惑星ダストの地平線は、まだ湿っていた。
砂の星だったはずの大地は、ところどころに浅い水面を作り、草が無遠慮に伸びている。生命が“余った”痕跡だ。だが暴走は止まった。星の鼓動は、ようやく一定のテンポに落ち着いていた。
陸上に、宇宙船ロシナンテとタートル号が並ぶ。
ロシナンテは――もう生き物じゃない。
さっきまで湿った皮膚みたいに脈打っていた外殻は、乾いた金属の装甲に戻っている。
継ぎ目はきっちり噛み合い、板金の冷たさが夜の空気を返してくる。
サイコ・フレームの熱も収まり、計器はいつもの無機質な光で静かに点灯していた。
タートル号も同じだ。
甲板の軋みも、恐怖の震えも消えている。
ただの船――いや、ただの船じゃない。海賊船らしい頑丈さと、馴染んだ傷のある“いつものタートル号”がそこにいた。
世界が元に戻った、と目で見てわかる。
並んで立つのは――コブラ、アーマーロイド・レディ、ホーク、ドブスン、ミスティ、そして俺。
俺は息を吐いて、コブラを見た。
「コブラ。クリスタルボーイとの決着はついたのか」
コブラは肩をすくめ、いつもの顔で笑った。
「ああ。だが、それは過去の事だ」
ミスティが眉をひそめる。
「過去?」
コブラは空を見上げた。
雲は薄く、雷の匂いだけが残っている。あの狂った帯電域が嘘みたいだ。
「俺たちは違う姿で未来にまた出会う」
俺は苦笑する。
「ボーイはどこで再構成されてるのやら」
ミスティは遠くの集落の方角を見て、小さく息を吐いた。
「おじいちゃんたちが無事なら良いわ」
ドブスンが河内弁で、肩を落として笑う。
「悪もほどほど、善もほどほどの世界に戻ったんやな。ええことや。極端はろくなことならん」
レディが一歩前に出る。金属の足音が、湿った土を硬く叩く。
「でも、コブラ。これであなたに怖いものはなくなったわね」
コブラはすぐに首を振った。
「いいや、あるさ」
レディが静かに聞く。
「なに?」
コブラは、少しだけ笑いの温度を落とした。
軽く言うのに、目だけは遠い。
「思い出さ」
俺はロシナンテの機体に手を当てた。
冷たい金属。鼓動はない。震えもない。
それが、今はやけにありがたい。
俺は言った。
「思い出なら、これからまた作っていけば良いのさ」
コブラが俺を見た。
一瞬だけ何か言い返しそうな顔をして――やめた。
代わりに、口笛を吹いた。
「へえ。いいこと言うじゃねえか、レオ」
ミスティが鼻で笑う。
「今さらよ。私たち、もう十分変な思い出ばっかり作ってる」
ドブスンが頷く。
「せやな。普通の思い出が恋しいわ。……まぁ、普通ってなんやねん、って話やけどな」
ホークが短く言う。
「帰ろう。星が落ち着いてるうちに」
レディが頷く。
「帰投準備ね。必要物資の回収を開始するわ」
俺はタートル号とロシナンテを見上げた。
二隻が“いつもの姿”で並んでいる。
金属の輪郭が、現実の線を引き直してくれているみたいだった。
コブラが振り返りざまに言う。
「次に会う時、俺たちは違う姿かもしれねえ。だが――」
そこで言葉を切って、また笑った。
「同じ面倒に巻き込まれてる気はする」
俺も笑った。
「それは間違いない」
惑星ダストの風が吹く。
湿った草が揺れて、土が匂う。
過去が去って、未来が来る。
俺たちはその境目に立って、また歩き出した。