バグDバトル、ファイト!! ~正真正銘「言ったもん勝ち」カードゲーム~ 作:龍川芥/タツガワアクタ
▶TRUN 05
手札:1枚
場 :【電脳魔王
ファイト
手札:0枚
場 :【
――絶体絶命。
そんな状況の中、大ダメージを受け倒れたオレに容赦のない声が降る。
「どうした、さっさとカードを引きやがれファイトぉ! それでテメエの
そんな
オレはふらつきながら、それでもなんとか立ち上がる。まだ全身を襲ったダメージの衝撃は抜けていない。
震える体に鞭打って、オレはたった2枚だけ残った自分の山札に指をかけた。
ファイト 山札:2枚
手札:0枚
正真正銘最後のターン、最後のドロー。
このカードで勝敗が決まる――。
(……っ。くそ、重い……!)
――ドロー、できない。
このドローには勝敗だけではない――紗奈やみんなのバグDを取り返せるかどうか、ミライを守り切れるかどうかも懸かっている。
それら全ての運命が、このドローカードで決まってしまう。
けれど
重圧。恐怖。諦念。渇望。
あらゆる心の動きが、ドローしようとしたオレの腕を雁字搦めに縛り付けている。
(ああ、ちくしょう。もしここに居たのがミライじゃなく
もしそうだったら、オレはこのカードを引けただろうか。
「くそ、考えるな……! そんなこと考えたって無駄なんだ、なのに……くそぉ……!」
勝つために全く必要ない思考が、次々に溢れて止まらない。
要するに、それは弱音だ。オレの心が、戦おうとするオレの意志に反して苦境に弱音を吐いているのだ。
けれど今のオレには、それを振り切る力もなくて。
勝負の最中必死に保ち続けていた平静は、一度崩れればもう跡形もなかった。
そんなオレの様子に――傍から見れば異変に他ならぬ変化に気付いたのだろう。
こちらもオレと同じくボロボロのミライが、不安そうな顔でオレの顔を覗き込んでくる。
『ど、どうしたんですかマスター……もしかして、カードを引けないんですか……? わ、わたしが、役立たずのたよりないバグDだから……』
「――違う!」
叫んだのは反射だった。
だって、これはミライの問題じゃない。そんな申し訳なさそうな声も聴きたくない。これは紛れもなくオレの、オレだけの問題なんだから。
「そうだ、オマエが悪いんじゃない……オレが、オレ自身が恐怖しているんだ。
『
ああ、恐怖で思考が麻痺していたからか。普段なら絶対漏らさない秘密を、言葉を、オレはミライに溢してしまった。
そして、一度溢してしまうと、あとは堰を切ったように……ともすれば懺悔のように。
窮地に立たされたオレの口は、今まで頑なに封じてきた事実をするりと溢した。
「……ああ。オレには
『!』
オレの告白に対し。
ミライの驚く顔は、けれど完全に予想外の事実を告げられたというよりは、疑問への答えを唐突に与えられた類のものだった。
そうだ、さんざんミライが不思議がったように……。
バグDを持たぬオレは、けれどバグDを知っていた。
普通のバグDが人間の生活を手伝うことも。
バグDバトルのやり方やその戦術も。
その理由は単純で、ただオレにも
だがしかし、ミライは思うのだろう。
でも、それじゃあ矛盾するじゃないですか、と当然に。
だって、オレのDフォンに入ったミライが知らぬはずはないのだ。
オレのDフォンの中には、
その矛盾の真相は、あっけないくらい簡単だ。
「でも1年前、オレとその
震える声で、そう言った。
ミライが息を呑んだのも無理なからぬほど、重く苦しいその事実を。
バグDだって生きている。
生きている限り、必ず終わりは存在する。
――そも、バグDバトルがバグDをカード化させるのも、カード化プログラムを通すことでバグD本体への致命的なダメージを防ぐことが目的であるし。
つまり、バグDは死ぬのだ。
あるいは彼等の終わりのことは、破壊、消滅と呼ぶのが正しいのかもしれないが――。
そんなこと、誰だって知ってる常識だ。
けれど眼前で起こった
消えた、死んだ、と口にするたび、未だに胃の奥に鉛が沈む。
それでも続きを吐いたのは、きっと恐怖で思考が麻痺していたからなのだろう。
「その事件で
だから、肩身が狭くても新しいバグDを探すことはしなかった。
馬鹿にされても、不都合があっても、何でもないと誤魔化し続けた。
あいつ以外を相棒と呼ぶことは……あいつと結んだ絆の裏切りだと、そう思ってしまったから。
それが、オレが街でただひとりバグDを持たぬ理由。オレの、ただひとつの誓い。
きっとこれからも、その思いは変わらないのだろうと思う。
けれど……この誓いはきっと諸刃の枷だ。あいつとの記憶を繋ぐ代わりに、オレを過去に縛る鎖の類だと、オレはこの1年で理解させられた。
「……ああ、分かってるんだ。相棒を失ったままのオレは、半身が欠けてるみたいなもので、どんな道だってもう真っ直ぐ走れやしない。今を素直に楽しんでた心も、どんな恐怖にも立ち向かっていけた勇気も、オレはもう全部忘れちまった……」
オレ1人じゃ、難題に挑む勇気なんか出せない。苦難を耐える気力も、逆転の発想も湧きやしないのだ。
ああ、分かってる。痛いくらいに知っている。
やっぱり、人間は独りじゃ駄目なんだと。
自分のためだけに出せる力なんてたかが知れてて。
絆を繋いだ誰かのためにこそ、限界を超えた力を発揮できるんだと。
分かってる、けど。
「でもさ……ダメなんだ。オレはあいつを、あいつとの絆を捨てるようなことはできない……それはどうしても譲れない。そのせいで、例えどれだけの未来を失ってしまうとしても……でも、もう変われない。過去の誓いは変えられないんだ。誰に何を言われても、オレの相棒は
例え独りでは、このカードをドローする為の勇気を獲得しえないとしても。
それでも、過去の相棒を裏切るような真似は……ミライを相棒と呼ぶことはできない。オレの意志に関係なく、断じてしてはならないのだ。
それが
だから、どうしようもない。
相棒が居なければ勇気は出せない。
だが相棒は既に死に、新たな相棒を得ることも許されない。
――ああ、やっぱり駄目だった。
そう心のどこかが自嘲する。バイトの面接に落ちた日のように。
だって。
オレはあいつを失ったあの日、きっと『未来』さえ失ったんだから。
そうして板挟みの苦悩が、オレの手からどんどんと力を奪っていって。
心が諦めという闇に呑まれていって。
やがてオレは現実の前に、膝を折るように目を閉じる――。
『――マスター』
凛と。
声が響いた。
見れば、金の髪を揺らす背が。
嵐の中の灯台のような、頼りなくも確かな光が、そこに。
――ミライ。
彼女はこちらを振り向かぬまま、強大な敵に真っ向から立ち向かうように立ったまま。
オレを庇うような姿勢のまま、言う。
『マスター。わたしは、【ミライ】は、アナタの一番大事だった
「え……?」
『わたしにも分かるんです、その相棒さんの気持ちが。存在を賭してまでアナタを守ったその相棒さんは……きっと、マスターのことがどこまでも大切で、誰よりも大好きだったんです。そして出来る事なら、ずっとアナタを傍で守りたかったと思うのです』
不思議と。
思わず何かを言おうとした口から、反論は出てはこなかった。
あいつとの絆。
それを否定する言葉を、オレが言えようはずもなかったから。
オレの沈黙をどうとったか。振り向かぬまま、ミライは続けた。
『でも、過ぎ去った過去は戻りません。消えてしまった
「な――ミライ、おまえは――」
何を言っているんだと、そう問う事もまたできなかった。
今度は過去のせいじゃない。
今目の前にいるミライ、その声に籠った気迫が、本気が、オレの言葉を詰まらせたから。
ああ、その肩が震えている。
強敵を、敗北を前に、オマエが怖くないわけがない。痛みだってあるだろうに。
それでも迷いだけは見せぬまま、そのバグDは言い切るのだ。
『たとえ相棒さんの代わりにはなれなくとも――過去の相棒さんの想いを、未来まで繋いでいくために! わたしが過去の代わりになって、マスター、アナタの未来を守るのです! なぜならわたしはアナタのバグD、アナタの【ミライ】なのだから――!!』
宣言は強く。声は高らかに。
ミライは確かにそう叫んだ。
たとえ悲しい過去は、過去の誓いは変えられなくとも。
否。
そこにあった想いも、記憶も……その全てを肯定し抱えたままで。
けれど過去のほうを向くのではなく、よりよい未来へと歩んで往こう、と――。
それが、きっとミライにとっての『誓い』だった。
過ぎ去りし想いを繋げるという、過去から来た最新の約束。
青い瞳に決意を湛え、そのバグDは今、場の誰よりも毅然と立つ。
ああ、まるで似ても似つかないその背中に、どこかあいつの面影が宿った気がして――。
「ミライ……」
知らずのうちに名を呼んだことに、いったいどういう意味があったのか。
自分でも分からぬままに終わったのは、横合いからその声が飛んで来たから。
「ハッ、バグDが何を言うかと思えば、下らねえ!」
「何――?」
あるいはしびれを切らしたか。嘲るように、彼は言った。
オレたちを追い詰めたその男は、立ちはだかった絶望を――
「バグDは武器だ! 勝つための道具だ! 『絆』? 『相棒』? 『バグDに守ってもらう』だァ? ハッ、よくもまあつらつら並べやがって、いかにも雑魚のセリフだぜ! 絆なんて強さには関係ねえ……バグDバトルは結局、バグDを一番上手く使った奴の勝ちってのが現実なんだよ!」
彼の横に侍る魔王は何も言わない。暴言に何の反応も見せない。
それが正しいことだと言わんばかりに、嘲弄の声は断言する。
「人間は持ち主! バグDは道具! 現実的にそれ以外ありえねえ!」
ああ、
けれど、それにオレは/ミライは真っ向から反目する。
「違う」『違います!』
声は自然と重なっていて。
あるいは互いの心さえ、今このひと刹那だけは。
そうしてオレは/ミライは叫ぶ。
あらん限りの力と勇気を振り絞り、心から信じる正しさの言葉を。
「バグDは、」『人間は――』
『「――
瞬間、
その心までもが、肉体も種族も飛び越えてひとつになったようで。
だからだろうか。
ミライの意識に電流めいて奔った謎の感覚が、オレにも幻痛として伝わってきたのは。
「!? 今、のは――」
反射的にミライの方を向く。ミライもまた鏡写しのように、既にこちらを振り向いている。
そして、彼女は言った。
『――思い出しました、マスター! わたしの
「本当の名前……!?」
『そうです。わたしはミライ、無限に広がる可能性! けれどわたしの本当の名、本当の姿は――』
まるで、彼女自身の肉体が、その言葉を待っていたかのように。
瞬間、ミライが鮮烈に発光した。否、光に変じたと言うべきか。
その体から全方位に噴き出た閃光が、闇を散らすように世界を染める。
「な――!」
「これは――!?」
驚愕の声が上がる中、けれど変化は終わらない。
ぶわり、金髪が光を帯びて、巨大な翼めいて広がる。
光になったその輪郭が、足先から上に向かって変化を見せ。
ばちり、輝く青き瞳が開き。
収まる閃光よりなお眩い意志の光と共に、そのバグDは真の姿を現す――。
『マスターとの
リアルタイムで人々を繋ぎ、その先へ導く
【
「なんだ、コレはッ……
「
彼我の予測など容易く超えて、
バグD改め、バグ
『絶望なんてナンセンス、どんなピンチも即ブロ逆転! どうぞどーんとご期待を、マスター! この名に懸けて、希望の未来を手繰り寄せますっ!』
絶望の闇を祓う聖光を帯びて。
例外だらけのその存在は、今、絶望の現実に風穴を穿つ――!