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目の前に広がる景色に、俺は息を呑んだ。
巨大な翼竜が空を支配するかのように飛び交い、水辺にはマングローブを数百倍に拡大したかのような大樹が、真っ直ぐに天を突き刺している。
その森全体が、まるで生きているかのようにざわめき、光と影のコントラストが異星の空気を震わせていた。
そして、森の奥――一際目立つ巨木が、まるで森の王のように立っている。幹には巨大な人面が刻まれ、見る者の視線を否応なく引きつける。
「見て!あれこそがマンドラドの親樹なのよ!」
エリザベスの声は、興奮と興奮を超えた畏敬に満ちていた。瞳はまるで火花を散らすように輝き、手を伸ばせば届きそうなほど、森と一体化した巨大樹を指差している。
俺は目を細め、遠目にその人面樹を見つめた。
数百年の時を経て、ついにここまで育ったか……。
伝説の植物の存在感は圧倒的で、ただ立っているだけで、森全体の力と歴史を語りかけてくるようだった。
風に揺れる幹の人面が、まるで俺たちを見下ろしているかのように感じられる。
その圧倒的スケールと存在感に、思わず息を飲むしかなかった。
「さあ、あの親樹からマンドラドの種子を取ってくるの。ここからが、本当の冒険の始まりね」
エリザベスの声に、俺は覚悟を新たにする。
――ナスカ星の森、伝説のマンドラド、そして俺たち――ここから先は、ただの探検じゃ済まないことは明白だった。
「この親樹の樹齢は推定二千年以上……直径は優に六百メートルはあるわ!」
エリザベスは夢中で解説を続ける。
「マンドラドはその種子を幹の真下――つまり、この水の上に広がった巨大な根の中心部につけると言われているの。根を潜って三百メートル進んだところに、伝説の種子が眠っているはずよ」
俺は黙ってバックパックを背負い、立ち上がった。
「ほんじゃま、行くか」
「レオ、あんた大荷物だな」耳が笑い混じりに言う。
「俺はあんたたちみたいな異能はないんでね」
そう答えながら、俺たちは洞窟のようにうねる巨大根の隙間へと足を踏み入れた。湿った空気が肌にまとわりつき、根の内側は底知れぬ暗闇に包まれている。
「真っ暗だな。ライト点けても良いか?」
「待て」眼が制止する。「光に突っ込んでくる甲虫がいないとも限らない」
「オーケー。じゃあ、眼は任せたぜ」
「……死臭がするな」鼻が低く告げる。
「オタクらは見えなくて幸いだぜ」眼が吐き捨てるように言った。「そこかしこに死体が転がってる」
「人の死骸か?どんな状態だ」俺は声をひそめる。
「大体は白骨化してるが……まだ腐敗中のもある。しかも齧られてるな」
「肉食の魚か……いや、根の中だ。もっと厄介なもんが潜んでるかもしれねえ。注意しよう」
「レオよ」耳が苦笑を含ませて口を開く。「なんで俺たちがこの仕事に選ばれたと思う?」
「決まってる。四人ともハンサムだからさ」
「フフ……言ってろよ。このマンドラドの根に入って生きて帰った奴はいないって話だ」
「……ヘンリー・タッカーは?」俺は核心を突く。
「まあな。でも、やっこさん帰ってきてすぐに死んじまったって噂だぜ」耳が低く答えた。
重苦しい沈黙が一瞬流れたが、眼が声を張った。
「しめた。この先は丘になってる。水から上がれそうだぜ!」
俺は濡れた根の壁をつかみながら進む。
――死臭、死体、謎の捕食者、そして数百年に一度の伝説の種子。
一歩間違えば帰還不能の領域だ。
だが、行くしかない。
その時だった。
耳がぴくりと動き、全身を震わせる。
「……水音。急げ! 走るんだぁッ!」
直後、水面から**プシュッ!**と鋭い噴射音が響いた。
尾びれに小さなジェット器官を備えた――ジェットピラニアだ。
「ちィっ!」
鼻の足に何かがかすめる。次の瞬間、皮膚が裂け、鮮血が飛び散った。
「鼻、大丈夫か!」
俺は思わず叫び、前に進む脚を止められない。
鼻が悲鳴を上げてよろめく。
血の匂いに群れが反応した。
暗い水面がざわめき、無数のジェット音が重なり合う。
ドシュッ! ドシュシュッ!
水から水へ、弾丸のように飛び跳ねる影。
天井や根の壁にぶつかっても、跳ね返ってまた襲ってくる。
まるで銃弾に追い立てられているみたいだ。
「くそっ……血で完全に狙われてる!」
「鼻、足を押さえろ! 立ち止まるな!」
俺は叫びながらも、一歩一歩、根の中を進む。
狭いトンネルは瞬く間に修羅場になった。
ジェットピラニアたちは赤い飛沫を追い、狂ったように跳ね回る。
――もし光を使っていたら、もっと早く群がられていただろう。
――この暗闇だけが、俺たちの唯一の救いかもしれない。
でも、救いになるのは速度と運だけだ。
俺は息を殺し、心臓を握られる思いで、前へ、前へと進む。
鼻の足から滴る血が、根の通路に赤い線を描いている。
その血を追うように、ジェットピラニアが**ドシュッ! ドシュシュッ!**と跳ね回る音が響いた。
「ぐっ……足が……!」
鼻が顔を歪め、よろめく。
「止まるな!」
咄嗟に俺は腕を伸ばし、鼻の肩を乱暴に引き寄せた。
その瞬間、倒れ込んだ鼻の横に、二匹のジェットピラニアが弾丸のように突っ込み、壁に叩きつけられて粉々になった。
「っぶねえ……! あと半歩遅けりゃ……」
俺は息を吐き、肩を落とす。
「レオ!」
耳の声が飛んだ。
「右手奥! 群れが一斉に来る! 水音の波がでかすぎる!」
「左に逸れろ!」
とっさに指示を飛ばす。
俺たちは必死に水面を蹴り、丘を目指して駆け上がった。
背後ではジェットピラニアの群れが水面を切り裂きながら旋回していた。
だがさすがに丘までは追ってこないらしい。
「はぁ……はぁっ……っ助かったか……」
耳が荒い息を吐く。
「いや、助かったどころじゃねえ」
目が険しい顔で前を指差した。
丘一面には、灰色の丸いキノコが群生していた。
人の頭ほどの大きさで、表面がぶよぶよ膨張と収縮を繰り返している。
「……気持ち悪ぃな」
鼻がしかめ面をする。
俺は足元の小石を拾い、試しにひとつ投げ込む。
ドゴォンッ!!
轟音と衝撃が丘を震わせ、土煙が舞い、爆風で数本のキノコが連鎖的に破裂する。
丘の斜面がえぐれ、破片が雨のように降り注いだ。
「爆弾キノコ……」
耳が顔を引きつらせる。
「天然の地雷原ってわけか」
「魚に食われるか、キノコに吹っ飛ばされるか……ってところだな」
俺は肩をすくめ、苦笑する。
鼻は額の汗を拭い、ぼそりと呟いた。
「引き返すって選択肢はねえんだろ」
「当たり前だ」
俺はバックパックを背負い直し、三人を見渡す。
「行くぞ。足運びを間違えたらここで肉片だ。俺の後ろに続け」
丘は不気味に静まり返り、灰色のキノコたちが規則正しく脈打っている。
その呼吸めいた鼓動が、鼓膜の奥をじわじわと震わせる。
――まだ入り口でこれだ。ナスカ星は、予想以上に手強い。