お待たせしました。
暫く電車に揺られていると、終点に着く事を知らせるアナウンスが鳴る。ヴィグリッドは厳重警戒を敷いているため、入るには許可証が必要な事を告げられる。速攻で魔法陣を作って入れば問題ないから、ボクには関係ない話だ。まあ、一応もう入っておこう。
魔法陣を組み上げ、その中に入る。毎度の事ながら人の姿は視認できなくなった。ちょうどその時、終点…ヴィグリッドに着いたというアナウンスが流れ、ドアが開く。開いたドアから外に出ると、そこは、ボクが電車に乗る時に居た駅よりも大きい駅だった。
「流石…あの駅とは違うね」
さて、ここからどうするか。まずは駅から出ないと始まらない。目の前には待合室があり、中には観光者に向けた、街に残る古い遺跡を紹介する看板がある。周りを見ると、反対側に検閲をするゲートがある事に気がついた。渡るために掛けられた橋を渡ってゲートへ向かう。検閲を通り過ぎると、まだどこかに続いているのか、下り階段がある。降りると、奥に扉があった。鍵をかけられているようだ。防犯装置が作動したのか。
「…困ったな。これじゃあ先に進めないじゃないか」
扉の前で立ち往生していると、横に不思議な壁があった。微かだが、霊力に似た力を感じる。近寄ると、その気配は更に強まった。触れてみると、簡単に押すことができる。試しに、少し力を込めて叩いてみた。下から光が広がった。もしかしてと思い、強く殴ってみると、更に光は広まる。何回か繰り返すと、それは崩れて、人が通れるようになった。
「…誰かがここを通った?しかも、ボクが見える人…」
正体は分からないが、追いつけばいい話だ。そう考えて、ボクは先へ進んだ。
しばらく先へ進んで行くと、崩落した橋があった。その橋の手前側には、変な赤い魔法陣がある。
「何だろ、あれ」
気になったので、魔法陣に霊力を流してみた。大抵はこれで何かなると思うが、これはどうだろうか。そう思っていると、ふいにその赤が目の前を覆った。
気がつくとボクは、バーのような所にいた。クラシックな雰囲気を纏っている。あれはワープの魔法陣だったようだ。
「ここは…」
先程は明るい所に居たため、目が慣れるまで時間が掛かった。目を瞬かせながら辺りを見回すと、革ジャケットを着てサングラスを付けた大柄な男が、カウンターの向こうに立っていた。
「ようこそ、ゲイツオブヘルへ。珍しい客だな。ここは武器と酒の店だ。何か欲しい物がありゃ都合付けてやるぜ」
そう話す男だが、あの主人の持つ胡散臭さとは違う、本能が警戒心を持たざるを得ないような、何かがあった。思わず警戒を表に出し、男に尋ねる。
「お前は…誰だ」
「誰だも何も、この店の店主だ。お前さん、それを知ってて入ったんじゃなかったのか?」
意外そうな反応を見るに、ボクが入った方法、というか経緯は、かなり特殊らしい。
「いや?ただ変な魔法陣があったから好奇心で霊力を流してみただけだ」
そう言うと、男は更に驚いたように、サングラスの奥にある目を細めた。
「…驚いたな、そんな方法で迷い込んでくる奴がいるとは」
意外そうに言う男を困らせてやろうと思って、わざと不機嫌に見えるように顔を少し顰めた。
「悪かったね。ボクはクレイ、お前は?」
「俺はロダン。さっきも言った通り、ここの店の店主だ」
意外にも、男…ロダンは動じなかった。規格外には慣れているのだろうか。
「そうか。それでロダン、ここは武器と酒の店だって言ったな。何が売ってんだ?」
そう言うと、ロダンは気になる事がある、とでも言うように、眉を上げた。
「待て、それよりも前に、俺の質問に答えてくれないか?」
「…いいが、ボクの質問にも答えろよ」
胡乱な目を向け、警戒しながら質問を待つ。さあ、何が来る。
「勿論だ。単刀直入に言う。お前さん、ソルーナの巫女だろう」
ソルーナの巫女、聞き覚えの無さすぎる単語が出てきた。思わず目を細め、ロダンに尋ねた。
「……ソルーナの巫女?聞き覚えないな」
「そうか。じゃあお前さんは、記憶を失っているのか?」
驚いた。まさか、ここまで正確に状態を言い当てられるとは。どのくらい生きていたら、その発想になるのか。目を見張って驚いてしまったが、少なくとも、信用はしてもよさそうだ。
「…ああ。目が覚めたら、この街とは遠く離れた場所に転がっていた」
そうして、ボクはこれまでの事を話した。シャリアという女性に拾われた事、これまでの生活の事、化物の事等。ロダンは、それを静かに聞いてくれた。そして、簡単に纏めた話が終わった時に、同情のような視線が飛んできた。
「そうか…そりゃ、災難だったな」
その視線に耐えかねて、ボクは顔をすいっと反らした。
「いや、まあ…生きる術を学んだとでも思えばどうって事はない」
気まずい雰囲気が流れる。その空気を払うように咳払いをして、一つ質問をする。
「それで、そのソルーナの巫女とやらは一体何なんだ?」
そう聞くと、また知らない単語が次々と飛び出してきた。
「五百年前に滅びた、混沌界の神に仕えていたとされている巫女の事だ。正確には男女混合で、男を神官、女を巫女と呼んでいたようだな。正式名称はソルーナの神使だ」
聞いた瞬間の感想。これが俗に言う、宇宙猫状態か、だ。兎に角、あまりにも訳が分からなすぎて混乱している。その状態のまま喋ったため、意味分からない話し方になっている気がする。
「え…?ん〜と、ちょっとストップ…えーと、まず混沌界の神ってのは?混沌界自体は三位一体世界の一つって事は聞いた事あるんだが…」
目を回しながら聞くと、ロダンはふっと溜息を吐いた。
「そこからか…どうやら、本当に何も知らないらしいな。いや、覚えていないのか」
居た堪れなくなり、俯く。視線を彷徨わせた後、呟くように言った。
「…なんかごめん」
「いや、いい。それじゃあ、まずは混沌界の神について説明するぜ。ジュースでも用意するか?」
「あ〜、いい。要らない」
ロダンは早速準備をしようとしたため、慌てて止める。子供扱いするな、という視線を送ると、ボクがやったように視線を逸らされた。
説明を受ける事数分。数分で、この世界の様々な事を教わった。例えば、この混沌界の神様の事、天界や魔界、その住人達の事、魔女と賢者、巫女の事などだ。
「…という事だ。理解は出来たか?」
「まあ、粗方な…」
そう言うロダンに、ボクは曖昧に頷いた。正直、まだ夢のような、現実味の薄い話だ。だが、確かに納得する部分は多々ある。
「じゃあ、お前さんの質問へ答えてやろうか」
そう言うロダンにハッとして、真っ直ぐにロダンを見据える。
「ああ、頼む」
サングラスを掛けている彼の目を見て、信用は出来ると感じた。だからこそ、あえて大した頼み事はしない。今するのは、質問だけ。
「さっき言った通り、ここは武器と酒の店だ。表向きにはバーという事で酒しか売っていないが、稀にお前のように、その魔法陣から入ってくる奴がいる。其奴には武器も売っているな。拳銃や刀、鞭など何でもござれだ」
そう言って、ロダンはボクに、一つの戸棚を指し示した。開けてみると、そこには装飾にも拘ったのだろう、美しい武器達が並んでいた。
「ほう…魔界関連か」
今まで造ってきた物達だろう。その一つ一つが、禍々しいオーラを纏っている。だから、魔界と推測できた。この言葉にロダンは一つ頷くと、続きを話しだした。
「そして、こういう…ロリポップっていうやつも売っている。これは所謂、精神興奮剤だな。回復から強化まで色んな事が出来るが、味は保証しないぜ」
ロダンが指差す方を見ると、赤や黄、緑、紫の飴が棚の中にしまってあった。他にも、注射針のようなアイテムもあったり、心臓らしき物がしまってあったり。最後に関してはちょっとグロい。まあそれは置いといて。飴の前には、その飴の効果が書いてある。緑なら回復、黄色なら無敵、という具合だ。それにしても、何だか引っかかる物言いをする物だ。味は保証しない、という事は、不味いのだろうか。
「…不味いのか?」
そう聞くと、ロダンは肩をすくめてこう言った。
「さあな」
何を言っても無駄だと判断し、ボクは諦めて、首を横に振った。
「そうかい…」
そう言ってロダンを見ると、ふと思い付いたように、ロダンが言った。
「そういえばお前さん、武器はどうしてるんだ?」
そう言えば、ここでは武器も扱っているという話だったか。ここで手に入れるのも良いかもしれない。
「適当に天使共の武器を使っているな。壊れたら殴ってる」
そう言うと、ロダンは意外そうな声を発した。
「巫女は霊力によって武器を作る事が出来ると聞いたのだが、出来ないのか?」
そもそも、巫女の話を初めて聞いたのだから、知るわけがないだろう。心の中でそう突っ込みつつも、眉を顰めてロダンを見る。
「いや知らねえよ…やってみるか」
ため息を吐きつつ、目を伏せて、自分の霊力に意識を向ける。自分が天使の武器で扱いやすかったのは、刀に似た物だったか。それを思い浮かべながら、ボクは霊力を形にしていく。イメージとしては、粘土を固める様な感じだろうか。少しして、自分の手元にしっかりとした重みが感じられた。目を開けると、ボクの手には、イメージした通りの刀が握られていた。
「…あ、本当に出来た」
刀身は銀色で、鍔の部分には、ガーネットの様な宝石が埋め込まれている。それを見て、ロダンは興味深そうな声を上げた。
「ほう、これが…巫女の武器は俺も見たことがないな。天使の武器とも、悪魔の武器とも違う…」
「そうなのか?」
正直、武器には詳しくないので、天使の武器ならまだしも、悪魔の武器については知らない。
「ああ、興味深いな」
「…やっぱり、ボクにはよく分からないな」
そう言うと、ロダンはくつくつと笑った。
「武器がないなら都合付けてやろうと思っていたが、大丈夫なようだな。むしろ、こちらが利益を得てしまったが」
そう言って笑うロダンに、少しだけ取引を持ちかけてみる。まあ、その企みは無駄になりそうな気配がするが、言うだけタダだろう。
「あ〜、じゃあコレをくれないか?そんなに特攻出来ないから、ちょっと不便なんだ」
そう、緑のロリポップを指さしながら、困った風に言うと、ロダンはふっと笑ってこう告げた。
「二回目だが、味は保証しないぜ?」
「承知の上でだ」
頷くと、ロダンは手を差し出してきた。どうやら、金に関しては値下げも無理らしい。まあ、そんな気はした。苦笑しつつもヘイロウをその手に落とすと、ロダンはヘイロウを数え、頷いた。
「ヘイロウもあるな…毎度あり」
そう言って、ロダンはロリポップを手渡してきた。それを受け取って、ボクはロダンに背を向けた。
「ありがとう。また来るよ」
「そりゃ何よりだ、商売は勝負事だからな」
背中から、如何にも商人らしい言葉が聞こえてきて、ボクは密かに笑みを浮かべた。
「…そうか」
それだけ言うと、ボクは魔法陣に霊力を流して、その店を後にした。
店を出ると、早速天使共が出迎えに来てくれた。やたらとデカい、背中が弱点の奴が一体、雑魚が十数体だ。全く、出待ちでもしていたのかと思うくらいにはタイミングがよい。まあ、自分の武器とロリポップの性能を試すくらいには丁度良い相手になるだろう。そう判断し、ボクは刀を作って、切っ先を天使共に向ける。
「全く、気前がいいこった。まさか、店から出た瞬間にお出迎えなんてな」
丁度ロリポップもある事だし、少しくらいは特攻してもいいだろう。そう考えて、ボクは天使に突っ込んでいった。まず、最初に群がってきた天使共を、回転斬りで一刀両断する。これで雑魚はだいぶ減った。残りはわずかな雑魚と、デカい奴のみだ。どう来るかと出方を窺っていたら、デカい天使が意気揚々と、その手に持っている武器で殴りつけてきた。その周囲を雑魚共が囲い、飛びかかってくる。それらの攻撃を避けたが、ギリギリで当たってしまう。まあここまでは予想内。すぐにロリポップを咥えるが、意外にも結構不味かった事で、少し顔を顰めた。まあ回復には丁度良いが。そうして咥えると、まずはデカい奴の背中に向かって刀を投げつけ、向かって来た雑魚を回し蹴りで片付ける。その間に刀がデカい奴の弱点に刺さり、それは体勢を崩した。その好機を逃さず、ボクは刀を引き抜いて、何度も弱点を斬りつけた。そうしていると、その天使は血飛沫と悲鳴を上げながら、物言わぬ死骸となり消えていった。
「…さて、次に向かおう」
ボクには休む暇などない。
ヴィグリッドの居住区を宛もなく歩いていると、ふいに衛兵の物らしき声が聞こえてきた。
「貴様!不法侵入者め!止まれ!止まらんと打つぞ!」
「なっ…」
一瞬バレたかと思い、身を固くするが、すぐに他の奴を追っているのだと気がついた。ボクは歩いていたが、プルガトリオに身を隠していたため見つかるわけがない。気になったので、その声を追ってみることにした。
「くそっ、アイツ一体どこ行った?」
その声がした地点に行くと、目標を見失ったらしい衛兵が、必死に辺りを見回しているのが見えた。
「サヨナラ」
声のした方を見ると、ワイヤーにぶら下がって壁に掴まっている男が見えた。
(…追われていたのは、アイツか)
衛兵はアイツを探していたため、万が一窓を見てアイツの味方と思われても困る。思わないだろうが。だから、さっと建物の陰に身を隠した。暫くすると、その男は壁から降り、地面に見事着地した。すると、何かを訝しむように眉根を顰め、一人語りを始めた。
「この香りは、シレーの花、か。こいつはフローラルブーケの名香だ。ローズマリーが織りなす甘い香り…その花言葉はご存じの通り、記憶・思い出だ。つまり、お前には似合わないって事さ。なあ…」
男は一度、そこで言葉を切った。そして鏡を見て、誰かの名前を呼びながら、上着を脱ぎ捨て、カメラを構えた。
「ベヨネッタ!」
その瞬間、銃声が聞こえ、ポーズを決めて銃を扱う女性の姿がちらりと見えた。
「ふざけるんじゃねえ!」
正体が気になり、よく見えるようにそっと覗いてみると、そこには、"ボクがはっきりと見える"女性がいた。見た目の歳は、二十代前半くらいだろうか。
(…アイツ、誰だ)
そう考えている間にも、女性…ベヨネッタは話す。
「アンタがここにいるって事は、エンツォに仕掛けた盗聴器は一つだけじゃなかったのね。お利口になったじゃない。勇敢なチェシャ猫ちゃん?」
互いにかどうかは分からないが、姿の見えないままで、すれ違いながら、会話は続く。
「猫扱いするんじゃねえ、俺の名前はルカだ。今度間違えたらただじゃ置かねえからな」
どうやら、男の名前はルカというらしい。チェシャ猫というのは、ベヨネッタが付けたあだ名のようだ。
「野郎どこだ!あの日の事は忘れねえからな!この目に焼き付いてるんだ!」
(あの日…?)
ベヨネッタを探しながら、ルカは気になる発言をした。あの日とは、一体なんだろうか。
「お前の正体は分かってる。魔女だってバラしたら、仲間はみんな笑ってたぜ。…俺のことをな」
(でしょーね…)
最後は哀愁漂う声で言ったが、そりゃあそうだと思う。魔女なんて、常人に信じられる者ではないだろう。普通は、気でも狂ったのかと言われるのがオチだ。
「だが俺は知っているんだ!真実をな!」
真正面にいる天使共に気が付かぬまま、ルカは語り続ける。
「そう、この匂いだ。親父がお前に殺されたあの日も、辺り一面にこの香りが漂っていた。この街には何かがある。真実に迫る何かがな!」
ルカは何処ぞの名探偵のように、天使の方を真っ直ぐに指差す。その直後、攻撃しようとした天使は、ベヨネッタの銃によって防がれた。
「一つだけ教えてあげるわ、チェシャ」
そう言って、ベヨネッタは先程の鏡に向かって銃を構える。
「俺の名前は…!うおわっ!」
ルカが話す途中で、ベヨネッタは銃を一発撃ち、鏡を割った。飛び散った破片に、ルカとベヨネッタの姿が映る。
「アンタの嗅覚、いい線いってるけど、私の香水にローズマリーは使われていないわ。だって、あれは魔除けの香りだもの」
これまでの動きを見るに、中々に手練れのようだ。お手並み拝見といこうじゃあないか。
そう思ったのも束の間、ベヨネッタはすぐに天使共を制圧していく。手始めと言わんばかりに、四肢に装備した銃を乱射しながら、ブレイクダンスを踊って雑魚共を死骸とした。最後にはポーズを決め、ウィンクを一つ。次に、少し大きい弓持ちの天使を、銃を持った手で殴って、ある程度殴ったら、知らない攻撃が飛び出てきた。大きな手が魔法陣らしきものから飛び出て、敵を殴り倒した。最後に出てきた奴には、ヒールを履いた脚でデカい奴に攻撃を当てる。脚で突き上げ攻撃、バランスを崩した後に銃を持った手も使ってひたすらに殴る。最後に先程の大きな手で殴れば、敵はもういなくなった。正直に言うと、これには感嘆した。
ベヨネッタが逃げたと思ったのか、ルカは声を張り上げ、虚空に向かって叫んだ。
「後ろ暗い事がある奴ほど、逃げ足が速いもんだぜ!こんな風にな!だが俺から逃げられると思うなよ?」
そう言って、ルカは壁に向かってワイヤーを発射し、見事なワイヤーアクションで去っていった。
(…あの日って、何だ?いや、そもそもコイツらは、一体…)
そんな事を考えていると、銃を構える時特有の、カチャという音が聞こえた。その一瞬後、ボクの額に冷たい金属が触れる。そちらを向くと、ベヨネッタが、ボクの脳髄の辺りに銃を突きつけていた所だった。
「おっと…バレていたのか」
内心の動揺を悟られないよう、落ち着いた口調を心がけて話す。
「ええ、とっくにね。アンタ、盗み聞きなんて、いい趣味してるじゃない。チェシャと気が合いそうだわ」
皮肉るようにそう言われ、腹が立たないわけではない。だが、これは挑発に乗ったら負けだと思っているため、ふっと挑発的に笑ってみせた。
「そりゃ結構。やっぱり、見えているのか?」
そう聞くと、ベヨネッタは頷き、予想内の答えを返した。
「ええ。アンタと同じ、プルガトリオにいるからね」
「…そうか」
それに頷くと、ベヨネッタは眼力を強め、ボクを問い詰める。相変わらず、銃は離されないままだ。
「アンタ、何者?ただの人間って訳じゃなさそうだけど」
その問いかけに、少し考えて答える。何せ、記憶がほとんどないのだ。相手が望む答えは何かを見極め、覚えている範囲の答えは話す。それだけだが、少し難しく感じる。それは額に突きつけられている銃のせいだろうか。
「ボクはクレイだ。ボク自身は覚えていないが、ロダンって奴によりゃ、ソルーナの巫女とやら…らしい」
それを言った時、怪訝そうな顔をして、ベヨネッタは質問してきた。
「待ちなさい。ロダンを知っているの?」
という事は、ベヨネッタもロダンの客なのだろう。意外な共通点を見つけた事に、妙な嬉しさを感じながら、ボクは頷いた。
「先程、崩落した橋の辺りでな」
そう言うとベヨネッタは、それには特に興味が無くなったような声色で次の問いかけを口にした。
「そう…ソルーナの巫女って言ったわよね」
「ああ、そうだが…何だ?」
魔女がいるなら、巫女がいてもおかしくないだろう。何を不思議に思ったのかが分からない。そう考えて首を傾げると、軽くため息を吐いて、ベヨネッタは告げた。
「五百年前に絶滅したはずよ。それに、御伽噺だと思ってたけど…生き残りがいたなんて聞いてないわ」
ここで気がついたが、ベヨネッタは質問が多すぎやしないか。なら、少しくらい質問したって構わないだろう。意地悪くて結構だ。
「その質問に答えるのは、アンタの正体について聞いてからだな。アンタは…会話の内容や見た目を考えると、アンブラの魔女か?」
そう問いかけると、逃げるように、ベヨネッタは視線を逸らした。
「…どうかしらね」
「質問に答えろ」
聞き逃げなどさせない、という風に睨む。すると、ベヨネッタは半ば呆れたように、又は降参したように目をぐるりと回した。
「はぁ…ええ、そうよ。まさか一目で見破るなんて…何故分かったの?」
何故、と言われると難しい。だが、会話で魔女とも出てきたし、アンブラの魔女の概要は、ロダンに教えてもらった通りだ。だから、少しだけ考察はした。だが、ほとんどが勘のお陰だ。
「ただの勘だ。んで、ソルーナの巫女についてだったか?」
そう確認すると、ベヨネッタは頷いた。
「ええ。魔女と賢者と共に絶滅したと聞いたけど」
その問に、ボクは一番困った。詳しい説明などは全然出来ないし、何なら先程、ソルーナの巫女についても初めて知ったばかりだ。
「詳しくは、ボクも分からないんだ。ボク自身が目を覚ました時には、こことは遠く離れた海辺の街にいたからな。恐らく、海に流されたんだと思うが…他に生き残りがいるかどうかは知らん」
そう言うと、ベヨネッタはそっと目を伏せ、銃も下ろした。何かと思い、思いっきり怪訝な顔をしてみる。
「そう…私と、同じね」
「同じって…どういう事だ?」
そう問いかけると、ベヨネッタはこちらを見据えて、一度考えるように目を閉じた。数秒の間閉じていたが、やがて目を開けると、笑みを浮かべて話しだした。
「いいわ、特別に教えてあげる。私も、記憶を失って、ある湖に封印されていた。目が覚めたのは、二十年前の事よ」
笑顔を浮かべて話すが、絶対に笑顔で話す内容じゃない。何といえば良いのか分からなくて、ボクは一度空を仰いだ。視線をベヨネッタに戻すと、反応に困り、少し顔を引き攣らせながらも労いの言葉を掛けた。
「…そうか。まあ、大変だったんだな」
「アンタに労われる筋合いはないわ」
ボクの労いはにべもなく突き返された。まあ分かっていたから良いだろう。そんな気はした。少し微笑んで、ボクはベヨネッタに別れを告げる。
「そうかい…ボクはそろそろ行く」
そう告げると、ベヨネッタは一度、眼鏡をクイッと上げて、こう言った。
「ええ、そうしなさい。私も急がなきゃ、白い友人が待っているもの」
白い友人が誰かは知らないが、どうせ皮肉だろう。短い間でも、性格は意外と分かるものだ。
「なら、じゃあな。ベヨネッタ」
「また会う事になりそうね、クレイ」
妖美に微笑む彼女に、ボクもまた口角を上げた。
「…どうだかな。楽しみにしているよ」
そう呟いた言葉に返答は無かった。返事代わりに寄越されたのは、黄色のロリポップ一つだけ。
「黄色は確か…無敵を付与する、か。精々死ぬなよって事か?」
バカめ、と心の中で呟く。そう、ボクは記憶を取り戻さないといけない。こんな所で死ぬわけがないだろう。
作者から一言
バトルシーン描くの難しすぎない?