肩を叩く。
「立て。今は立て」
レオは頷いて立ち上がった。
そして、全員が気づく。
空が変わっている。
惑星ダストの上空に、さっき合体した石が浮かんでいた。
銀と黒が一つになったそれは、白い核を持ち、静かに回転している。
回転の中心から、光が降りてくる。
雨みたいに、優しく――だが拒絶できない強さで。
クリスタルボーイが、砂嵐の中に立っていた。
風で髪もコートも揺れない。彼だけが、世界の外にいる。
彼は足元の砂を見て、確信したように言った。
「ここだ。ここで俺たちは過去に一度出会っていたんだ」
コブラがサイコガンを構える。
だが、撃つ気配が、妙に薄い。撃てないのではない。撃つべきかどうかが、わからない。
「過去……?」
ミスティが小さく呟く。
「出会ってた? いつよ……」
ホークは長剣を握りしめる。
「昔話してる暇があるなら切る」
ドブスンは喉を鳴らす。
「……嫌な予感しかせんな」
レディが淡々と告げる。
「環境光量、急上昇している。何十秒かで飽和して視覚情報が消失する」
レオが歯を食いしばる。
「フレームが……また共鳴してる。……来るぞ」
ドクター・ヤマが短く言った。
「目を閉じるな。閉じたら、見たいものだけを見る」
その瞬間、惑星ダストの空が、白く裂けた。
光が降り注ぐ。
砂嵐が光に溶ける。
地平線が消える。
コブラも、レディも、ホークも、ミスティも、ドブスンも、レオも、ドクター・ヤマも、全員が光に包まれていく。
輪郭が薄れ、影が消え、世界が真っ白に塗りつぶされていく。
コブラが最後に見たのは、クリスタルボーイの目だった。
その目が、闇ではなく、どこか懐かしい色をしている気がした――
そして、すべてが白になったところで、物語は途切れた。