継国の娘   作:毎日読書

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一人称が統一されていませんが、それはTSならではの葛藤を表しているつもりです。
書きたいことを書いているので、少し話のつながりがおかしいかもしれませんが、ご了承ください。


山の王(自称)、人となり、姉となる

 すやこさんは、俺の傷を毎日手当てしてくれた。薬草を煎じ、布を替え、優しく撫でるように包帯を巻いた。

 

 「痛いかい?」

 

 「……少しだけ。でも、慣れてます」

 

 すやこさんは、少しだけ眉を下げて言った。

 

 「慣れなくていいんだよ。痛みは、誰かが癒してくれるものだから」

 

 その言葉に、俺は胸が詰まった。今世において、痛みは“耐えるもの”だった。でも、ここでは“分かち合うもの”だった。

 

 

 炭吉さんは優しい男だった。

 

 「君がどんな過去を持っていても、ここでは関係ない。生きていてくれて、ありがとう」

 

 俺を養子として、竈門家に向かい入れるときに言ってくれたこの言葉に俺は涙を流した。

 

 ***

 

 竈門家の家は、山の斜面に寄り添うように建てられていた。

 木造の質素な家屋。囲炉裏の火が絶えず灯り、外の風が吹き込むと、軒先の風鈴が優しく鳴った。

 そこには、戦いも血もない、静かな時間が流れていた。

 

 炭吉さんは、山で採れた山菜や、畑で育てた野菜を使って、毎日食事を作ってくれた。

 味噌汁の香り、炊きたての米の湯気、すやこさんの漬けた沢庵の音――それらが、俺の心を満たしていった。

 

 「おいしい……」

 

 その言葉を口にしたとき、炭吉さんは

 

 「そう言ってもらえると、頑張った甲斐があるよ」

 

 と笑った。

 

 夜になると、囲炉裏を囲んで三人で話す時間があった。

 炭吉さんは、昔話や村の出来事を語り、すやこさんは笑いながら相槌を打った。

 

 彼らの家は、山の恵みと手仕事で成り立っていた。朝は早く、炭吉さんが薪を割り、すやこさんが味噌汁を煮る。昼は畑を耕し、夜は囲炉裏を囲んで話す。

 そのすべてが、俺の知る鍛錬だらけの“戦いの世界”とは違っていたのだった。

 

 ***

 

 すやこさんは、俺に裁縫や炊事を教えてくれた。

 「女の子だから」ではなく、「生きる術として」教えてくれたのだ。

 

 「剣だけじゃなくて、針も持てる人は強いよ」

 

 その言葉に、俺は少しだけ救われた気がした。

 

 ただ、口調や仕草には少し厳しかった。元男の俺からすると、これらは大切なアイデンティティであったが、すやこさんには勝てなかった。それでも、一人称は”僕”が限界だった。”私”は無理。

 

 

 竈門家での生活は心の癒しであった。鬼に怯える日々のなかで、多大なストレスを抱えていたおr、僕にはこの家は天国だったのだ。だからこそ、僕は、俺は、

 

 「この人たちを守りたい。鬼が来ても、俺が斬る」

 

 と決意した。

 

 ***

 

 KUMAとの闘いから半年後、怪我が完治し、炭吉さんとすやこさんの手伝いとは別に、鍛錬を再開した。鍛錬は早朝と夕方に行った。この半年で体は衰えた。畑仕事や薪割りの手伝いで最低限の筋肉は維持できたが、KUMAと、そして鬼と闘うなら、心許ない筋肉だ。

 

 「俺の足は逃げるためじゃねぇ!追いかけるためだァァ!!」

 

 「息が切れる?なら肺を鍛えりゃいいだけだろォォ!!」

 

 「吸って、吐いて……肺よ、爆発しろォォォ!!」

 

 「腹筋よ、割れろ!割れて俺の命を守れェェェ!!」

 

 「スクワット百回?甘い!俺は地球を沈めるまでやるッ!!」

 

 俺は脳筋に戻っていった。炭吉さんは

 

 「また叫んでるね……。元気なことはいいことだ」

 

 と笑っていて、すやこさんも笑ってはいたけど、すやこさんの目は少しこわかった。

 

 ある日、朝から俺は、庭で逆立ち腕立てをしていた。

 

「筋肉は裏切らない!俺の命は筋肉で守るッ!!」

 

 叫びながら、汗だくで地面を叩く。その姿は、もはや修行僧というより野生児。

 すやこさんは、縫い物をしていた手を止めて、静かに立ち上がった。

 そして、俺の背後に忍び寄る。

 

 「ひかりちゃん」

 

 その声は、いつもより低かった。俺は、逆立ちのまま振り返る。

 

 「……はい?」

 

すやこさんは、眉をひそめて言った。

 

 「女の子が、朝から庭で叫びながら逆立ちしてるなんて、どういうことなの?」

 

 「いや、これは鍛錬で――」

 

 「鍛錬は結構。でもね、女の子には女の子の品ってものがあるの。叫ぶなら、せめて藤の花の下で静かに叫びなさい」

 

 「静かに叫ぶって、どういう――」

 

 「あと、服!裾がめくれてる!見えてる!恥ずかしくないの!?」

 

 俺は慌てて裾を直す。

 すやこさんは、ため息をついて言った。

 

 「強くなるのはいいこと。でもね、女の子だからって諦める必要はないけど、女の子だ からこそ、ちゃんと自分を大事にしなさい。筋肉だけじゃなくて、心も磨くのよ」

 

 その言葉に、俺は黙った。

 怒られてるのに、なぜか胸が温かかった。

 

 「……はい。気をつけます」

 

 すやこさんは、少しだけ微笑んだ。

 

 「よろしい。じゃあ、朝ごはん食べてから、静かに鍛錬しなさい。叫ばずにね」

 

 「……はい」

 

 僕は、脳筋としての誇りを少しだけしまい、すやこさんの言葉を胸に刻んだ。

 

 ***

 

 鍛錬を再開して少し経った日の朝、僕はいつも通り早朝の筋トレを終え、薪割りをしていた。

 山の空気は澄んでいて、鳥の声が心地よい。けれど、どこか様子がおかしい。

 炭吉さんもすやこさんも、妙にそわそわしている。

 

 「ひかりちゃん、今日は畑はいいから、ちょっと休んでな」

 

 「え……?何かあったんですか?」

 

 すやこさんは、にこにこしながら言った。

 

 「今日は、ひかりちゃんの誕生日でしょ。9歳の誕生日、おめでとう」

 

 僕は、言葉を失った。誕生日――そんなもの、今生では祝われた記憶はない。

 継国家では誰にも気にされなかった。

 

 「……覚えててくれたんですか」

 

 炭吉さんは、薪を割る手を止めて、静かに言った。

 

 「ひかりちゃんがここに来た日から、ずっと数えてたよ。」

 

 夕方、囲炉裏の周りには、山菜の煮物、炭吉さんが釣ってきた川魚の塩焼き、すやこさんの手作りの栗ご飯が並んだ。

 

 「贅沢はできないけど……これが、うちの祝い方さ」

 

 すやこが照れくさそうに言う。俺は、胸がいっぱいになった。

 

 「……ありがとう。本当に、ありがとう」

 

 その言葉しか出てこなかった。

 涙が、勝手にこぼれた。

 

 夕食後、囲炉裏の火が静かに揺れる中、すやこさんは一枚の布包みをそっと差し出した。

 

 「ひかりちゃん、これ……誕生日の贈り物。受け取ってくれるかい?」

 

 僕は、戸惑いながら包みを開いた。中から現れたのは、淡い藤色の着物だった。

 袖には小さな花の刺繍が施されていて、裾には山の稜線を模した模様が縫い込まれていた。

 

 「……これ、すやこさんが?」

 

 すやこさんは、少し照れたように笑った。

 

 「ひかりちゃんが来てから、少しずつ縫ってたんだよ。動きやすくて、でも女の子らしさも忘れないようにね。強くなるのは素敵なこと。でも、ひかりちゃんが女の子であることも、ちゃんと大事にしてほしいんだ」

 

 僕は、言葉が出なかった。この服には、すやこさんの想いが詰まっていた。

 

 「……ありがとうございます。すごく、嬉しいです」

 

 すやこさんは、そっと僕の髪を撫でた。

 

 「この服を着て、どこへ行っても胸を張っておいで。ひかりちゃんは、誰よりも強くて素敵な女の子だよ」

 

 その夜、僕はその着物を着て、囲炉裏の前に座った。

 炭吉さんが

 

 「よく似合ってる」

 

と言ってくれた。

 すやこさんは、少し涙ぐんでいた。この服は、ただの布じゃない。

 それは、僕が“誰かに愛されている”という証だった。そして、“女であること”を武器にも盾にもできるように――すやこさんが、未来への祈りを込めてくれたものだった。

 

 次の日の朝、炭吉さんは一本の包みを持ってきた。それは、布に丁寧に巻かれた細長い形。

 

 「ひかりちゃん。これ、受け取ってくれるかい」

 

 炭吉さんがそっと布をほどくと、そこには一本の木刀が現れた。滑らかな木肌。手に馴染むように削られた柄。そして、鍔の部分には小さく藤の花の彫りが刻まれていた。

 

 「……これ、炭吉さんが?」

 

 炭吉さんは、少し照れたように笑った。

 

 「ひかりちゃんが素振りしてるのを見て、ずっと思ってた。剣を振るなら、ちゃんとひかりちゃんの手に合ったものがいい。これは、君のために削った。俺の願いも込めてある」

 

 僕は、木刀を両手で受け取った。

 その重みは、木の重さではなく――炭吉さんの想いだった。

 

 「願い、ですか?」

 

 炭吉さんは僕の目をみて、言った。

 

 「ひかりちゃんが、誰かを傷つけるためじゃなく、守るために剣を振ってくれること。それが、俺の願いだよ」

 

 僕は、すぐには言葉が出なかった。

 少しした後に、小さく

 

 「……ありがとうございます。大切にします。絶対に」

 

 とお礼を言うので、精一杯だった。

 

 ***

 

 すやこさんが妊娠した。

 それは、ある朝のことだった。彼女が急に吐き気を訴え、炭吉さんが心配して町の医者を呼んだ。

 診察のあと、すやこさんは少し照れたように笑って言った。

 

 「赤ちゃんができたみたい。……ねえ、ひかりちゃん、ひかりちゃんにも妹か弟ができるよ」

 

 僕は、言葉が出なかった。

 頭では理解していた。でも、心が追いつかなかった。

 命を宿す――それは、女にしかできないこと。

 僕は、俺は、かつて男だった。

 “母になる”という概念は、遠い世界の話だった。

 

 その夜、囲炉裏の火を見つめながら、俺は考えていた。

 すやこさんは、穏やかな顔で布を縫っていた。

 赤ちゃんのための小さな服。その手つきは、優しくて、確かで、そして――美しかった。

 

 「……すやこさんは、すごいですね」

 

 僕は、そう言った。

 でも、声が震えていた。

 

 「ひかりちゃんも、女の子だよ。いつか、こういう日が来るかもしれない」

 

 その言葉に、僕の心はざわついた。

 “女の子”――その響きが、どうしても馴染まない。

 僕は、女の体に生まれ変わった。

 でも、心の奥底はまだ“俺”だった。

 

 すやこさんが布を縫う姿を見て、僕は思った。

 こんなふうに、誰かを守るために手を動かせる人になりたい。

 でも、同時に思った。

 僕には、あんなふうにはなれない。

 なりたいけど、なれない。

 なれるかもしれないけど、なりたくない。

 

 「……僕は、母にはなれないと思います」

 

 すやこさんは、少しだけ驚いた顔をして、微笑んだ。

 

 「それでもいいよ。ひかりちゃんはひかりちゃんのままでいい。でもね、女の子だからって、母にならなきゃいけないわけじゃない。

女の子だからこそ、いろんな生き方があるんだよ」

 

 その言葉に、俺は少しだけ救われた。

 “私”は、まだ遠すぎる。

 “俺”は、もう使えない。

 だから、“僕”が限界だった。

 

 その夜、僕はすやこさんが縫った小さな服をそっと触った。

 柔らかくて、温かくて、命を包むための布だった。

 僕は、女として生きている。

 でも、男だった記憶は消えない。

 その狭間で揺れながら、少しずつ――ほんの少しずつ、

 “僕”の中に、“ひかり”が根を張り始めていた。

 

 ***

 

 すやこさんが妊娠してから、僕は家の手伝いをより積極的にするようになった。

 畑仕事、薪割り、炊事、洗濯――できることは全部やった。

 すやこさんが重いものを持とうとすれば、すぐに手を伸ばした。

 

 「僕がやるよ」

 

 そう言うたびに、すやこさんは少しだけ微笑んだ。

 “僕”という一人称は、まだ少し慣れなかった。

 でも、すやこさんを守りたいという気持ちは、確かに“娘”としてのものだった。

 

 

 その夜は、月がやけに明るかった。

 囲炉裏の火が静かに揺れ、炭吉さんは薪を割り終えて湯を沸かしていた。

 僕は、すやこさんの縫い物を手伝っていた。

 そのとき――

 

 「……っ、あ……!」

 

 すやこさんが急に腹を押さえてうずくまった。

 顔が苦痛に歪み、息が荒くなる。

 

 「すやこさん!? どうしたの!?」

 

 「……産まれる……かも……」

 

 その言葉に、俺は完全にパニックになった。

 炭吉さんも動揺していた。

 産婆のいる村は山を越えた先。夜道を走るには危険すぎる。

 

「どうしよう……どうすれば……!」

 

 俺は、すやこさんの手を握りながら、どうにもできない自分に歯噛みした。

 そのときだった。戸口が、風もなく開いた。

 

 「落ち着け」

 

 その声は、静かで、深く、そして――始めて会うはずなのに、懐かしかった。

 振り返ると、月明かりの中に、男が立っていた。

 

 「だ、誰ですか!?」

 

 俺は叫んだ。男は、痣のある顔、静かな瞳、そして腰には日輪刀を差していた。

 

 「つ、継国縁壱…!」

 

 彼はすやこさんの顔を一瞥すると、外に向かって歩き出す。

 

 「ま、待って!どこへ――」

 

 「産婆を呼ぶ」

 

 それだけ言って、縁壱さんは音もなく山道へと消えていった。

 足音もなく、気配も残さず。

 

 

 俺は、僕は、すやこさんの手を握り続けた。

 

 「大丈夫です。僕がいますから」

 

 そう言いながらも、僕の心臓は壊れそうなほど打っていた。

 すやこさんは、苦しみながらも僕の手を握り返してくれた。

 

 「ありがとう……ひかりちゃん……」

 

 その言葉に、僕は泣きそうになった。

 “僕”であることも、“女”であることも、今はどうでもよかった。

 今はただ、すやこさんの命と、これから生まれる命を守りたかった。

 

 すぐに、縁壱さんは産婆を連れて戻ってきた。

 産婆はすぐにすやこさんの介抱を始め、炭吉さんと僕は外で祈るように待った。

 

 縁壱さんは、何も言わず、囲炉裏の火を見つめていた。

 僕は、彼の隣に座った。

 沈黙が、言葉よりも深く響いていた。

 

 「……ありがとう」

 

 僕がそう言うと、縁壱さんはほんの少しだけ、頷いた。

 それだけだった。

 でも、それで十分だった。

 

 

 そして、朝日が差し込む頃――

 

 「産まれたよ。元気な女の子だ」

 

 その声に、僕は泣いた。

 すやこさんも、炭吉さんも、そして僕も――命の奇跡に包まれていた。

 

 そんな中、縁壱さんは、立ち上がり、すやこさんの寝室を一瞥した。

 そして、静かに言った。

 

 「……よかった」

 

 ただそれだけを呟いた。




今回は、話を長くしてみました。今までは、一話で約1800文字書いていたのですが、短いなと感じたため、今回は約5000文字。

心情描写を頑張りました。楽しんでいただけましたでしょうか。
これからもよろしくお願いします。

ちなみに、”おr”という表記があるのですが、これはわざとです。


※出産時における鬼の襲撃を忘れていました。後で書き直すかもしれません。申し訳ありません。(9月2日 9:40)
 次話でいい感じに調整できたため、書き直しはなし!お騒がせしました。(9月2日 16:40)
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