起こることはただ一つ!
僕と巌勝さんの仲は、良いとは言えなかった。
時々言葉を交わす程度で、互いに深入りしない。
でも、それくらいが僕たちにはちょうど良かったのだと思う。
鬼殺隊の中で、僕にまつわる噂はいくつも流れていた。
それを僕は、否定も肯定もしなかった。
巌勝さんが隊に入った理由は、表向きは部下の仇討ちだったが、本当は縁壱さんを追うためだった。
妻子を捨ててまで、という事実は、誰にも言えなかったのだ。
そんなこんなで、僕には妙な噂がつきまとっていたが、
幸いにも隊士たちにはよくしてもらえた。
縁壱さんが隊で慕われていたこと、そして僕がまだ十歳の子供だったことが、大きかったのかもしれない。
また、血鬼術も使えない雑魚鬼相手とはいえ、縁壱さんが見守る中で、僕も鬼狩りを経験した。はっきり言って、あのKUMAより弱かったが、鬼を倒せたことはうれしかった。
***
そうして半年が過ぎた頃だったと思う。
痣を持つ隊士たちが、次々と命を落としていった。
最初は偶然かと思った。
だが、痣を持つ者だけが、まるで定められたように死んでいく。
その事実が、静かに隊の空気を変えていった。
最初は偶然だと思われていたが、やがてある共通点が浮かび上がった。
彼らは、皆——25歳を超えていた。
痣を出すことで得られる力は、確かに鬼を斬るには十分だった。
だが、その代償は、命そのものだった。
痣を出した者は、25歳を迎える前に死ぬ。
それは、誰も口にしない、けれど確かに存在する“定め”だった。
鬼殺隊は混乱の渦にあった。
痣者の死が続き、柱たちの間にも不穏な空気が漂っていた。
それでも僕は、どこか他人事のように思っていた。
まるで、物語の外側に立っているような感覚だった。
そんなある日、ひとつの知らせが届いた。
父が——巌勝が、鬼となり、お館様を殺したというのだ。
そのとき、縁壱さんは任務で不在だった。
誰もが混乱し、誰もが絶望した。
でも僕は、知っていた。
原作知識として、巌勝が鬼になることも、お屋形様が殺されることも。
知っていたのに、止めることはできなかった。
それほどまでに、巌勝の縁壱さんへの思いは強かったのだ。
憧れ、嫉妬し、追い続け、そして壊れた。
僕は、ただ見ていた。
だから、決めた。
せめて——仮にも娘である僕が、父を殺そう。
それが、僕にできる唯一の償いだと思った。
***
その後、僕と縁壱さんは、原作通り鬼殺隊を追放された。
縁壱さんは、鬼舞辻無惨を取り逃し、女鬼を逃がしてしまったらしい。
僕たちは、もう“鬼殺隊”の人間ではなくなった。
縁壱さんの意気消沈具合は、正直、見ていられないほどだった。
彼は、何も言わなかった。でも、その背中は寂しげだった。
僕も、何も言えなかった。
隊士たちの責めは、今まで優しかった分、余計に恐ろしかった。
無論、僕たちをかばってくれる人もいたが、その声は少なかった。
だから、僕たちは竈門家に戻った。
落ち着ける場所を、無意識に求めていたのかもしれない。
久しぶりの竈門家は、とても温かかった。
扉を開けた瞬間、懐かしい木の匂いが鼻をくすぐった。
縁壱さんの足取りは重かったけれど、その背中に、少しだけ安堵の色が差していた気がする。
誰も責めなかった。
誰も問い詰めなかった。
ただ、静かに、優しく、僕たちを迎えてくれた。
囲炉裏の火は、以前と変わらず柔らかく揺れていた。
湯気の立つ味噌汁の香りが、心の奥まで沁みていく。
縁壱さんは、何も言わずに座り、僕もその隣に腰を下ろした。
僕たちは、今まであったことを説明した。
何が起きたのか、どうしてこうなったのか。
言葉にすることで、少しでも整理したかった。
いや、本当は——ただ誰かに聞いてほしかっただけなのかもしれない。
炭吉さんたちは、黙って聞いてくれた。
けれど、話し終えたあと、誰もすぐには言葉を返せなかった。
重い沈黙が、その場を支配した。
責めるでもなく、慰めるでもなく、ただ、言葉が見つからなかったのだ。
そのときだった。
「だっこぉ」
すみれが、縁壱さんに向かって両手を伸ばした。
その声は、あまりにも無垢で、あまりにも真っ直ぐだった。
炭吉さんが、少し涙ぐみながら言った。
「だっ……抱いてやってください」
縁壱さんは、ゆっくりと立ち上がり、ヒョイ、とすみれを抱き上げた。
すみれは
「キャハハッ」
と笑った。その笑い声は、空気を変えた。
沈黙を破り、重さをほどき、縁壱さんの胸の奥に、何かを灯した。
縁壱さんは、その笑顔を見て、涙を流した。
静かに、ぽろぽろと。
僕も、泣いてしまった。
何に泣いたのかは、よくわからなかった。
でも、すみれの笑顔が、ずっと張り詰めていた何を、ふっと緩めさせた気がした。
***
僕たちは、一週間ほど竈門家に滞在した。
逃げるように戻ってきたはずなのに、そこには確かに温もりがあった。
囲炉裏の火、木の床の軋み、すみれの笑い声。
それらが、僕たちの張り詰めた心を少しずつほどいていった。
その間に、うれしいことが二つあった。
一つ目は、僕に弟ができていたこと。
名前は、炭太というらしい。
小さな赤ん坊で、まだ言葉も話せない。
でも、ふにゃりと笑った顔が、なんとも言えずかわいかった。
縁壱さんがその小さな命を見つめる目は、どこか遠くを見ているようで、それでも、ほんの少しだけ柔らかかった。
二つ目は、炭吉さんが日の呼吸を習得していたこと。
もちろん、実戦で使えるほどではない。
型も不完全で、動きもぎこちない。
けれど、それは確かに——縁壱さんの、「日の呼吸」だった。
僕は、その光景を見ながら思った。
縁壱さんが失ったものは、あまりにも多かった。
家族も、仲間も、居場所も。それでも、すべてが消えたわけじゃない。
炭吉さんが不器用ながらも日の呼吸をなぞる姿。
すみれの笑顔に、縁壱さんが涙を流した瞬間。
そのひとつひとつが、縁壱さんの中に残っていた何かを、そっと揺り起こしているように見えた。
誰かが受け継ぎ、誰かが繋いでいく。
それは、縁壱さんが望んだことではなかったかもしれない。
でも、確かにそこにあった。
だから、願った。
この光景で——
縁壱さんの心が、ほんの少しでも救われることを。
***
巌勝が鬼となった今、僕たちは竈門家に長居できなかった。
彼が僕たちを狙う可能性がある以上、この家に危険を及ぼすわけにはいかない。
もう、頻繁に会うことも難しい。
それを伝えると、炭吉さんとすやこさんは、言葉を失った。
すやこさんはすみれを抱きしめながら、
「そんな……」
と呟いたあと、静かに涙を拭った。炭吉さんは拳を握りしめていた。
それでも、二人は僕のことを責めなかった。
「たとえ、遠く離れていても俺たちは家族だ」
そう言って、二人は僕のことを抱きしめてくれた。
温かさが、胸に沁みた。
そして、炭吉さんが縁壱さんに向かって、はっきりと言った。
「縁壱さん、後に繋ぎます。俺が日の呼吸を後世に伝える。約束します!!」
と。
縁壱さんは、それを聞いて、
「ありがとう」
と言って、耳飾りを渡した。
僕もそれをみて、何かを炭吉さんたちに渡したい。残したいと思った。
だから、指南書を作った。
僕が知る限りの呼吸の理、型の構造、感覚の記録——
まだ未完成で、稚拙かもしれないけれど、
それでも、助けになればと思って。
別れのとき。
僕は、作った指南書を渡した。
「これ、使ってください。僕はまだまだ未熟だけど、呼吸について書きました。きっと何かの役に立つはずです」
炭吉さんは、それを受け取ってくれた。
すやこさんは、僕の手を握って、微笑んだ。
最後に、今まで、言う勇気がなかった言葉を、僕はようやく口にした。
「またね、お義父さん、お義母さん」
涙が止まらなかった。
でも、その涙は、悲しみだけじゃなかった。
感謝と、祈りと、そして——繋がっていく希望の涙だった。
僕たちは、背を向けて歩き出した。
振り返らずに。
でも、心の中には、確かに竈門家の温もりが残っていた。
ついに、ラストが明確に浮かんだ!
アイデアが次々と。
乗るしかない このビッグウェーブに
これからは、一気に年月を進めていきます。
こんな未熟な私ですが、これからもよろしくお願いします。