原作キャラは殆ど出てきません。
PROLOGUE 記憶
目を覚ますと、そこは、どこかの街だった。どうやら、ある程度発展はしているらしい。だが、ここは何処なのかは分からない。それどころか、自分が何者なのかさえも、記憶に霧が掛かったように思い出せない。
「あら、大変!」
ふいに、そんな声が聞こえた。声のした方を見ると、そこには面倒見の良さそうな女性が立っていた。
「…あな、たは…」
久しぶりに話すのだろう、喉が枯れている。そんなボクを見かねてか、女性はボクの手を掴んで立たせ、優しく声をかけた。
「大丈夫、無理に話さないで良いわ。私はシャリア。貴方は?」
そう問われ、ボクは答えに窮した。ボクは名前さえも覚えていないのだから。困りつつも、何とか覚えている単語を繋ぎ合わせて、偽名を作った。
「…クレイ。ボクの名前は、クレイ」
ボクがそう言うと、彼女は一度、その名前を噛み締めるように目を閉じた。数刻後、目を開けて、ボクをしっかり見て微笑みかけた。
「クレイ…そう、いい名前ね。こっちへ来なさい。私の家へ案内してあげるから。家に着いたら、飲み物も食べ物もありますからね」
そう言って、彼女はボクの手を引いて、彼女の家があるであろう方向へ歩いて行った。
「うん」
それにボクは頷いて、自分の意思で歩き出した。
それからは、シャリアの家で暮らし始めた。彼女はボクに、色々と丁寧に教えてくれた。例えば、勉強の事とか、彼女の出生の話とか。お腹が空いたと言えばご飯を作ってくれた。ちなみに彼女は、少し前、ボクと同じ年頃の娘を亡くしているらしい。ある時、だからボクを育ててくれているのかと聞いてみた。そしたら、彼女は悲しそうにこう話す。
「…ええ。娘の分まで、貴方を立派に育てたいの。でも、傲慢よね…誰かの分まで、なんて。ごめんなさい」
そう言ってから、彼女は慌ててこう付け足した。
「あ、でも、貴方の事は本当に大切に思ってるわ。本当の娘だと思うくらい」
そう言う彼女に、ボクは何も言えなかった。
シャリアの家に居候して、一年が経った。ボクはもう、ここを出なくてはならない。どこかに行かなきゃいけない気がするのだ。だから、その事を伏せて、旅をしたいと伝えた。そうしたら、シャリアは、気がついていたかのように、笑った。
「…本当に、行くのね」
その顔は、亡くなった娘さんの事を話す時の表情に似ていた。
「はい。でも何で…分かったんですか?」
「我が子の事を、分からない親なんていないわ」
不思議に思って聞くと、そんな答えが返ってきた。その言葉に目頭が熱くなる。
「…我が子、ですか」
「そうよ…じゃあ、これを持って行きなさい。せめてもの餞別よ。大したものじゃなくてごめんなさいね」
そう言って渡されたのは、猫耳が付いたフード付きケープだった。ケープの胸部には、猫のヒゲのような留め具が付いている。前、ボクが猫を好きだと言っていたのを覚えていてくれたのだろうか。だとしたら、嬉しい。
「いいんです。ボクを拾ってくれただけでも感謝しているのですから」
泣きそうになるのをぐっとこらえ、笑う。そして、ケープを羽織り、フードを被った。
「では…また何処かで会えたらいいですね」
「寂しくなるわね…」
そう言って、シャリアは目を伏せた。そして、ボクの目を真っ直ぐに見て言った。
「ねえ、クレイ。外には色んな人がいるわ。いい人も悪い人も、沢山。貴方はお人好しだから、騙されないように注意するのよ。それから、お腹が空いたらちゃんとご飯を食べなさい。そして何より…何があっても決して諦めず、生き抜く事。いいわね?」
きっと、これが最後のお小言になるだろうと思うと、聞き飽きた言葉でさえも、一語一句聞き逃したくない。しっかりと記憶に焼き付けて、ゆっくりと頷いた。
「っ…はい!」
そう言って、ボクは家の外に飛び出した。
それからボクは、何処の街にも、長く滞在する事はなかった。あまりゆっくりはしていられないと思ったからだ。幸い、十五歳前後の見た目のお陰で怪しまれる事はなかったし、却って良くしてもらったりもした。それに、ボクは割と運動神経が良かったので、俗に言う蛮族達に襲われても返り討ちにした。その能力を買って、ボクに退治を依頼してくる人もいた。そのお陰か、ボクは一人で生活できるほどのお金は貯めることができた。だがそのお陰で、ボクを騙そうとする人がいたため、そいつも騙し返した。
やがて、ヨーロッパの辺りまで辿り着いただろうか。今は夕方、ちょうど宿屋が混み始める時間帯だ。今日はどこに泊まろうと考えていると、ふいに声をかけられた。
「おや、小さい旅人さんかな?」
声の主は若い男性だった。他の旅人が持っているバックはない事からして、確実に旅人ではない。ここの宿屋の主人だろう。咄嗟に弱いフリを装う。こうしたら、襲われても油断させる事ができる。
「あ…はい、その…」
「そんなに緊張しなさんな。ここでゆっくり休んでいきなさい」
優しく微笑んだ彼の笑顔が、ふいに恩人と重なった。目を見開いたが、すぐに気を取り直して頷いた。
「あ、ありがとうございます」
「ところで、君…」
何を聞かれるのかと思い、取り敢えず怯えたふりをする。まあ、驚いたのは事実だから構わないだろう。
「はっ、はい!?」
「ふっ…何々、怪しい事を聞こうとしてるわけではないさ。それで、名前はなんというんだい?」
そんな事か、と脱力しつつ、質問に答えようと口を開く。
「あ…えと、クレイと申します」
「ほう、クレイ…じゃあ、クレイさん。君は何処へ行くつもりで旅をしているんだ?」
前言撤回、こちらが本命のようだ。何か目的があるのか、それともただの世間話か。目的があるのなら、聞き出しておいたほうがいいだろう。
「…何故、そんな事を?」
「いや、興味本位だ。何も怪しい事は考えてないよ」
胡散臭い笑顔を浮かべながら言うため、どうにも信用できない。一応、怪しまれないために答えておいたほうがいいか。
「そ、そうですか…私は、何処へ行くというよりも、気の向くままに旅をする方が性に合ってるので、目的地は、あまり…」
そう発言してから、はっとした。この男に行きたい所を言えば、もしかしたら行き方を教えてくれるかも知れない。そう考えて付け足す。
「あ、でも、ヴィグリッドには行ってみたいです」
「そっか、ヴィグリッドに…応援してるよ、頑張って」
返ってきたのはそれだけで、何もヒントは貰えなかった。だが、何かがあるとも言われなかったため、邪魔はないだろう。
「はい、ありがとうございます」
「さ、今日はもう寝た方が良い。ちょうど明日、ヴィグリッド行きの電車が向こうの駅から発車するんだ。それに乗れば、ヴィグリッドに早く着ける」
最後に途轍もないヒントを言われて、少々困惑した。だが、まだ味方とも限らないから、警戒しておくに越したことはない。
「そう、ですね…では、おやすみなさい」
「ああ。おやすみ」
そう言って、主人はボクから離れた。結局、朝まで何も起こらなかった。そう、朝までは。
飛び込んできた悲鳴で、目が覚める。
「きゃあぁぁぁぁ!」
飛び起きて辺りを見回すも、そもそも混乱状態なため、状況把握など到底できない。
「なっ、何事ですか!?」
「わ、分からない…!だけど、急に宿の一部が壊れて、人が下敷きに…」
壊れた部分を見ると、ぼんやりとした影が揺らめいていた。だが、その影は、明らかに人間ではない形をしている。まるで、そう…化物だ。その化物の周辺には、甘いローズマリーの香りが広がっていた。
(あの化物かな…)
そう考えつつ、主人に指示を出す。
「貴方は、下敷きにされた人の救助と避難をお願いします」
「えっ、でもクレイさんは…」
戸惑いながらそう言われるので、思わず舌打ちしたくなるのをぐっとこらえた。行動も判断も遅いけれど、あれは…ボクにしか見えていないのだから仕方ない。
「ボクは、やる事がありますので」
「え、ちょっとクレイさん!」
その静止を振り切って、ボクは化物の方へ駆け出した。体が覚えているとでも言うのか、ボクは自然に魔法陣らしきものを作り上げた。その中に入ると、彼らが見えなくなり、逆にあの化物の姿が鮮明に見えた。どうやら、図体が大きく、その巨体に見合った大きな斧を持っている奴が一つ、それ以外は小さく、弓らしき物を持っている奴と鉄球を振り回している奴が沢山いた。そして、皆頭上には、天使の輪のような物があった。
「やっぱり、あの人達には見えてないみたいだね。ってうわぁ!?」
巨体の化物の攻撃に当たりそうになり、短い悲鳴を上げながら上体を反らし、ギリギリで避けた。
「危なかった…!武器になりそうな物…は生憎、ないか」
辺りを見回してみると、ボク以外の全てが静止していた。絵画の中のようだ、と思う。
「これは一体…何が起きてる?」
そう言った瞬間、突然、止まっていたものが動き出した。目の前にいた
「何だったのさ、あれは…いや、考えてる暇はないみたいだね」
さっきのを見るに、どうやら、ボクが攻撃をギリギリで回避すると、周囲の時が止まるようだ。では、それを利用して、時が停滞している間に攻撃を仕掛けるのはどうだろうか。
「こっちだよ、化物!」
あえて化物共の注意を引きつけ、小さな
「…やあっ!」
試しに攻撃してみると、思った通り、
「よし…!」
その鉄球をぐるぐると回して、辺りの小さな化物を一掃する。途中で鉄球は壊れたが、弓を持っている奴がいて助かった。どのように奪ったのかはもう想像がつくだろう。そして残りは、巨体の化物だけだ。
「もうお前だけだよ?」
煽るように語りかけると、そいつは煽り耐性がないのか、すぐに襲いかかってきた。勿論、その攻撃も伏せて躱し、時を止める。決め台詞でも言ってやろうかと、振り向きざまに弓に矢をつがえ、こう言い放った。
「この力、本気で振るえば…お前は何も知らないままに死ぬ」
化物の周囲には大量の矢を放つ。このままだったらどうなるか…想像は容易い。そして時は動き出す。
「ガァ!?アアァァァ!」
悲鳴を上げながら、ソレは散った。予想通りの展開に少し嗤い、ソレが落とした武器を拾った。あまりに大きい斧だったから持てるか心配したが、どうやら杞憂だったようだ。ボクの手を翳してみると、そこから光が舞い、鎖のような物が出てきた。その鎖が武器を上へ持ち上げ、ボクの持てるサイズにしてくれた。鎖はまた、静かに消えた。背中に武器を背負い、ボクは、昨夜に店主が教えてくれた駅に向かって歩き出した。化物共を倒すのに、この鎖も使えそうだと考えながら。
しばらく歩くと、線路が見えてきた。どうやら、駅はこの近くらしい。辺りを見回すと、いかにもそれらしき建物があった。その建物は古い見た目をしているが、意外と設備は整っているようだ。
中に入ると、そこは無人だった。無人駅かと思ったが、少しだけ、人の気配を感じる。そういえば、先程の魔法陣を潜ってから、昨日まで見えていたはずの人達が見えない。あの化物共が見えていたという事は、どこか時空の違う場所に来てしまったのだろうか。旅をしている最中に、こんな話を聞いたことがある。この世界は三位一体世界といって、天界と魔界、そして混沌界がある。この世界は混沌界らしい。そして、天界と魔界が位置する場所は混沌界とは違い、直接は干渉出来ないが、その三つの世界の間に入れば、天界と魔界に干渉出来るようになるという内容だ。
取り敢えず、混沌界とやらに戻らねば、電車にも乗れない。念の為外に出て、私は今朝の魔法陣をイメージして、手を空に翳してみた。すると、真ん中からその魔法陣が形作られていって、ボクが入れるくらいの大きさになった。それを潜ると、先程まで見えなかった人達が再び見えるようになる。その状態で駅に入ると、今度は人が見えたおかげで、話しかける事が出来た。
「えーと、すみません。ヴィグリッドまでの切符をください」
そう言うと、駅員はボクを頭のてっぺんから足の先までじろじろと見て、一つ頷いた。
「…分かりました。特別通行許可証はお持ちでしょうか」
「と、特別通行許可証、ですか?」
ボクが動揺していると、駅員は説明してくれた。何でも、ヴィグリッドは今厳重警戒体制が張られているらしく、許可証がないと切符を発行できないのだそう。
「ないならばお引き取りください。私達に許可証を発行する権限はありません」
「そ、そうですか…すみません」
にべもなく拒否られた。これはやりたくなかったけど…まあ、目的の為だし仕方ない。そう思って、ボクは魔法陣を作る。三回目となれば手慣れたものだ。魔法陣の中に入り、駅員達から姿を見られないようにする。駅員が驚いている気配を尻目に、切符を入れるゲートを通り抜けて、ちょうど来た電車に乗り込む。そこで魔法陣を作って姿を現し、何事も無かったかのように席に座った。こうすれば、許可証がなくともヴィグリッドには入れるはずだ。
作者の一言
シャリアさん聖人すぎん?