部屋に通されてから、しばらく待った。
食事は運ばれてきた。
ベッドも用意されていた。
雷鳴を怖がる老教授と、その助手が大人しく眠るには申し分ない部屋だった。
もちろん、眠るつもりなどなかった。
廊下の気配が完全に消えたころ、コブラは白髪の鬘を少しずらし、窓の外の雷光を見た。
「そろそろ夜の見学時間だな」
「招待されてないけど?」
ミスティが小声で言う。
「招待状は昼間に使った」
コブラは懐から薄い透視ゴーグルを取り出し、目にかけた。
「夜は自由参加だ」
二人は部屋を抜け出した。
廊下は昼間とはまるで違っていた。
照明は落とされ、壁の古代装飾だけが雷光に照らされて青白く浮かぶ。
外では稲妻が塔を叩き、そのたびに床の奥で低い唸りが走った。
コブラは透視ゴーグル越しに天井、壁、床を順に見た。
「ん?」
「どうしたの?」
「妙だな」
コブラは声を潜めた。
「テレビカメラもない。赤外線警報装置もない。レーザー格子も、床圧センサーも見当たらない」
「いいことじゃないの?」
「よすぎる話は、大抵悪い話だ」
コブラは廊下の先を見た。
「竜水晶は最上階だ。だが、そこまで何もなしで行かせてくれる館長には見えなかったね」
二人は中層の展示回廊へ入った。
そこには古代生物の標本が並んでいた。
巨大な恐竜の剥製。牙をむいたサーベルタイガー。翼を広げた怪鳥。
いずれも展示ケースに入っておらず、まるで今にも歩き出しそうな姿で暗がりに立っている。
その時、ミスティがぴたりと足を止めた。
「コブラ、待って」
「ん?」
「隠れて」
コブラは軽口を返しかけたが、ミスティの声がいつもより低いのを聞いて、何も言わず近くの彫像の陰に身を滑り込ませた。
ミスティも続いて身を伏せる。
「警報装置はないようだがね」
「あるよ」
ミスティは剥製の方を見つめていた。
「あの剥製。中に電気が通ってる。骨の中に配線がある。モーターも、駆動装置も、制御回路も」
コブラの目が細くなった。
「つまり?」
「動くよ、あれ」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、巨大な恐竜の剥製の目に赤い光が灯った。
ぎしり、と床が鳴る。
白骨と人工皮膚で作られたティラノサウルスが、ゆっくりと首をもたげた。
展示品だったはずの巨体が、一歩、また一歩と歩き出す。
続いて、サーベルタイガーが低く身を沈めた。
怪鳥の翼が、かすかに震える。
ミスティが小声で言った。
「ほらね」
「可愛げのない番犬だ」
コブラは透視ゴーグルの焦点を合わせた。
剥製の内部が透ける。
骨格の内側には金属フレーム。関節には小型サーボ。頭蓋の奥には複数のセンサーが埋め込まれている。
「ほう」
コブラは感心したように笑った。
「赤外線探知機に音響探知機。目に仕込まれたカメラは、保安室のコンピューターに直結ってわけだ」
ティラノサウルスは廊下をゆっくり進みながら、首を左右に振っていた。
侵入者を探している。
「でも、待てよ」
コブラの口元に笑みが浮かんだ。
「こいつは利用できるな」
「何する気?」
「美術館の案内係に道案内してもらうのさ」
コブラは懐から小口径の多目的ガンを抜いた。
サイコガンではない。音も光も抑えた、細工用の銃だ。
狙うのは恐竜の頭部。
ただし目ではない。
「カメラを壊せば保安室にばれる。赤外線探知機を壊しても動きが止まるかもしれない。だが、音響探知機だけなら……」
コブラは引き金を引いた。
ぱしゅっ、という乾いた音。
ティラノサウルスの後頭部で、小さな火花が散った。
巨体が一瞬だけ足を止める。
だが、すぐにまた巡回を始めた。
「命中だ」
「何を壊したの?」
「耳だよ。こいつはもう、背中の客に気づかない」
コブラは物陰から飛び出した。
ティラノサウルスが通り過ぎる瞬間、その尾を踏み台にして跳び上がり、背中へ着地する。さらに首筋を滑るように進み、後頭部の陰にぴたりと身を張りつけた。
「ミスティ!」
「はいはい!」
ミスティも軽く床を蹴った。
電気の流れに乗るような身軽さで恐竜の背に飛び乗り、コブラの横にしがみつく。
ティラノサウルスは何事もなかったように歩き続ける。
ミスティは片手を恐竜の首に当て、目を閉じた。
「この子の巡回ルート、覗けたよ」
「どこへ行く?」
「上。最上階へ向かうみたい」
「そいつは親切だ」
コブラは恐竜の後頭部に身を伏せながら、前方の暗い廊下を見た。
外では雷が塔を叩き、館内では剥製の番犬たちが歩き回る。
ミスティが小声で笑った。
「ねえ、これって深夜のデート?」
「もちろん」
コブラは老教授の顔で、いつもの笑みを浮かべた。
「美女と恐竜に乗って美術館めぐりだ。こんな贅沢なデートは、銀河でもそうはないぜ」