継国の娘   作:毎日読書

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 時をとばそう



長い旅路、そして

 竈門家を出てから、もう十数年が経った。

 縁壱さんと僕は、鬼殺隊を離れてからも、各地を旅しては鬼を狩り続けた。

 無惨の気配は、ずっと途絶えたままだった。

 それでも、時折現れる血鬼術を持つ強力な鬼たちが、僕たちを、いや、縁壱さんを狙って襲ってきた。

 

 縁壱さんは、そんな鬼たちをほとんど一撃で斬り伏せた。

 僕は、最初は弱い鬼を相手にしていたけれど、次第に縁壱さんを襲うような強敵が、僕にとっても修行の相手となっていった。

 

 そして、僕は全集中の呼吸・常中を会得し、赫刀を発現させ、痣も出現した。

 痣だけは、正直、望んでいなかった。

 生き残りたかった僕にとって、それは寿命を削る代償だったから。

 でも、出てしまったものは仕方がない。

 そう納得するしかなかった。

 

 やがて、僕は透き通る世界に辿り着いた。

 転生した当初、まさかここまで強くなるとは思っていなかった。

 随分と遠くまで来てしまった。 

 

 こんなことを思うのも、きっと寿命が近いからだろう。

 今の僕は、二十四歳。

 もうすぐ死ぬ。

 

 縁壱さんとは、少し前に別れた。

 そして今、僕は最後に竈門家を訪れた。

 

 ***

 

 竈門家に戻るのは、本当に久しぶりだった。

 扉の前に立ったとき、胸の奥がきゅっと締めつけられた。

 懐かしさと、少しの怖さ。

 でも、扉を開けた瞬間、お義父さんとお義母さんが明るく迎えてくれた。

 老けてはいたけれど、まだまだ元気そうだった。

 その笑顔に、少しだけ涙が出そうになった。

 

 すみれとその弟の炭太は、僕のことを忘れてしまっていた。

 それは、仕方のないことだ。

 彼らがまだ幼かった頃に僕は家を出た。

 十数年は、子どもにとって永遠のような時間だ。

 でも、やっぱり少し、かなしかった。

 

 それでも、嬉しいこともあった。

 炭太が、日の呼吸を練習していた。

 まだまだ未熟だったけれど、その姿勢は真剣で、まっすぐだった。

 僕は、この十数年で鍛えた呼吸の技術を、竈門家に伝えた。

 ただ、痣を出さないように、伝える内容は最低限にとどめた。

 彼らには、生きてほしい。

 長く、穏やかに。

 

 別れのとき、炭太が

 

 「またね」

 

 と言った。

 その言葉が、胸に刺さった。

 僕は、どうしても「これが最後だ」とは言えなかった。

 

 だから、笑って

 

 「また来るよ」

 

 と返した。

 それが、僕にできる精一杯だった。

 

 家を出て、振り返らずに歩いた。

 風が頬を撫でていく。

 遠くで、子どもたちの笑い声が聞こえた。

 それだけで、少し救われた気がした。

 

 ***

 

side : 縁壱

 

鬼殺隊を離れてから、私たちはただ鬼を斬るために旅を続けた。

無惨は沈黙を保ち、姿を見せなかった。

それでも、異形の鬼たちが、時折俺たちの前に現れた。

まるで、私を試すように。あるいは、ひかりを試すように。

 

ひかりは、最初はただ生きるために刀を振っていた。

だが、年月の中で、その剣は変わった。

恐れを越え、怒りを越え、誰かのために戦う剣になっていった。

 

私は多くを教えなかった。

技も、呼吸も、言葉も。

けれどひかりは、私の背を見て、成長していった。

赫刀も痣も、透き通る世界も。

ひかりは、立派な剣士になった。

 

ひかりに痣が現れたとき、私は何も言えなかった。

それがひかりの選択であり、ひかりの運命だから。

 

でも、ひかりが

 

 「死にたくないな」

 

と呟いたとき、私はただ

 

 「生きてほしい」

 

と返した。

 

ひかりは笑っていた。

少しだけ、泣きながら。

 

 

別れは、唐突ではなかった。

ひかりの歩みが、少しずつ遅くなっていた。

呼吸の音が、浅くなっていた。

それでも、ひかりは笑っていた。

 

 「もうすぐ死ぬんだ」

 

と、冗談のように言った。

 

私たちは、山の中の古い祠の前で立ち止まった。

ひかりは、竈門家に戻ると言った。

最後の別れを言いに。

 

私は、何も言わなかった。

ただ、ひかりの背に向かって、「ありがとう」と、心の中で言った。

 

ひかりは振り返らなかった。

それが、彼女らしいと思った。

 

 

縁壱は、祠の前に一人立っていた。

風が、彼の黒髪を揺らしていた。

遠く、山道の先に、彼のかつての弟子が歩いていく。

 

縁壱は、静かに目を閉じた。

十数年の旅路が、二人の旅路が、今、終わろうとしていた。

彼の隣にいた少女は、もういない。

 

縁壱は、ただ空を見上げた。

雲の切れ間から、光が差していた。

それは、まるで彼の弟子が歩む最後の道を照らすようだった。

 

 ***

 

 竈門家を去ってから数日。

 その日は、新月の夜だった。

 空には一片の光もなく、地は闇に沈んでいた。

 光の呼吸を使う僕にとって、最も不利な夜。

 

 でも、僕はなぜかわかっていた。

 この夜に、彼と会うことを。

 

「何となく今日会えるんじゃないかと思っていました」

 

 僕はそう言って、巌勝さんの前に立った。

 

 十数年ぶりの再会。

 彼は変わっていなかった。

 そのことが悲しかった。

 

 「……予感か。ならば、運命ということにしておこう」

 

 低く、静かな声だった。

 まるで、遠い昔に誰かと交わした言葉をなぞるような響き。

 その一言で、僕の背筋が粟立った。

 

 そして、彼は一歩、踏み出した。

 ただの一歩。

 それだけで、間合いが支配された。

 地面が鳴ったわけでもない。

 風が巻いたわけでもない。

 でも、僕の呼吸が浅くなった。

 彼は、刀を抜かない。

 それでも、僕の光は揺らいだ。

 

 「……始めるか」

 

 その言葉が、合図だった。

 

 初動は、まるで月が雲間から顔を出すように静かで、冷たかった

 

 「月の呼吸 壱ノ型  闇月・宵の宮」

 

 一閃。

 横薙ぎの居合斬りが、空気を裂いた。

 僕は紙一重で身を捻り、「光の呼吸 参ノ型  陽環」で軌道を逸らす。

 だが、月の刃は残光のように残り、僕の肩を浅く裂いた。

 

 「光の呼吸 壱ノ型  光閃」

 

 僕の剣が、月の残光を断ち切るように閃いた。

 だけど、巌勝はすでに次の型を放っていた。

 

 「月の呼吸 参ノ型  厭忌月・銷り」

 

 二連の横薙ぎが、互い違いに僕を狙う。

 僕は「光の呼吸 弐の型  流星群」で連撃を放ち、受け止める。

 刃と刃がぶつかり、火花が散る。空気が震える。

 

 「月の呼吸 弐ノ型  珠華ノ弄月」

 

 三連の斬撃が、月型の刃となって僕を囲む。

 逃げ場はない。

 僕は地を蹴り、空中へ跳ぶ。

 月の輪が地を裂き、木々を薙ぎ倒す。

 

 「やっぱり僕の光では力不足ですか」

 

 僕は、静かに言った。

 そして、刀を握り直す。

 

 光では届かない。

 なら、太陽で燃やす。

 

 呼吸が変わる。

 刀が赫くなる。

 

 「太陽も光です」

 「それに、僕がどれだけ縁壱さんの近くにいたと思っているんですか」

 

 「日の呼吸 壱の型  円舞」

 

 赫刀が空を舞い、月の輪を焼き払い、巌勝を傷つける。

 巌勝の目が、わずかに揺れた。

 

 巌勝には使えなかった。

 でも、僕には使えてしまった。

 巌勝の娘である僕は使えてしまったのだ。

 それが、皮肉だった。

 

 「月の呼吸 漆ノ型  厄鏡・月映え」

 

 地を這う斬撃が、五本、異なる方向から僕を狙う。

 僕は「日の呼吸 拾弐ノ型  炎舞」でそれを迎え撃つ。

 赫刀が炎のように舞い、月の鏡を砕く。

 

 「月の呼吸 伍ノ型  月魄災渦」

 

 巌勝は刀を振らず、ただ立っているように見えた。

 だが、彼の周囲に竜巻のような斬撃が生まれ、僕を飲み込もうとする。

 僕は「日の呼吸 伍の型  陽華突」で竜巻の中心を突き破る。

 赫刀が風を裂き、月の渦を焼き払う。

 

 けれども、巌勝の傷は、すでに塞がっていた。

 赫刀の焼き痕すら、肌から消えている。

 

 「……本当に、鬼なんですね」

 

 僕は息を整えながら呟く。

 

 巌勝は、僕の言葉に何も返さなかった。

 ただ、次々と猛烈な勢いで、型を放つ。

 そこには、巌勝の、日への嫉妬があったのかもしれない。

 

 「月の呼吸 捌ノ型  月龍輪尾」

 

 巌勝の一閃が、空間を裂いた。

 極太の斬閃と三日月型の刃が、僕を飲み込む。

 僕は、「日の呼吸 拾壱ノ型  幻日虹」でその攻撃をとっさに避けた。

 

 だが、避けるたびに、攻撃するたびに、体力が削られていく。

 でも、鬼である巌勝の体力は無尽蔵。

 そして、巌勝は息一つ乱さず、次の型を放つ。

 

 「月の呼吸 陸ノ型  常世孤月・無間」

 

 縦方向に無数の斬撃波が乱れ撃ちされる。

 僕は、避けきれなかった。 脚に深い傷が走る。

 血が地に落ちる。

 

 「月の呼吸 玖ノ型  降り月・連面」

 

 頭上から降り注ぐ斬撃波。

 僕は、脚の傷でもう避けられなかった。

 赫刀を振り上げ、何とか型を放つ。

 

 「日の呼吸 陸ノ型  日暈の龍・頭舞い」

 

 赫刀が、月の雨を焼き払う。

 

 もはや、寿命が近く、体力も残り僅か。

 脚はもう動かない。

 赫刀を握る手も、震えていた。

 血が流れすぎて、視界は霞み、呼吸は浅い。

 

 それでも、僕は立っていた。いや、立とうとしていた。

 首は、もう斬れない。

 でも、それでも──

 

 「縁壱さんの日の呼吸は、数百年間、無惨の体を焼いた」

 「だから、僕も…」

 

 その言葉は、誰に向けたものでもなかった。

 ただ、自分自身に刻むように、静かに吐き出した。

 

 僕は、最後の呼吸を整える。

 命を燃やす呼吸。

 十数年かけて編み出した、僕の最後の型。

 

 赫刀が、静かに軌道を描き始めた瞬間──

 巌勝の目が、わずかに見開かれた。

 

 「月の呼吸──」

 

 声が漏れる。

 巌勝は即座に型を放とうとした。

 反射的に、体が動く。

 刃を振り上げ、斬撃の構えに入る。

 

 だが、遅かった。

 

 「光の呼吸 終ノ型  暁星・黎明」

 

 赫刀が、夜空を裂いた。

 その軌道は、星の落下のように静かで、鋭かった。

 巌勝の腕が、赫く焼かれて宙を舞う。

 

 巌勝の刃は、空を切ったまま止まった。

 

 「……間に合わなかった、か」

 

 巌勝は、胸元に手を当てる。

 赫刀により斬り裂かれた胴体の奥――肺が焼けていた。

 呼吸が浅く、肺の奥に鈍い痛みが残る。

 赫い焼け跡が、鬼の再生を拒むように残っていた。

 

 それは、赫刀の“意志”だった。

 縁壱さんの赫刀に届いた、唯一の技。

 暁星・黎明。

 そして、僕の命そのもの。

 

 僕は、もう何も見えなかった。

 赫刀が、手から滑り落ち、体が崩れる。

 

 血が地に染み、呼吸が浅くなる。

 

 それでも、最後の言葉だけは、確かに届いた。

 

 「……ああ、まだ死にたくないな」

 「でも、光は残せた。……それなら、い……」

 

 言葉は、そこで途切れた。

 命も、光も、夜に溶けていく。

 

 僕の命は、ここで尽きた。

 でも、光は残る。

 暁星のように、夜空に一瞬だけ輝いて。

 

 そして、未来へ――繋がっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 ****

 

戦いの前夜。

月が静かに昇る頃、僕は筆を取った。

もしこの戦いで命が尽きるなら、残された光が誰かに届くように。

それは、剣ではなく、言葉で繋ぐ最後の一手だった。

 

手紙は短く、封は固く閉じられていた。

宛名には、こう記した。

 

「竈門家の子孫へ」

 

内容は誰にも見せなかった。

縁壱さんにも、誰にも。

ただ一人――僕と縁壱さんをかばってくれた、お館様にだけ、手渡した。

 

「これは、未来への光です」

「もし僕が戻らなかったら、時が来たときに……どうか、届けてください」

 

お館様は、何も問わなかった。

ただ、静かに頷き、手紙を懐にしまった。

 

その目には、信頼があった。

僕と縁壱さんを守ってくれた、あの夜と同じ眼差しだった。

 

手紙は、産屋敷家の文書庫に預けられた。

誰にも読まれないまま、時を越えていく。

そして、竈門の者が現れたとき――

封は、静かに開かれる。

 

その中に何が書かれていたのか。

それは、まだ誰にも分からない。

 




おぉ、主人公よ 死んでしまうとは情けない

戦闘シーン、難しい!
「光の呼吸 終ノ型  暁星・黎明」はFateの某エクスカリバーをイメージしてください。

次回「お労しや 兄上」


主人公の最後の攻撃による傷を、腕切断から肺損傷に変更しました。(9月5日 18:27)
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