そのころ、ルーン美術館の保安室では、壁一面に並んだモニターが青白い光を放っていた。
昼間は案内係として観光客に微笑んでいたコンパニオンたちが、今は銀色の制服の上に薄い防護ベストを着け、無表情に端末を操作している。
一人が眉をひそめた。
「ん?」
「どうしたの?」
「見て。監視ロボット七号の音響探知機が入っていないわ」
中央モニターに、館内を巡回する剥製ロボットの一覧が映る。
一号、二号、三号。
それぞれの視覚、熱感知、音響探知、駆動系の状態が並んでいた。
七号だけ、音響探知の欄が黒く沈黙している。
別のコンパニオンが壁際へ歩き、パネルを外した。
内部には、ロボット群から送られてくる信号を受信する機器が並んでいる。
彼女は細い工具で端子を叩き、表示を確認した。
「おかしいわね。こちらの受信機には異常ないわ」
「ケーブルは?」
「正常。ノイズもない。多分、ロボットの方の故障ね」
最初に異常を見つけたコンパニオンが、通信機に手を伸ばした。
「アングル館長に連絡を」
「待って」
パネルを点検していたコンパニオンが、それを止めた。
「それほどのことでもないわ。視覚系と赤外線探知は生きている。駆動も正常。音響探知だけの不調なら、巡回能力は落ちても警備停止にはならない」
「でも、夜間巡回中の異常よ」
「過敏になりすぎると、館長に叱られるわ」
その一言で、保安室の空気が少しだけ重くなった。
アングル館長は優雅だ。
だが、失態には優雅ではない。
「七号は今、どの階を巡回中?」
別のコンパニオンが端末を叩く。
「最上階よ。竜水晶の保管室へ向かっているわ」
保安室の全員が、ほんの一瞬だけ黙った。
竜水晶。
ルーン美術館で最も高価で、最も危険な展示物。
「……それなら、念のため確認しましょう」
パネルを閉じたコンパニオンが、落ち着いた声で言った。
「同じ階にいる八号に調べさせます」
彼女は端末に指を走らせた。
モニターの一つで、サーベルタイガー型の剥製ロボットが停止した。
琥珀色のガラス眼が、暗い展示室の中でゆっくりと光る。
命令信号が送られる。
監視ロボット八号、巡回経路変更。
七号への接近調査を開始。
サーベルタイガーは、音もなく身を低くした。
そして、最上階へ続く暗い回廊を走り出す。
保安室のコンパニオンがモニターを見つめた。
「七号に異常なしなら、それで終わり」
「異常があれば?」
「その時は――」
彼女は静かに答えた。
「番犬たちを全部起こすわ」
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ティラノサウルス型の監視ロボット七号は、重い足音を響かせながら最上階へ到着した。
階段ではない。
巡回ロボット専用の傾斜通路を、巨体がゆっくりと上ってきたのだ。
天井は高く、壁は透明な装甲ガラス。
外ではミロ星の雷嵐が吹き荒れ、稲妻が塔の外壁を叩くたびに、展示室全体が青白く明滅した。
そして中央に、竜水晶があった。
透明な保管ケースの中で、青く輝く巨大な結晶。
内部には、まるで竜が眠っているかのような影が揺れている。
七号の後頭部に張りついていたコブラが、にやりと笑った。
「やった。うまいぞ、最上階だ」
ミスティが恐竜の首にしがみついたまま、小声で言う。
「声、大きいってば」
「おお、愛しの竜水晶ちゃん」
コブラは聞いていない。
「待っててね。今、だきだきしてあげるからね」
「……その言い方、気持ち悪い」
「宝石への愛情表現さ」
その時だった。
廊下の奥で、低い駆動音がした。
ミスティの顔色が変わる。
「コブラ」
「ん?」
「別の子が来る」
暗がりの中から、琥珀色の二つの目が浮かび上がった。
サーベルタイガー型の監視ロボット八号だった。
金属骨格の上に、剥製の毛皮をかぶせた異様な姿。
昼間なら展示物として見えたかもしれない。
だが夜の雷光の中では、ただの猛獣だった。
八号は身を低くし、七号の背中を見上げる。
その目が、コブラとミスティを捉えた。
同じころ、保安室ではモニターの前にいたコンパニオンが声を上げた。
「OK。八号が七号を確認中」
別のコンパニオンが画面を覗き込む。
「……待って。あれは?」
映像が拡大される。
ティラノサウルスの背中。
その後頭部の陰に、二つの人影が張りついている。
「七号の上に人影!」
「ダビンチ博士と、助手の学生!?」
保安室に緊張が走った。
だが、指揮を取っていたコンパニオンは、冷たい声で言った。
「違うわね」
「え?」
「ダビンチ博士に化けた、竜水晶狙いの賊よ。おそらく海賊ギルド」
彼女は舌打ちした。
「八号。直ちにその二人を噛み殺しなさい」
命令信号が送られた。
最上階で、八号の目が赤く変わる。
「まずい!」
ミスティが叫ぶより早く、サーベルタイガーが跳んだ。
床を蹴った瞬間、鋼鉄の爪が火花を散らす。
巨体は空中で弓なりになり、牙をむき出しにして、ティラノサウルスの背中の二人へ襲いかかった。
コブラが叫んだ。
「ばれたか!」
次の瞬間、彼の左腕が跳ね上がった。
老教授の袖が裂ける。
変装用の人工皮膚が吹き飛び、その下からサイコガンが現れた。
青白い閃光。
一発、二発、三発。
サイコガンの光弾が、跳躍中の八号を空中で貫いた。
サーベルタイガー型ロボットの胴体が裂ける。
内部の駆動装置が爆ぜ、赤外線センサーが砕け、制御中枢が火を噴いた。
八号は悲鳴のような金属音を上げながら落下する。
だが、勢いは止まらなかった。
破壊された巨体はそのまま床を滑り、展示室中央へ突っ込む。
「おっと」
コブラが顔をしかめる。
八号の残骸は、竜水晶の保管ケースに激突した。
透明装甲にひびが走る。
次の瞬間、ケース全体が砕け散った。
青い光が展示室にあふれる。
竜水晶が保護台から転がり落ち、床の上でかすかに跳ねた。
一瞬、場が静まり返った。
雷鳴だけが、遠くで轟いている。
コブラはティラノサウルスの背から軽く飛び降りた。
「まいったな」
彼は床の上の竜水晶へ歩み寄る。
「騒がしいんだから……もう」
そう言いながら、何事もなかったように竜水晶を拾い上げ、用意していた耐衝撃袋へしまい込んだ。
ミスティも飛び降り、呆れた顔でそれを見る。
「怪盗みたいにスマートに盗むのかと期待してたのに……」
「スマートだったろ?」
「どこが?」
「ちゃんと袋に入れた」
「そこだけじゃん」
その時、館内全体に赤い警報灯が灯った。
けたたましいサイレンが鳴り響く。
『非常警報! 非常警報! 最上階に賊が侵入した模様!』
壁のスピーカーから、保安室の声が響いた。
『保安班はただちに各階を閉鎖せよ! 繰り返す! 各階を閉鎖せよ!』
展示室の出入口で、重い防火扉が降り始める。
廊下の奥では、眠っていた監視ロボットたちが次々と目を覚ます音がした。
ミスティがコブラを見上げる。
「ねえ、これ、逃げ道あるの?」
コブラは袋を肩に担ぎ、にやりと笑った。
「あるさ」
「どこ?」
その瞬間、外の雷が塔を直撃した。
窓の向こうが真っ白に染まる。
コブラはサイコガンを構えたまま、ミスティに片目をつぶった。
「君の遊び場だよ、助手くん」