紛れも無く奴に会いたくない   作:ぶーく・ぶくぶく

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光と闇の戦い:惑星ダスト


レオ。

 

俺が気が付いた時、世界はまず「音」から戻ってきた。

 

ドクン。

ドクン。

船の心音みたいな低い鼓動。金属が鳴る音じゃない。肉の鼓動に近い。

 

次に戻ってきたのは「匂い」だ。焦げた配線でも燃料でもない。湿った土と、青い草の匂い。

惑星ダストのはずなのに、砂じゃない。生き物の匂いがする。

 

目を開けようとして、俺は気づく。

 

開ける「瞼」がない。

 

目がないわけじゃない。視界はある。

でもそれは目で見ている視界じゃなくて、船体の内側を「感じて」いる視界だった。

 

ロシナンテの中だ。

いや、ロシナンテそのものに近い。

 

俺の意識は、どこか柔らかいものに埋まっていた。壁だと思ったものが呼吸している。配線の束が血管みたいに脈打っている。

サイコ・フレームの感触が、神経みたいに背中を走る。

 

隣に気配がある。

 

ドクター・ヤマだ。

 

……ただし、俺が知ってる蛙型のサイボーグボディじゃない。

白っぽい肌の、生身の身体。だが胸から下が、何かに固定されている。固定というより、取り込まれている。

 

ヤマは目を見開いていた。興奮で、目が笑っていない。

 

「なんじゃこれは! 受肉化してるじゃと! そうか! シルバーストーンとブラックストーンが合わさったことで生と死、光と闇、すべてのエネルギーが集中したことで無機物に生命が宿ったのか。興味深い。興味深いぞ! ええい――」

 

俺は喉のない喉で、言葉を押し出した。

 

「……その通りっぽいな」

 

ヤマが俺のほうへ視線を投げる。俺の位置を探すように。

 

「レオか? どこにおる」

 

「ここだ。ロシナンテの中。……いや、ロシナンテの肉の中」

 

ヤマはさらに声を張り上げた。

 

「見ろ、匂いを! 空気を! これは船だけの話ではない! 受肉化は拡散しとる! 無機物が一斉に生命を帯びた!」

 

俺も感じた。

 

ロシナンテの皮膚越しに、外が伝わってくる。

風がある。湿り気がある。鳥みたいな羽ばたき。

地面の振動は砂嵐じゃない。走る獣の足音だ。

 

惑星ダストが、変わっている。

 

「……ダストが、緑の匂いしてやがる」

 

ヤマが笑った。笑いながら、身動きできないのが悔しそうに歯を鳴らす。

 

「そうじゃ! 惑星ダストは生命あふれる星となった! しかも自然にではない。中心がある。原因がある!」

 

俺の意識が一瞬だけ冷える。

 

「中心……?」

 

ヤマは興奮したまま断言した。

 

「ブラックシープじゃ。あの戦艦が、二つの石を取り込んだ。合体した石の核を抱えたまま、あれがこの星の中心になっとる。生と死、光と闇のエネルギーが一点に集中し、それが放射されて無機物が一斉に受肉化した。星そのものが、巻き添えで“生き始めた”んじゃ!」

 

俺は唾を飲み込む。唾がないのに、飲み込む感覚だけがある。

 

つまり今の緑も、水も、風も、全部がブラックシープ由来だ。

美しいが、気持ち悪い。生きてるのに、誰かに作られた命だ。

 

その瞬間、遠くの衝撃が響いた。

 

ドン、という爆音。

だが爆発じゃない。地面が脈を打つ音だ。星の鼓動。

 

ロシナンテも一緒に反応する。鼓動が速くなる。怖がってるのか、呼応してるのか。

 

ヤマが呻く。

 

「このままではブラックシープが“心臓”として根を張る。石の核が安定したら……星は完全にブラックシープのものになる」

 

「つまり、止めるなら今だ」

 

「そうじゃ。今しかない」

 

外の通信が、断片で刺さってくる。

 

ミスティの声。

 

「レオ! 生きてるなら返事しなさい!」

 

ホークの怒鳴り。

 

「こっちは殴る相手が増え続けてんだ! 早く来い!」

 

ドブスンの声。

 

「背中は守る! だが状況が悪い! 早く合流しろ!」

 

俺はロシナンテの肉の通路を、意識で撫でた。出口を探す。

裂け目がある。ハッチじゃない。呼吸の口みたいな切れ目。

 

ヤマが歯噛みする。

 

「わしは動けんぞ! 生身になったのに動けん! しかも興味深い!」

 

「興味は後だ。運ぶ」

 

「乱暴じゃのう」

 

「乱暴で助かる命がある」

 

俺は“歩く”ことを想像した。

身体はない。だがロシナンテの神経は動く。受肉化した船体は、命令を待っている。

 

ロシナンテの内部が、ゆっくり蠢いた。

俺とヤマを包む膜が、少しずつほどけていく。

 

冷たい外気が入り、草と水の匂いが濃くなる。

砂の星だったはずのダストが、嘘みたいに生きてる。

 

俺は外へ向けて、声を出した。回線じゃない。船体の震えで。

 

「聞こえる! ミスティ! 俺はロシナンテの中だ! ヤマも一緒に取り込まれてる! 今、出る!」

 

返事がすぐ返る。

 

「よかった……! 急いで! ブラックシープが、星の中心みたいに脈打ってる! 近づくほど、地面が生き物みたいに絡みついてくる!」

 

ホークが笑う声が混じる。

 

「星が絡みついてくる? 最高じゃねえか。殴りがいがある!」

 

ドブスンが遮る。

 

「最高じゃない。いいから急げ。コブラとクリスタルボーイは別の場所でやり合ってる。こっちはこっちでブラックシープを止める。今は人数が要る!」

 

俺は裂け目から転がり出た。

 

足が砂じゃない地面に沈む。湿った土。草。

惑星ダストの地表には、いつの間にか苔みたいな緑が広がっていた。遠くには、浅い水面が光っている。空気が重い。生き物が増えすぎた匂い。

 

ミスティが駆け寄ってきて俺の肩を掴む。目は赤いが、折れてない。

 

「レオ!」

 

「生きてる。……ヤマがまだ中だ」

 

ホークが裂け目のほうを覗き込み、腹を抱えた。

 

「なんだそれ! ドクター、生身で船に食われてるぞ!」

 

「笑ってる場合じゃない!」ミスティが怒鳴る。

 

ドブスンがすぐ動いた。

 

「引っ張り出す。ホーク、手貸せ。レオ、ロシナンテを落ち着かせろ」

 

俺は意識をロシナンテへ触れた。

 

鼓動。呼吸。怖さ。

そして、外へ向かう異常な飢え。生まれたての命が、世界を“食べて”自分を安定させようとしている。

 

「ロシナンテ、聞け。こいつは味方だ。ヤマを吐き出せ。今はまだ、お前の自由意志で止まれるはずだ」

 

ロシナンテの鼓動が一拍、強くなる。

膜がほどけ、ヤマの身体が少し吐き出される。

 

ヤマが悔しそうに呻きながらも目だけは輝いていた。

 

「ほう……会話できとるな、レオ。船に人格が生え始めとる。石の影響じゃ。中心のブラックシープから、命が放射されておる。星も船も、みんな同じ“脈”で繋がっとる」

 

ミスティが顔をしかめる。

 

「気持ち悪いけど、要点は分かった。ブラックシープが中心。そこを止めれば、この星の暴走も止まる可能性がある」

 

ドブスンが頷く。

 

「逆に言えば、止められなかったら、星そのものが敵になる」

 

ホークが拳を鳴らす。

 

「じゃあ殴りに行くしかないな。星の心臓を」

 

俺は遠くを見る。

 

地平線の向こうが、妙に明るい。

あそこだけ空が白い。雲じゃない。光の柱だ。

ブラックシープが、地中に根を張って、星の中心になりかけている。

 

コブラとクリスタルボーイは、因縁に従って別の場所で戦っている。

こっちはこっちで、ブラックシープを何とかする。

 

俺は息を吐いた。息の代わりに、ロシナンテの鼓動を整えた。

 

「行くぞ。ブラックシープは石を抱えたまま、この星を生かしてる。つまり……殺すつもりで止めると、星が一緒に死ぬかもしれない」

 

ミスティが即答した。

 

「だからこそ、石を奪う。核を引き剥がす。ブラックシープから切り離す」

 

ヤマが笑った。

 

「そうじゃ! 解剖じゃ! 生きた星の心臓から、核を取り出す! 最高じゃろ!」

 

「最高って言うな!」ミスティと俺が同時に叫んだ。

 

ホークが笑って前に出る。

 

「最高か。こういうのが生きているって言うんだ」

 

ロシナンテが、低く唸った。

生まれたての命が、俺たちの決意に反応している。

 

俺は最後に一言だけ、ロシナンテへ言った。

 

「落ちるな。俺が守る。お前も俺たちを守れ」

 

鼓動が一拍、強くなる。

 

惑星ダストは、生命あふれる星になった。

その中心には、二つの石を取り込んだ戦艦ブラックシープがいる。

 

だからこそ――

ブラックシープを止めれば、この星の未来も決まる。

 

俺たちは走り出した。光の柱へ。星の心臓へ。

 

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