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「ミロ星のルーン美術館。その最上階に収められている竜水晶が、今回のターゲットだ」
俺がそう言うと、コブラは葉巻をくわえたまま、心底いやそうに肩をすくめた。
「ルノワールもゴッホも悪かないがね。だが、俺の船には飾る壁が少なくてね」
「俺だって美術品は嫌いだ」
俺は卓上の投影図を指で叩いた。
「保管も移送も面倒だ。傷一つで値が落ちる。名画だの彫刻だのは、美術館で大事に大事に保管してもらってるのがお似合いさ」
レディが静かに言った。
「それなら、なぜ盗むの?」
「今回の獲物は美術品じゃない」
俺は竜水晶の立体映像を拡大した。
青白い結晶が、内部に竜の影を抱いて回転する。
「それに、海賊ギルドもこいつを狙っている」
コブラの片眉が上がった。
「ほう。奴らの鼻先をかすめて奪い取ろうってのか」
「ああ。ギルドに仕事をさせたら、下位層の名画や彫刻まで灰になっちまう。奴らにとっちゃ、竜水晶以外はただの壁飾りだからな」
「違うのかい?」
「違うさ。少なくとも、撃ち抜いていい壁飾りじゃない」
コブラは口の端を上げた。
「美術館荒らしを止めるために、美術館泥棒をやるってわけか。ずいぶん立派な海賊稼業だ」
「説教は後で聞く。問題はミロ星の夜だ」
その一言で、コブラの笑みが少し薄くなった。
ミロ星の夜。
日が沈むと、あの星の空は雷で埋まる。雲は地表すれすれまで垂れ下がり、稲妻は雨のように降る。屋外のセンサー類は一斉に死に、通信は焼け、レーダーは白く潰れる。建物そのものが帯電し、壁も床も鉄骨も、巨大な電気椅子みたいになる。
外に出れば終わりだ。
一歩踏み出した瞬間、稲妻に撃たれて黒焦げになる。
それが、ルーン美術館の夜の防衛防壁だった。
警備兵を置く必要もない。砲台を並べる必要もない。夜そのものが、侵入者を焼き殺す。
コブラが葉巻の灰を落とした。
「わかってるだろ?」
「ああ」
俺は横に座っている少女を見た。
「だから、ミスティだ」
「え、わたし?」
ミスティはわざとらしく頬をふくらませた。
「協力するなんて言ってないもんね」
拗ねている。
「学校に放り込んだの、まだ根に持ってるのか」
「べっつにー」
ミスティは椅子の背にもたれ、足をぷらぷらさせた。
「ただ、みんな子供っぽかったなーって思っただけ」
「コブラやドブスンと比べたら、そりゃ子供だろうよ」
コブラが吹き出した。
「おいおい、俺を基準にしたら銀河中が保育園だぜ」
「特にあなたは悪い見本よ、コブラ」
レディが即座に言った。
「褒め言葉として受け取っとくさ」
ミスティはまだ横を向いていたが、竜水晶の映像だけはちらちら見ている。
俺は投影図を切り替えた。
ルーン美術館の断面図。
下層には古代地球の名画。中層には太陽系王朝時代の彫刻群。上層には、各惑星王家から寄託された宝冠、聖杯、星図。
そして最上階、透明なドームの中央に、竜水晶。
「大人はミロ星の夜を壁だと思ってる。美術館の連中も、海賊ギルドもな」
俺はミスティを見た。
「だが、お前には違う」
ミスティの足が止まった。
「ミロ星の夜は、電気の嵐だ。空も、壁も、床も、屋根も、全部が電気で唸ってる。普通の人間なら黒焦げだが、お前にとっては――」
「遊び場?」
ミスティが、少しだけ目を細めた。
俺はうなずいた。
「そうだ。お前にとっては恰好の遊び場だ」
ミスティは拗ねた顔をしていたが、その口元に小さな笑みが浮かんだ。
雷を怖がる子供の顔ではない。
雷を見つけた子供の顔だった。
コブラが葉巻を灰皿に押しつける。
「決まりだな。俺は最上階の竜水晶をいただく。レオはギルドの連中を引きつける。ミスティは雷の道案内。レディはいつものように、俺の命綱だ」
「いつものように、あなたの尻拭いね」
「愛情表現が硬いぜ、レディ」
俺は投影図の下層を指した。
「いいか、途中の名画には手を出すな。彫刻にも、宝冠にもだ」
コブラは肩をすくめた。
「わかってるさ。俺は美術館に引っ越すつもりはない」
ミスティが小さく笑った。
「じゃあ、竜水晶だけ?」
「ああ」
コブラは最上階の光る結晶を見上げた。
「今夜の獲物は一つで十分だ」