紛れも無く奴に会いたくない   作:ぶーく・ぶくぶく

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俺はロシナンテに手を当てた。

 

船体はもう金属じゃない。湿った皮膚みたいに温度があって、内部で鼓動している。サイコ・フレームの脈が、背骨の代わりに俺の意識へ返ってくる。

 

「ロシナンテ。行くぞ。上だ。冷たい天井を作る」

 

ロシナンテが低く唸った。返事みたいに、外殻の一部がひくつく。まだ生まれたての獣だ。怖がりながらも、牙は出す。

 

ドブスンが河内弁で吐き捨てる。

 

「ほな行こか。上で冬作ったる言うたんや。途中でビビって落ちるなよ、相棒」

 

地上でホークは地面を見て、乾いた声で言った。

 

「準備できたら行け。俺は下で回す。吹き上げる。空気が湿ってるのは助かる」

 

ミスティは空を見上げ、両手の指を鳴らした。湿った風が肌にまとわりつく。もともと砂の星だったはずのダストは、今や呼吸しているみたいに空気が重い。

 

「雷雲なんて嫌いだけど……今日は嫌いなものに助けてもらう日ね」

 

ドクター・ヤマが歩きながらニヤつく。

 

「雲は嫌いでも電荷は好きじゃろ。さあ、教科書の続きじゃ」

 

ミスティが睨む。

 

「後でね!」

 

俺はロシナンテの搭乗口に飛び込んだ。内側は生体化していて、息を吸うように開き、飲み込むように閉じる。

 

ドブスンも続く。最後にヤマが乗り込み、船体に「むにゅ」と吸い付かれそうになって慌てて手で押し返した。

 

「おい! わしは餌じゃないぞ!」

 

俺は操縦席へ意識を通す。機械の計器じゃない。心臓の鼓動と、神経の光の流れだ。操縦桿の代わりに、自分の呼吸を落ち着かせる。

 

「上がる」

 

ロシナンテが地面を蹴った。

 

跳んだ、というより伸びた。骨格がしなる。皮膚が風を掴む。星の湿った空気を裂いて、まっすぐ上へ駆け上がっていく。

 

下のミスティが小さくなる。ホークが地面に足を広げ、肩を落として呼吸を整えているのが見えた。あいつはこういう時、無駄に力まない。乾いてるのに強い。

 

ヤマが後ろで叫ぶ。

 

「今じゃ、ドブスン! 冷やせ! 面で作れ! 点じゃ雲は立たん!」

 

ドブスンが外殻へ両手を当てた。生体化したロシナンテは熱い。生きている熱だ。

 

「ほな、全開や」

 

ロシナンテの背中側が開き、白い息みたいなものが噴き出した。冷却というより、冷気を吐く。冷たい霧が尾を引き、上空に広がる。

 

ドブスンが吠える。

 

「もっとや! ケチんな! ここ、空全部凍らせる気でいけ!」

 

ロシナンテの冷気が一段増した。霧が霧じゃなくなる。微細な氷粒が混じり始め、空気の中に白い花粉みたいに漂う。

 

ヤマが目を輝かせる。

 

「凝結核が増える! いいぞ! 氷晶が増えれば帯電もしやすい! 上に冷気の天井ができる!」

 

俺は高度を安定させた。上空はすでに冷える。だがドブスンはそこにさらに冬を重ねる。広く、でかく、面で。

 

下でホークが動いた。

 

地面を一発、叩く。派手じゃない。乾いた一撃。だが星が生きているせいで、地面が柔らかく反応した。湿った土がうねり、空気が跳ねる。

 

二発目。三発目。

 

空気が回り始める。

 

ホークの拳が地面を殴るたび、呼吸する星の湿った息が巻き上がる。温かい空気が、ねじれて上がっていく。竜巻の芯が立つ。

 

ホークの声が回線に乗る。

 

「上げる。湿った空気を上げる。冷気の天井、作れてるか」

 

俺は短く返す。

 

「できてる。もっと上げろ」

 

ドブスンが河内弁で割り込む。

 

「来い来い! 上げてこい! 冷気ぶつけたるからな!」

 

竜巻が太くなる。竜巻の中を、暖かい湿った空気が一直線に走る。上空の冷気層へぶつかる。

 

ぶつかった瞬間、空が膨らんだ。

 

白い霧が一気に濃くなり、雲になる。雲は雲で終わらない。上昇気流が止まらないから、雲は上へ育つ。積乱雲だ。

 

そして、ホークの竜巻はそこで終わらせない。

 

竜巻の芯が冷気層をぶち抜く。

 

上で冷えた空気が、重くなって落ち始める。落ちる流れが、竜巻の中心へ吸い込まれる。下へ、叩き落とされるように吹き降ろす。

 

上昇と下降が同じ軸で擦れ合う。

 

摩擦だ。

 

水滴と氷晶と塵が擦れ、電荷が分かれる。雲の腹が青白く光り始めた。

 

地上のミスティが笑った気配が回線に混じる。

 

「やっと雷がやる気を出したわね……」

 

ヤマが叫ぶ。

 

「よし! 帯電域ができた! ミスティ! 今からは自然の落雷じゃない! 貴様が導線を作れ!」

 

ミスティが短く返した。

 

「言われなくても!」

 

ミスティは両手を広げた。竜巻の周りの空気が、ぴりぴりと鳴る。髪が逆立つ。地面の草が、見えない指で撫でられるように立ち上がる。

 

彼女は雷雲に触らない。触ったら焼ける。代わりに、地上から空へ、細い電気の道を何本も走らせる。導電の糸みたいな、透明な筋。

 

その筋が、雲の中の電荷を少しずつ集め、狙いを作る。

 

狙いはブラックシープだ。

 

星の中心に居座り、根を張り、光と闇の核を抱え込んだ戦艦。

 

遠くで、地面が脈打つ。ブラックシープが「心臓」の顔をしている。近づくほど、草が伸び、水が湧き、土が蠢く。星が戦艦のために生きている。

 

ホークが低く言う。

 

「見えた。黒い塊。根が動いてる。気味が悪いな」

 

ミスティが歯を食いしばる。

 

「帯電させる。あれを避雷針にする」

 

俺は上から叫ぶ。

 

「ミスティ、焦るな。まず雲を育てろ。電荷を貯めろ。いきなり落とすな。落としたら自分たちに返る」

 

ミスティが返す。

 

「わかってる。わたしは嫌いなものほど慎重よ」

 

雲がさらに育つ。竜巻は上げ続け、ドブスンの冷気は面で広がり続ける。上空は冬、地上は蒸気。真ん中で擦れて、雷は太くなる。

 

雲の腹が光り、雷の予告みたいに鳴った。

 

次の瞬間、ミスティが腕を振り下ろした。

 

雷が落ちた。

 

だが落ちた先は地面じゃない。ブラックシープだ。

 

黒い船体が一瞬、白く輪郭を浮かべる。帯電した。船体の周囲の空気が歪む。根がびくりと跳ね、星が痛がるみたいに地面が波打つ。

 

ホークが乾いた声で言う。

 

「根が嫌がってる。今なら引き剥がせる」

 

ミスティが叫ぶ。

 

「もう一発いく!」

 

二発目の雷。三発目。

 

ブラックシープは避雷針になり、電荷を抱え込む。抱え込んだ電荷が、竜巻の芯に流れ込む。竜巻がただの風じゃなくなる。渦が磁場みたいにうねり、空気そのものが銃身になる。

 

ヤマが上空で叫ぶ。

 

「電磁投射砲の準備が整ったぞ! 俺! ドブスン! 冷気を切らすな! 雲を崩すな!」

 

ドブスンが歯を食いしばる。

 

「切らさん! 冬はワシが握っとる! いけるで!」

 

ホークが地面を踏み込み、竜巻の芯をさらに締める。空気が唸り、湿った風が悲鳴みたいに鳴る。

 

「上げる。ぶち抜く。落とす。擦る。回す。……今だ」

 

ミスティが最後の導線を一本、強く引いた。

 

雷が束になった。

 

雷の束がブラックシープを貫き、竜巻の芯に沿って走る。竜巻が一瞬、光る銃身になる。

 

その瞬間、ブラックシープが跳ねた。

 

根が引きちぎれる音が、地面の底から響く。星が痛がる。だが同時に、星が少しだけ楽になる感触もある。中心から引き剥がされるからだ。

 

ブラックシープが竜巻の中で持ち上がる。

 

持ち上がりながら、帯電した船体が磁場に押される。押される力が加速になる。加速が、上へ突き抜ける。

 

戦艦が、空に撃ち出された。

 

ホークが乾いた声で言う。

 

「上がった」

 

ミスティが息を吐く。

 

「まだ終わってない。落ちてくる前に、宇宙でやる」

 

俺はロシナンテの鼓動を整えた。

 

「追うぞ」

 

ドブスンが河内弁で笑う。

 

「ほな追いかけたるわ。宇宙で天地開闢や。面白うなってきたやんけ」

 

ロシナンテは雲を割って上へ跳んだ。

 

積乱雲の頂上を抜けた瞬間、白い世界から青黒い高空へ出る。ブラックシープはその先で、まだ上がっている。雷の残光を引きずりながら、星の空へ逃げようとしている。

 

遠く、さらに遠くで、別の場所の戦いの気配が刺さった。

 

コブラとクリスタルボーイ。

 

因縁の二人は別の舞台で殴り合っている。だが、こちらが心臓を空へ打ち上げた以上、あいつらの戦いも無関係じゃない。

 

ヤマが息を荒くする。

 

「よし……よし……! 空へ逃がせた! 余剰エネルギーを地上に残すな! 宇宙で割れ! 割って分けろ!」

 

俺はブラックシープへ向けて加速した。

 

その背後で、惑星ダストはまだ生きている。

だが中心が抜けた今、生き方が変わり始めていた。

 

次の勝負は宇宙だ。

 

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