今後ともお付き合いの程、よろしくお願いいたします。
side : 炭治郎
朝の光が、戦場を包み込んでいた。
血の匂いも、焦げた空気も、すべてが淡く洗い流されていくようだった。
俺は、拳を握ったまま立ち尽くしていた。
猗窩座の肉体が焼かれていくのを、ただ見つめていた。
感情のままに殴る。
命を懸けて戦った煉獄さんと藤宮さんが動けない中、刀が折れていた自分にできることは、ただそれだけだったのだ。
猗窩座の瞳が、焼かれながら空を見ていた。
その視線の先には、誰かがいるようだった。
そして、太陽に焼かれて――逝った。
藤宮さんは、膝をついたまま静かに目を閉じていた。
赫刀は地面に伏し、血に濡れていた。
煉獄さんが、荒い息の中で言葉を絞り出す。
「……藤宮少女。君がいてくれて、本当に助かった」
藤宮さんは、少しだけ笑った。
「煉獄さんこそ……僕一人じゃ、あそこまで届かなかった」
二人の言葉は、静かだった。
戦いの熱が冷めた今、残るのは互いへの敬意と、命の重みだった。
俺は、ゆっくりと振り返る。
煉獄さんの傷は深く、藤宮さんも限界だった。
それでも、二人は――生きていた。
「……俺、もっと強くなります。煉獄さんみたいに、藤宮さんみたいに強く」
声が、朝の光に溶けていく。
涙で滲んでいたけど、俺は確かに前を向いていた。
伊之助も俺に続いて言った。
「俺も強くなる!」
煉獄さんが、微笑む。
「どんな時も、心を燃やせ。君たちなら、きっとなれる」
藤宮さんも、静かに頷いていた。
朝が、完全に昇った。
戦場は、静かだった。
命を燃やした者たちの背に、光が差していた。
隠に支えられながら、蝶屋敷へと搬送される途中のことだった。
揺れる隊列の中で、煉獄さんが静かに口を開いた。
「竈門少年……伝え忘れていたことがある」
俺は顔を上げた。
煉獄さんの瞳は、まっすぐ俺を見ていた。
「俺は君の妹を信じている。鬼殺隊の一員として、認める」
「汽車の中で、あの少女が血を流しながら人間を守る姿を見た。命を懸けて鬼と戦い、人を守る者は――誰が何と言おうと、鬼殺隊の一員だ」
そして、煉獄さんは微笑んだ。
「胸を張って、生きろ」
その言葉に、僕は何も言えなかった。
ただ、静かに――涙がこぼれた。
煉獄さんの言葉は、俺の心に深く、染み渡っていった。
***
side : オリ主
煉獄さんの声が、隣で静かに響いた。
「竈門少年……伝え忘れていたことがある」
僕は隠によって運ばれながら、目を伏せていた。
その言葉は炭治郎に向けられたものだった。
けれど、耳に届いた瞬間、胸の奥がわずかに軋んだ。
「俺は君の妹を信じる。鬼殺隊の一員として、認める」
「汽車の中で、あの少女が血を流しながら人間を守る姿を見た。命を懸けて鬼と戦い、人を守る者は――誰が何と言おうと、鬼殺隊の一員だ」
――命を懸けて人を守る者は、鬼殺隊の一員だ。
その言葉が、僕の中に沈んでいた何かを、そっと揺らした。
僕も確かに人を守った。
けれど――
僕は、すべてをさらして戦ったわけじゃない。
前世のことも、本当の呼吸も、隠している。
炭治郎にも、煉獄さんにも、まだ言えないことがある。
そのことに、少しだけ罪悪感があった。
それでも、煉獄さんの言葉は、炭治郎だけでなく、僕にも向けられていた気がした。
「……胸を張って、生きろ」
その言葉を、心の奥で繰り返す。
誰かに認められるためじゃない。
誰かを守るために、自分が選んだ道だった。
僕は、そっと息を吐いた。
そして、静かに目を開いた。
朝の光が、隊列の先に差し込んでいた。
その光は、少しだけ眩しかった。
でも、顔を背けることなく――僕は、まっすぐに見つめた。
***
時は少し遡る。
炎柱・煉獄杏寿郎が上弦の参と交戦したという報せは、鎹鴉によって即座に産屋敷柱たちへ届けられた。
上弦の鬼――それは柱三人分に匹敵する、あるいはそれ以上の脅威。
手紙に記された情報によれば、上弦の参は筋金入りの武闘派。
煉獄の生存は絶望的であった。
どこぞの規格外が炭治郎たちを継子レベルまで鍛えていなければ。
どこぞの規格外が蝶屋敷から走って救援に向かわなければ――。
柱最速の音柱ですら間に合わぬ距離を、音柱を凌ぐ脚力で駆け抜ける、岩柱級の戦闘力を持つ一般隊士。
そんな存在を、柱たちは予想すらしていなかった。
産屋敷でさえ、そこまでとは思っていなかったのだ。
そのため、次のような行き違いが起こった。
お館様は妻のあまねに体を支えながら、呟く。
「杏寿郎はきっと二百人の乗客を守り抜くんだろう。杏寿郎は凄い子だからね」
「寂しくはないよ。私はもう長くは生きられない。近いうちに…」
そのとき、鎹鴉による続報が入る。
「え、生きてる?」
「上弦の参を、倒した…」
「それは本当か!本当に上弦を倒したのか…」
「よくやった杏寿郎、菜葉、炭治郎、禰豆子、善逸、伊之助……」
お館様の瞳が、わずかに潤む。
それは痛みではなく、希望の光だった。
「百年!!百年もの間変わらなかった状況が――今変わった」
お館様は、あまねに目を向ける。
「あまね」
「はい」
「わかるか、これは”兆し”だ。運命が大きく変わり始める」
「この波紋は、広がっていく。周囲を巻き込んで、大きく揺らし、やがて――あの男の元へ届く」
「鬼舞辻 無惨」
「お前は私たちの代で倒す。我が一族唯一の汚点であるお前は…!!」
場面は変わって、柱たちも――
音柱・宇髄天元
「は? 煉獄が生きてる? しかも上弦を倒した? いやいや、派手すぎるだろそれ……!」
思わず額を叩きながら笑うが、その目は真剣だった。
「……あいつ、どこまで派手に生きるつもりだよ」
水柱・冨岡義勇
「…そうか」
それだけしか言わなかったが、拳を握る手がわずかに震えていた。
煉獄の生存は、彼の沈黙の奥にある感情を揺らしていた。
蟲柱・胡蝶しのぶ
「上弦を討った? 煉獄さんが? あの五人と一緒に……?」
鎹鴉の報告に動揺していた。
「そんな……そんなことが、本当に……」
恋柱・甘露寺蜜璃
「煉獄さんが生きてるの!? 本当に!? うそ……うそじゃないよね!?」
涙が頬を伝いながら、両手を胸に当てて震えていた。
「よかった……本当によかった……!」
蛇柱・伊黒小芭内
「俺は信じていた」
そう言いながらも、視線は床に落ちていた。
その声には、安堵と悔しさが混ざっていた。
風柱・不死川実弥
「醜い鬼どもは俺が殲滅する」
報せを聞いても、表情は変わらない。
だが、煉獄の名が出た瞬間、ほんの一瞬だけ眉が動いた。
霞柱・時透無一郎
「……上弦って、死ぬやつでしょ。なのに……生きてるの?」
ぽつりと呟いたその声は、どこか幼さと混乱が混ざっていた。
岩柱・悲鳴嶼行冥
「南無阿弥陀仏」
祈りの言葉が、静かに空気を震わせる。
「上弦の参を討ったのか」
その声は驚きではなく、確かめるような静けさだった。
***
side : 炭治郎
蝶屋敷に運ばれた俺たちだったが、俺と禰豆子、善逸、伊之助の四人はほとんど無傷だった。
煉獄さんが俺たちを守ってくれていたからだ。
藤宮さんは腹部に大きな打撃を受けていたものの、命に別状はなく、安静を言い渡されながらも二週間ほどで回復した。
しかし――煉獄さんは、なかなか目を覚まさなかった。
しのぶさんによれば、胸の傷が深く、左目は失明する可能性が高いという。
俺は、自分の無力さに押し潰されそうになっていた。
「俺のせいだ」と、何度も心の中で繰り返していた。
そんなとき、あの人がやってきた。
そう――鋼鐵塚さんだ!!
「刀を二度も折るとはどういう料簡だ貴様ァアアアア!!」
「万死に値する……万死に値するゥ!!!」
「すいませんすいません!!」
「ア゛アアア゛ア゛アアア!!!」
「もう本当にごめんなさい!!」
夜明け近くまで鬼ごっこは続いた。
でも、鋼鐵塚さんの怒鳴り声と元気な足音には、どこか救われるものがあった。
あの人が怒ってくれることで、俺は少しだけ、現実に戻れた気がした。
そして――あの闘いから一か月後。
煉獄さんは、ようやく目を覚ました。
俺は、煉獄さんの病室に駆け込んだ。
しのぶさんが「意識が戻った」と言った瞬間、涙が止まらなかった。
「煉獄さん……!」
声が震えていた。
煉獄さんは、ゆっくりと俺の方へ顔を向けた。
左目は包帯に覆われていたけれど、右目には、あの時と同じ炎が宿っていた。
煉獄さんが目を覚ましてから、数日が経った。
蝶屋敷の庭には、春の風が吹いていた。
まだ冷たいけれど、どこか柔らかい風だった。
煉獄さんは縁側に座り、包帯の巻かれた左目を静かに撫でていた。
その仕草は、痛みを確かめるようでもあり、何かを受け入れるようでもあった。
「……見えぬものも、ある意味では見えるようになるものだな」
そう言って、右目で空を見上げる。
その瞳には、以前よりも深い炎が宿っていた。
失ったものの先に、何かを得たような――そんな気がした。
そのとき、静かに足音が近づいてきた。
「煉獄さん」
声の主は、藤宮さんだった。
彼女は、刀を腰に下げ、隊服を風になびかせながら立っていた。
腹の傷は癒えたものの、歩き方にはまだ慎重さが残っていた。
「藤宮少女か」
煉獄さんは微笑む。
藤宮さんは少しだけ目を伏せて、言った。
「改めて、見ず知らずの初対面の僕と共闘していただいて、ありがとうございました」
煉獄さんは、ゆっくりと首を振った。
「見ず知らずなど関係ない。君が命を懸けて戦ったこと、それがすべてだ。それに、藤宮少女の助けがあったからこそ、上弦の鬼を倒すことができたのだ」
藤宮さんはほんの少しだけ笑って言った。
「……それなら、よかったです」
二人の間に、静かな沈黙が流れた。
それは、言葉よりも深く、戦場を越えた絆のようだった。
二人の間に流れていた沈黙を、やわらかな足音が破った。
「兄上……」
声はまだ幼さを残していたが、確かに芯があった。
振り返ると、煉獄さんの弟の千寿郎君が立っていた。
蝶屋敷の門をくぐり、少し緊張した面持ちでこちらへ駆け寄ってくる。
煉獄さんは、右目で弟を見つめ、ゆっくりと立ち上がった。
「千寿郎……来てくれたのか」
千寿郎君は、煉獄さんの前に膝をついた。その目には、涙が溜まっていた。
「兄上が生きていてくださって……本当に、よかったです」
煉獄さんは、弟の肩に手を置いた。
「すまなかった。心配をかけたな」
「いえ……僕は、兄上が戻ってくるって信じていました。ずっと……ずっと」
二人は、言葉を交わさずにしばらく抱き合っていた。
その姿は、炎のように強く、そしてあたたかかった。
俺は、そっと目を伏せた。
この瞬間だけは、誰にも邪魔されたくなかった。
藤宮さんも、少し距離を置いて立っていたが、千寿郎君の姿を見て、そっと微笑んだ。
千寿郎君も気づいて、藤宮さんに向き直る。
「あなたが……兄上を助けてくださった方ですね」
藤宮さんは、少し驚いたように目を見開いたが、すぐに頷いた。
「いえ……僕も、煉獄さんに助けられました。お互いに、です」
千寿郎さんは、藤宮さんの言葉に目を伏せ、静かに言った。
「兄上は、昔から誰かのために命を懸ける人でした。だから、こうして誰かが兄上のために戦ってくれたこと……僕は、すごく嬉しいです」
藤宮さんは、少しだけ目を伏せて答えた。
「煉獄さんの背中は、僕にとっても希望でした。だから、守りたかったんです」
煉獄さんは、二人のやりとりを見ながら、静かに頷いた。
「千寿郎。藤宮少女。ありがとう。君たちの言葉は、俺の心を燃やしてくれる」
春の風が、三人の間を通り抜けていった。
まだ冷たいけれど、どこか柔らかい風だった。
その翌日――柱たちが訪れた。
音柱の宇髄さんは派手な格好で、煉獄さんの病室に入るなり叫んだ。
「おいおい、死んだかと思ったぜ! 派手に生き残ってくれてありがとな!」
煉獄さんは笑って答えた。
「君こそ、派手に騒ぎすぎだ」
しのぶさんは、菜葉の回復具合を確認しながら、煉獄さんの左目にそっと触れた。
「視力は戻らないでしょう。でも、胸の傷は心肺機能への支障もなく、後遺症も残りません」
煉獄さんは頷いた。
「心を燃やせば、見えぬものも見える」
恋柱の甘露寺さんは泣きながら煉獄に抱きつき、蛇柱の伊黒さんはその様子を見てそっと視線を逸らしていた。
風柱の不死川さんは「生きてんなら訓練しろ」と言い放ち、岩柱の悲鳴嶼さんは静かに祈りを捧げた。
そして――訓練が始まった。
煉獄さんは、左目を失ったことで距離感や反応速度に課題を抱えていた。
そこで、藤宮さんがその訓練相手となった。
「煉獄さん、右側からの攻撃に対して、左足の踏み込みを意識して」
「なるほど……君の観察力は鋭いな」
「僕の目は、少し特殊ですから」
二人は、炎のように交差しながら剣を振るった。
光の呼吸と炎の呼吸が、庭に軌跡を描く。
俺はその様子を見ながら、拳を握った。
「俺も……もっと強くならなきゃ」
蝶屋敷の空は、少しずつ春の匂いを帯びていた。
命を燃やした者たちが、再び立ち上がる季節が、そこまで来ていた。
「心を燃やせば、見えぬものも見える」
もしかして、煉獄さん、透き通る世界が…