前日の昼、産屋敷の屋敷に柱たちと選抜された甲の隊士たちが集められた。童磨の居場所が判明したとの報せを受け、鬼殺隊は即座に動いた。目的地は、人里離れた山中にある万世極楽教の本拠地──童磨が教祖として君臨する寺院だった。
日が高いうちに現地へ到着した一行だったが、そこに童磨の姿はなかった。信者たちは「穏やかな気持ちで楽しく生きることこそ神の御心にかなう」という教義に従い、童磨の不在の中でも穏やかに暮らしていた。だが、鬼殺隊にとってはそののどやかさこそが不穏だった。
柱たちは即座に周囲の地形と建物の構造を確認し、夜の戦闘に備えて配置を整える。隠たちは信者たちを昼のうちに避難させ、戦場の準備は着々と進んでいった。
「奴は必ず戻る。夜になれば、現れるだろう」
悲鳴嶼行冥の言葉に、誰もが頷いた。
そして──夜の帳が降りる頃、万世極楽教の本拠地は静寂に包まれていた。冷たい風が吹き始め、空気が張り詰める。月明かりが蓮池を照らし、氷のように静かな水面が不気味な光を放っていた。
討伐作戦の中心は岩柱・悲鳴嶼行冥。その背に鎖斧と鉄球を携え、地を踏みしめるだけで空気が震える。風柱・不死川実弥は苛立ちを隠さず、水柱・富岡義勇は静かに刀を握り、蟲柱・胡蝶しのぶは毒の調合を終えたばかりの毒の刃を腰に差していた。
今はただ、鬼殺隊の精鋭たちが息を潜めて、その時を待っている。
童磨が現れる時は、すぐそこまで迫っていた。
***
どこからか、琵琶の音が鳴る。澄んだ音色が夜の静寂を裂き、まるで闘いの始まりを告げるかのようだった。
「来るぞ」
悲鳴嶼行冥が低く呟いた瞬間、空気が凍りついた。
寺院の奥から、金色の扇を手にした童磨が現れる。その虹色の瞳が、月光を浴びて妖しく輝いていた。その顔には、笑みが浮かんでいる。だが、その瞳は冷たい。感情の欠片もない。
「わあ、鬼殺隊の人がこんなにたくさん。これはもう、宴だねぇ。俺、嬉しくて泣きそうだよ」
その声は軽やかで、まるで宴に招かれた客のようだった。童磨は両手を広げて、まるで歓迎するかのように微笑む。
「やあやあ、初めまして。俺の名前は童磨。万世極楽教の教祖であり、上弦の弐でもあるよ。今日は何のご用かな?まさか、俺を殺しに来たとか?」
実弥が舌打ちし、義勇が無言で刀を構える。しのぶは一歩前に出て、冷静に刀を抜いた。
「配置につけ。始まるぞ」
悲鳴嶼の号令と共に、柱たちは一斉に動く。
童磨はそれを見て、楽しげに目を細める。
「わあ、みんな真剣だねぇ。いいねいいね、そういうの好きだよ。俺、真面目な人って尊敬するんだ。だってさ、苦しいことを乗り越えようとするなんて、すごくない?」
彼は扇を軽く振るい、蓮葉氷を散らす。氷の花が咲き、地面を凍らせながら広がっていく。
「でもね、俺の教えでは“苦しいことはしなくていい”って言ってるんだ。だから、みんなそんなに頑張らなくていいよ。楽しくやろうよ。最後は、ちゃんと俺が食べてあげるから」
そして──戦いが始まった。
***
side : オリ主
爆弾を握る手に、じんわりと汗が滲んでいた。冷気が肌を刺す。童磨の気配が、空気を支配している。
「風の呼吸 肆ノ型 昇上砂塵!」
不死川さんが地を蹴り、砂塵を巻き上げながら童磨の懐へ突進する。斬撃は螺旋状に空気を裂き、氷の霧を切り裂いた。
「水の呼吸 陸ノ型 ねじれ渦!」
富岡さんが童磨の背後から斬り込む。水流のような動きで回り込み、扇の軌道を読み切って刃を滑り込ませる。
「岩の呼吸 弐ノ型 天面砕き!」
悲鳴嶼さんが鉄球を高く放り上げる。鎖を踏みしめた瞬間、鉄球は重力に引かれて急降下し、凄まじい勢いで地面を砕いた。地面が割れ、童磨の足元が崩れる。
「蟲の呼吸 蝶ノ舞 戯れ!」
しのぶさんが空高く跳躍する。蝶が舞うような滑空の軌道で童磨を翻弄し、次の瞬間には視認できないほどの速度で複数回突きを放った。毒を込めた刃が童磨の脇腹を掠め、藤の花の毒が血に混じる。
しのぶさんの刃が脇腹を掠めた瞬間、彼の肌がわずかに青ざめ、呼吸が一瞬だけ乱れた。
それでも、童磨は笑っていた。
効いている──そう思った。
けれど、次の瞬間には、毒は分解されていた。
「ふふっ、みんな元気だねぇ。それにこれが毒かぁ。すごいと思うけど……俺にはちょっと足りないかな」
その声は、まるで褒めているようだった。でも、底がない。感情のない笑顔が、戦場を冷たく染めていく。
しのぶさんの肩がわずかに震えた。彼女はすぐに構え直したけれど、童磨の再生力を前に、毒が通じないという事実が重くのしかかる。
そして、扇を振る。
「血鬼術──枯園垂り」
湾曲した氷柱が連続で生み出され、柱たちの動きを遮る。空間が歪むような冷気が広がる中、柱たちは後退する。
僕は爆弾を構えたまま、息を潜めていた。まだだ。まだ投げるな。
その時だった。
しのぶさんが、童磨に向かって一歩踏み出した。
「一応聞いておきますけど、私の姉を殺したのはお前だな?この羽織に見覚えはないか」
しのぶさんの声は静かだった。けれど、刃のように鋭く、冷たく、痛かった。
童磨は首を傾げ、羽織を見て、ふわりと笑った。
「ん?ああ!花の呼吸を使ってた女の子かな?優しくて可愛い子だったなぁ。ちゃんと食べてあげたかったのに、途中で朝日が昇って来っちゃってさ。残念だったよ」
その瞬間、しのぶさんの気配が爆発した。
「貴様……!」
毒の刃が震え、今にも飛びかかりそうな勢いだった。
「落ち着け、しのぶ」
悲鳴嶼さんの声が、地を這うように響く。
「はい、すいません……悲鳴嶼さん」
しのぶさんは一歩下がり、深く息を吐いた。けれど、瞳の奥には殺意が宿っていた。
童磨はそのやり取りを見て、楽しそうに目を細める。
「いいねぇ、そういうの。感情って、ほんと面白いよね」
そして、扇を振るった。
「血鬼術──凍て曇」
冷気が爆発するように広がり、視界が一気に白く染まる。氷の霧が辺りを覆い、呼吸するだけで肺が痛みそうだ。
「やれ、お前たち!」
悲鳴嶼さんの号令が響いた。
次の瞬間、甲の隊士たちが一斉に爆弾を投げ込む。爆発音が連続し、氷の霧が吹き飛ばされる。煙が立ち込め、視界が揺れる。
爆発の音が耳を打った。煙が立ち込め、視界が白と灰に染まる。童磨の「凍て曇」で広がった氷の霧は、甲の隊士たちの爆弾によって一時的に散らされた。
その一瞬の隙を、柱たちは逃さなかった。
「風の呼吸 壱ノ型 塵旋風・削ぎ!」
不死川さんが煙の中から突進する。螺旋状に地面を抉りながら、童磨の足元を狙って斬り込む。氷を巻き上げながら、突進の勢いは止まらない。
「水の呼吸 弐ノ型 水車!」
富岡さんが垂直に回転しながら、童磨の頭上から斬り下ろす。氷柱を断ち切り、童磨の肩に浅く刃が触れる。
「蟲の呼吸 蜻蛉ノ舞 複眼六角!」
しのぶさんが蝶のように舞い、六方向からの連続突きを放つ。毒を込めた刃が童磨の胴を何度も穿つが、童磨は笑いながら後退する。
「岩の呼吸 伍ノ型 瓦輪刑部!」
悲鳴嶼さんが鉄球を振り下ろし、地面ごと童磨の体を砕こうとする。その一撃は、まるで大地が怒りをぶつけているかのようだった。
煙の中で童磨の声が響く。
「あっはは!何この爆発?それにこの煙、何か毒でも入れてるの?ねえ、ねえ、ちょっと面白いじゃん!」
その余裕の笑みが、僕の胸をざわつかせる。この男は、まだ本気じゃない。けれど、柱たちの連携は確実に童磨の動きを制限している。
幾度も爆発音が響いた。甲の隊士たちが投げる爆弾が、童磨の冷気をかき消すために繰り返し炸裂する。煙が立ち込め、視界は白と灰に染まっていた。
戦闘は膠着していた。
柱たちはそれぞれの呼吸で童磨に斬り込んでいたけれど、童磨は笑いながら受け流していた。氷の霧は何度も散らされては再び広がり、冷気がじわじわと戦場を蝕んでいく。
富岡さんの肩に氷柱が掠め、しのぶさんの動きが鈍る。不死川さんの腕には裂傷が走り、悲鳴嶼さんの鉄球も、軽快な動きで避けられた。
じり貧だった。
童磨は、柱たちの動きと傷を見て、ふと笑みを深めた。
「そろそろ、邪魔な下っ端から片付けようか」
その瞬間、彼の扇が弧を描いた。冷気が煙を裂き、童磨の姿が一瞬だけ鮮明になる。
そして──甲の隊士たちに向かって、氷の刃が放たれた。
「血鬼術──蓮葉氷」
氷の花弁が鋭く舞い、甲の隊士たちの背後から襲いかかる。彼らは煙の中で動けず、反応できなかった。
柱たちも、距離が遠すぎて間に合わない。
だから、僕が動いた。
「光の呼吸 壱ノ型──光閃!」
跳躍と共に、私は光の軌跡を残して煙の中を駆ける。
氷の花弁が甲の隊士の背に届く寸前、私は赫刀を振るった。
赫い閃光が走る。
氷が砕け、冷気が弾ける。童磨の目が、わずかに細められた。
「その赫刀……君が“赫刀を使う娘”か。あの方が殺すように言ってたから、俺も気になって探してたんだよ」
私は答えない。ただ、刀を構え直す。
童磨は笑った。
「じゃあ、少し本気を出そうかな」
その言葉と共に、彼は扇を重ね合わせる。空気が震え、冷気が渦を巻く。
「血鬼術──結晶ノ御子」
氷の人形が次々と現れた。童磨の腰ほどの高さしかないはずなのに、その存在感は本体と変わらない。
いや──違う。
彼らは童磨と同じ血鬼術を放ち始めた。
「蟲の呼吸 蜂牙ノ舞 真靡き!」
しのぶさんが毒針のような突きを氷像に打ち込む。だが、氷像は微動だにしない。
「やっぱり、毒が……効かない……!」
しのぶさんが追い詰められる。氷像の吐息が周囲を凍らせ、彼女の動きが鈍る。
「水の呼吸 肆ノ型 打ち潮!」
富岡さんが援護に入る。淀みない斬撃が波のように連なり、氷像の肩を裂く。だが、数が多すぎる。裂いても、裂いても、次が来る。
「風の呼吸 伍ノ型 木枯らし颪!」
不死川さんが空中から地上へ、回転しながら広範囲を斬り払う。だが、童磨本体が冷気で迎撃する。氷柱が足元を狙い、着地を阻む。
「岩の呼吸 参ノ型 岩軀の膚!」
悲鳴嶼さんが鎖斧と鉄球を振り回し、氷像を砕く。だが、砕いたそばから新たな像が生まれる。
氷像たちは、柱たちの動きを完全に把握している。
「ふふ、情報は全部共有されてるからね。君たちの動き、全部見えてるよ」
童磨の声が、戦場に響く。
氷像たちは、まるで童磨の目そのものだった。
柱たちは、徐々に傷を負っていく。動きが鈍る。呼吸が乱れる。
僕は、歯を食いしばった。
このままじゃ、負ける。
このままじゃ──誰かが死ぬ。
童磨は笑っていた。
氷像の吐息が柱たちの足元を凍らせ、動きを鈍らせる。
空気が冷えすぎて、肺が痛い。
それでも、柱たちは前に出る。
何度も、何度も。
「ふふっ、みんな頑張るねぇ。でも、そろそろ限界じゃない?」
童磨の声は、まるで教師が生徒に語りかけるようだった。
優しげで、残酷だった。
柱の人たちは、消耗が激しい。
まだ致命傷はない。だが、それは童磨が“遊んでいた”からだ。
結晶ノ御子を出してきた今──もう、わからない。
悲鳴嶼さんだけが、氷像の破壊に成功している。
それ以外は、押されている。
甲の隊士たちも、余裕はなかった。
氷像の猛攻に晒され、爆弾を投げる暇すらない。いや、もう──やられそうになっている。
僕も、自分に襲ってくる氷像と、甲たちに迫る氷像の両方に対応するだけで精一杯だった。
やっぱり──柱稽古編がなかったことが響いている。
柱も、甲の隊士たちも、上弦との戦いにはまだ力量が足りない。
痣も、赫刀も。僕以外、誰も使えていない。
悲鳴嶼さんは、もしかしたら使えるかもしれない。
でも──彼はもう二十五を超えている。
彼を、今日死なせるわけにはいかない。
このままでは、戦況は崩れる。
だから──僕は、決めた。
痣を、使う。
胸の奥が、熱を帯びる。
心臓の鼓動が、耳を打つ。
視界が、研ぎ澄まされる。
その瞬間。
菜葉の額の左側から側頭部にかけて、縁壱の痣に似た紋様が浮かび上がった。
それは、日の呼吸を使う者の証。
「日の呼吸 陸ノ型 日暈の龍・頭舞い!」
赫刀が、氷像を次々と断ち切る。
斬撃の残像が軌跡となり、氷像の予測を狂わせる。
童磨の目が、わずかに細められる。
その瞬間──彼の脳裏に、血が逆流するような感覚が走った。
無惨の血が、記憶を呼び起こす。
かつての戦い。かつての恐怖。
縁壱の痣。赫刀。日の呼吸。
「その痣……そして、呼吸は……!」
童磨の瞳が、わずかに震える。
このとき、無惨の声が、血の中から響いた。
「童磨、童磨あぁぁぁぁあああ!!その娘を──日の呼吸の使い手を殺せェェェェェ!!」
童磨の笑みが、凍りついた。
それは、初めて見せる「焦り」だった。
「……なるほど。君は“あれ”に近いのか。なら、俺も──遊びは終わりだね」
童磨の背後に、冷気が渦巻く。
空気が、音を失う。
氷の花が、ゆっくりと咲き始める。
「血鬼術──霧氷・睡蓮菩薩」
氷の蓮が、幾重にも重なりながら開く。
その中心に、童磨の本体が浮かぶ。
まるで、仏の姿を模した死の化身。
花弁一枚一枚が、殺意を帯びていた。
慈悲の仮面を被った、冷酷な裁き。
──僕は、それを透き通る世界で見た。
童磨の冷気の流れ。氷像の動きの癖。蓮の花弁の展開速度。
すべてが、見える。
すべてが、読める。
確かに、童磨は強い。
でも、今の僕なら──勝てる。
「日の呼吸──壱ノ型 円舞!弐ノ型 碧羅の天!参ノ型 烈日紅鏡!」
赫刀が、空間を裂く。
炎のような残像が、蓮の花弁を焼き尽くす。
一瞬のうちに三つの型を叩き込み、菩薩を崩壊させる。
童磨の瞳が、驚愕に染まる。
「……なっ──」
童磨の声が、凍りつく。氷の蓮が、崩れ落ちる。
その花弁は、まるで仏の涙のように舞い散った。
童磨は、菩薩の崩壊と同時に空中へ身を投げていた。
僕は、赫刀を握り直す。痣が脈打ち、命が燃える。
我が身を、天に捧げるように跳ぶ。
「日の呼吸──漆ノ型 斜陽転身!」
宙返り。逆さまの体勢。
空中から、水平に赫刀を振るう。
太陽が沈むように、刃が落ちる。
童磨の冷気が、裂ける。仏の仮面が、焼け崩れる。
そして、空中で──彼の頸は、体から離れた。
***
side : 童磨
えー、頸切られちゃった。
「何を負けているぅぅぅうう!童磨ぁぁあぁぁぁ…」
無惨様の声が、頭の奥で響いて──そして、消えた。
ああ、聞こえなくなった。俺、もう役立たずだもんね。
爆弾、すごかったなぁ。
煙が広がって、視界が真っ白になって、冷気がかき消されて。
あれ、毒入ってたのかな?ちょっと痺れた気もしたけど、すぐ治ったし。
後ろの雑魚たち、必死だったなぁ。
爆弾を投げて、逃げて、また投げて。
でも、俺がちょっと本気出したら、誰も反応できなかった。
何人かは死にかけてたけど、死人はゼロ。
みんなで支え合って、ギリギリ生き延びてた。
何か、頑張っていたなぁ。
柱たちは……うん、やっぱりそれなりに強かった。
技も呼吸も、ちゃんと洗練されてて、見てて飽きなかった。
でも、俺に届くほどじゃなかった。
ただ、あの赫刀の娘──君が一番、予想外だったかも。
赫刀って、痛いとかじゃなくて、なんか“焼ける”感じがした。
始めて味わうよく分からない感覚だった。
ボロ…。
うわー、体が崩れ始めた。指先から、肩から、氷みたいにパラパラと。
死ぬんだ、俺。
……あー、やっぱり駄目だ。何も感じない。怖くもない。悔しくもない。
死ぬことにも、負けたことにも、何も。
ずうっとこうだったなぁ、俺は。
誰かが泣いてても、笑ってても、怒ってても──全部、遠くの風景みたいだった。
信者の人たちが崇めてくれても、俺はただ笑ってただけ。
嬉しいって言ってたけど、ほんとは何もなかった。
俺は、誰かを食べても、殺しても、何も埋まらなかった。
空っぽのまま、ずっと笑ってた。
だから、死ぬのも──まあ、こんなもんか。
あー、でも最後にちょっとだけ、面白かったかも。
あの子の目、すごく綺麗だった。何もかも見通しているようで。
俺のこと、ちゃんと見てた。
……それだけで、ちょっとだけ、満たされた気がした。別に嬉しいとかじゃないけど。
ただ──なんか、変な感じだった。
現在、無惨様発狂中・・・。
ちなみに、ゲームの方は深度5(最高難易度)に到達したので、小説執筆に専念できそう?
これからもよろしくお願いします。