美術館の中を案内されながら、コブラは何気ない調子で周囲を見回していた。
絵画、彫刻、古代衣装、宝飾品。
どれも値札をつければ小惑星がいくつか買えそうな代物ばかりだ。
だが、それ以上に気になるものがあった。
「さっきから気になってるんだがね、館長」
コブラは老教授の声で言った。
「警備員の姿が見えないね」
アングル館長は涼しげに微笑んだ。
「あら。おりますわ」
「どこに?」
「ほら、あそこに」
彼女の視線の先には、観光客たちに展示品の説明をしている若いコンパニオンたちがいた。
白と銀の制服。
柔らかな笑顔。
手には案内用の小型端末。
子供に膝を折って話しかける姿など、どう見ても美術館の案内係である。
コブラは片眉を上げた。
「でも、あの娘たちはコンパニオンだろう」
「ええ。昼間は」
アングル館長は少し誇らしげに言った。
「彼女たちは非常時には、大変有能な警備員になります」
「へえ」
コブラは感心したようにうなずいた。
「近ごろのコンパニオンは、絵の説明だけじゃなく、泥棒の首も折るのかい」
「必要があれば」
アングル館長はにこりと笑った。
ミスティが小声でつぶやいた。
「笑顔で言うことじゃないよね」
「さらに昼間は、塔の周囲にも厳重な警戒網が敷かれております。空からの侵入も、地下からの侵入も不可能ですわ。ですから、ご心配には及びません」
「なるほど」
コブラは展示室の天井を見上げた。
「じゃあ、夜は?」
アングル館長の笑みが、ほんの少し深くなった。
「夜は、頼もしい番犬が館内を見回ってくれます」
「頼もしい番犬……?」
コブラの声に、ほんのわずかな興味が混じった。
「ええ」
「まさか、本当に犬を飼ってるわけじゃないだろうね。名画の横で小便でもされたら大事件だ」
「ほほほ……」
アングル館長は扇子で口元を隠した。
「ご安心くださいませ。とても躾のよい子たちですわ」
「子たち、ね」
コブラは聞き逃さなかった。
ミスティは何も言わず、廊下の奥を見ていた。
床の下。
壁の中。
天井の配線。
そこを流れる電気の気配が、昼間とは違う動きをし始めていた。
まだ眠っている。
けれど、完全には死んでいない。
何かが、夜を待っている。
「どうした、助手くん」
コブラが横目で尋ねた。
「……べつに」
ミスティは肩をすくめた。
「ただ、この美術館、夜になると性格悪くなりそうだなって思っただけ」
「それは名鑑定だ」
コブラは笑った。
アングル館長は二人の会話を聞きながら、穏やかに告げた。
「ルーン美術館は、昼は人類の美を守る殿堂です」
そして、天窓の向こうに広がるミロ星の空を見上げる。
遠い雲の底で、青白い雷光が瞬いた。
「ですが夜は、侵入者の墓場になりますわ」
コブラは杖をつき、ゆっくりとうなずいた。
「ますます見学が楽しみになってきたね」
「博士は本当に変わった方ですのね」
「美術品には、裏側がある」
コブラは展示ケースに映る自分の変装顔を見た。
「俺はそっちを見るのが好きでね」