継国の娘   作:毎日読書

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何か、お労しい兄上を書くのが楽しくなってきた。


無惨様の無惨様による無惨様のためのパワハラ会議

side : 黒死牟

 

 ベン――。

 琵琶の音が鳴り響くと同時に、私は無限城へと招かれた。

 この場に呼ばれたということは、嫌な予感がした。

 

 次々と姿を現す上弦の鬼たちの中に、猗窩座の姿はなかった。

 

 琵琶の音が四度、静寂を裂くように響く。

 

 上弦の伍・玉壺が壺からぬるりと姿を現す。

 

 「ヒョヒョヒョッ、皆さま。お元気そうで何より。九十年ぶりで御座いましょうかな?」

 

 その言葉に上弦の肆・半天狗が震えながら応じる。

 

 「怖ろしい、怖ろしい。暫く会わぬ内に玉壺は数も数えられなくなっておる」

 「呼ばれたのは百十三年ぶりじゃ。割り切れぬ数字…、不吉な丁。奇数!!怖ろしい、怖ろしい…」

 

 その呟きを無視するように、上弦の陸・堕姫が鳴女に問いかける。

 

 「鳴女、無惨様はまだ御見えでないの?」

 

 鳴女は琵琶を一音鳴らし、静かに答える。

 

 「まだ御見えではありません」

 

 「そう……それにしても、猗窩座殿と黒死牟殿それと、童磨殿はどこに?」

 

 堕姫の言葉に反応するように、上弦の弐・童磨が現れる。

 

 「俺はここだぜ!」

 

 その言葉に、堕姫はどこか嬉しそうな声で呼びかける。

 

 「童磨殿!」

 

 「やァやァ、久しいな堕姫。元気だったかい?」

 

 「はいっ!」

 

 「しかし、猗窩座殿の姿が見えないな。もしかして……死んでしまったのかなァ」

 

 そのとき、鳴女が堕姫の問いに答えるように、流れを遮る。

 

 「上弦の壱様は最初に御呼びしました。ずっとそこにいらっしゃいますよ」

 

 鳴女の言葉に、皆の視線が私へと向けられるのを感じた。

 

 「私は…ここにいる……」

 

 そう答えた瞬間、無惨様の気配が漂い始めた。

 

 「無惨様が…御見えだ…」

 

 私の言葉に促されるように、皆が天井を仰ぐ。

 

 ピチョン――。

 無惨様は何か薬品を扱っていた。

 そして、事務的な口調で淡々と語り始める。

 

 「猗窩座が死んだ。上弦の月が欠けた」

 

 その言葉に猗窩座より下位の半天狗、玉壺、堕姫は動揺する。

 

 童磨は悲しげな表情を作りながら言う。

 

 「そんな……猗窩座殿が本当に死んでしまったのか」

 

 無惨様は続ける。

 

 「猗窩座が負けるとは思っていなかった。私が特別に多く血を分けた下弦の壱がやられたから、近くにいた猗窩座を向かわせた。そこには柱一人に鬼狩りが三人。こいつらだけであれば、猗窩座は負けていなかった」

 

 私は、次の言葉に心を揺さぶられた。

 

 「あの娘だ。赫刀を使う娘が来てから、流れが変わった」

 

 赫刀――。

 それはかつて縁壱とひかりが使っていたもの。

 理外の者たちが、日の呼吸を使う者たちが使ったもの。

 

 「それでも、日が出てきたときに、即座に逃げていれば…。いや、もうどうでもいい」

 

 「私はお前たちに期待しないことにした。産屋敷家を滅ぼすこともできず、青い彼岸花も見つけられない。なぜだ、なぜ数百年もの間、見つけられぬのだ。私は、貴様らの存在理由がわからなくなってきた」

 

 無惨様が何かを口にしていたが、今の私にはそれを聞く余裕などなかった。

 

 赫刀を使うものが、現れた。

 あれは、あの二人以降使うものは数百年間現れなかった。

 その存在は既に失伝しているはずだ。

 

 なぜだ!

 私は数百年間を修行に費やしても、なお辿り着けぬというのに。

 

 ふと、かつて呼吸の後継者が現れぬことに悩んでいた私に、縁壱が言った言葉が脳裏をよぎる。

 

 「私たちはそれ程大そうなものではない

 長い長い人の歴史のほんの一欠片

 私たちの才覚を凌ぐ者が今この瞬間にも産声を上げている

 彼らがまた同じ場所まで辿り着くだろう

 何の心配もいらぬ

 私たちは いつでも安心して人生の幕を引けば良い

 浮き立つような気持ちになりませぬか、兄上」

 

 なぜだ!

 私の月は受け継ぐものが現れず、私のみで、人の世では途絶えたも同然であるのに、お前の日は今なお受け継がれているではないか!

 

 縁壱――お前の耳飾りをつけた鬼狩り。

 そいつは黒刀の使い手だという。

 なぜ、そんな者が現れる!?

 なぜ、赫刀を操る者が同時期に現れる!?

 なぜなんだ、縁壱!!

 

 「これからはもっと死に物狂いでやった方がいい。私は上弦だからという理由で、お前たちを甘やかしすぎたようだ」

 「半天狗、玉壺、堕姫。お前たちは赫刀を使う娘を殺せ。黒死牟と童磨は青い彼岸花を引き続き探していろ」

 

 黒死牟は沈黙していた。

 命令を受けたはずのその身は、わずかに眉を動かしただけで、何も応えない。

 他の上弦の鬼は何らかしらの反応をしていたのに、黒死牟だけが無言であった。

 

 その沈黙が、無惨様の怒気を確実に煽っていく。

 

 「聞いているのか、黒死牟。……黒死牟!!」

 

 無惨様の声が、雷鳴のように脳を打った。

 思考が霧散する。縁壱の残像が、赫刀の閃光が、黒刀の影が――すべてが砕け散る。

 

 「お前は何をしている。何を考えている。なぜ私の話を聞かない?」

 

 私は膝をついた。

 

 「……申し訳ございません」

 

 「それは、何に対する謝罪だ、黒死牟!」

 

 言葉が出なかった。

 その沈黙は、無惨様への反抗ではなかった。

 

 ただ、己の存在が崩れかけている音を、内側で聞いていた。 

 

 その様子を見て、無惨様はため息をつきながら冷たく言い放つ。

 

 「はぁ、お前たち上弦には失望した」

 

 そして、無惨様は琵琶の音と共に姿を消した。

 

 「黒死牟殿!」

 

 童磨が近づいてくる。

 その声は軽やかで、私の沈黙を滑稽なものとして扱う。

 

 「どうしたのだ、黒死牟殿。いつも以上に反応が鈍い」

 

 童磨の次の言葉は私の逆鱗であった。

 

 「もしかして、胸の傷が痛むのか。お労しい」

 

 「黙れ、童磨」

 

 童磨は戸惑いながらも、なお言葉を重ねる。

 

 「何を怒っているのだ、黒死牟殿。俺の言葉が気に障ったのか。だとしたら、謝るよ」

 

 その軽快な口調が、私の苛立ちをさらに煽る。

 

 「私は…黙れと言ったぞ」

 

 「いやぁ、しかしだよ…」

 

 童磨は私の言葉に耳を傾けず、話を続けようとするため、私はこの場を去った。

 背後で彼の声が遠ざかる。

 

 「あれ、黒死牟殿?行っちゃった。さよなら!」

 

 私は命令に背いたわけではない。

 だが、赫刀の娘の存在が、縁壱の耳飾りが、私の中に眠っていたものを呼び覚ました。

 

 焦燥。嫉妬。恐怖。

 それは、かつて人であった頃の私が抱いた感情の残滓。

 鬼となった今もなお、消えずに燻り続ける。

 

 赫刀の閃光が、黒刀の影が、私の心を焼く。

 

 そして、縁壱の言葉が再び脳裏を裂いた。

 

 「私たちは いつでも安心して人生の幕を引けば良い

 浮き立つような気持ちになりませぬか、兄上」

 

 ――浮き立つような気持ち、だと?

 私は、あの言葉に浮き立つことなどできぬ。

 

 皮肉だ。

 私の月は受け継がれず、途絶えた。

 だが、お前の日は今なお輝いている。

 

 私はまだ、幕を引けない。

 引けるはずがない。

 私の人生は、既に人ではない。

 それでもなお、縁壱の背を追い続ける。

 

 

 それは、終わりを許されぬ者の、哀しき執念。

 それは、光に焼かれ続ける影の宿命。

 

 ***

 

side : オリ主

 

 煉獄さんが目を覚ましてから半月後、僕たちは蝶屋敷を出て、現在は煉獄家に滞在している。

 

 煉獄さんの傷は左目を除いてほぼ完治し、彼は久々に家へ戻る。

 そのとき、僕たち四人に向かって、彼はこう言った。

 

 「俺の継子にならないか」

 

 僕は驚いた。けれど、煉獄さんは本気だった。

 

 かまぼこ隊の三人の実力は準柱相当であり、鍛えれば柱に届く――そう確信したのだという。

 無限列車のときにも誘われたそうだが、今回はそれ以上に真剣な申し出だそうだ。

 

 そして僕には、鍛錬相手になってほしいと頼まれた。

 柱たちは任務に追われていて、煉獄さんの相手をする余裕がない。

 元柱である父親も、最近ようやく酒を抜き始めたらしいが、現役の柱を相手にするにはまだ遠い。

 

 そこで白羽の矢が立ったのが僕だ。

 柱相当の実力はあるが、柱ほど任務が多くない。

 ……なんか、「お前暇だろ」と言われている気がする。

 

 猗窩座との戦いを経て、僕は柱の一つ下の階級「甲」に昇格した。

 それでも柱ほどではないはずなのに、最近やけに任務が多い気がするのは気のせいだろうか。

 

 とはいえ、煉獄さんの提案はありがたかった。

 僕自身も、鍛錬相手を求めていたのだ。

 

 それに、煉獄さんは今、どんどん強くなっている。

 左目を失ったはずなのに、以前よりも強くなっているように見える。

 猗窩座との死闘で、何かを掴んだのだろう。

 

 痣は出ていない。

 けれど――

 彼の剣筋には、どこか「透き通る世界」の気配が宿り始めているように感じる。

 

 鍛錬の最中、彼の反応は異様に早い。

 こちらが動こうとした瞬間、すでに対応されている。

 まるで、意図そのものを読まれているようだった。

 

 本当に透き通る世界を習得していないのか――そう疑った僕に、煉獄さんは答えた。

 

 「まだ、体は透き通って見えていない」

 

 と。

 

 ちなみに、今世の僕もまだ透き通る世界を習得していない。

 前世で到達していたから、今回もいけるだろう――そう思っていたが、甘かった。

 

 透き通る世界とは、ただの技術ではない。

 動きや感覚を研ぎ澄まし、自分の肉体を血管一本まで認識する。

 そして、無駄な動作や感覚を削ぎ落とし、筋肉や血管を自在に操れるようになったとき、最小限の動作で最大限の力を引き出すことができる。

 その境地に至れば、思考すら透明になり、やがて透き通る世界が見えるのだ。

 

 だけど、僕には、前世と前々世の記憶がある。

 それが、今世の肉体の理解を妨げる。

 特に前世の感覚が強く蘇り、今世の体の輪郭が曖昧になるのだ。

 

 前世のときは問題なかった。

 それは、前々世の僕が戦闘をしておらず、透き通る世界を身につけていなかったからだ。

 

 前世の僕は、透き通る世界に到達していた。

 それが、今では大きな障壁となっている。

 

 もちろん、戦闘に支障はない。

 腕の長さや重心の位置など、致命的な差異は把握している。

 日常生活も、戦いも問題ない。

 けれど――

 透き通る世界という至高の技の前では、僕はまだ今の肉体に「慣れていない」も同然だった。

 

 痣を出せば、きっと届くだろう。

 痣によって身体能力が向上し、感覚器官が活性化すれば、今世の肉体を完全に把握できる。

 その確信はある。

 だが、まだ痣を出すわけにはいかない。

 

 だから、僕はまだ透き通る世界を使えないのだ。

 

 ***

 

 僕の話はさておき、煉獄さんが強くなることは、来る無惨戦や上弦との闘いにおいて、間違いなく大きな戦力となる。

 だからこそ――煉獄さんも、僕も、かまぼこ隊の三人も、もっと強くなるぞー!

 

 そんなことを思いながら、煉獄さんの背を追って煉獄家へ向かった。

 初めて訪れる煉獄家は、想像以上に大きく、堂々としていた。

 

 前世では煉獄家と関わりはあったが、当時は日屋敷に常駐していたため、炎柱の方から訪ねてくることが多かった。

 だから、僕が煉獄家を訪れるのはこれが初めてだった。

 

 「大きな家だな……」と感嘆していると、玄関に煉獄さんにそっくりな二人の男が立っていた。

 

 背の高い方は父・煉獄愼寿郎。

 背の低い方は弟・煉獄千寿郎。

 

 愼寿郎さんは一歩前に出て、静かに言った。

 

 「杏寿郎……お前と初めて喧嘩をし、そしてお前が上弦の参と闘い、勝って眠りにつき、帰ってこなかったこの一か月半で、私の目はようやく覚めた。今まで、本当にすまなかった」

 

 そう言って、深々と頭を下げる。

 そして、顔を上げると、涙を浮かべながら言葉を継いだ。

 

 「……そして、よく帰ってきた」

 

 その父の姿を見て、煉獄さんは穏やかな笑みを浮かべて答えた。

 

 「ただいま、父上。千寿郎」

 

 親子三人は、言葉では語り尽くせぬ時間を、静かに共有していた。

 その空気は、温かく、少し切なく、そして確かに尊いものだった。

 

 少しした後、愼寿郎さんは煉獄さんの後ろにいた僕たちに目を向けた。

 その瞳には、かつての炎柱としての厳しさではなく、父としての柔らかな光が宿っていた。

 

 「君たちが……杏寿郎を支えてくれたのだな」

 

 そう言って、愼寿郎さんは僕たちに向かって深く頭を下げた。

 

 「ありがとう。本当に……ありがとう」

 

 その言葉に、僕たちは思わず背筋を伸ばした。

 かつて酒に溺れ、息子に冷たく当たっていた男が、今こうして感謝を口にしている。

 その変化は、煉獄さんの戦いと帰還が、確かに何かを変えた証だった。

 

 千寿郎君も、少し照れたように僕たちを見て、微笑んだ。

 

 「兄上が帰ってきて、家の中が明るくなりました。……皆さんも、どうぞゆっくりしていってください」

 

 煉獄家の玄関先に立つ僕たちに、あたたかな風が吹き抜ける。

 それは、炎のように熱く、そして優しい風だった。

 

 煉獄さんは振り返り、僕たちに向かって言った。

 

 「さあ、入ろう。今日からここが、鍛錬の場だ」

 

 その声に、僕たちは頷いた。

 この家で、また新たな日々が始まる。

 炎のように燃える覚悟と、仲間との絆を胸に――。




ここから、原作がさらに大きく変わっていきます。
原作ファンの方はすいません。

今後ともよろしくお願いいたします。
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